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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第41話 四男は新たな顔ぶれと旅立つ

 出発日の朝、屋敷の前はいつもより慌ただしかった。

 馬車の近くでは、荷物が順番に積まれている。


 前回は、それらの一つ一つを見ているだけで、知らない場所へ向かう緊張が強かった。

 今回は、同じ道を行く。

 それでも、同じ旅になる気はしなかった。


「ユキア様、こちらは馬車の中で使うものです。こちらは休憩時に出しやすいように分けてあります」


 リズが荷物の位置を確かめながら言った。

 その手つきには、前の旅の時より迷いが少ない。


「こっちは、後で確認する書きつけです。すぐ取り出せるようにしておきます」


 ニコも、緊張はしているけれど、荷紐を締め直す動きは落ち着いていた。


「ありがとう。二人とも、慣れてきたね」


「いえ、まだ確認し忘れがあるかもしれませんので」


「僕も、もう一度見ます」


 二人がそう言って、そろって荷物へ目を戻す。

 真面目だ。

 でも、その真面目さが、今はとても頼もしい。


 馬車の前では、御者のオットーが車輪や馬具を確かめていた。

 必要以上に大きな声を出すことはないが、手を抜いている様子もない。

 何度かグレンと短く言葉を交わし、馬車の位置と道中の進み方を確認している。


 今回、僕は馬車ではなく、ルリカンテに乗って進むことになっている。

 屋敷の外の道を長く進むのは初めてなので、無理はさせない。

 疲れた時や落ち着かない時は、すぐ馬車に戻るつもりだ。


 馬車から離れた場所では、ルリカンテが装具を整えられていた。


 僕を見ると、ルリカンテは耳を動かし、得意げに鼻を鳴らした。

 いつもの広場ではないことに気づいているのか、落ち着いてはいるけれど、わずかにそわそわしている。


「今日は外の道を行くから、ゆっくりね」


 首筋を撫でると、ルリカンテは鼻先を僕の袖に押しつけた。


「ユキア様」


 グレンが近づいてくる。


「出発後、道の状態によっては馬車へ戻っていただきます。ルリカンテが落ち着いていても、周囲の馬車や人の動き次第で判断します」


「分かりました。グレンの判断に従います」


「お願いします」


 グレンは短く頷いた。

 その横で、ミロスが軽く肩をすくめる。


「前より大所帯っすね。馬車だけでも賑やかになりそうっす」


「ミロス」


「はいはい。護衛中っすね」


 ミロスはすぐに姿勢を正した。

 軽い言い方だけれど、目はちゃんと周囲を見ている。


 その時、屋敷の方から明るい足音が近づいてきた。


「兄様!」


 シリウスだった。

 顔全体で嬉しさを表しながら、けれど途中で一度だけ足を緩める。

 その横に、背筋を伸ばした少女が一人。

 もう一人、姿勢よく周囲を見ている女性家兵が続いている。


 シリウスは、すぐに僕の前まで来ようとして、少女に袖の端を軽く押さえられた。


「シリウス様。まずはご挨拶が先でございます」


「あっ、そうでした」


 シリウスは慌てて背筋を伸ばした。


「兄様、おはようございます!」


「おはよう、シリウス。今日はよろしくね」


「はい!」


 返事はとても元気だった。


 シリウスの隣に立つ少女には、見覚えがあった。

 屋敷の中で、シリウスの近くに控えている姿を何度か見たことがある。


「ユキア様。シリウス様付き側仕え見習いのティナです。今回の道中では、身支度と荷物、予定確認を担当いたします」


「ティナだね。よろしく」


「はい。よろしくお願いいたします」


 ティナは顔を上げた後も、手元の確認用の書きつけを握ったままだった。

 きちんと務めようとしているのが、姿勢から伝わってくる。


 ただ、シリウスがルリカンテへ視線を向けた瞬間、ティナの肩がわずかに動いた。

 たぶん、次に何が起きるか分かっているのだと思う。


 女性家兵も、一歩前に出て礼を取った。


「ユキア様。シリウス様の護衛として同行いたします。イリスです」


「よろしく、イリス」


「承知しました」


 承知するところなのかは少し分からない。

 けれど、イリスは真面目な顔のまま周囲へ視線を戻した。


 それから、グレンの方へ向き直る。


「グレン殿。本日はご指導をお願いいたします」


「指導ではない。必要な指示は出すが、動く時は自分で見て判断しろ」


「はい。指導ではありませんでした。自身で判断いたします」


 イリスはまっすぐ頷いた。


 グレンは一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。


 ミロスが小さく笑う。


「イリス、朝から硬いっすね」


「ミロス、護衛中だぞ」


「いや、まだ出発前っすよ」


「出発前の確認中だ」


「そう返されると、俺が悪いみたいじゃないっすか」


「悪くないなら確認を続けろ」


 ミロスが肩を落とした。

 その様子に、ニコがわずかに目を丸くしている。


 同じ若手家兵でも、ミロスとはずいぶん違う。

 明るく空気を緩めるミロスと、真っ直ぐに任務へ向かうイリス。

 そこに黙って全体を見ているグレンが加わると、三人の違いが、そのまま護衛の厚みになっているように感じた。


          ◇


 出発の準備が整うと、僕はルリカンテの背に乗った。


「ルリ、お願い」


「バウ」


 ルリカンテは短く鳴き、前足を一度だけ踏み直した。

 誇らしそうに見えるけれど、馬車や護衛の動きには注意を向けている。

 屋敷の広場とは違う場所だと、ちゃんと分かっているらしい。


 グレンが前方に立ち、ミロスが反対側へ回る。

 他の護衛も、馬車と僕の周囲を固めるように動いた。


 シリウスは馬車の窓から、目を輝かせてこちらを見ている。


「兄様、やっぱり格好いいです!」


「ありがとう。でも、窓から身を出さないようにね」


「はい! ……あの、ぼくも少しだけ乗れませんか?」


 予想通りだった。


「シリウス様。ルリカンテに乗るのは、ユキア様のみの予定でございます」


 ティナがすぐに止めた。

 声は丁寧だが、どこか必死だった。


「でも、少しだけなら」


「道中の予定にはございません」


「少しだけです。すぐ降ります」


「その間に、馬車と護衛の配置が変わってしまいます」


 ティナは懸命に説明している。

 けれど、シリウスはまだ納得していない顔だった。


 僕はルリカンテの首を撫でながら、馬車の方へ声をかけた。


「シリウス、ドリスタまでの道は広場と違うから、今日はまず安全に進もう。ルリも、外の道は慣れている途中だから」


「兄様が言うなら……」


「ドリスタまで一緒に行くんだ。急がなくても大丈夫だよ」


 シリウスは名残惜しそうにルリカンテを見た。

 でも、僕の言葉には素直に頷く。


「分かりました。今日は我慢します」


「ありがとう」


 ティナが、はっきりと息を吐いた。


 それから、僕の方を見る。

 その目が、少しだけきらきらしているように見えた。


「ありがとうございます、ユキア様」


「うん。大丈夫」


 礼を言われるほどのことだったのだろうか。

 気にはなったけれど、ティナはすぐにシリウスの方へ視線を戻した。


「出発する」


 グレンの声で、一行が動き出した。


 屋敷の門を抜ける。

 車輪の音、馬の足音、護衛たちの装備が小さく鳴る音。

 そこに、ルリカンテの低くしなやかな足取りが混ざった。


 前にドリスタへ向かった時、僕は馬車の中から外を見ていた。

 窓の向こうの道は、どこか遠かった。


 今は違う。

 ルリカンテの背から見る道は、少し近い。

 草の匂いも、土の湿り気も、馬車の揺れ越しではなく、そのまま身体に届く。


 その分、油断もできない。

 道の小さな窪みで、ルリカンテの身体がわずかに上下する。

 僕は手綱を強く握りすぎないように気をつけながら、声をかけた。


「ゆっくりでいいよ」


「バフ」


 ルリカンテは耳だけをこちらへ向け、速度を保った。


 前を行くグレンが、道の端や木立の影へ視線を流す。

 ミロスは時々軽く話しかけてくるが、その間も馬車との距離を見ていた。


「坊ちゃん、乗り心地はどうっすか」


「思ったより、道が近いね」


「近いっすか」


「うん。馬車だと、揺れていても中にいる感じがあったから」


「なるほど。じゃあ、近すぎるものがあったら、ちゃんと言ってくださいね」


 軽い言い方の後で、ミロスの視線がすぐ横の茂みに向いた。

 冗談のようで、護衛としての線は外していない。


 馬車の中では、シリウスがまた窓際へ寄っていた。


「兄様、こっちからも見えます!」


「シリウス様、座ってください」


「座っています!」


「お身体が半分、座っておりません」


 ティナの声が、馬車の中から聞こえてくる。

 たしかに、シリウスは窓から身を乗り出しかけていた。


「シリウス、落ちると危ないよ」


 僕が横から声をかけると、シリウスは慌てて引っ込んだ。


「落ちません!」


 前にドリスタへ向かった時より、ずいぶんにぎやかだ。


 シリウスは窓から外を見たがるし、ティナはそのたびに慌てる。

 ミロスは軽く笑い、グレンはいつも通り周囲を見ている。

 ルリカンテの背から見える道も、馬車の中から見ていた時とは違っていた。


 楽しみなのに、少し落ち着かない。

 不安なのに、どこか前へ進んでいる気もする。


 僕はルリカンテの首筋をそっと撫でた。


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