第44話 四男は見えない差を追いたい
「小さな試験台で、起動を確認します」
エッダが、作業台の端に置かれた小さな台へ魔石を運んだ。
そこには液体の入った小さな容器と、何かを置くためのくぼみがある。
「これは、魔力水式魔道具に近い仕組みですか」
「はい。発魔剤で魔力水の魔力を広げ、属性魔石に反応させています。同じ条件で起動させ、風の出方を確認します」
オスカーはそう言って、最初の魔石を台に置いた。
エッダが合図を出す。
魔力水が発魔剤へ触れる。
ほんの一拍遅れて、小さな出口から風が出た。
布切れが揺れた。
次の魔石では、布の揺れ方が弱い。
その次は、同じように見えたのに、布の揺れが細かく乱れた。
シリウスが小さく息を呑む。
「同じ石に見えたのに、違うんですね」
「はい。試験台側の条件は揃えていますので、差は試作風魔石側にあると見ています」
オスカーは記録板に目を落とした。
「ただし、どの工程でその差が出たのかは、まだ記録を重ねている段階です」
「なるほど……」
シリウスは真剣な顔で頷いた。
たぶん、全部を理解したわけではない。
でも、似て見えるものにも差があるということは、目の前で分かったのだと思う。
僕も同じだった。
見た目だけでは分からない。
けれど、起動させれば違いは出る。
なら、途中で何かを拾える方法があれば、材料や時間を無駄にする前に気づけるかもしれない。
そう考えた時、僕は一人の顔が浮かんだ。
バウル。
彼は、属性魔石の匂いで違いを拾っているようだった。
もちろん、それがどれほど役に立つかは分からない。
風属性魔石を完成させる決め手になる、などと言えるはずもない。
でも、見た目では分かりにくい差を、匂いで拾える可能性はあるかもしれない。
この件は、父にも伝えてある。
ただ、今ここで話し始めるより、記録を見ながら落ち着いて相談した方がいいだろう。
「オスカーさん」
声をかけると、オスカーが記録板から顔を上げた。
「はい」
「視察が終わった後で、一つ相談したいことがあります」
オスカーの視線が、僕から試験台へ移る。
それから、短く頷いた。
「承知しました。記録の確認も合わせて、お部屋の方に伺わせていただきます」
「お願いします」
父へ伝えたことを、そのまま現場へ押しつけるわけにはいかない。
けれど、現地で確認しなければ分からないこともある。
まずは、オスカーに相談する。
そう決めて、僕は作業台の方へ視線を戻した。
試験台の片付けが進む中、シリウスがそっと近づいてきた。
「兄様、あの水で、風属性魔石を動かしていたのですか」
「うん。魔力水を使って、発魔剤を介して、属性魔石へ魔力を渡しているみたいだね」
「なるほど……よく分からないけど、すごいです」
「屋敷にある魔道具も、基本はあの仕組みだと思うよ」
「ほえぇ……」
「だが、最近、その魔力水の供給が少し不安定なんです」
オスカーが静かに言った。
「魔力量を多く保持する魔力水は、魔道具運用を支えるうえで有用です。ただ、採取地の都合で量が安定しないことがあります」
僕は顔を上げた。
「採取地……」
「このあたりだと、東の森になります」
東の森。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく引っかかった。
僕が魔獣に襲われた森も、東の森周辺だった。
それに、エルヴィンも以前から東の森のことを気にしていた。
オスカーは、僕の反応に気づいたのか、短く説明を足した。
「良い魔力水を得やすい採取地は、自然魔力が濃い場所に寄ります。そうした場所では、魔獣や魔力酔いの問題があります」
「最近、魔獣が増えているのですか」
「報告は増えています。それが直接の理由かは分かりませんが、冒険者ギルドへ依頼している魔力水素材の納品量も、以前ほど安定していません」
エルヴィンがドリスタに来ていることも、それに関係することなのだろうか。
エルヴィンが今、何をしているのか、僕は知らない。
ただ、父から預かった書きつけに名前があったことと、東の森の話が、頭の中で離れずに残った。
◇
視察は、昼前には終わった。
滞在場所へ戻る道でも、シリウスは何度か振り返った。
風が出たことが、よほど印象に残ったらしい。
「ティナ、見ましたか。布が横に流れました」
「はい、拝見しました」
「本当に、風でした」
「はい。後ほど、見たことを忘れないうちにまとめましょう」
ティナは楽しそうなシリウスにほっとしているようだった。
それでも、後でどうまとめるかをすぐ考えているあたり、ティナらしい。
イリスは周囲を確認しながら歩いている。
ミロスが隣で小さく笑った。
「シリウス様、いい反応でしたね」
「反応を見る任務ではないぞ」
「でも、あれで職人さんたちの顔も緩んだだろ」
「……それは、そうかもしれない」
イリスは前を向いたまま答えた。
ミロスは満足そうに頷く。
グレンは二人の会話を聞いていたようだが、口を挟まなかった。
ただ、いつも通り周囲を見ていた。
滞在場所へ戻ると、リズが机の上を整えた。
持ち帰った書きつけ、オスカーから見せてもらった記録の控え、僕が持っていた予定表を順に並べる。
「ユキア様」
「うん」
「まず、わたしが聞いた順、見た順に書き出してもよろしいでしょうか」
「リズが?」
「はい。報告書のようにまとめるのは、まだ難しいと思います。ですが、今日見たことを順番に残すことなら、わたしにもできます。後でユキア様が整理される時に、お役に立つかもしれません」
その提案に、僕は少し驚いた。
けれど、すぐに頷く。
「お願いしてもいいかな」
「はい」
リズは小さく頷いた。
その返事は、いつもよりほんの少しだけ明るかった。
紙の端を丁寧に整えると、リズは書き出し始めた。
その後、オスカーが確認のために部屋へ来た。
午前の記録について、僕たちが見た内容と、オスカー側の記録にずれがないか簡単に合わせるためだった。
僕は、リズが書き出した紙を見ながら口を開いた。
「視察の時にお伝えした相談の件です」
「はい。何でしょうか」
「今日の風属性魔石の視察をして、前回ドリスタで会った子のことを思い出しました」
オスカーは記録板から目を上げた。
「どなたでしょうか」
「バウルという、鉱山付き奴隷の獣人の少年です。採掘や運搬の補助をしていました」
「ボルクのところにいる作業員ですか」
「はい。その子が、本人は匂いだと言って、属性魔石の違いを拾っているようでした」
オスカーは、すぐには返事をしなかった。
「匂い、ですか」
「僕にも、それが何なのかは分かりません。ですが、偶然には思えませんでした」
僕は、午前に見た薄緑の魔石を思い出した。
「完成後に起動させれば、差は分かります。でも、それでは加工時間も材料も使った後です。もし、途中で拾える違いがあるなら、確認したいんです」
「つまり、バウルの感覚が、記録上の差と合うかを確かめたい、ということですか」
「はい。まずは、風属性魔石で確かめてみたいんです。見た目では分かりにくい差を、バウルの感覚で拾えるかもしれません」
言ってから、僕は一度息を整えた。
「それと、その際には、僕も立ち会わせていただけないでしょうか。バウルをこちらへ呼べるかどうかだけでも、まず確認していただきたいんです」
オスカーは、記録板の端を指で押さえた。
「……確認する価値はあります」
「お願いできますか」
「ただし、バウルは鉱山側の作業員です。こちらだけで呼ぶわけにはいきません」
「ボルクさんへの確認が必要ですね」
「必要です。エーベルト様にも報告を通します」
「お願いします」
オスカーは、記録板へ視線を戻した。
「確認するなら、こちらで石を選びます。記録が残っているものをいくつか用意しましょう」
「はい」
「バウルが何を言ったかは、こちらで記録します。結果と照らし合わせられる形にしておきます」
「ありがとうございます」
「礼は、結果が出てからで構いません」
父と似たようなことを言われて、僕は小さく頷いた。
バウルの感覚が、本当に何かを拾っているのかはまだ分からない。
けれど、確かめるための形は見えてきた。
風の先に、バウルが何を感じ取るのか。
それを、僕は確かめてみたかった。




