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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第43話 四男は風の試験設備を見る

 翌朝、滞在場所の廊下には、前回より落ち着いた空気があった。


 ドリスタに戻ってきたばかりだというのに、不思議と知らない場所にいる感じは薄い。

 壁の色も、扉の重さも、外から聞こえる荷車の音も、前に聞いたものと同じだった。


 ただ、その同じ音が、今日は少し違って聞こえる。

 これから見に行くものがあるからだと思う。


 扉の向こうで、軽い足音が近づいてくる。

 続いて、シリウスの声が聞こえた。


「兄様、もう出られますか」


 返事をする前に、扉が細く開いた。

 そこからシリウスが顔を出す。

 その後ろで、ティナが両手で確認用の書きつけを抱えていた。


「おはよう、シリウス」


「おはようございます、兄様!」


 シリウスは表情を明るくして部屋に入ってきた。

 昨日の夜からずっと、風を作る仕組みを見るのを楽しみにしているらしい。


「本当に風が出るのですよね」


「出るらしいよ。ただ、どのくらい安定しているかは、今日見てみないと分からない」


「風が出るだけでもすごいと思います」


「それは、僕もそう思う」


 素直にそう言うと、シリウスは嬉しそうに笑った。


 その時、廊下から、低く整った声がした。


「ユキア様、オスカー殿がお見えです」


 扉を開けると、グレンが立っていた。


「行こう。シリウス」


「はい!」


 階下へ向かうと、玄関近くでオスカーが待っていた。

 手元には、いくつかの書き板と、細くまとめた記録の紙束がある。


「おはようございます、ユキア様、シリウス様」


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「おはようございます! よろしくお願いします!」


 シリウスが元気よく挨拶をした。

 オスカーは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに頷いた。


「本日は、加工区画の外れにある風の試験設備を確認していただきます。見学は半日程度を予定しております」


「分かりました」


「では、参りましょう」


 オスカーの案内で、僕たちは滞在場所を出た。


 加工区画へ近づくにつれて、空気に石粉と湿った木の匂いが混じり始める。

 前回、工房を見学した時に感じた匂いと似ている。

 今日はその中に、水の匂いもあった。


「こちらです」


 オスカーが足を止めたのは、加工区画の中心から離れ、荷車や職人の行き来が落ち着くあたりだった。


 周囲には荷の流れがある。

 けれど、試験設備の周りだけは低い囲いで区切られていた。

 囲いの内側には、水を流すための水路、太い管、木と金具で補強された箱、風を逃がす口がある。

 近くには記録用の板が立てられていた。


 グレンが周囲を見て、僕たちの立つ位置を示した。

 試験設備に近づきすぎず、それでいて風の流れは見える位置だ。


 大きい。


 最初に、そう思った。


 ただ、見上げるほどではない。

 それでも、マルタの工房裏手で見た、あの小さな試作とは明らかに違う。


 あの時は、使えそうな管と箱を選び、水桶を動かし、布切れを揺らして風を確かめた。

 弱くて、すぐに止まりそうな風だった。


 今、目の前にあるものは、あの場で話した考えだけでは作れない。

 寸法を見て、失敗を直し、記録を取り、何度も手を入れたものなのだろう。


「兄様、これが風を作るものですか」


 シリウスが目を輝かせる。


「兄様が作ったものなのですか」


「違うよ。僕は、こういう考え方があるかもしれないって話しただけ。形にしたのは、マルタさんたちだ」


「でも、兄様が話したから始まったのですよね」


「うん。始まりはそうかもしれない。でも、始まりと、ここまで作ることは別だと思う」


 シリウスは設備と僕を交互に見た。

 少し考えてから、真面目な顔で頷く。


「では、マルタさんたちはすごいのですね」


「そうだね。すごいと思う」


 僕がそう言うと、囲いの向こうでマルタがこちらを見た。

 耳に入っていたらしい。


「坊や、持ち上げても今日は出来は良くならないよ」


 言葉は普段より短い。

 けれど、不機嫌というより、作業中の顔だった。


「マルタさん、お久しぶりです」


「元気そうで何よりだよ。今日は見るだけだ。手を出すんじゃないよ」


「はい」


 マルタの視線が、僕の隣へ移る。


「そっちの坊やが、噂の弟君かい」


「シリウス・ヴァンハルトです。今日は見学させていただきます!」


 マルタは頷き、すぐ手元へ視線を戻した。


「いい返事だね。こっちの線は越えないこと。水と管は、見た目より危ないからね」


「はい!」


 シリウスはまた元気よく頷いた。

 ティナがほっとしたように息を吐く。

 イリスは、立ち入り線とシリウスの位置を確認している。


 マルタは僕の方へ目を戻した。


「風は出るようになったよ。前よりずっとね」


「はい」


「でも、風が出ることと、風属性魔石の加工に使えることは別だ」


「そうですね」


 ブルーノが管を叩き、音を確かめるように耳を寄せた。


「水の流れは前よりましだ。空気の逃げも、だいぶ読める。ただ、加工に使うとなると、毎回同じ具合に持っていけるかを見なきゃならん」


「そのために、水の量や石の位置、風を当てる時間を変えながら記録しています」


 ブルーノの言葉を、オスカーが引き取った。


「前の時は、風が出たり止まったりしていました」


「あれは試作以前の寄せ集めだったからな。今は、同じ流し方をすれば、だいたい同じように風は出る」


 エッダが、風の出口の近くへ細い布を結んだ。

 確認用なのだろう。

 細い布は、まだ力なく垂れている。


「水を流します」


 オスカーが短く告げる。

 マルタが魔石を置く位置を確かめ、ブルーノが水路側へ合図を出した。

 エッダは水を受ける容器の位置を直し、記録板を抱え直す。


 水の音が変わった。


 水路を流れていた音が、管へ落ちる音になる。

 ごぼ、と低い音が混じり、それから箱の中で水が叩かれるような音がした。


 次の瞬間、風の出口につけられた布が、はっきり横へ流れた。


「あっ、風です!」


 シリウスが目を輝かせる。


 風は、強すぎるほどではない。

 でも、布は斜めに張り、端が細かく震えている。

 風の正面に立っているわけではないエッダの前髪まで、ふわりと横へ流れる。


 前に見た、弱くてすぐ止まる風とは違う。

 同じ場所へ向かって、風が送り続けられていた。


「これだけ見ると、もう使えそうに見えますね」


 ニコが小さく言った。


「商用品にするなら話は別さ」


 マルタが答える。


「強い風を当てればいいってものじゃない。水気が残るか、温まりすぎるか、当たる場所がずれるか。少し違うだけで、魔石の仕上がりも変わる」


 オスカーがすぐに続けた。


「現在は、その差を一つずつ記録しています。標準条件は、まだ確定していません」


「湿気は、まだ問題ですか」


「前よりかなり減っています」


 ブルーノが、管の途中にある箱を指で示した。


「水と空気を分ける箱を大きくした。風を一度ためる箱も入れた。管の途中で水滴を落とすようにもしている。加工台へ送る前の管は、少し温めて水気を飛ばす」


「温めると、火の性質が混じることはありませんか」


「だから、温めすぎない。風を熱くするんじゃなくて、管に残る水気を飛ばすだけだ」


 ブルーノは短く言った。

 その横でマルタが頷く。


「その加減を今は探っているところだね」


 僕は、流れる風を見た。


 風は出ている。

 しかも、前よりかなり安定している。


 けれど、ただ風が出るだけでは足りない。

 魔石に当てる風の強さ、時間、距離。

 その結果を、どこから合格と見るのか。


 そこは、僕が前世の知識だけで決められる領域ではなかった。


 水を止めた後、僕たちは作業台の横へ案内された。


 そこには、薄い緑色を帯びた魔石がいくつか並んでいた。

 大きさはそろえられているように見える。

 表面も磨かれていて、光に当たると淡く色が浮く。


 僕の目には、どれもそれなりに風属性魔石らしく見えた。


「この魔石は、条件を変えて風を当てた試験品です」


 オスカーが言う。


「こちらは風を当てた時間が短いもの。こちらは同じ時間ですが、距離を変えたもの。こちらは水量を変えた時のものです」


 説明を聞いても、見た目の差は大きくない。

 濃い、薄いと言われればそんな気もする。

 でも、僕が自信を持って言えるほどではない。


「同じように見えます」


「見た目だけでは、途中の差は拾いにくいです」


 オスカーは淡々と答えた。

 マルタが、魔石の一つを指先で転がす。


「仕上げた後なら、分かることもある。魔力を通した時の返り方や、色の乗り方でね。でも、途中で全部拾うのは簡単じゃない」


「完成後に起動確認をすれば、差は分かります」


 オスカーが補う。


「ただし、それでは加工時間と材料を使った後になります。今は、風を当てる条件と完成後の起動結果を照らし合わせて、どの状態を標準にするかを決めようとしている段階です」


 完成後に結果が分かることと、途中で差を拾えることは別だ。


 できあがってから失敗だったと分かっても、次に同じことを避けられるとは限らない。

 僕に細かな判断まではできないけれど、その違いが大きいことだけは分かった。


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