第60話 四男は半端な石を見る
直営加工場は、マルタの工房とは空気が違う。
あちらは、石や金属や道具が職人の手元に近い場所だった。
こちらは、同じ品質のものを、同じ手順で仕上げる場所だ。
ここでは、職人ごとの工夫よりも、決められた品質を崩さずに積み重ねることが求められる。
作業台の一つでは、バウルが魔石を前にして、じっと鼻先を寄せていた。
隣ではニコが、手元の書きつけに短く何かを書き込んでいる。
僕たちが来ても、二人はすぐには顔を上げなかった。
三年前よりずっと落ち着いた様子に、僕は少しだけ頬が緩んだ。
ローデリヒは、作業場の奥で職人に短く指示を出していた。
僕たちに気づくと、すぐに手を止め、礼を取る。
「ユキア様。オスカーさん。本日はどの工程をご覧になりますか」
「ローデリヒ。テオリーナについて確認したいことがあります」
オスカーが用件を伝える。
ローデリヒは一拍置き、それから小さく頷いた。
「テオリーナですか。……確かに、今回の話なら名前が出るかもしれません」
オスカーが頷く。
ローデリヒは、困ったようには見えなかった。
ただ、どう説明するのが正確かを選んでいる顔だった。
「腕は悪くありません。仕上げも丁寧です。石を見る目もあります」
「では、なぜ評価が高くないのですか」
僕が聞くと、ローデリヒは静かに答えた。
「流れに乗りません」
「流れ、ですか」
「同じ形を十個仕上げる仕事で、一つ一つ石を見すぎるのです。そこで毎回考え込まれると、全体が遅れます」
冷たい言い方ではなかった。
むしろ、悪く言いすぎないようにしている。
「丁寧ではあるんですね」
「はい。ただ、仕事としては遅い」
ローデリヒの評価は、たぶん正しい。
直営加工場の仕事では、同じ形をそろえることに価値がある。
一つ一つの石へ深く入り込みすぎれば、その価値と噛み合わなくなる。
「通常ラインから外すと、損失は大きいですか」
オスカーが確認する。
「大きくはありません。いなくなれば、仕上げの丁寧さという点では惜しい部分もあります。ただ、加工数だけで見れば、他の者で補えます」
ローデリヒはそこで視線を横へ向けた。
「あちらにおります」
指し示された作業台の前で、一人の若い職人が魔石を光にかざしていた。
丸く整えかけた魔石を指先で挟み、角度を変える。
光の入り方を見ているのか、内部の筋を見ているのか、視線が細かく動いていた。
服装はきちんとしている。
袖は邪魔にならないよう整えられ、手元の磨き布も汚れたままではない。
作業台も散らかってはいなかった。
ただ、ほかの職人の作業台とは、ものの置き方が違う。
用途別でも、大きさ順でもない。
それなのに乱雑ではなく、本人だけが分かる基準で整っているように見えた。
「テオリーナ」
ローデリヒが声をかける。
返事はない。
テオリーナは、魔石を少し傾け、目を細めていた。
「テオリーナ」
二度目の声で、ようやく彼女が顔を上げた。
「……あれ。もしかして、ユキア様ですかぁ」
のんびりした声だった。
遅れて、自分の前にオスカーとローデリヒがいることにも気づいたらしい。
「あ、ローデリヒさん。オスカーさん。すみません、石を見てましたぁ」
「見れば分かる」
ローデリヒが短く返す。
怒っているというより、慣れている声だった。
テオリーナは慌てて魔石を布の上に置き、礼を取った。
慌てているはずなのに、動きはどこかゆっくりしている。
「テオリーナ。ユキア様が、魔道具開発管理に関わる加工担当を探しておられる」
「魔道具開発、ですかぁ」
テオリーナの視線が動いた。
僕を見るというより、僕の後ろにある何かを見るような目だ。
「まだ、何かが決まっているわけではありません」
僕はそう前置きした。
「試作や確認を進めるには、魔石加工を見られる人が必要になります。形や削り方の違いを見て、記録と一緒に確かめられる人です」
「形の違い……」
テオリーナが、小さく繰り返した。
その声の端だけ、わずかに弾んだ。
僕の視線は、作業台の隅で止まった。
標準品とは違う形の魔石が置かれている。
細長いもの。
薄く平たいもの。
片側だけ丸く、反対側は平たいもの。
小さく溝のような削り跡があるもの。
どれも、直営加工場の標準品としては扱いにくそうだった。
球状に近づける途中でやめたようにも見えるし、最初から別の形を目指したようにも見える。
けれど、雑に削られているわけではない。
「これは、仕事のものですか」
僕が聞くと、テオリーナは首を横に振った。
「違います。仕事外で、半端な石や不良石を安く買ってぇ、削ってるだけなんですぅ」
「用途があるんですか」
「用途……」
テオリーナは、少し困ったように瞬きをした。
「ないですぅ」
言い切った。
オスカーの眉がわずかに動いた。
ローデリヒは、やっぱり、という顔をしている。
「でも、この欠けたところは残した方がきれいなんですぅ。丸くするとぉ、全部同じ顔になるのでぇ」
テオリーナは、薄く平たい魔石を一つ持ち上げた。
光にかざすと、端だけ色が少し変わって見える。
「ほらぁ、こっちから見るとぉ、色が逃げないんです。ぐふふ」
最後に、小さく妙な笑いが漏れた。
すぐに本人も気づいたのか、咳払いをする。
「……すみませーん、仕事なら丸くします。ちゃんとしますよぉ」
その言い方に、ミロスが横で笑いをこらえている気配がした。
グレンは何も言わない。
ここで求められるのは、同じ形の魔石を、同じ品質で、決められた数だけそろえることだ。
そう考えると、テオリーナの見ている場所は、他の職人が見ている場所とはずれているのかもしれない。
けれど、開発では、そのずれが必要になることもある。
何が使えるか分からないものを見る。
形の違いを見る。
失敗したものを、失敗したまま捨てずに、どこが違ったのか確かめる。
そういう仕事なら、この人の見方は、役に立つかもしれない。
「オスカーさん」
「はい」
「テオリーナさんを、魔道具開発管理の補助に回す候補として、検討してもらえますか」
テオリーナが、ぽかんと僕を見た。
「わたし、ですかぁ」
「はい。魔石を見られる人が必要なんです。ただ、削るだけではなく、形の違いや結果を記録に残す仕事もあります」
「記録も、ですかぁ」
「はい。あとで他の人にも分かるようにするためです」
テオリーナは、手元の魔石を見た。
「それなら、できます。急ぎで数をそろえるのは得意じゃないですけどぉ、石の形と通り方を見る仕事なら、ちゃんとやりますぅ」
オスカーは、手元の記録へ視線を落とした。
「直営加工場の人員調整は、こちらで確認します。ローデリヒ、テオリーナが抜けた場合の標準作業への影響をまとめてください。問題がなければ、魔道具開発管理の補助へ配置変更する方向で進めます」
「承知しました」
ローデリヒが頷く。
テオリーナは、まだ少し状況を飲み込めていない顔で、自分の作業台と僕たちを見比べていた。
直営加工場を出るころには、午前の日差しが高くなっていた。
外へ出ると、加工場の音が背中に流れてくる。
リズが書きつけを確認した。
「ユキア様。次は、管理棟へ戻って、人員調整の確認事項をまとめます。その後、昼食を挟んで、午後は訓練場です」
「分かった」
僕は、直営加工場の方を一度振り返った。
半端な石と、少し変わった若手職人。
それが何につながるのかは、まだ分からない。
でも、これから確かめたいものは、一つ増えた。




