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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第3章 森の魔力

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第40話 四男は難しい任務を増やされる

 訓練場には、武術指南役や家兵たちが遠巻きに立っていた。

 普段、カシムやザッカス、シリウスたちが訓練する場所だ。


 僕は、ここに立つこと自体が少ない。

 魔力なしとして、通常の武術訓練からは外されているからだ。


 シリウスも訓練場にいた。

 僕が木剣を受け取るのを見て、目を大きくする。


「兄様が、カシム兄様と?」


「訓練だよ」


「でも……」


「大丈夫。無理はしない」


 そう言うと、シリウスは心配そうに唇を結んだ。


 ただ僕は、身体も魔力も、まだ長い打ち合いに向いていない。

 一撃に魔力を乗せることはできる。

 けれど、連続して巡らせ続け、受け、防ぎ、押し返すのは難しい。


 打ち合いになればまず勝てない。

 こと魔力操作に関していえば、カシムは兄弟の中で群を抜いていると言ってもいいくらいだ。


 なら、最初に決めるしかない。


 前世で、居合というものを知っていた。

 鞘から抜く一瞬で間合いを制し、相手が動く前に先を取る技術。

 もちろん、僕はそれを習ったことがあるわけではない。


 ただ、考え方だけは、今の僕に向いている気がした。


 僕は長く打ち合えるほど、魔力を安定して巡らせられない。

 力を出し続けるより、最初の一撃に今の僕が出せるものを集める方が、まだ可能性がある。


 だからエルヴィンの庭で、形だけ真似て打ちこんだことがある。


 今持っているのは刀ではなく、木剣。

 鞘もない。

 居合そのものを再現できるはずがない。


 それでも、考え方だけは借りられる。


 打ち合うためではない。

 受けて返すためでもない。

 相手がこちらを見下している最初の一瞬に、踏み込みと打ち出しを重ねる。


 それで勝てるとも思っていない。

 ただ、打ち合いになる前なら、一度だけ届くかもしれない。


 僕は木剣を腰の横に低く据え、柄に片手を添えた。


 カシムがそれを見て、笑う。


「何だ、その構えは。遊びか?」


「僕なりの構えです」


「魔力なしは、変なことばかり考えるな」


 挑発には乗らない。


 合図を待つ間、呼吸を整えた。


 全身の巡りは切らない。

 けれど、広げすぎない。


 踏み込み。

 腕。


 そこだけを、一瞬だけ強める。


 合図が下りた。


 僕は低く踏み込んだ。


 腰の横に据えた木剣を、抜くように振り出す。


 カシムの目が、わずかに見開かれた。


 それでも、反応は遅くなかった。


 その手元が動いた。

 木剣が、僕の打ち込みの前に割り込む。


 受けられた。


 次の瞬間、乾いた音が訓練場に響いた。


 木剣が折れる。


 僕の木剣が。


 折れた剣先が、地面に落ちる。


 僕はすぐに後ろへ下がり、距離を取った。

 できるだけ息を乱さないようにして、折れた木剣を見下ろす。


 カシムの木剣は折れていない。

 僕の木剣だけが、途中から割れている。


 ――上手くいった。


 強めたのは、踏み込みと腕だけ。

 木剣にまで強く届かないように、意識して抑えた。


 それがどこまで効いたのかは分からない。

 それでも、打ち合いになる前に終わらせることはできた。


 僕は折れた木剣を横目に、カシムへ頭を下げる。


「さすがです、カシム兄様。僕の魔力では、打ち合うことすらままなりません」


「……ふん。まあ、魔力なしならこんなもんか。打ち合いにすらならないんじゃ、どうしようもないな」


 カシムは鼻を鳴らした。

 ただ、その口調は試合前ほど軽くなかった。


 訓練場に、押し殺したようなざわめきが広がる。


 僕はその中心に立っているのが落ち着かなくて、折れた木剣を拾い上げると、訓練場の端へ下がった。


「兄様!」


 明るい声が追いかけてくる。


 振り向くと、シリウスが目を輝かせていた。


「兄様、さすがです!」


 シリウスの声が、訓練場に響いた。


「いや、負けたんだけど。褒められるようなところ、あったかな」


「なんとなくです! でも、やっぱり兄様はすごいです!」


 なんとなく。


 負けを認めたのに褒められると、どう反応していいか分からない。


 僕は少し困りながら、折れた木剣を見つめた。


「次からは、木剣を折らないように気をつけるよ」


「はい!」


 シリウスはなぜか嬉しそうに頷いた。


 カシムはそれを見て、面白くなさそうに舌打ちをした。

 けれど、勝った形は残っている。

 それ以上、強く言うことはなかった。


          ◇


 その日の夕方、僕は母に呼ばれた。


 訓練の後で身体は少し重かったけれど、痛みがあるわけではない。

 それでも、母の部屋へ入ると、最初に顔色を確かめられた。


「ユキア、訓練場でのことは聞きました。無理をしていないかしら」


「少し疲れただけです。怪我はしていません」


「そう。ならよかったわ」


 母の部屋は、父の執務室とは空気が違う。

 同じ屋敷の中なのに、声の響きまで柔らかく感じる。


 母は僕を座らせてから、少し間を置いた。


「ドリスタ再訪のことで、もう一つ伝えておきたいことがあるの」


「はい」


「リズ、ニコ、グレン、ミロスは同行する予定です。そこは、あなたも聞いているわね」


「はい」


「今回は、シリウスも短いあいだ同行することになりました」


 言葉がすぐには出なかった。


「シリウスが、ですか」


「ええ。あの子も十歳になりました。そろそろ、屋敷の外を見せておくべきでしょう」


 それは分かる。


 僕が十歳でドリスタへ行ったのだから、シリウスが外を見る機会を持つこと自体は不自然ではない。


 母は小さく苦笑した。


「前にあなたが事故に遭った時、シリウスは本当に大騒ぎだったわ」


「……想像できます」


「なだめるために、十歳になって次の機会があれば、短期の同行を考えると約束したのです」


「それで今回、ですか」


「ええ。ただし、あなたの補佐に付けるわけではありません。同じ時期にドリスタへ入り、屋敷の外と領地の現場を学ばせる形です」


「シリウスにも、別に側仕えと護衛をつけます。あなたがすべてを見る必要はありません」


 小さく息を吐く。


 それなら、僕が正式に監督するわけではない。

 けれど、それで安心しきれるほど、僕はシリウスを知らないわけではない。


 あの子には能力も勢いもある。

 そして、気持ちが先に走ることがある。


「ユキア」


 母の声が、静かに僕を呼んだ。


「兄として、あの子を見ていてあげてくれないかしら」


「僕が、ですか」


「あなたの近くなら、あの子も少し落ち着くと思うの」


 母の頼み方は柔らかかった。

 けれど、その中には確かな心配があった。


 シリウスが外へ出ることは悪いことではない。

 屋敷の中だけで育つより、領地の現場を見た方がいい。


 ただし、あの子の行動力が、いつも良い方向へ向かうとは限らない。


「分かりました。できる範囲で、シリウスを見ます」


「ありがとう」


「でも、僕だけでは止められない時もあると思います」


「その時は、大人を頼りなさい」


 母はすぐにそう言った。


 その言葉で、少し肩の力が抜けた。


 前なら、何でも自分でどうにかしようと考えていたかもしれない。

 けれど、ドリスタで事故に遭った後、僕はそれだけでは足りないと知った。


 できることと、できないことを分ける。

 頼るべき相手を間違えない。


 それも、たぶん成長の一つなのだと思う。


          ◇


 母の部屋を出て自室へ戻ると、机の上には旅支度に関する書きつけが並んでいた。


 リズが紙束の端を整え、ニコが荷物の種類を確認している。

 前回のドリスタ行きと違い、二人の動きには迷いが少ない。


「ユキア様、お戻りでしたか」


「ただいま。……もう準備を始めているんだね」


「はい。日取りはまだですが、前回と同じものは先に確認できますので」


 ニコが、書きつけを一枚持ち上げた。


「こちらがユキア様の分です。こちらがリズさんと僕の分で、こちらが護衛の方々との確認事項です」


「ありがとう」


 僕は椅子に座り、書きつけを見た。

 ドリスタへ戻る実感が、少しずつ形になっていく。


 続きを知れるかもしれない。


 そう思うと、胸の奥が静かに浮き立つ。


 僕は書きつけをめくった。

 その中に、父から預かる封書と伝言の項目があった。


 目に留まった名前に、手が止まる。


 エルヴィン。


 小さく息を吸った。


 エルヴィンがしばらく家を空けることは聞いていた。

 けれど、それがドリスタ方面とは聞いていなかった。


 ドリスタにいるのか。


 そう思うと、紙に書かれた名前が、少しだけ重く見えた。


 エルヴィンは、ただの付き添いで動く人ではない。

 父の命令を補うために、僕のそばへ置かれる人でもない。


 何か別の用があるのだろう。

 でも、この場で考えても答えは出ない。


 廊下の向こうから、明るい足音が近づいてきた。

 次の瞬間、扉の外からシリウスの声が響く。


「兄様! ぼくもドリスタに行くことになりました!」


 ニコがびくりと肩を揺らした。

 リズは困ったように微笑む。


 僕は書きつけの上に手を置き、静かに息を吐いた。


 ドリスタへ戻れることは、楽しみだ。

 風試作の続きも、バウルのことも、町の人たちのことも気になる。

 エルヴィンの名前には、少し引っかかるものもある。


 けれど今、一番近くで現実味を帯びている問題は、扉の向こうで嬉しそうな声を響かせている弟だった。


 もしかすると、ドリスタへ戻ることより、シリウスを連れていくことの方が難しい任務かもしれない。


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