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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第56話 四男は無事に帰りたい

 重い足音。

 枝を踏み折る音。

 そして、よく通る声。


「おし、まだ立ってるな!」


 ガレスだった。


 その後ろに、シリウスとイリスが見える。


「兄様!」


 シリウスの声がした。

 けれど、シリウスはそのまま僕へ飛び出しては来なかった。


 イリスが、シリウスの少し前を走っている。

 剣を構え、シリウスが動ける道筋を作るように、小型魔獣のいる方へ身体を向けていた。


「シリウス様、左手側の魔獣から片づけましょう」


「はい!」


 シリウスの返事は、いつもより強い。


 ガレスは一瞬で戦況を見た。

 それから、笑ったわけではないのに、空気が変わった。


「オーガはこっちだな」


 ガレスが踏み込む。


 グレンが、オーガのこん棒をもう一度受け流すように動いた。

 その一瞬、オーガの足が止まる。


「今です!」


 グレンの声に、ガレスの一撃が重なった。


 何がどう当たったのか、僕の目では追いきれなかった。

 ただ、オーガの大きな身体が揺らぎ、膝が落ちる。

 続けて、ガレスがさらに踏み込んだ。


 オーガが倒れる音は、木が倒れたように重かった。


 グレンが抑えていたから、ガレスが入れた。

 そう見えた。


 一方で、ミロスも中型魔獣を押し返していた。

 小型魔獣の横槍が減ったことで、ようやく自分の間合いを作れたのだと思う。


「こっちも、終わらせるっす!」


 ミロスが一歩深く入る。

 中型魔獣が身をひねったところへ、冒険者の一人が横から動きを塞いだ。

 ミロスの剣が、深く入る。


 中型魔獣が倒れた。


 残った小型魔獣の一体が、近くの冒険者の方へ跳ねる。


 僕は下がろうとして、足に力が入らないことに気づいた。


 まずい。


 そう思った時、シリウスの声が飛んだ。


「イリス!」


 同時に、シリウスの手から水の球が勢いよく飛び出す。


 強い魔法ではない。

 けれど、小型魔獣の足元で水が散り、湿った土と落ち葉が跳ねる。

 小型魔獣の踏み込みが、わずかに乱れた。


「前に出ます!」


 イリスが冒険者の前へ走る。

 突進を剣で受け、身体ごと押し止める。


 軽い音ではなかった。

 小さな身体の魔獣でも、勢いを乗せて飛びかかれば、大人の腕を押し返すだけの重さがある。


 シリウスが、イリスの横へ回り込む。


「兄様は下がってください!」


 次の瞬間、シリウスは小型魔獣へ剣を振るった。


 イリスに押し止められていた小型魔獣は、避けきれなかった。

 シリウスの剣が、魔獣の首元へ入る。


 小型魔獣の身体が跳ねる。

 それから、力を失って地面へ崩れた。


「……倒した」


 思わず、声が漏れた。


 シリウスは、すぐに次の魔獣へ向かおうとはしなかった。

 剣を構えたまま、イリスの隣で足を止めている。


「シリウス様、あとは他に任せましょう」


「はい!」


 イリスが、ちらりと僕を見る。


「ユキア様も、こちらへ」


「ありがとう」


 僕が動こうとした時、グレンが戻ってきた。


「ユキア様、お怪我は」


「大丈夫です。グレンこそ、大丈夫ですか」


 言ってから、自分でも大丈夫とは言いにくい状態だと思った。


「問題ありません」


 グレンは短く頷くと、僕の斜め前に立ち、周囲へ視線を走らせた。


 戦いは、急に終わったわけではない。

 それでも、ガレスが来てからの流れは明らかに違った。

 崩れかけていた線が、一本ずつ戻っていく。


 残っていた小型魔獣も、ミロスと冒険者たちによってほどなく倒された。


 森に、荒い息だけが残った。


 誰もすぐには笑わなかった。

 助かった、と言うには、地面に倒れている人と、血の匂いが近すぎた。


「まず、負傷者の確認だ。ただ、周囲への警戒は切るなよ!」


 ガレスの声で、冒険者たちが動き出す。

 グレンは僕のそばを離れず、倒れた魔獣と森の奥へ交互に視線を向けていた。


 その光景を見て、ようやく息が抜けた。

 同時に、自分の足に力が入っていないことに気づいた。


 膝が重い。

 息がまだ整わない。

 手も震えている。


「兄様!」


 シリウスが駆け寄ってくる。


「兄様、大丈夫ですか」


「うん。大丈夫。怪我はないよ」


 魔獣の牙を受け止めた嫌な音は残っている。

 でも、身体に強い痛みはなかった。


 シリウスは僕の顔を見て、ほっとしたように息を吐いた。

 それから、倒れた小型魔獣の方をちらりと見る。


「……兄様が、倒したのですか?」


「うん。必死だっただけだけど」


 本当に、それだけだった。

 強くなったという気持ちより、苦しさと、怖さと、足りなさの方がまだ胸の奥に残っている。


 倒せることと、続けて動けることは、まったく別だった。


 魔力の扱いは、思ったより上手くいった。

 刃も届いた。


 でも、息が続かなかった。


「シリウスの方がすごかったよ。来てくれた時は、本に出てくる勇者みたいに見えた」


「ぼくが、勇者ですか?」


 シリウスの目が、ぱっと開いた。


「うん。少なくとも、僕にはそう見えた」


「兄様の勇者……」


 シリウスは小さくつぶやいて、それから慌てたように顔を上げた。


「ぼく、兄様を守れましたか」


「守ってくれたよ」


 僕がそう言うと、シリウスは嬉しそうに、けれど少しだけ泣きそうな顔で頷いた。


 その向こうで、ガレスが倒れていた冒険者を抱え上げていた。

 こちらを見ないまま、ガレスが言う。


「話は後だ。今は怪我人と、帰ることが先だ」


 僕はシリウスを見た。


「シリウス、帰ろう」


「はい、兄様」


 すぐに、血の混じった森の空気が戻ってくる。


 終わったのは、この場の戦いだけだ。


          ◇


 分岐地点へ戻る道は、来た時より長く感じた。


 負傷した冒険者たちは、互いに肩を貸しながら歩いている。

 ガレスは、倒れていた冒険者を抱えたまま先を急いでいた。


 僕はグレンの近くを歩いた。

 シリウスはイリスに促され、僕の少し後ろにいる。

 いつもならすぐ隣に来たがるのに、今はぐっとこらえているようだった。


 やがて、見覚えのある分岐地点が見えてくる。


「戻ったか」


 ラウガの声がした。


 ラウガは立ち上がりかけて、すぐに顔をしかめる。

 フィンもそばにいた。

 顔色はよくない。けれど、こちらを見る目ははっきりしていた。


「怪我人が先だね」


 フィンの声に、ミレアがすぐ動いた。

 抱えられていた冒険者のそばへ膝をつき、状態を確かめる。


「こちらへ。順番に見ます」


 短い言葉だった。

 けれど、その声を聞いた冒険者たちの肩から、力が抜けたように見えた。


 ミレアは傷の重い者から順に手を当てていく。

 傷が塞がり、血の気の引いていた顔に少しずつ色が戻る。


「傷は塞がりました。ですが、体力までは戻りません。無理はしないでください」


 ミレアの言葉に、冒険者が小さく頷いた。

 立ち上がる足取りは重い。

 それでも、誰かに抱えられたままではなく、自分の足で進めるようにはなっていた。


「坊主、無事か」


 ラウガがこちらを見る。


「はい。このとおりです」


 僕は軽く手を広げて見せた。


「ふらふらしてるみたいだが、上出来だ」


 言い返そうとして、言葉が出なかった。

 足が重い。

 息もまだ浅い。


 グレンが僕の斜め前に立ったまま、周囲へ視線を走らせている。


「長居はできないね」


 フィンが森の奥を見た。


 誰も反論しなかった。


 ミレアの応急治療が終わると、負傷者たちはもう一度、互いに肩を貸し合った。

 ガレスが先頭に立ち、ラウガとフィンも無理のない範囲で警戒に加わる。


 僕たちは、東の森を離れるために歩き出した。


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