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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第2章 魔石鉱山町ドリスタ

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第34話 四男は採掘現場で魔石を見る

 補修が終わると、僕たちは見学可能な区画へ案内された。


 坑道の中は、外よりも音が近い。

 槌が石を打つ音、くさびを差し込む音、籠を置く音、人が短く指示を交わす声。


 壁に取りつけられた照明が、湿った岩肌をぼんやり照らしている。

 床には水が広がらないように浅い溝が作られ、通路の端には運搬用の籠が並んでいた。


 支柱、排水、足場、照明、運搬路。


 採掘は、掘る人だけで成り立っているわけではない。

 石を掘るために、その周りの準備がいくつも積み重なっている。


 鉱夫のひとりが、つるはしを振るった。

 別の人がくさびを差し込み、槌で叩く。

 岩が小さく割れ、運搬係が落ちた石を籠へ入れていく。


 力仕事だ。

 けれど、ただ力任せではない。


「この辺りは、魔石の筋が近い場所です」


 マイスが声を低くして言った。


「強く割れば早いのですが、内部にひびが入ると価値が落ちます。魔石が見えたら、作業の仕方が変わります」


 その言葉の後だった。


 槌の音が、ふっと軽くなった。


 鉱夫が手を止め、岩の割れ目を覗き込む。

 そこに、灰色の岩とは違う、かすかな煙色の光が見えた。


 魔石だ。


 はっきり掘り出されたわけではない。

 まだ岩の中に埋まっている。


 それでも、そこだけ空気が変わった。


「強く叩くな。周りを外せ」


 ボルクの声が短く飛ぶ。


 鉱夫たちは大きな道具を下ろし、細いくさびと小槌に持ち替えた。

 さっきまでの力強い音が、今度は小さく、慎重な音に変わる。


 魔石本体を叩くのではない。

 周りの母岩を、少しずつ外している。


 僕は息を詰めて見ていた。


 強く叩けば早い。

 でも、それでは壊れる。


 魔石は、力を入れて掘り出すものだと思っていた。

 実際、力は必要だ。

 けれど、魔石が見えた瞬間、必要になるのは力を抑えることだった。


 昨日、僕たちは魔力を抑える練習をした。


 あれは、魔獣に気づかれにくくするためや、素の身体を鍛えるための入口だと思っていた。

 でも、もしかすると、それだけではないのかもしれない。


 鉱夫たちは経験で、強く叩けば魔石が傷むと知っている。

 そこに無意識の魔力がどれだけ関わっているのかは、まだ分からない。


 ただ、昨日の練習と今見たものが、どこかで近い気がした。


     ◇


 見学を終えて坑口近くへ戻ると、置き場では班ごとの籠が確認されていた。


 正式な記録は、管理側の人が板に印をつけながら確認している。

 作業員の口だけで採掘量が決まるわけではない。


 それとは別に、ボルクは現場の流れを見るように、積まれた籠へ目を走らせていた。


「この班、休憩前の分が少ないな」


 ボルクが言うと、近くにいたバウルがすぐに顔を上げた。


「ガドさんが七籠、ミナスさんが六籠、僕が三籠です。合わせて十六籠です」


「それは記録を見れば分かる」


「はい」


「問題は、お前が三籠しか運んでいないことだ」


「……はい。すみません」


 バウルの耳が少し下がった。


 ボルクはそれ以上責めず、別の籠へ視線を移した。

 バウルは邪魔にならないように一歩下がり、こちらの近くを通りかかった。


「お疲れ様です」


 僕が声をかけると、バウルは慌てて顔を上げた。


 その時、犬系獣人らしい鼻が小さく動く。


「……ユキア様、変わった魔石の匂いがします」


「匂い?」


 僕は自分の袖を見た。

 土と汗と、坑口近くの湿った空気の匂いなら分かる。


 バウルは首を振った。


「そっちじゃなくて、その袋です」


 僕は腰の皮袋に手を当てた。


 中には、エルヴィンから受け取った属性魔石が入っている。


「もしかして、属性魔石の匂いが分かるんですか」


「なんとなくです。普通の魔石は、あんまり分かりません。鉱山の中は石と土の匂いばかりなので」


 バウルは少し考えるように耳を揺らした。


「でも、属性魔石は違います。昔、一度だけ、すごくきれいな属性魔石の匂いを嗅いだことがあります。いい匂いがしました」


「この袋の中も、その匂いに近い?」


「近いというか、なんか独特な匂いがします」


 属性魔石の匂い。


 そんなものが本当にあるのか、僕には分からない。

 けれど、バウルは何かを感じ取っている。


 少なくとも、皮袋の中身を知らないまま、そこに属性魔石があると気づいた。


 それを、ただの思い込みで片づけてしまうのは惜しいと思った。


 バウルは、話している間もちらちらと籠の方を見ていた。

 休めと言われても、やはり動いている方が落ち着くのだろう。


「動くのが好きなら、兵士や警備の仕事に興味はないんですか」


 僕が聞くと、バウルの表情が一瞬明るくなった。


「あります」


 その声は、さっきまでよりはっきりしていた。

 けれど、すぐに勢いがしぼんだ。


「でも、僕は弱いので。魔力も下手ですし、石を運ぶのも遅いです」


「……そうなんですね」


「はい。でも、ここは嫌いじゃないです。だから、できるだけ頑張ります」


 バウルは笑おうとしたが、うまく笑えていなかった。


 僕は、すぐに何かを言うことができなかった。


 兵士になりたいなら連れていく、なんて言える立場ではない。

 ここで働く奴隷を、僕の思いつきで動かせるわけでもない。


 それに、バウル本人は採掘現場が嫌いなわけではない。

 動くことが好きで、鉱山の空気も好きなのだろう。


 ただ、好きな仕事で成果を出せていない。

 別の場所なら、違う力を出せるかもしれない。


 でも、今は、結論を出す時ではない。

 それでも、忘れてはいけない人だと思った。


     ◇


 採掘現場を出る頃には、最初より空気が少し柔らかくなっていた。


 もちろん、警戒がなくなったわけではない。

 鉱夫たちは僕を見ると、まだ姿勢を正す。

 マイスも、最後まで安全確認の姿勢を崩さなかった。


 それでも、休憩場で慌てて立ち上がろうとした時のような硬さは、少し薄れていたと思う。


 帰り道、僕は坑口から離れていく音を聞きながら、今日見たことを考えていた。


 採掘現場は、思っていた以上に重かった。

 危険と隣り合わせで、音が近く、土も石も人の身体も、どこか張りつめている。


 でも、そこにいる人たちは、ただ力任せに掘っているわけではなかった。


 支柱を直し、足場を見て、排水を確かめ、運ぶ道を空ける。

 そして魔石が見えた瞬間、力を入れる仕事は、力を抑える仕事へ変わる。


 魔石は、ただ掘り出されるものではない。


 誰かが力を入れ、誰かが力を抜き、誰かが支え、誰かが運ぶ。

 その全部があって、ようやく町へ流れていく。


 そう思うと、昨日まで見てきた加工場や倉庫の景色も、今までとは違って見えた。


     ◇


 滞在場所へ戻ると、リズとニコが入口で待っていた。


 リズは僕の顔色を見て、それから服や靴の汚れを確認する。

 ニコは荷物を受け取るために一歩前へ出た。


「おかえりなさいませ。お怪我はありませんか」


「大丈夫。今日は無事に戻ってきたよ」


 そう言うと、リズはようやく目元を緩めた。


 ニコも肩の力を抜く。


「採掘現場は、どうでしたか」


 ニコが尋ねた。


 僕は今日見た坑道の音と、魔石が見えた瞬間の空気を思い返す。


 危ない場所だった。

 でも、危ないからこそ、みんな思っていた以上に慎重だった。


「思ったより力任せな場所ではなかったかな」


「そうなのですね。採掘というと、力仕事の印象がありました」


「うん。実際、力は必要なんだと思う。でも、魔石が見えたら、みんな急に慎重になった。強く叩くと、魔石に影響が出ることがあるらしいんだ」


 言いながら、僕は今日見た煙色の光を思い出す。


「それで、少し思ったんだ。昨日やった魔力を抑える練習は、他にもいろんな場所で活用できるんじゃないかって」


 グレンは後ろで静かに聞いていた。

 ミロスも、何かを考えるように黙っていた。


 リズとニコには、まだ詳しく説明できるほど整理できていない。


「それと」


 そこまで言って、僕は口を閉じた。


 今ここで口にすると、ただの思いつきになってしまいそうだった。


 属性魔石の匂いに気づいたこと。

 じっとしていられないほど動きたがること。

 魔力操作が不得手なこと。

 戦うことへの憧れ。


 それらが、頭の中でばらばらに残る。


 ただ、魔石が岩の中から見えた時の光と同じように、バウルという名前が、今日の記憶の中に残っていた。


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