第59話 四男は開発の手を探す
森へ入らない日の朝は、足音がいつもと違う。
剣や盾の金具が鳴る音は少なく、代わりに紙の束や筆記具を入れた革鞄が、歩くたびに軽く揺れた。
東の森では、あまりよくない変化が進んでいる。
魔物の目撃が増え、魔獣も前より多くなり、草が薄くなった場所もある。
一方で、町の中には、前よりよくなったものもある。
風魔石の使い道が少しずつ増え、役目が生まれていた。
変わったものが、全部いいものとは限らない。
でも、全部悪いものでもない。
そんなことを考えながら、僕は管理棟へ向かっていた。
「ユキア様、本日の午前は、オスカー様との打ち合わせから始まります」
リズが、胸元に抱えた書きつけへ目を落としながら言った。
「ありがとう。森へ入らない日は、少し気が楽だね」
「はい。ですが、午後の訓練もございますので」
リズの声は穏やかだ。
けれど、最後の一言だけは、僕が気を抜きすぎないように添えられている。
僕は小さく頷いた。
ドリスタでの滞在は、もう見るだけではなくなっていた。
午前は、鉱山管理側の仕事に関わる時間だ。
僕はオスカーの管理業務を補佐しながら、採掘、加工、在庫、出荷、森の監視記録などを確認する。
それに加えて、最近は魔道具開発管理の仕事も動き始めていた。
リズは、僕の書きつけや確認事項を整理してくれる。
同じ紙の束でも、僕が持つとただの紙の山になり、リズが持つと確認順に並んだ資料になる。
これは、地味だけどかなり大きい。
ニコは、僕の従者として荷物や連絡を受け持つ。
バウルが加工場へ入る日は、記録や連絡の補助としてそばにつくことも多い。
バウルは、魔石加工の補助として、属性魔石の品質確認に関わっている。
言葉にするのはまだ得意ではないけれど、三年前よりはずっと短く、必要なことを伝えられるようになっている。
シリウスは、ドリスタで警備側の補佐として現場を学んでいる。
僕が管理側の仕事に関わる一方で、シリウスは巡回や警備の動きを見る。
ティナもドリスタへ同行しており、出発前の身支度と連絡を整えた後は、戻ってからの予定や荷物の確認に回るらしい。
「シリウス、今日は巡回?」
「はい。町中を回ります。警備の人たちと巡回に出る予定です」
返事は早い。
その声には、隠しきれない張り切りが混じっていた。
「ちゃんと列から離れないようにね」
「兄様、僕を子犬か何かだと思っていませんか。僕だって、少しは成長しています!」
そこは自覚があったんだ。
「ごめん、ごめん。シリウスも、いつまでも子どものままじゃないよね」
「はい! ですから、今日はちゃんと見てきます」
イリスが、こちらへ静かに頷いた。
「ご安心ください。シリウス様を、私の目の届かないところへは行かせません」
「イリス、それは護衛ではなく見張りです!」
シリウスが、少しむくれたように言った。
「イリス、相変わらず硬いっすね」
ミロスが小さく呟いた。
「お前は軽すぎだ」
グレンが前を向いたまま、短く返す。
ミロスは軽く肩をすくめ、イリスはシリウスの半歩後ろで通りの先へ視線を戻した。
シリウスの護衛にはイリスがつく。
僕の護衛は、変わらずグレンとミロスだ。
森へ入る日も、町で仕事をする日も、護衛の確認がなくなるわけではない。
そんなことを話しているうちに、管理棟が見えてきた。
扉をくぐると、紙とインクの匂いがした。
外の石粉や土埃とは違う、乾いた匂いだ。
オスカーは、いつものように机の上へ記録を並べていた。
紙は項目ごとに分けられ、端がそろっている。
その整い方を見るだけで、誰の仕事か分かるようになってきた。
「ユキア様。本日の確認分です」
オスカーは一枚目の紙をこちらへ向けた。
「採掘量は大きく落ちていません。加工済み魔石の納品数も、記録上は予定内です」
数字が続く。
以前なら、僕はその数字を追うだけで手一杯だったと思う。
今でも全部をすぐに理解できるわけではないけれど、どの数字がどこへつながっているのかは、前より見えるようになっていた。
採掘量があれば、加工場へ回る石がある。
加工量があれば、倉庫と出荷の予定が動く。
それに、森の監視記録も今は別の紙束として残されている。
町の数字と、森の記録。
どちらも別々のようで、ドリスタの今を見ようとすると、どちらも無視できない。
ひと通りの確認が終わったところで、僕はオスカーへ顔を向けた。
「オスカーさん。魔道具開発の方に、魔石加工を見られる人を一人回してもらうことはできますか」
オスカーの手が、紙の上で止まった。
「魔石加工を見られる者、ですか」
「はい。今は作業員の方たちに、材料運びや部品整理、記録補助をしてもらっています。それだけでもかなり助かっています。でも、試作や量産、標準化を考えるなら、魔石そのものを見られる人が必要だと思います」
魔道具開発管理は、新しい道具を思いつくだけの仕事ではない。
使える魔道具を開発し、量産へ回せるように、材料、手順、品質の基準を整えていく仕事でもある。
けれど、それを机の上の記録だけで進めるのは難しい。
同じ形に見える魔石でも、削り方や濁り、魔力の通り方で結果が変わる。
僕の前世の知識は、入口にはなる。
でも、正確な設計図ではないし、この世界の魔石を削れる手でもない。
だから、実物を見て、削り、形を変え、比べられる人が必要だった。
「直営加工場なら、仕事の早い者がいます」
オスカーはすぐに答えた。
「加工数も安定しており、標準品の仕上げも早い。開発側へ回すなら、その者が最も扱いやすいでしょう」
「いえ」
僕は首を横に振った。
「開発は、うまくいくか分からないことも多いと思います。今の仕事で必要な人を外すのは、もったいないです」
「もったいない、ですか」
「はい。早くて安定している人は、今の加工場で必要な人です。開発に向いているかどうかも、また別だと思います」
オスカーは目を細めた。
感情が動いたというより、条件を計算し直している顔だった。
「では、どういう者を希望されますか」
「若い人か、できれば丁寧な作業ができる人がいいです。早く数をそろえるより、試して、何が違ったのかを見られる人の方が合うと思います」
「丁寧な作業、ですか」
「同じものをたくさん作る時は、早さと安定が大事です。でも、開発では、似て見えるものの違いを見ることも必要になります。失敗したものも、ただ捨てるのではなく、どこが違ったのか見ておきたいので」
オスカーは、机の端に置かれていた別の記録へ手を伸ばした。
数枚をめくり、指を止める。
「……一人、思い当たる者はいます。テオリーナという若手職人です。品質は悪くありません。ただ、評価は高くありません」
「なぜですか」
「遅いのです」
オスカーは短く答えた。
「決められた形に整えるだけの作業で、石の向きや流れを気にしすぎると聞いています。加工後の品質は悪くありませんが、標準作業の流れには乗りにくい」
「石を見る目はある人なんですね」
「記録上、仕上がりの不良は少ないです。ただ、加工数が伸びません」
なるほど。
オスカーにとっては、扱いにくい数字だ。
品質は悪くない。でも数が出ない。
そういう人は、標準作業の場では評価されにくい。
「それと」
オスカーが、言いにくそうに言葉を続けた。
「仕事外で、半端な魔石や不良魔石を買い取り、変わった形に削っているという話があります」
「変わった形に、ですか」
「はい。用途は不明です。確認するなら、ローデリヒに聞くのが早いでしょう」
僕はリズと目を合わせた。
リズは、書きつけに小さく何かを書き足している。
「では、確認させてもらえますか」
「承知しました」
オスカーは紙を整え、立ち上がった。
そして、僕たちは管理棟を出て、直営加工場へ向かった。




