第48話 四男はギルドの相談を聞く
翌朝、僕はグレンとミロスと一緒に、冒険者ギルドへ向かっていた。
グレンは、いつもより表情を引き締めていた。
ミロスは隣を歩きながら、軽く肩を回す。
「冒険者ギルドから呼び出しって、あまり穏やかじゃないっすね」
「そうだな」
「もしかして、引き抜きっすかね。俺とグレンさんを」
「それは僕が困るよ」
思わず言うと、ミロスがこちらを見て笑った。
「坊ちゃんにそう言ってもらえるなら、悪い気はしないっすね」
「冗談に乗るな」
グレンが短く言った。
けれど、ミロスの声はいつもより少しだけ抑えられている。
僕も、二人の名前がわざわざ出ていたことが気になっていた。
「二人とも、何か心当たりはありますか」
「いえ。昨日来た使いの者も、詳しい内容までは知らない様子でした」
「俺もないっすね。あるとしたら、坊ちゃんの師匠絡みくらいっすけど」
「エルヴィンか」
先日、エルヴィンへ封書を渡した。
でも、それなら呼ばれるのは僕だけでよい気もする。
グレンとミロスの名が出た理由は、やはり分からないままだった。
◇
冒険者ギルドの中は、朝から人の出入りが多かった。
受付の前で、順番を待つ者。
壁の依頼札を見る者。
腰の武器を確かめながら誰かを待つ者。
受付に用件を告げると、すぐに奥へ確認が入った。
しばらくして戻ってきた職員に案内され、僕たちは奥の部屋へ向かった。
部屋の中には、ベルガとエルヴィンがいた。
それから、もう一人。
大きな体を椅子に預けた男が、こちらを見ている。
おそらく、この人がガレスなのだろう。
「来たか」
男は低く笑って、座ったまま片手を軽く上げた。
「冒険者ギルド支部のガレスだ。まあ、座ってくれ」
「ガレス」
すぐにベルガが横から口を挟んだ。
「領主家のご子息です。もう少しきちんとしてください」
ガレスは面倒そうに頭を掻いた。
一拍置いてから、僕は口を開く。
「僕は気にしていません」
「ユキア様がそうおっしゃってくださることと、こちらが礼を欠いてよいことは別です」
ベルガはそう言って、軽く咳払いをした。
「お呼び立てして申し訳ありません、ユキア様。グレン殿、ミロス殿も、お越しいただきありがとうございます」
「いえ。お話があると伺いました」
ベルガに促され、僕たちは席についた。
エルヴィンは、部屋の端にある椅子へ深く腰かけていた。
口を挟む気はなさそうだ。
それでも、視線だけはこちらを向いている。
先日の封書。
東の森。
冒険者ギルドからの呼び出し。
別々だったものが、同じ場所へ集まり始めている気がした。
「急に呼んで悪かったな」
ガレスが切り出した。
「本来なら、もう少し手順を踏む話です。ただ、今回は冒険者ギルドだけの都合ではありません」
ベルガが続ける。
「ドリスタと東の森、それに魔力水素材の採取にも関わります。加えて、グレン殿とミロス殿にも関わる話です。ですので、お二人にも同席していただきました」
やはり、二人の名が出たことには理由があるらしい。
「まず、東の森についてお話しします」
ベルガは、机の上に置かれた書きつけへ視線を落とした。
「最近、東の森で魔獣の報告が増えています。小型の魔獣、獣の動きの変化、採取地周辺での異変。どれも一つ一つなら、森では起こり得る話です」
「一つなら、ですか」
「はい。ただ、同じ時期に重なっていることが問題です」
ベルガの声は落ち着いていた。
机の上の書きつけを指で追いながら、一つずつ確かめるように話している。
「北方の国モルトースにある街、ファイデンでは、もっと深刻な問題になっています。魔物が増え、木が枯れ、土が荒れ、水場が濁るような報告もあります」
ファイデン。
その名前を聞いて、僕はエルヴィンの小宅で聞いた話を思い出した。
遠い場所の話だったはずなのに、今は東の森と並べて語られている。
「それは、東の森でも同じことが起きているという意味ですか」
「そこまでは言えません」
ベルガはすぐに首を横に振った。
「ファイデンで起きていることは、ダンジョンを中心に出ているらしいという見立てです。ですが、同じ原因だと決まったわけではありません。東の森も同じ状態になると断定できる段階ではありません」
「だが、似た気配はある」
ガレスが短く言った。
「放っておくと、採取にも周辺の安全にも響く可能性がある。そういう話だ」
東の森は、ただの森ではない。
魔力水素材の採取にも関わる場所だ。
そこに異変が出れば、ドリスタの仕事にも影響する。
「調査は、進んでいないのですか」
「進めています。ただ、難しいのです」
ベルガは、書きつけの一枚を指で押さえた。
「ダンジョンや魔力水素材の採取地は、魔力が濃い場所にあります。そのため、魔力酔いが出やすくなります」
魔力酔い。
その言葉で、以前見た冒険者の顔色を思い出した。
頭を押さえ、吐き気をこらえるようにしていた姿だ。
「症状は、頭痛、吐き気、めまい、判断力の低下、魔力操作の乱れなどです。軽いうちは休ませれば戻ることもありますが、森の中で判断が鈍るのは危険です」
「魔物が出る場所なら、なおさらですね」
「はい。ダンジョン内を調査しようにも、内部の魔物は強く、討伐してもすぐ安全になるわけではありません。時間を置けばまた出てくるようで、奥まで調べる前にこちらが消耗します」
それがどういう仕組みなのか、僕には分からない。
ただ、何度か倒せば終わるものではないのだろう。
「採取依頼にも影響が出ています。これまで使っていた採取範囲の近くでも、魔獣の報告が増えました。依頼条件を見直さなければなりません」
「そこで、だ」
ガレスが、グレンとミロスへ視線を向けた。
「お前たち、魔力の巡りを抑える訓練をしてるそうだな」
グレンの眉がわずかに動いた。
ミロスは一瞬だけ僕を見てから、エルヴィンへ視線を移す。
エルヴィンは、いつものように椅子へ深く腰かけ、黙って様子を見ていた。
「爺さんから聞いた」
「東の森の調査について、エルヴィン殿には相談役として意見をいただいています」
ベルガが説明を引き取る。
「その中で、魔力酔いに対して、魔力を抑えることが役に立つ可能性があるという見立てをいただきました」
僕が以前、エルヴィンに話したことだ。
エルヴィンは、理屈の上では有効だと見たのだろう。
「ただし、魔力を抑える、という考え方自体がまだはっきり整理されていません。それが魔力酔いに役立つかどうかも、分かっていない段階です」
「試してみたい、ということですか」
「はい。ですが、いきなりダンジョン調査へ行く話ではありません。まずは魔力水素材の採取地に同行していただき、そこで通常の冒険者と比べて、魔力酔いの出方に違いがあるかを見たいのです」
グレンとミロスの名が出た理由が、ようやく分かった。
二人は冒険者ではない。
けれど、魔力を抑える訓練をしている者として、確認したい対象になったのだ。
「念のため申し上げますが、グレン殿とミロス殿を冒険者扱いするものではありません」
ベルガは、そこをはっきり区切った。
「お二人はユキア様の護衛です。こちらで勝手に依頼へ組み込むことはできません。ですから、これは依頼の確定ではなく、検証協力の相談です」
「我々がユキア様の護衛である以上、任務を離れる判断はできません」
グレンが静かに言った。
「その通りです。鉱山管理側、ユキア様側の予定、護衛体制を確認した上でなければ、具体的な話にはできません」
「俺たちが行ったとして、ただ採取地に立ってればいいって話なんすかね」
ミロスが尋ねる。
ベルガは頷いた。
「最初の確認としては、それに近い形になります。採取や戦闘をしながらでは、何が原因で体調に変化が出たのか分かりにくくなりますから」
ベルガの指先が、書きつけの上を順に動く。
「一定時間、魔力の濃い場所に留まり、魔力を抑えることに集中していただく。その間の症状と、変化が出るまでの時間を記録する。まずはそこからです」
「思ったより地味っすね」
「地味で済むようにするための確認です」
ベルガは静かに言った。
「ただし、酔いが出た者をそのままにするわけにはいきません。周囲を警戒する者、下げる者、記録する者は分ける必要があります」
「面倒だが、そこを雑にすると、何も分からん」
ガレスは頭をかいた。
魔力酔いになりやすい場所へ行き、反応の差を見る。
でも、危険だと判断すれば下げなければならない。
その間にも、採取地周辺では魔獣が出る恐れがある。
考えることが、一つではない。




