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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第46話 四男は気になる言葉を拾う

 僕たちはいったん滞在部屋に戻り、父から預かった封書を手にして、冒険者ギルドへ向かった。


 扉をくぐると、聞き覚えのあるざわめきがあった。


 人の声。

 革と鉄の匂い。

 壁に掛けられた依頼札が、誰かの手でめくられる音。


 前に来た時と同じようで、少し違う。

 今回は、僕が自分の用事で受付へ向かっている。


 子どもが入ってきたからだろう。

 何人かの冒険者が、こちらを物珍しそうに見た。

 グレンとミロスが左右に立っているため、近づいてくる人はいない。


 僕は受付の前で足を止めた。


「エルヴィンという方が、こちらに滞在していると聞いたのですが」


 受付の女性は、すぐに表情を整えた。


「関係者の方でしょうか。お名前を伺ってもよろしいですか」


「ユキア・ヴァンハルトと申します」


 その瞬間、近くの空気が分かりやすく止まった。


 さっきまでこちらを見ていた冒険者たちが、急に依頼札へ目を戻す。

 ある者は杯を見つめ、ある者は壁の傷を確認し始めた。

 手元の荷物を必要以上に整える人もいる。


 見ていません。

 聞いていません。

 そう言いたげな背中が、いくつも並んだ。


 前に食事処で似たような空気を見たことがある。

 あの時よりは、驚かなくなった。

 慣れたというより、そうなる理由が少し分かってきただけだけれど。


 受付の女性は、奥へ確認に向かった。

 しばらくして戻ってくると、丁寧に頭を下げる。


「エルヴィン様でしたら、近くの小宅に滞在されています。案内の者をつけます」


「ありがとうございます」


 エルヴィンは、やはり冒険者ギルドでも知られている人なのだろう。

 受付の動きに迷いはなかった。


 僕たちは礼を言って、受付から離れた。


 出口へ向かおうとした時、扉の近くで男がふらついた。

 肩を支えていた仲間の冒険者が、慌てて腕を掴む。


「おい、そこで止まるな。座れ、座れって」


「……悪い。足元が変だ」


 ふらついた冒険者は、顔色が悪かった。

 汗も出ている。

 怪我をしているようには見えないが、目の焦点が少し合っていない。


「大丈夫ですか」


 思わず声をかけると、仲間の冒険者がこちらを見て、ぎょっとした顔をした。

 すぐに僕が誰か思い出したのか、背筋を伸ばしかける。


「そのままで大丈夫です。具合が悪いのでしょう」


「あ、はい。こいつ、魔力酔いになっちまって。魔力水素材の採取依頼から戻ったばかりでして」


「魔力酔い……」


 昨日、オスカーが口にしていた言葉だ。

 自然魔力が濃い場所では、魔獣だけでなく魔力酔いの問題もある。


 ふらついた冒険者は、壁に手をつきながら小さく息を吐いた。


「こいつ、調子に乗って長居したっぽくて。普段より動け過ぎると、加減を忘れるんです」


「忘れたんじゃねえ。分かんなくなるんだ」


 本人は言い返したが、声に力はない。


 普段より動ける。

 加減が分からなくなる。


 その二つの言葉が、妙に耳に残った。


 魔力酔いというのは、ただ気分が悪くなるだけのものではないのかもしれない。

 でも、今の僕にはそれ以上のことは分からない。


 僕は、グレンとミロスを見上げた。


 グレンは、ほんのわずかに首を振った。

 声をかける以上のことはしない方がいい、という合図に見えた。


 ミロスも余計な口は挟まず、周囲と冒険者の様子を見ている。


「休めば落ち着くものなのですか」


「大抵は。しばらく横になれば落ち着きます。無茶しなけりゃ、ですけどね」


「分かりました。無理をしないでください」


 僕がそう言うと、仲間の冒険者は何度も頭を下げた。

 ふらついた冒険者は、座らされながら気まずそうに片手を上げる。


 魔力酔い。


 その言葉が気になったまま、僕たちは冒険者ギルドを出た。


          ◇


 小宅は、冒険者ギルドから遠くない場所にあった。


 通りから一本入った先にある、目立たない家だ。

 大きくもないし、飾りもない。

 ただ、扉と窓の周りは手入れされていて、短い滞在には十分そうに見えた。


 グレンが先に周囲を確認し、ミロスが反対側の通りを見る。

 僕は二人の確認が終わるまで、扉の前へ近づかない。


 前回の事故の後、こういう待ち方にも少し慣れた。

 焦っても、護衛の仕事を増やすだけだ。


「問題ありません」


 グレンの声を受けて、案内役が扉を叩いた。


 中から、聞き慣れた低い声が返ってくる。


「開いとる」


 扉を開けると、エルヴィンが机の前にいた。


 机の上には、地図らしき紙、古い書きつけ、短い覚書が広げられている。

 ただし、僕の位置から読める向きには置かれていない。


 エルヴィンは顔を上げ、僕を見ると、片眉をわずかに上げた。


「何しに来た、坊主」


「父様から、エルヴィン宛ての封書を預かってきました」


「アルノルトからか。面倒な字が増えたな」


 そう言いながらも、エルヴィンは手を伸ばした。

 僕は封書を渡す。


 封は破られない。

 エルヴィンは表の名を確認しただけで、机の端へ置いた。


「確かに預かった」


「はい」


 それ以上、封書については何も言わなかった。


 僕は机の上に広げられた紙へ目を向けないようにしながら、気になっていたことを聞く。


「エルヴィンは、東の森のことでドリスタへ来ているんですか」


「坊主が気にすることではない」


 予想通りの返事だった。


「冒険者ギルドの近くにいるということは、ギルドからも何か聞かれているんですか」


「相談など大層なもんじゃない。年寄りを捕まえて、昔話を聞きたがる奴がいるだけだ」


「昔話ですか」


「だいたい古い話と今の面倒が混ざる。聞いて気分のいいもんじゃない」


 東の森のことは、やはり詳しく話す気がないらしい。

 父の封書の中身も分からないままだ。


 ただ、エルヴィンがここにいることは分かった。

 そして、冒険者ギルドとドリスタ側の両方から何かを聞かれているらしいことも。


「それで、他にも聞きたい顔をしとるな」


 エルヴィンが、面倒そうに椅子へ背を預けた。


 僕は、冒険者ギルドで見たことを話した。

 魔力水素材の採取依頼から戻った冒険者が、魔力酔いでふらついていたこと。

 本人が、いつもより動けたと言っていたこと。

 仲間が、普段より動けすぎて加減を忘れると話したこと。


「魔力酔いは、魔力が巡りすぎて起きる、ということはありませんか」


「分からんな」


「……そうですよね」


 エルヴィンはあっさり言った。

 でも、そこで終わらなかった。


「わしも魔力酔いの原因を知っておるわけじゃない。ただ、身体の内側を勝手にかき回されるような感覚はある。魔力の巡りがよくなる感覚もな」


「では、可能性はあるのでしょうか」


「ないとは言い切れん」


「はい」


 エルヴィンらしい言い方だ。

 突き放しているようで、考える余地は残している。


「僕は普段、魔力が自然には巡っていません。だから、外の魔力に押されても、魔力酔いになりにくい可能性はあるのでしょうか」


「理屈だけなら合うな。お前の場合、普通と違いすぎて、理屈通りになる保証もないが」


「それは、そうですね」


 自分の身体を、一般例として扱うのは危ない。

 僕は、普通の人より魔力が少ないのではなく、巡り方が変なのだ。


「魔力を抑えることができれば、魔力酔いを抑えられる可能性もあるのでしょうか」


「それも分からん。だが、考える筋は悪くない」


 エルヴィンの目が、わずかに鋭くなった。


「坊主、何か試しておるな」


「グレンとミロスには、魔力の巡りを抑えられないか試してもらっています」


 扉の近くに立っていたミロスの肩が、小さく揺れた。


「まだ少しですが、抑えようとした時の感覚は掴めてきているようです」


「それで」


「動きながら抑えるのは、かなり難しそうです。止まっている時と、歩く時と、剣を振る時で感覚が違うみたいで」


「ふむ」


 エルヴィンが黙った。


 エルヴィンの視線は、机の端の封書ではなく、僕の後ろにいるグレンとミロスへ向いていた。

 何かを計算している顔ではない。

 面白いものを見つけた時の顔に近かった。


「爺さん、俺ら、まだそんな大したことはできないっすよ」


「うまく抑えられているかは、分かりません。ただ、自分では、身体の重さを感じられた時に、抑えられたと判断しています」


 グレンが答えた。


「重くなる?」


「はい。歩く、軽いものを持つ程度なら維持しやすいのですが、剣を振るような強い動作では、どうしても普段の感覚に戻ります」


 エルヴィンは、黙ったままグレンを見ていた。

 何かを考えているようだったが、それ以上、東の森のことも、魔力酔いのことも広げなかった。


 封書を懐へ入れると、机の上の紙を一枚裏返す。


 僕は軽く頭を下げ、グレンとミロスとともに小宅を出た。


 封書の中身も、東の森のことも、まだ分からない。


 ただ、グレンの話を聞いた時のエルヴィンの顔だけは、少し気になった。



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