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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第2章 魔石鉱山町ドリスタ

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第33話 四男は採掘現場の空気を見る

 翌朝、滞在場所の前には、前回よりも多くの案内役が集まっていた。


 今日は、採掘現場を見学する日だ。


 前回と同じ道は使わない。

 見学する範囲も、安全確認が済んだ区画だけ。

 グレンとミロスも、いつもより近い位置で周囲を見ている。


 それだけで、前回と同じではないのだと分かる。


「リズさんとニコさんは、今回も滞在場所で待機でお願いします」


 出発前、エーベルトがそう告げた。


「採掘現場は、足元も音も普段の町中とは違います。今回は、見学者と護衛を絞らせていただければと……」


「分かりました」


 僕は頷いた。


 リズは、水筒と布、それから戻った後の着替えを整えていた手を、少しだけ止めた。


「……はい。お戻りになった時に、すぐ休めるようにしておきます」


「うん。お願い」


 グレンは僕の少し前に立ち、出発前の確認を終えていた。

 ミロスはその横で、周囲を見ている。


 エーベルトは、こちらを見て小さく息を吐いた。


「では、お願いいたします。天候、道の状態、作業状況のいずれかに問題が出た場合は、その場で中止いたします」


「はい。現地の判断に従います」


     ◇


 採掘現場へ向かう道は、前回とは違っていた。


 前回使ったのは、荷車の流れを妨げないための、関係者が使う道だったらしい。

 今回は少し遠回りになる代わりに、町へ魔石を運び出す荷車も通る、踏み固められた道を進む。


 坑口近くの荷下ろし場で馬車を降りると、グレンは僕の前方を確かめ、ミロスは少し後ろから左右を見た。

 いつもより、二人との距離が近い。


 少し落ち着かない。

 けれど、嫌ではなかった。


 坑口へ近づくと、金属を打つ音と、人の声が聞こえてきた。

 土と石の匂いに、汗と油の匂いが混じる。


 屋敷とも、加工場とも違う。

 ここは、石を掘り出す場所なのだと、音だけで分かった。


 入口の近くで、ひとりの男がこちらへ歩いてくる。

 中肉中背で、手には、板に紐で綴じた書きつけを持っていた。


「本日の案内を担当いたします。鉱山管理補助のマイスです」


 マイスは、深くなりすぎない程度に頭を下げた。


「ユキアです。よろしくお願いします」


「ご案内するのは、安全確認済みの範囲に限ります。足元や作業状況に変化があれば、その場で見学を止めます」


「はい。現地の判断に従います」


 僕がそう答えると、マイスの目が一瞬だけ動いた。

 驚いたのか、確認したのかは分からない。


 少し離れた場所では、鉱夫たちがこちらを見ていた。

 すぐに視線を外す人もいれば、手を止めたまま硬い顔をしている人もいる。


 領主家の子息が来たうえに、前回は採掘現場へ向かう途中で事故が起きた。

 しかも、その前にここへ来たのは、僕の兄であるカシムだ。


 町で聞いた限り、カシムの評判はあまりいいものではなかった。


 そう考えれば、この空気は当然なのかもしれない。


 僕が何かをしたわけではなくても、僕はヴァンハルト家の子だ。

 ここで働く人たちから見れば、ただの子どもでは済まない。


「鉱夫頭のボルクです」


 低い声がした。


 マイスの後ろから、がっしりした体格の男が近づいてくる。

 手は大きく、腕には作業でついた細かな傷がいくつもあった。


「坑道は見物の場所じゃありません。入るなら、こちらの言う通りにしてもらいます」


「はい。お願いします」


 ボルクは、短く頷いた。


 歓迎されているわけではない。

 けれど、追い返されているわけでもない。


 このくらいの距離感の方が、今は自然だと思った。


     ◇


 坑口の近くまで進んだところで、マイスが一度足を止めた。


「この先が、見学予定区画へ続く通路です。まずは外側の作業状況を見てから、短時間だけ中へ入ります」


 説明を聞きながら、僕は横木と支柱に目を向けた。


 坑道の入口近くに、いくつか補強用の木材が積まれている。

 その先の支柱の一本には、古い傷と、墨で引かれたような印がついていた。


 今すぐ崩れそう、というわけではない。

 ただ、誰かがそこを気にして、目印を残したのかもしれない。


 ボルクの視線も、一瞬そこへ向いた。


「すみません。あの支柱に傷みがあるようですけど、危なくないんでしょうか」


 僕が言うと、マイスがわずかに言葉を止めた。

 ボルクもこちらを見る。


「見学が終わってからでも間に合います」


 ボルクの声は低い。

 ただ、怒っているというより、作業順を崩したくないように聞こえた。


「明らかに危険な状態ではない、ということでしょうか」


「そうです。ただ、補修予定ではあります」


 マイスが答える。


 僕は支柱と、そこを通る人たちの足元を見た。


 もし自分が見学に来たせいで、本来なら先に直すはずだった場所が後回しになっているのなら、それは嫌だ。


「僕の見学より、ここを毎日使う人たちの方が大事だと思います」


 ボルクが黙る。


 僕は続けた。


「僕たちは待ちます。先に済ませられるなら、補修を優先してください」


 命令ではない。

 少なくとも、そう聞こえるように言葉を選んだつもりだ。


 ボルクは、しばらく支柱を見てから、マイスへ視線を向けた。


「長くはかからん」


「では、先に補修を入れます」


 マイスが書きつけに何かを記す。


 ボルクは近くの作業員へ短く指示を出した。

 すぐに数人が動き、積んであった木材を運び始める。


 その動きは早い。

 そして、慣れている。


 補修は特別な大ごとではなく、現場では日々の作業の一部なのだろう。

 だからこそ、予定に入っているなら、余計に後回しにしたくなかった。


「ユキア様、補修が終わるまで、坑口横の休憩場でお待ちください」


「分かりました」


 グレンが僕の進行方向を確認する。

 ミロスは、少しだけ肩をすくめた。


「坊ちゃん、よく気づきましたね」


「たまたま目に入っただけだよ」


「たまたまでも、聞けるのは大事っすよ」


 まっすぐ褒められたようで、少しだけ落ち着かない。


 僕は返事の代わりに小さくうなずき、坑口横の休憩場へ向かった。


 休憩場は、坑口の横に作られた屋根つきの場所だった。


 木の長椅子と水桶があり、壁際には布や簡単な道具が置かれている。

 鉱夫や運搬係たちが腰を下ろし、水を飲んだり、額の汗を拭ったりしていた。


 僕たちが近づくと、何人かが慌てて立ち上がろうとする。


 その動きが、少しだけ痛々しく見えた。


「休憩中なら、そのままでお願いします」


 僕が言うと、立ち上がりかけていた鉱夫が止まった。


 マイスも少し迷うようにこちらを見る。


「ですが、ユキア様がいらしているのに――」


「僕たちは補修を待っているだけです。休む時間を削らせるつもりはありません」


 休憩場に、妙な沈黙が落ちた。


 僕は言い方を間違えたかと思ったけれど、ボルクが低く言った。


「座っていろ。休憩時間だ」


 その一言で、鉱夫たちはおそるおそる腰を下ろした。


 ただ、完全に気を抜いたわけではない。

 背中が少し伸びていて、水を飲む手も遠慮がちだ。


 以前のこともあって、領主家の子息の前で気を抜くのは難しいのだろう。


「休むのも、仕事のうちだと思います」


 僕は小さく付け足した。


 ボルクは一度だけうなずき、休憩場へ視線を戻した。


 その横顔はまだ硬い。

 けれど、さっきよりは、こちらを測るような気配が薄れた気がした。


 その時、休憩場の端で、ひとりだけ落ち着きなく動いている少年が目に入った。


 犬系獣人らしい耳が、周囲の音に合わせるように小さく動いている。

 彼は籠を重ね直し、道具を壁際へ寄せ、また別の籠を覗き込んでいる。


「あの人は?」


「鉱山付きの奴隷で、バウルですね」


「休憩中ではないんですか?」


「休めとは言っているんですが……あいつは、止まっている方が落ち着かないようでして」


 休めと言われても動いてしまう。

 その落ち着かなさが、少し気になった。


「少し、話してもいいですか」


 僕が聞くと、マイスはボルクへ視線を向けた。


 ボルクは短くうなずく。


「長くならなければ」


 ボルクの許可を受けて、僕はバウルに近づいた。


「こんにちは」


 バウルは籠を抱えたまま振り向いた。


「君、誰だい。子どもがこんなところに来たら危ないよ」


 君も十分、子どもだと思うけど。


「見学させていただいています。気をつけますね」


「見学……?」


 バウルが、そこでようやく僕の後ろにいるグレンたちを見た。

 ハッと何かに気づいたかのように、背筋を伸ばす。


「こ、この度はお日柄もよく、お足元の悪い中、こんな採掘現場までお越しいただき、誠にありがとうございます! カシム様におかれましては――」


 そこから先も、バウルの口は止まらなかった。


 たぶん、覚えた挨拶を最後まで言い切ろうとしているのだと思う。

 けれど、問題はそこではない。


「僕、カシム兄様じゃないですよ」


「……え?」


「ユキアです」


「……ユキア様?」


「はい」


「なんだぁ……」


「なんだぁ?」


「あっ、いえ! なんだぁ、ではなく! すみません! 僕、てっきり、前に来たすごい子息様かと!」


 周りの鉱夫たちが、笑いをこらえるように顔をそむけた。


「バウル、休憩だ」


 ボルクが声を飛ばす。


 少年が振り向いた。


「はい。これだけ置いたら休みます」


「それを毎回言っているだろう」


「……はい」


 バウルは、抱えていた籠をそっと下ろした。


 僕はバウルをもう一度見た。


「真面目そうですね」


 僕がそう言うと、マイスが少し困ったように視線を落とした。


「真面目ではあります。逃げも怠けもしません」


 答えたのは、ボルクだった。


「ただ、真面目ならそれで十分、という仕事でもない」


「採掘や運搬でも、ですか」


「そこは同じです。力があればいいというわけではありません。魔石が近いところでは、強すぎても困ります」


 ボルクは坑口の方を見る。


「力を入れるだけなら、壊す方が早い。だが、魔石を壊せば意味がない」


「加減が必要なんですね」


「魔力をうまく扱えない者は、兵や精密な職人仕事には回りにくい。採掘や運搬、下働きに来ることもある。だが、ここでも加減は要る」


 ボルクの声は低い。


「バウルは、力が弱く、加減も苦手です。真面目ではありますが、採掘の主力には回せません」


 その言い方には、バウルを切り捨てるような響きはなかった。

 ただ、真面目だからこそ、現場でどう使えばいいのか困っているように聞こえた。


 バウル本人は、少し離れた場所で休憩用の水を飲んでいる。

 けれど、座っていても足先が落ち着かない。


 動いている方が好きなのだろう。

 それなのに、動く仕事で成果を出しきれていない。


 好きなのに、うまく役に立てない。


 そのもどかしさは、僕にとって他人事ではなかった。


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