第52話 四男は装備を吟味する
東の森へ行く話が、決まった。
僕、グレン、ミロスが検証者、シリウスとイリスが護衛者として同行する。
ただ、すぐに森へ向かえるわけではない。
その日の夕方、僕たちは滞在部屋で、東の森へ向かう前の準備について確認していた。
「編成と検証手順は、冒険者ギルド側で検討しています。それとは別に、装備の確認が必要です」
「装備、ですか」
「はい。森に入るなら、普段の町歩きとは違います。動きやすく、邪魔にならず、最低限身を守れるものが必要です」
ミロスが壁際で軽く肩を回した。
「枝とか石とか、地味に痛いっすからね。森って、魔獣より先に足元と服が敵になることもあるっすよ」
「それは、分かります」
僕は自分の袖口を見た。
町の中で着る服と、訓練場で動く時の服と、森へ入る時の装備は違う。
分かっているつもりでも、具体的に何をどう整えればいいのかは、僕だけでは判断できない。
「マルタさんの工房へ、確認を入れてもらえますか」
「はい」
ニコが、手元の書きつけへすぐに目を落とした。
「オスカー様経由で確認してみます」
「うん。お願い」
そうして、東の森へ向かうための支度が、一つずつ動き出した。
◇
翌朝、僕たちはマルタの工房へ向かった。
あとは実物を前に、何が必要なのか、何を直すべきなのかを確認するだけだ。
工房の前で足を止めると、中からマルタが顔を出した。
「聞いてはいたけど、本当に大所帯だねえ」
「お忙しいところ、ありがとうございます」
僕が頭を下げると、マルタは片手を振った。
「話は通ってるよ。森に入る前に、装備を見ておきたいんだろう」
マルタは工房の奥へ顎を向けた。
「うちのじいさんが見るよ。口はちょっと面倒だけど、腕は確かだから、そこは安心しな」
中へ入ると、油と革と金属の匂いが濃くなった。
棚には武器や防具が並び、壁際には磨かれた魔石や、魔道具が置かれている。
奥からブルーノが出てきた。
その後ろから、年を重ねたドワーフのグスタフが、短く唸るような声を漏らして姿を見せる。
「子どもの装備合わせか。遊びじゃないなら、半端なものは持たせんぞ」
「もちろんです。半端な装備で森へ入れる気はありません」
グレンが静かに答えた。
グスタフは、グレンの腰の装備に一度目をやり、それから僕とシリウスを見比べた。
「なら、よく見せろ。背伸びした装備は、怪我のもとだ」
その言葉に、シリウスが少しだけ背筋を伸ばす。
……気持ちは分かる。
「まずは武器から見るかい」
マルタが言った。
「はい。刀はありますか」
マルタの目が細くなった。
「また珍しいものを求めるねえ」
「やっぱり、珍しいんですね」
「少なくとも、うちで毎日出る品じゃないよ」
マルタが肩をすくめると、グスタフが棚の奥へ目を向けた。
「本刀と副刀が一本ずつ、倉庫にあった気がするな」
「あるんですか」
思わず声が弾んだ。
刀。
本でこの世界にあることは知っていたが、実物を見られるとは思っていなかった。
「使い手が少ないから、今はほとんど作っとらん。残っていたはずだ」
「エッダ、奥の布包みを見てきな。長いのと短いのが一組ある」
「はい、母さん」
エッダが倉庫へ走りかけて、グスタフに睨まれ、慌てて歩く速さに落とした。
少しして、エッダは布に包まれた二本の武器を抱えて戻ってきた。
作業台の上に布が広げられる。
長い刀と、短い刀。
前世の感覚で言えば、本差しと脇差に近い。
ただ、その言葉は飲み込んだ。
ここで余計な説明をしても、たぶん誰にも伝わらない。
「長い方が本刀。短い方が副刀だ」
僕は頷き、長い方の本刀を持った。
持てないわけではない。
けれど、長い。
腰に当ててみると、今の僕の体には明らかに余る。
森で枝や足元を気にしながら動くことを考えると、邪魔になる未来が簡単に想像できた。
「長いですね」
「今の体格で振るものじゃないな」
グスタフはすぐに言った。
次に、副刀を持たせてもらう。
本刀ほど振り回される感じはない。
腰に差しても、歩く時に邪魔になりにくそうだった。
「使うなら短い方だな」
グスタフが言う。
「長い方は、今は持っていかん方がいい」
「はい。僕も、そう思います。抜いてみてもいいですか」
「好きにせえ」
鞘から抜くと、片刃の刃が工房の灯りを細く返した。
剣とは違う、わずかに反った形。
実物を手にすると、想像していたよりずっと、不思議なものに思えた。
「へえ。面白い形してるっすね」
ミロスが、少し身を乗り出した。
「普通の剣とは、重さの流れが違って見えるっす」
重さの流れ。
そう言われると、扱いやすそうだと思っていた印象が、少し変わる。
短いから簡単、というものではなさそうだ。
僕は刀を鞘に納め、本刀と副刀を見比べた。
対で残っていたものを、片方だけにするのは惜しい。
それに、長い方も、いつか試してみたい。
「あの、できれば二本とも購入したいです」
マルタが目を丸くした。
「珍しいもの好きだねえ、坊やは」
マルタは少しおかしそうに笑った。
「買ってくれるなら、こっちはありがたいさ。ただ、長く倉庫に置いてあった品だ。渡す前に、刃も柄も鞘も見直す。実際に腰へ下げるなら、携行の具合も合わせないとね」
「お願いします」
僕は、一度頷いた。
「兄様」
横から、シリウスの声がした。
見ると、シリウスは本刀と副刀をきらきらした目で見ていた。
「ぼくも、兄様と同じものが欲しいです!」
「シリウス様!」
ティナの声が、裏返った。
「東の森へ行く前に、訓練で馴染んでいない武器へ替えるのはおやめください」
ティナは必死だった。
手元の書きつけを抱えたまま、シリウスの前へ半歩出ている。
僕は副刀を作業台へ戻す。
「シリウスは、今の動きに合う武器を選んだ方が強いと思う」
「今の動き、ですか」
「うん。昨日見せてくれた動きは、シリウスが今まで練習してきた剣だからできたんだと思う。僕と同じものを使うより、シリウスが動きやすい方を選んだ方がいい」
シリウスは、真剣な顔で考えた。
「なるほどです! まずは剣にします!」
まずは。
その言葉に、ティナがわずかに眉を動かした。
けれど、今この場で刀を欲しがらないだけでも十分だと思ったらしい。
「はい。まずは、剣でお願いいたします」
ティナが、目に見えて息を吐いた。
「ありがとうございます、ユキア様」
「ティナも、いつも大変だね」
「……いえ。シリウス様にお仕えする以上、当然のことです」
そう言いながらも、ティナの声には疲れが混ざっていた。
「なら、次はシリウス坊やの剣だね」
ブルーノが並べた剣を、シリウスは一本ずつ確かめていく。
柄の太さ、重さ、刃の幅。
どれも少しずつ違う。魔石粉を使った仕上げのものは、魔力を通した時の感覚も変わるらしい。
何本か試したあと、シリウスは訓練で使う剣に近く、それでいて魔力を通しやすい一本を選んだ。
ブルーノがそれを基準に調整することになり、ティナが横で急いで書きつけていた。
「次は防具だ」
森へ入るため、重すぎる鎧ではなく、革鎧や手甲、脚甲、肩と胸の補強を、動きやすい範囲で合わせていく。
僕とシリウスは並んで立たされ、腕を上げ、しゃがみ、歩き、何度も付け外しを繰り返した。
完全に着せ替え人形だ。
リズは僕の装備が擦れそうな位置を見て、ティナはシリウスの装備内容を書きつける。
グレン、ミロス、イリスは護衛の目で、防具の重さや動きやすさを確認していた。
最終的に、防具は僕とシリウスの体格に合わせて、紐や留め具を直してもらうことになった。
防具合わせが一段落した頃、僕はニコが弓の棚を見ていることに気づいた。
ニコは手を伸ばしていない。
ただ、並んだ弓をじっと見ている。
「ニコ」
「は、はいっ」
呼ぶと、ニコは慌ててこちらを向いた。
「弓に興味があるの?」
ニコは少し迷ってから、小さく頷いた。
「その……フィンさんのように、周囲を見て、必要な時に支えられるようになれたら、と思いまして」
フィンのように。
ニコは、ただ憧れているだけではないのだと思った。
自分がどこに立てるのかを探している。
「警備の人たちに、訓練用の弓がないか聞いてみよう」
「よろしいのですか」
「気になったなら、試してみよう。合うかどうかは、持ってみないと分からないし」
「はい。やってみます」
ニコは小さく頷き、もう一度、弓の並ぶ棚を見た。
さっきより少しだけ、目が前を向いていた。
改めて周りを見渡すと、皆それぞれに、気になるものを見つけていた。
バウルは武器の棚の前で、槍、短剣、棍棒、弓を順番に見ていた。
許可をもらっていくつか持たせてもらうと、シリウスもすぐ横で目を輝かせる。
槍は長すぎて、短剣は構え方が分からない。
棍棒は重く、弓は持つだけで終わった。
それでも、シリウスが一緒に楽しそうに見ているせいか、バウルも少し肩の力が抜けていた。
グレンは、棚に並ぶ剣や鎧を静かに見ていた。
手に取って、重さや作りを確かめて、すぐに戻す。
ミロスは、壁際に置かれた魔道具に目を引かれていた。
そのたびに、イリスに「見物ではないぞ」と硬い声で引き戻されている。
東の森へ向かうための準備のはずなのに、工房の中は思ったよりにぎやかだった。
武器を見て、防具を合わせて、誰かの反応に少し笑いそうになる。
そういう時間があるだけで、森へ向かう怖さも、少しだけ薄まる気がした。
まずは、東の森へ向かうための支度が一つ、形になった。




