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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第47話 四男は選択肢を増やしたい

 翌朝、バウルはニコの横で、落ち着かない様子のまま木剣を抱えていた。


 場所は、僕たちが滞在している建物の一室だ。

 部屋の隅には、水差し、布、木剣、休憩用の小さな荷物が並べられている。


 ニコが一つずつ確認し、バウルが指示されたものを運ぶ。

 ただそれだけの作業なのに、バウルの耳は忙しなく動いていた。


「バウルさん、それは訓練場所へ持っていくものです。こちらの籠に入れてください」


「分かりました」


 バウルは返事をして、すぐに手を動かす。

 何もせずに待っているより、何か役目があった方が落ち着くのだろう。


 昨日の匂いの試験のあと、バウルは追加確認のため、一時的にこちらの滞在場所で預かることになった。

 正式に配置が変わったわけではない。

 鉱山の作業から一時的に外し、様子を見るための暫定対応だ。


「ユキア様、準備できました」


 ニコに告げられ、僕たちは日課の訓練に向かった。


 警備の訓練場には、朝の湿った空気が残っていた。


 踏み固められた地面の上で、木剣を打ち合わせる鈍い音が響く。

 離れたところでは、他の警備の人たちが体を動かしていたが、僕たちの周りは空けられていた。


 グレンとミロスは、軽く体を温めたあと、魔力を抑えた状態で鍛錬を始めた。


「前より、動きが滑らかになっていますね」


 僕が言うと、グレンは木剣を下ろした。


「少しずつですが、慣れてきた実感はあります」


「前よりは、自重鍛錬も回数をこなせるようになったっす。まあ、同僚には何やってんだって笑われましたけど」


 ミロスが息を吐きながら言った。


 二人を見ると、以前より体つきに厚みが出ているように見える。


 ただ、それだけで効果が出ているとは言い切れない。

 けれど、続ける意味はあると思えた。


 その横で、バウルは、木剣を持ったまま、グレンとミロスをじっと見ていた。

 訓練に憧れているような顔だ。

 でも、自分がそこへ入ってよいのか、まだ迷っているようでもある。


「バウル」


「は、はい」


「君も、少し試してみますか」


 バウルの耳が立った。


「やって、いいんですか」


 嬉しそうな声だった。

 けれど、次の瞬間には不安そうに視線が揺れる。


「でも、僕、うまくできるか分かりません。弱いので」


 僕は少し言葉を探した。


 ここで大きなことを言いすぎてもいけない。

 バウルの匂いの感覚は、まだ正式に使えると決まったわけではない。

 身体づくりをしたからといって、すぐ何かが変わるわけでもない。


 それでも、昨日からずっと考えていた。


「バウル、君の鼻は、役に立たないものではないと思うんです」


 バウルが瞬きをする。


「ただ、役に立つ場所まで、行けなかっただけかもしれません」


「役に立つ場所……」


「はい。匂いで危険や違いに気づけても、その場へ行けなければ使えません。危ない場所から逃げる。近づかないようにする。気づいたことを誰かに伝える」


 ラウガに言われたことを思い出す。


 強ければ、選択肢が増える。


 その強さは、戦うためだけのものではないはずだ。


「強くなれば、選べることが増えます。戦うためだけじゃありません」


 バウルは、木剣を抱えたまま黙っていた。


「今、やっていることは、魔力が弱い人でも強くなれる方法だと僕は思っています。まずは、試してみませんか」


 耳がぴんと立ち、尾が一度だけ揺れる。


「……やってみたいです!」


 ニコが、バウルの隣に立った。


「バウルさん、僕と一緒にやりましょう」


「じゃあ、ニコ、教えてもらっていいかな」


「はい」


 バウルは、ニコに並んでもらいながら、魔力を抑える感覚と、身体を鍛えるやり方を教わった。

 うまくできているかは分からない。

 けれど、バウルは身体を動かすこと自体が楽しそうだった。


 それが、僕には嬉しかった。


「兄様!」


 その時、聞き慣れた明るい声が訓練場所に響いた。


 振り向くと、シリウスが目を輝かせていた。


「訓練しているんですか?」


「うん。前からみんなに魔力の巡りを抑える訓練をしてもらってるんだ」


「魔力を抑える……魔力をなくすってことですか?」


「まあ、そういうことかな」


 シリウスは、僕の言葉をそのまま受け取るように頷いた。


「魔力をなくすってことは、兄様と同じですか!」


「うん。ちゃんと巡らない状態にできたなら、同じだと思う」


 シリウスの表情が、ぱっと明るくなる。


「では、僕もやります!」


 即答だった。


「じゃあ、少しやってみようか」


「はい!」


 シリウスは元気よく返事をした。


 僕は、シリウスにグレンやミロスに伝えたことと同じように、抑える感覚を伝えた。

 シリウスは真剣な顔で聞いていたが、目の奥が楽しそうに光っている。


「魔力を、内側で静かに……」


 シリウスはそう呟き、息を整えた。


「む、難しいです」


 やはり、すぐにはできないらしい。

 イリスを横目で見ると、彼女も試しているように見えた。


 何度か繰り返しているうちに、シリウスは急に足元を見た。


「兄様、身体が重いです! 面白いです!」


 シリウスは、その場で一歩だけ動こうとして、すぐに止まった。

 うまくできているわけではないようだ。

 たぶん、ほんの一瞬、普段と違う感覚を掴んだだけだ。


 それでも、シリウスはとても嬉しそうだった。


「兄様と同じです!」


「少し近い感じ、かな」


「はい! 少し同じです!」


 言い方を変えても、喜びはあまり減らなかった。


 バウルが、その様子を見て小さく笑った。

 自分も訓練を楽しんでよいのだと、思えたのかもしれない。


 訓練が終わる頃には、バウルの額にも汗がにじんでいた。


 激しく動いたわけではない。

 ただ、慣れない感覚で身体を使ったせいか、思ったより疲れたらしい。


 リズが水を渡すと、バウルは両手で受け取った。


「ありがとうございます」


「無理はしないでくださいね」


「はい。でも、楽しかったです」


 リズが小さく笑う。


 バウルはそれに気づいて、照れたように木杯へ目を落とした。


 僕は少し離れたところから、その様子を見ていた。


 バウルの匂いの感覚は、まだ正式に使えると決まったわけではない。

 昨日の確認だけで、仕事にできるほど簡単ではなかった。


 でも、もし身体を少しずつ作れたなら。

 バウルの鼻は、今より使い道が増えるかもしれない。


 これは、バウルだけの話ではないような気がした。


 弱いと見なされていても、別の何かに気づける人はいるかもしれない。

 ただ、その気づきを役目にできる場所まで行くための身体がない。

 伝える立場がない。

 だから、価値が表に出ない。


 もちろん、そんな人が必ずいるとは言えない。

 鍛えれば誰でも強くなる、という話でもない。


 けれど、弱いと見なされたまま終わらせる前に、身体を作り、役目を探す道はあるのかもしれない。


 僕はまだ、その先をうまく言葉にできなかった。


 だから今は、目の前で水を飲んでいるバウルの姿を、覚えておくだけにした。


 それから数日、ドリスタでの滞在は慌ただしく過ぎていった。


 午前は予定されていた視察を続け、風の試験設備では記録が増えていく。

 バウルの匂いについても、オスカーが結果を整理し、必要な分だけ追加確認を進めていた。


 すぐ成果になるものは少ない。

 けれど、少しずつ前に進んでいるように思えた。


          ◇


 その日の夕方、訓練を終えようとしていた時だった。


 訓練場の外側で、イリスが先に顔を上げた。

 それに続いて、グレンもそちらを見る。


 鉱山管理からの使いの者が、こちらへ近づいてきていた。


「ユキア様。冒険者ギルドから、鉱山管理を通してお話が届いております」


「冒険者ギルドから、ですか」


「はい。ユキア様に、ギルドまでお越しいただけないかとのことです。可能であれば、グレン様とミロス様もご一緒に、と」


 その場の空気が、少し変わった。


 ただの予定確認なら、僕だけでいいはずだ。

 護衛として同行するのは当然でも、わざわざグレンとミロスの名を出す必要はない。


 ミロスの表情から、軽さが消えた。

 グレンも、短く目を細める。


「詳しい話は、ギルドで直接お伝えしたいとのことでした」


 使いの者は、それ以上は言わなかった。


 何だろう。


 思い当たることがあるとすれば、エルヴィンに会いに行ったことくらいだ。

 けれど、それなら僕だけでよい気もする。


「いつ伺えばよいでしょうか」


「明日の午前であれば、予定を調整できるとオスカー様から伺っております」


「分かりました。明日の午前に伺います」


 グレンとミロスが、そろって姿勢を正した。


 何の話なのかは、まだ分からない。

 ただ、グレンとミロスの名が出た理由だけが、胸の奥に引っかかっていた。


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