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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第44話 四男は見えない差を追いたい

「小さな試験台で、起動を確認します」


 エッダが、作業台の端に置かれた小さな台へ魔石を運んだ。

 そこには液体の入った小さな容器と、何かを置くためのくぼみがある。


「これは、魔力水式魔道具に近い仕組みですか」


「はい。発魔剤で魔力水の魔力を広げ、属性魔石に反応させています。同じ条件で起動させ、風の出方を確認します」


 オスカーはそう言って、最初の魔石を台に置いた。


 エッダが合図を出す。

 魔力水が発魔剤へ触れる。


 ほんの一拍遅れて、小さな出口から風が出た。


 布切れが揺れた。


 次の魔石では、布の揺れ方が弱い。

 その次は、同じように見えたのに、布の揺れが細かく乱れた。


 シリウスが小さく息を呑む。


「同じ石に見えたのに、違うんですね」


「はい。試験台側の条件は揃えていますので、差は試作風魔石側にあると見ています」


 オスカーは記録板に目を落とした。


「ただし、どの工程でその差が出たのかは、まだ記録を重ねている段階です」


「なるほど……」


 シリウスは真剣な顔で頷いた。

 たぶん、全部を理解したわけではない。

 でも、似て見えるものにも差があるということは、目の前で分かったのだと思う。


 僕も同じだった。


 見た目だけでは分からない。

 けれど、起動させれば違いは出る。

 なら、途中で何かを拾える方法があれば、材料や時間を無駄にする前に気づけるかもしれない。


 そう考えた時、僕は一人の顔が浮かんだ。


 バウル。


 彼は、属性魔石の匂いで違いを拾っているようだった。

 もちろん、それがどれほど役に立つかは分からない。

 風属性魔石を完成させる決め手になる、などと言えるはずもない。


 でも、見た目では分かりにくい差を、匂いで拾える可能性はあるかもしれない。


 この件は、父にも伝えてある。

 ただ、今ここで話し始めるより、記録を見ながら落ち着いて相談した方がいいだろう。


「オスカーさん」


 声をかけると、オスカーが記録板から顔を上げた。


「はい」


「視察が終わった後で、一つ相談したいことがあります」


 オスカーの視線が、僕から試験台へ移る。

 それから、短く頷いた。


「承知しました。記録の確認も合わせて、お部屋の方に伺わせていただきます」


「お願いします」


 父へ伝えたことを、そのまま現場へ押しつけるわけにはいかない。

 けれど、現地で確認しなければ分からないこともある。


 まずは、オスカーに相談する。

 そう決めて、僕は作業台の方へ視線を戻した。


 試験台の片付けが進む中、シリウスがそっと近づいてきた。


「兄様、あの水で、風属性魔石を動かしていたのですか」


「うん。魔力水を使って、発魔剤を介して、属性魔石へ魔力を渡しているみたいだね」


「なるほど……よく分からないけど、すごいです」


「屋敷にある魔道具も、基本はあの仕組みだと思うよ」


「ほえぇ……」


「だが、最近、その魔力水の供給が少し不安定なんです」


 オスカーが静かに言った。


「魔力量を多く保持する魔力水は、魔道具運用を支えるうえで有用です。ただ、採取地の都合で量が安定しないことがあります」


 僕は顔を上げた。


「採取地……」


「このあたりだと、東の森になります」


 東の森。


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく引っかかった。

 僕が魔獣に襲われた森も、東の森周辺だった。

 それに、エルヴィンも以前から東の森のことを気にしていた。


 オスカーは、僕の反応に気づいたのか、短く説明を足した。


「良い魔力水を得やすい採取地は、自然魔力が濃い場所に寄ります。そうした場所では、魔獣や魔力酔いの問題があります」


「最近、魔獣が増えているのですか」


「報告は増えています。それが直接の理由かは分かりませんが、冒険者ギルドへ依頼している魔力水素材の納品量も、以前ほど安定していません」


 エルヴィンがドリスタに来ていることも、それに関係することなのだろうか。


 エルヴィンが今、何をしているのか、僕は知らない。

 ただ、父から預かった書きつけに名前があったことと、東の森の話が、頭の中で離れずに残った。


          ◇


 視察は、昼前には終わった。


 滞在場所へ戻る道でも、シリウスは何度か振り返った。

 風が出たことが、よほど印象に残ったらしい。


「ティナ、見ましたか。布が横に流れました」


「はい、拝見しました」


「本当に、風でした」


「はい。後ほど、見たことを忘れないうちにまとめましょう」


 ティナは楽しそうなシリウスにほっとしているようだった。

 それでも、後でどうまとめるかをすぐ考えているあたり、ティナらしい。


 イリスは周囲を確認しながら歩いている。

 ミロスが隣で小さく笑った。


「シリウス様、いい反応でしたね」


「反応を見る任務ではないぞ」


「でも、あれで職人さんたちの顔も緩んだだろ」


「……それは、そうかもしれない」


 イリスは前を向いたまま答えた。

 ミロスは満足そうに頷く。


 グレンは二人の会話を聞いていたようだが、口を挟まなかった。

 ただ、いつも通り周囲を見ていた。


 滞在場所へ戻ると、リズが机の上を整えた。

 持ち帰った書きつけ、オスカーから見せてもらった記録の控え、僕が持っていた予定表を順に並べる。


「ユキア様」


「うん」


「まず、わたしが聞いた順、見た順に書き出してもよろしいでしょうか」


「リズが?」


「はい。報告書のようにまとめるのは、まだ難しいと思います。ですが、今日見たことを順番に残すことなら、わたしにもできます。後でユキア様が整理される時に、お役に立つかもしれません」


 その提案に、僕は少し驚いた。

 けれど、すぐに頷く。


「お願いしてもいいかな」


「はい」


 リズは小さく頷いた。

 その返事は、いつもよりほんの少しだけ明るかった。


 紙の端を丁寧に整えると、リズは書き出し始めた。


 その後、オスカーが確認のために部屋へ来た。

 午前の記録について、僕たちが見た内容と、オスカー側の記録にずれがないか簡単に合わせるためだった。


 僕は、リズが書き出した紙を見ながら口を開いた。


「視察の時にお伝えした相談の件です」


「はい。何でしょうか」


「今日の風属性魔石の視察をして、前回ドリスタで会った子のことを思い出しました」


 オスカーは記録板から目を上げた。


「どなたでしょうか」


「バウルという、鉱山付き奴隷の獣人の少年です。採掘や運搬の補助をしていました」


「ボルクのところにいる作業員ですか」


「はい。その子が、本人は匂いだと言って、属性魔石の違いを拾っているようでした」


 オスカーは、すぐには返事をしなかった。


「匂い、ですか」


「僕にも、それが何なのかは分かりません。ですが、偶然には思えませんでした」


 僕は、午前に見た薄緑の魔石を思い出した。


「完成後に起動させれば、差は分かります。でも、それでは加工時間も材料も使った後です。もし、途中で拾える違いがあるなら、確認したいんです」


「つまり、バウルの感覚が、記録上の差と合うかを確かめたい、ということですか」


「はい。まずは、風属性魔石で確かめてみたいんです。見た目では分かりにくい差を、バウルの感覚で拾えるかもしれません」


 言ってから、僕は一度息を整えた。


「それと、その際には、僕も立ち会わせていただけないでしょうか。バウルをこちらへ呼べるかどうかだけでも、まず確認していただきたいんです」


 オスカーは、記録板の端を指で押さえた。


「……確認する価値はあります」


「お願いできますか」


「ただし、バウルは鉱山側の作業員です。こちらだけで呼ぶわけにはいきません」


「ボルクさんへの確認が必要ですね」


「必要です。エーベルト様にも報告を通します」


「お願いします」


 オスカーは、記録板へ視線を戻した。


「確認するなら、こちらで石を選びます。記録が残っているものをいくつか用意しましょう」


「はい」


「バウルが何を言ったかは、こちらで記録します。結果と照らし合わせられる形にしておきます」


「ありがとうございます」


「礼は、結果が出てからで構いません」


 父と似たようなことを言われて、僕は小さく頷いた。


 バウルの感覚が、本当に何かを拾っているのかはまだ分からない。

 けれど、確かめるための形は見えてきた。


 風の先に、バウルが何を感じ取るのか。

 それを、僕は確かめてみたかった。


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