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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第1章 魔力なし四男

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第4話 魔力なし四男は厨房で冷えた水を飲む

 その日の午後。

 庭の隅で身体づくりを終えた僕は、息を整えながら額の汗をぬぐった。


「……よし」


 僕は使った道具をまとめ、元の場所へ戻した。


 使用人たちの仕事を増やすのは、できるだけ避けたい。

 ただでさえ僕は、屋敷の中では扱いに困る子どもなのだ。

 魔力なしの四男が、庭に変な道具を散らかしたままにしていたら、いろいろ言われそうだ。


 片付けを終えると、急に喉の渇きを意識した。


 今は、午後の半ばくらい。

 朝食や昼食の慌ただしさは過ぎているが、夕食前の忙しさにはまだ早い。


 僕は屋敷の中へ戻り、厨房へ向かった。


 普通の貴族の子どもは、あまり厨房へ直接行かないようだ。

 食事は運ばれてくるもので、厨房は使用人たちの場所だからだ。


 でも僕は、何度も水をもらいに来ている。

 庭で身体を動かしたあと、いちいち誰かを呼ぶより、自分で行った方が早い。


 厨房に近づくと、火と湯気と食材の匂いが混ざった空気が漂ってきた。

 昼の食事時ほど騒がしくはない。けれど、完全に静かでもない。


 かまどの火は落とされず、鍋からは薄く湯気が上がっている。

 下働きの者が野菜を運び、厨房係が肉を下処理し、別の者が棚の前で保存用の食材を確かめていた。


 僕は邪魔にならないよう、壁際を通る。


 飲み水用の水瓶は、厨房の壁際に置かれた大きな桶の中にある。

 桶の底には、厨房係が魔法で張った薄い氷がまだ残っていて、水瓶の中身を冷たく保っていた。

 凍らせるほどではなく、ぬるくならない程度。

 こういう加減にも、厨房の人たちは慣れているらしい。


 魔法というと、火を放ったり、雷を落としたりするものを想像しがちだ。

 けれど、この世界では、鍋の火加減や水の冷たさのような日々の仕事にも、魔力の扱いが関わっている。


 派手さはなくても、毎日の暮らしには欠かせない。


 僕は水瓶の近くに置かれているはずの木杯を探した。

 いつもなら、すぐそばにある。

 けれど今日は見当たらない。洗い場に回されているのかもしれない。


 仕方なく、杯や小皿を置いている棚へ手を伸ばしかけた、その時だった。


「ユキア坊ちゃん」


 背後から声が飛んできた。


 僕は棚へ伸ばしかけていた手を、そっと引っ込める。


「お水なら出しますから、棚をあさらないでくださいな」


 振り返ると、厨房係のグレタが両手を腰に当てて立っていた。

 声は大きいが、表情は怒っているというより呆れている。


「あさってはいません。探していただけです」


「それを厨房では、あさってるって言うんですよ」


「あはは……勉強になります」


「勉強するところが違います。ほら、お水です」


 グレタは手早く木杯に水を注いで、僕の前に置いた。

 僕は両手で受け取って、礼を言う。


「ありがとう、グレタ」


「汗をかいた後ですから、ちゃんと飲んでくださいよ」


 グレタはそう言って笑った。


 この人は、言い方は少し強いけれど、子どもが空腹だったり喉を渇かせていたりするのを放っておけない人だ。

 僕が厨房へ来ることにも、最初はかなり驚いていた。

 最近では、庭で動いた後に水を飲みに来ることを、半ば日課のように扱ってくれている。


 水を飲むと、身体の内側にすっと冷たさが落ちていった。


 生き返る。


 魔法のある世界でも、運動後の水は普通においしい。


「坊ちゃんのおやつは、そちらの包みです。歩きながら食べないでくださいよ」


 そう言って、グレタは小さな布包みを指した。


 この時間には、子どもたち用の軽食や茶菓子が用意される。

 兄姉たちの分は侍女が運ぶことが多いけれど、僕の分はこうして厨房で受け取るのが大半だ。


 水を飲んだ後は、厩舎へ顔を出すつもりだった。

 あそこには、ヴァンハルト家で飼われている二頭の騎獣――フォルフがいる。


「あの、果物を少しもらってもいいですか」


 僕が尋ねると、グレタは片眉を上げ、近くの籠から小ぶりの果物を一つ取ろうとした。

 その瞬間、低い声が割り込んだ。


「グレタ、それじゃない」


 厨房の奥で、料理長のバルドが鍋の火加減を見ながら言った。

 無口で、頑固で、厨房ではたぶん一番偉い人だ。


 僕は首を傾げる。


「だめですか?」


「だめとは言ってねえ」


 バルドは別の籠から果物を二つ取り、無造作に布の上へ置いた。


「フォルフに持っていくなら、そっちの酸っぱいやつじゃなくて、こっちの甘い方にしろ。あいつらはそれを好む」


「ありがとう、バルド!」


 思わず声が大きくなった。


 バルドは、照れたように目をそらす。


「それと、ロッソに見せてからだ。勝手に食わせるな」


「はい。ちゃんと聞きます」


 僕がうなずくと、バルドは短く「ならいい」とだけ言って、また鍋へ向き直った。


 怖そうに見えるけれど、ちゃんとフォルフの好みを知っている。

 食材にも動物にも、たぶん雑なことはしない人なのだろう。


 僕は果物と自分用の包みを抱えて、厨房を出た。


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