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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第57話 四男は森の答え合わせを聞く

 翌日の冒険者ギルドは、いつもより少し遠く感じた。


 受付の方から聞こえる声も、誰かが椅子を引く音も、壁一枚向こうの出来事のように耳へ届く。

 昨日、東の森から戻ってきたことは覚えている。


 でも、細かな会話までは頭に残っていない。

 覚えているのは、足がひどく重かったことだった。


 怪我はしていない。

 痛むような傷もない。


 ただ、足も腕もじんわり痛かった。

 筋肉痛だ。


 昨日の森では、いつもの訓練とは違う使い方で身体を動かし続けていたらしい。


「こちらになります」


「ありがとうございます」


 ギルドの担当者の声に頷き、僕は奥部屋へ入った。

 後ろにはグレン、ミロス、シリウス、イリスが続く。


 部屋の中には、ガレス、ベルガ、エルヴィン、ラウガ、フィン、ミレアがいた。


「おう、来たか。昨日の今日で呼び出して悪いな。疲れてるだろうが、後に回すと見えなくなることもあるんでな」


 そう言って、ガレスは椅子を顎で示す。


「まあ、空いてるとこに座ってくれ」


「はい」


 僕が椅子へ座ると、シリウスも隣に座った。

 グレン、ミロス、イリスも、それぞれ邪魔にならない位置で控える。


「まずは、昨日、うちの連中を助けてもらったこと、礼を言わせてくれ。感謝する」


 ガレスはそう言って、わずかに頭を下げた。

 乱暴な声なのに、その言葉だけはまっすぐだった。


「いえ、負傷された方は大丈夫ですか」


「朝の時点では落ち着いています。まだ無理はできませんが、命に関わる状態ではありません」


 ミレアが静かに付け加える。


「なら、よかったです」


 挨拶が一段落すると、ベルガが紙束をそろえて、話し始めた。


「お集まりいただきありがとうございます。昨日は想定外のこともありましたが、検証として確認できた部分はあります」


 部屋の空気が少し締まる。


「本来の目的は、魔力の濃い採取地に一定時間留まり、グレン殿とミロス殿が魔力抑制を試した場合、魔力酔いの出方に差があるかを見ることでした」


 ベルガは、話す順番を整えるように続ける。


「途中で救援要請が入り、予定していた確認は中断しています。その後は、救援を優先しました」


 ガレスは黙って頷いている。


「ただ、そこで確認できた体調の変化、動けた者と動けなかった者の差、魔獣の反応は、今後の判断材料になります」


「まず、ラウガ、フィン」


 ベルガが視線を向ける。


「救援時、お二人が奥へ向かわなかった理由を確認させてください」


 ラウガは腕を組んだ。

 顔色は戻っている。けれど、いつもの勢いはまだ戻りきっていない。


「走れないわけじゃなかった」


 ラウガは低く言った。


「だが、あのまま奥まで行って戦える状態じゃねえと判断した」


 悔しさが、声の底に残っていた。

 それでも、言葉を濁さなかった。


「僕も同じだね。奥まで走って戦う余力はなかったよ」


 フィンが続ける。


「あの状態で僕たちまで倒れたら、救援対象が増えただけだ」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 ラウガもフィンも強い。

 それでも、昨日の森では普段どおりに動けなかった。


 強い人でも、場所が変われば、できることが変わる。


 昨日の森は、そのことをはっきり見せてきた。


「次に、グレン殿、ミロス殿」


 ベルガがこちら側へ視線を移した。


「検証地点での抑制状態と、救援時の動きについて、感じた範囲で構いません。確認させてください」


「はい」


 グレンは姿勢を正した。


「検証地点では、魔力の巡りが押されるような感覚がありました。普段より抑えること自体が難しかったです」


「ただ、抑えていた分、巡りすぎることはなかったように思います。救援に向かう時点で抑制を解いたからか、その後は巡りがいつもより強くなりました」


「俺も、だいたいグレンさんと同じっす。抑えにくかったですけど、動けなくなる感じはなかったっす」


 ミロスはそう言って、肩をすくめた。


「実戦で使えねえなら、確認した意味は薄い」


 ガレスが椅子の背にもたれた。


「だが、昨日は魔力の濃い場所に一定時間いて、そのうえ救援まで入った。グレンはオーガを抑え、ミロスは中型魔獣を止めた」


「はい」


 ベルガが頷く。


「一定時間の滞在に加えて、予定外の救援まで入ってこの結果なら、魔力を抑えることに価値はあるように見えます」


「次に、ユキア様」


 ベルガの声で、僕は顔を上げた。


「はい」


「森の中で、魔力酔いの症状はありましたか」


 答えようとして、少し考える。


 昨日の森は重かった。

 息を吸うたび、湿った空気が胸の奥へ沈んでいくようだった。


 でも、グレンやミロスが話していたような、魔力の巡りが押される感覚はなかった。


「空気が重いとは感じました。でも、魔力酔いの症状は出ていません。魔力が押される感じも、僕には分かりませんでした。ただ、魔力を巡らせたときは、いつもより通りやすく感じました」


 そこまで言ってから、僕は昨日の小型魔獣の動きを思い出した。


「あと、ひとつ気になることがありました」


 ベルガが、紙に視線を落とす。


「どうぞ」


「倒れていた冒険者を、少しでも安全な場所へ退避させようとした時、小型魔獣が近くに来たんです。ただ、僕を見ても、飛びかかってきませんでした」


 あの時の小型魔獣の目を思い出す。

 こちらを見ていた。


「でも、冒険者を動かすために魔力を巡らせた瞬間、別の方へ向いていた小型魔獣が、はっきりこちらを見ました」


 咄嗟に魔力を止めると、襲ってはこなかった。

 でも、まだ迷っているようにも見えた。


「以前、一人で魔獣と遭遇した時にも、似たようなことがありました。魔力を巡らせた瞬間に、反応が強くなったんです」


 ベルガが、確認するように言う。


「魔力に反応した、と?」


「そう見えました。だから、間合いに入るまでは魔力を巡らせず、斬りつける時だけ巡らせました。一瞬、反応されましたが、隙を突けたように思います」


 部屋の中が静かになった。


 言葉にしてみると、自分でも危うい話だと思う。

 それでも、昨日のあの場では、そう見えた。


 最初に口を開いたのは、エルヴィンだった。


「そんなことができるのは、今のところ、坊主くらいじゃろうな」


 エルヴィンが言う。


「しかし、グレンやミロスの抑制と、坊主の自然に巡っていない状態は別物じゃ。同じようには扱えん」


「使えるなら大きい話だ」


 ガレスが僕を見る。


「だが、すぐに実戦へ取り入れられるような話じゃねえな」


「はい」


 ベルガが頷いた。


「現時点では、魔力を抑えた状態では魔獣の反応が鈍る可能性がある、という観察材料に留めます。あくまで、ユキア様の体感です。確定した情報としては扱えません」


 確定ではない。


 その言葉に、少しだけ息がしやすくなった。

 小型魔獣の動きも、周囲の音も、僕自身の焦りも混ざっていた。だから、僕の見え方だけで決めつけることはできない。


「それに」


 ミレアが小さく手を上げた。


「治療する側から言うと、魔力酔いで動けなくならないことの方が、今は大事だと思います。治癒者が倒れたら、怪我人を診ることもできませんから」


「そこだな」


 ガレスが短く言う。


「昨日はミレアが回収組にいて、動ける状態だったから怪我人を診られた。だが、治癒者まで魔力酔いで動けなくなったら、助かる人数が変わる」


 ミレアは少し緊張した顔で頷いた。


「わたしも、魔力酔いを抑えられるなら試す意味はあると思います」


 ベルガは次の紙を前へ出した。


「救援された冒険者たちからの聞き取りについても、共有します」


 部屋の空気がまた変わる。


「彼らは、ダンジョンの手前でオーガに遭遇したと話しています。ただし、疲労が強く、遭遇時の細かな状況には揺れがあります」


「魔獣は」


 ガレスが聞いた。


「最初はいなかったそうです。ですが、戦っているうちに、引き寄せられるかのように魔獣が集まってきた、と」


 僕は昨日、ミロスが「増えてる」と言った声を思い出した。

 あの時、案内してきた冒険者の顔色が悪くなった。


「とうとうダンジョンから出てきやがったか」


 ラウガが低く言った。


「出てきた、ですか」


 僕は思わず聞き返した。


 ガレスが、机の上に置かれていた魔石を指で示す。


「昨日のオーガが倒れた後に残ったものだ」


「魔石……」


「ダンジョンの魔物は、息絶えると魔石と化す。ダンジョン内の調査で何度か確認している」


 ガレスの声は重かった。


「つまり、あれは獣が魔獣化したものではなく、ダンジョンから出た魔物と見ていい」


「ダンジョンの魔物は、魔石を媒体として召喚されたものではないかと考えられておる」


 エルヴィンが静かに続ける。


「じゃが、なぜ外へ出たのかまでは分からん。ダンジョンの中で何かが変わったのか、外の魔力が濃くなったのか、それとも別の理由か。そこを決めるには早い」


「ファイデンでは、似たような話が出ている」


 ガレスが言う。


「こうなってくると、こっちも他人事とは言えねえな」


 誰も否定しなかった。


 ベルガは紙束をそろえ直した。


「検証の話に戻します。今回大きかったのは、魔力抑制で魔力酔いを軽減できる可能性が、実戦に近い形で見えたことです」


「本来の検証は途中で中断しました。ですが、救援対応まで入ったことで、滞在だけでは見えない差が出ました」


 ベルガの声は淡々としている。

 だからこそ、言葉が重く聞こえた。


「グレン殿とミロス殿は、抑制を試していたため、ラウガ殿とフィン殿より長く動けた可能性があります。もちろん、個々の役割、体力、訓練量も関わります。ですが、冒険者側として試す価値はあります」


「ラウガ殿、フィン殿、ミレア殿」


 ベルガが三人を見る。


「まずはお三方に、魔力抑制を試していただく形でよいでしょうか」


「俺はやる」


 ラウガは即答した。


「昨日みてえに足が止まるのはごめんだ。役に立つなら覚える」


「僕も試すよ。あの気分の悪さを避けられるなら嬉しいね」


 フィンが苦笑する。


「わたしも、試します」


 ミレアは両手を膝の上で握った。


「治癒者が動けるかどうかは、パーティの生存に関わりますから」


「グレン、ミロス」


 ガレスが二人へ視線を向ける。


「最初の感覚説明を頼みたい。実際に試して、昨日動いたのはお前らだ」


「ユキア様」


 ベルガがこちらを見る。


「ラウガ、フィン、ミレアの三名に、魔力抑制を試す機会をいただけないでしょうか」


「分かりました。こちらで訓練する時に、一緒に試してもらうことでよければ」


 僕はグレンとミロスを見る。


「グレン、ミロス。お願いできますか」


「承知しました」


 グレンが答える。


「俺で説明できる範囲なら、やるっす」


「ありがとうございます。鉱山管理側への報告は、冒険者ギルド側でまとめます」


 ベルガが話を締めた。


「はい、よろしくお願いします」


 僕は、もう一度頷いた。


 昨日の森は、ただ魔力の濃さを確かめる場所では終わらなかった。


 ダンジョンの手前で現れたオーガ。

 後から集まってきた魔獣。


 東の森は、思っていたよりもずっと厄介な場所になっているのかもしれない。


 僕たちは、東の森から帰ってきた。

 大きな怪我もなく、町まで戻れた。


 けれど、あの森で見たものは、これから僕たちが向き合っていくことの、ほんの始まりでしかなかった。


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