表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第4章 東の森のダンジョン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/71

第58話 四男は変わったものを見る

 グレンは盾ごと、鈍い音を立てて押し込まれた。


 湿った土が、かかとの下で小さく崩れる。

 目の前のオークは、すでに何度も傷を負っていた。それでも、太い腕を振り上げる力はまだ残っている。


 グレンが正面で受け、押し返す。


「そこっす!」


 ミロスが横から踏み込み、両手剣を叩きつけた。

 金属がぶつかるような音が、森の中に響く。


 オークの腕が外へ流れる。


 だが、その隙を埋めるように、小型魔獣がグレンへ飛びかかろうとした。


「入れません」


 イリスが盾の縁で弾く。

 弾かれた相手が、低く唸る。


「僕が!」


 シリウスが一歩だけ踏み込み、剣を振った。

 イリスの盾に止められていた小型魔獣は、避けきれない。


 刃が入り、身体が大きく傾いた。

 湿った草を押し潰すように倒れ、低いうなり声もそこで途切れる。


 その間に、別の小型魔獣が後衛へ回ろうとしていた。


「右です!」


 バウルの声が鋭く飛ぶ。


 バウルが、リズとニコの前に半歩出た。

 槍の穂先は大きく揺れていない。

 戦いの中心に飛び込むのではなく、近づいてくるものを通さない構えだった。


「止めます」


 リズが手を前へ出し、氷の刃を飛ばす。

 けれど、小型魔獣は横へ跳んだ。


 跳ぶ先を、ニコは見ていた。

 弓弦が鳴る。

 ニコが放った矢が、小型魔獣の肩口に当たった。


 体勢が、一瞬だけ崩れる。


「今です!」


 バウルが槍を突き出した。

 穂先が小型魔獣の身体を押し返す。


 まだ倒れない。


 僕はその後ろに回り込み、踏み込んだ。

 一気に身体へ魔力を巡らせ、刀を振り切った。


 小型魔獣が草の上に倒れ、そのまま動かなくなった。


 その向こうで、もう一体の小型魔獣がイリスへ飛びかかっていた。


 イリスは盾で正面から受ける。

 爪が盾を滑ったところへ、シリウスが横から剣を振った。


 刃は深く入らない。

 けれど、勢いは横へ流れた。


 イリスが押さえ、シリウスがそれ以上踏み込ませない。

 倒すところまでは届かなくても、後衛へ抜けさせない。


 僕はバウルに視線を送った。


「新手の気配は……今はありません。あちらの一体だけです」


 バウルが周囲を探るようにして言った。

 声は少し硬い。それでも、言葉はちゃんと前へ出ていた。


 僕は頷き、オークへ視線を戻す。


 オークの視線は、グレンへ向いている。

 周囲に、ほかの魔獣の気配はない。


 ほかに気配があるなら、この動きは危ない。

 でも、今なら入れる。


 魔力を気取られないように巡りを止め、僕はオークの背後へ回り込む。

 踏み込む瞬間に、一気に魔力を巡らせた。


 狙うのは、首筋。


 刀を横へ走らせる。


 重い手応えが、腕に返る。


 オークの首が飛ぶ。


 けれど、首が地面へ落ちるより早く、オークの輪郭がほどけていく。

 太い身体も、振り上げかけていた腕も、湿った森の空気に溶けるように薄れた。


 あとには、魔石だけが土の上に転がった。


 その横で、イリスが押さえている小型魔獣に、シリウスの剣がもう一度入る。

 低いうなり声が途切れ、湿った草の上に倒れた。


 僕はすぐに刀を引き、後ろへ下がった。

 胸の奥で、心臓が強く鳴っている。


「バウル、周囲は」


 グレンの声に、バウルがすぐ顔を上げた。

 槍を構えたまま、森の奥へ鼻先を向ける。


「近くには、いません。大丈夫です」


「分かった」


 グレンがオークの残した魔石を拾い、ニコへ渡す。

 ニコは布で包むと、ほかの荷と混ざらないようにしまった。


 魔物が倒れたあとには、魔石だけが残る。

 その光景を初めてはっきり見たのは、三年前のこの森だった。


 森でオーガと遭遇したあの日から、三年が過ぎている。


 あの時は、何が起きているのかを確かめるだけで精一杯だった。

 けれど今は、ダンジョンから出たと思われる魔物がたびたび目撃されるようになり、冒険者ギルドとドリスタ側が協力して、定期的に森を見るようになっている。


 今日も、その定期的な監視として森へ入っていた。


 ダンジョン周辺の森に変化が出ていないかを確かめること。

 魔物や魔獣が、以前より増えていないかを見ておくこと。

 そして、魔力の濃い場所で抑制を続けながら、どこまで動けるかを確かめること。


 また、僕たちのように実戦経験の浅い者にとっては、実際の戦いの中で動きを覚える訓練でもあった。


 森へ入る前に、これまでの監視記録にも目を通していた。


 そこには、魔物の目撃が増えていること。

 それとは別に、魔獣の姿も前より多く確認されていること。

 ダンジョンに近い範囲では、草が薄くなり、土がむき出しになった場所が少しずつ増えていること。


 そうした記録が残されていた。


 北方の国モルトースにある、ファイデンの話もある。

 同じようなことが起きているのなら、ダンジョンを疑うのは自然だった。


 それでも、まだ断定はできない。


 ダンジョンから出た魔物が、森の魔力を変えているのか。

 森そのものの変化が、魔獣を増やしているのか。

 それとも、別の何かが重なっているのか。


 今の僕に分かるのは、東の森が、前より安全な場所ではなくなっているということだけだった。


 日はまだ高い。

 けれど、真上からは少し外れ、木々の影が斜めに伸び始めている。


 森の中で、帰り道まで余裕を残すなら、そろそろ切り上げる時間だった。


「戻りましょう。今日の確認範囲はここまでにします」


 僕がそう言うと、グレンが頷いた。


「承知しました」


 僕たちは隊列を組み直し、東の森を引き返した。


 木々の間を抜け、監視所まで戻る。

 そこで待たせていた馬車に乗り直し、僕たちはドリスタへ向かった。


 馬車が進むにつれて、森の匂いが少しずつ薄れ、代わりに土埃と人の気配が混じり始める。

 遠くから、石を削る音と、人の声が戻ってきた。


 やがて、ドリスタの町が見えてくる。


 町は、三年前と同じようで、どこか違っていた。


 鉱山へ向かう人の流れは、大きく変わったわけではない。

 加工場から聞こえる石を削る音も、前と同じように響いている。

 けれど、その音の中に、別の音が混じるようになっていた。


 加工場の壁際で、こもった空気が外へ押し出される音。

 乾燥用の棚を、細い風が抜ける音。

 鍛冶場の炉へ送られた風が、火を強くする音。


 最初は試作だった風魔石は、今ではドリスタの中に少しずつ根づいていた。


 高品質な風魔石は、まだ高価だ。

 けれど、風が少し揺れる石でも、倉庫の湿気を抜いたり、厠や獣舎の空気を動かしたりするには十分だった。

 きれいに整った風でなくても、止まった空気よりはずっといい。


 そうやって、以前なら不良とされた石にも使い道が生まれた。


 鍛冶場でも変化はあった。

 鋳鉄の試作が進んでいる。


 炉へ送る風が安定したことで、鉄を溶かして型へ流し込む作業が前より試しやすくなった。

 できあがった鋳鉄品は、まだ武器に使えるほどのものではない。

 けれど、同じ形の金具や管の部品を作るには十分だった。


 三年で、ドリスタは急に別の町になったわけではない。

 ただ、あちこちに小さな風が通るようになった。


 町の人たちの視線も、以前とは違っていた。


 見学に来た領主家の子息を見る目ではない。

 森へ行き、戻ってきた一行を見る目だ。


「あ、シリウス様だ」


 誰かの声がした。


 その瞬間、馬車の中でシリウスがぱっと顔を上げた。


「ただいま戻りました!」


 シリウスは窓のそばへ寄り、外へ向かって大きく手を振った。

 町の子どもたちが、笑いながら手を振り返す。

 近くにいた大人たちも、苦笑したり、小さく会釈したりしながら、馬車を見送っていた。


 貴族の子どもと、鉱山町の人たち。

 その距離がなくなったわけではない。


 けれど、ただ遠巻きに見られていたころとは違う。

 シリウスが手を振れば、誰かが返す。

 森から戻ると、ほっとした顔で迎えられる。


 三年のあいだに、ドリスタは少しずつ変わった。

 そして、僕たちと町の距離も、確かに縮まっていた。


 僕は、胸の奥に残っていた森の重さを少しだけ吐き出せた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


先日のランキング掲載以降、たくさんの方に読んでいただけて、とても励みになっています。

ブックマーク・評価・リアクションもいただき、本当にありがとうございます。


たくさんの方に読んでいただいている中で心苦しいのですが、今後は私生活の都合もあり、しばらく更新ペースを2〜3日に1回ほどに調整する予定です。


引き続き、ユキアたちを見守っていただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ