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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第2章 魔石鉱山町ドリスタ

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第32話 四男は仲間の当たり前を見直す

「まずは、立ったまま試してみたい。腹の奥を意識して、外へ広がっているものを身体の真ん中へ戻すように、できないかな」


「俺たちも、ですか」


 ミロスが木剣を肩に担ぎかけ、すぐに戻した。


「うん。ミロスとグレンには、実際に試してほしい。ニコは無理にやらなくていい」


「見て覚えます。できそうなら、少しだけ試します」


 ニコはそう答えて、一歩下がった。


 ミロスとグレンが、木杭から少し離れて並ぶ。


「息をゆっくり吐いて。力を抜くんじゃなくて、身体の内側にしまっておく……そんな感じだと思う。僕も、まだうまく言えないけど」


 広場が静かになる。


 すぐには、何も起きなかった。

 吐く息の音だけが、しばらく続く。


 最初に変化したのは、ミロスだった。


「……あ」


 ミロスが目を開く。


 その直後、手から木剣が滑り落ちた。


 乾いた音がして、木剣が地面に転がる。


「ミロスさん?」


 ニコが驚いて声を上げた。


 ミロスは自分の手を見下ろして、何度か指を握ったり開いたりした。


「……今の、魔力が切れた時に似てたっす」


「魔力切れ?」


「はい。身体に力が入らなくなった感じです。力の入れ方が、一瞬分からなくなりました」


 ミロスは地面に落ちた木剣を拾い上げると、いつもより慎重に握り直した。


「俺、普段こんなに魔力に助けられてたんすね」


 ミロスは息を吐き、木剣を握り直した。


「もう一回試します」


 ミロスはすぐに構え直した。

 軽い言い方はしても、やると決めたら動きは早い。


 グレンは目を閉じない。

 前を見たまま呼吸を整え、身体の軸を保つように立っている。


「短い時間なら、できなくはありません」


 グレンはそう言って、木剣を構えた。


 そこから一歩踏み込んで、木剣を振る。

 けれど、振り終えたグレンは眉を寄せた。


「動こうとすると、魔力が戻ります」


「抑えられなくなる?」


「はい。抑えることに意識を向けると、身体が固まります。動こうとすると、今度は抑えが利きません」


 グレンは木剣を下ろした。


「戦闘中に使えるものではありませんね。少なくとも、今のままでは」


「うん。僕もそう思う」


 そこで無理に使えると言わないところが、グレンらしい。


 魔力を抑える感覚を掴むことと、そのまま動くことは別だ。

 さらに、護衛や戦闘の中で使うとなれば、もっと難しくなる。


「まずは、止まった状態で抑える。それができたら、短い動き。次に、歩く。いきなり戦闘に使うものじゃなくて、身体の使い方を知る練習だと思う」


「地味っすけど、必要な気がするっすね」


 ミロスが、木剣を握り直しながら言った。


「少なくとも、魔力が乱れた時に慌てにくくなるかもしれません」


 今度はグレンが静かに言った。


 成功ではない。

 けれど、反応はある。


「次は、もっと単純な動きで試したい」


 僕は木剣を置いた。


 その場で、ゆっくり膝を曲げる。

 深く沈みすぎず、背中を丸めすぎず、自分の重さが足に乗るところで止めた。


「勢いで動くんじゃなくて、自分の身体の重さを感じるくらいでいいと思う。どこに重さが乗っているかを確かめる感じ」


 前世の言葉なら、自重を使う訓練になる。


 ただ立って、膝を曲げて、戻す。

 それだけでも、魔力でごまかさずにやると、脚や腰の内側にじわっと響く。


「最初は回数を増やさなくていい。自分の重さを感じられなくなったら、そこで止めよう。たぶん、その時は魔力で動きを助けてしまっているから」


「……それなら、広い場所も道具もいりませんね」


 グレンが言った。


「うん。だから、日課にしやすいかもしれない」


 グレンが先に試した。


 魔力を抑えようとしながら膝を曲げると、動きが少し重くなる。

 数回で止め、感覚を確かめるように足元を見た。


「普段の訓練とは違います。身体を支える場所が、はっきりする気がします」


「続けられそう?」


「短時間なら。ただし、任務前にやりすぎるべきではありません」


「それはそうだね」


 鍛えるために、護衛の動きが鈍ったら意味がない。

 日課にするとしても、時間と量を考える必要がある。


 ミロスも試した。

 最初は軽そうに動いていたが、魔力を抑えるよう意識した途端、膝の動きが遅くなる。


「……これは、思ったよりきついっすね」


 ニコが、少し迷ってから同じ動きを真似した。


 一回目は普通にできた。

 二回目で、眉が寄る。

 三回目で、動きが遅くなった。


「……たしかに、変な感じがします」


「ニコは、無理に続けなくていいよ」


「はい。今日は見て覚えます」


 ニコは素直に引いた。

 従者見習いとして、護衛と同じだけ鍛える必要はない。

 僕の訓練相手をしてくれるなら、この感覚を知っているだけでも違うと思う。


 その後、僕は思いつく範囲で、素の身体を鍛える動きをいくつか教えた。


 前世でいう、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットのやり方だ。

 こちらの言葉ではうまく説明しにくいけれど、道具を使わず、自分の身体の重さで身体を鍛える練習だ。


 どれも前世では、特別なものではない。

 身体を鍛えるための、ごく基本的な練習だった。


 けれど、この世界では違う。


 ミロス、グレン、ニコ。


 同じことをしても、反応は少しずつ違う。


 それが、僕には面白かった。


 うまくいったからではない。

 人によって違うなら、そこに手がかりがあるかもしれないと思えたからだ。


 みんなが試している間、僕はリズの方を向いた。


 リズは水の入った杯を用意していたが、僕の視線に気づくと、静かに手を止めた。


「リズも、少し試してみる?」


「わたしも、ですか」


「うん。前にエルヴィンに言われたこと。魔力が外へにじんでいるかもしれないって話」


 リズは胸元に手を当てた。


「抑え込む、ということでしょうか」


「たぶん、ただ抑え込むだけだと動きにくくなると思う。ミロスも、魔力を引っ込めすぎた時に身体が重くなっていたし」


「はい……」


「だから、どこまで抑えると身体が重くなるのか。どのくらいなら、動きやすいまま留められるのか。そのあたりを探せないかなと思って」


 正解が分かっているわけではない。


 リズの魔力が本当に外へにじんでいるのか。

 それを内側に留めれば楽になるのか。

 僕には、まだ判断できない。


 ただ、何もしないよりは、少しでも確かめる方がいい。


「疲れるようなら、すぐやめていいから」


「……はい。少しだけ、試してみます」


 リズは目を伏せ、ゆっくり息を吐いた。


 しばらくして、眉が少し寄る。


「……重い感じがします」


「抑えすぎた?」


「たぶん、そうだと思います」


「じゃあ、そこまでは抑えすぎなんだと思う。もう少し楽に動けるところがあるか、探していこう」


「はい。疲れない範囲で、試してみます」


 リズは胸元に置いた手を少し緩め、小さく息を吐いた。


 うまくできたわけではない。

 どこから重くなるのかは分かった。


 それだけでも、今は手がかりになる。


 頃合いを見て、広場での試しを切り上げることにした。


「ユキア様」


 片づけの途中で、グレンが声をかけてきた。


「今回の訓練が、実戦で役に立つかは分かりません」


「うん」


「ですが、普段、自分がどれだけ魔力に頼って動いているのか。それを知る意味はあったと思います」


「試す価値はある?」


「はい。少なくとも、すぐに捨てる話ではないかと」


 納得した、というほど強い言い方ではない。

 けれど、頭から否定する声でもなかった。


 それだけで、今は十分だった。


「僕も、まだよく分かっていないよ」


 グレンが顔を上げる。


「だから、一緒に試してくれると助かる」


「承知しました。任務に支障が出ない範囲で、続けてみます」


 その声は、昨日よりも落ち着いていた。


 ミロスが木剣をまとめながら、軽く肩をすくめる。


「グレンさんがやるなら、俺も付き合いますよ」


「ミロスも?」


「はい。さっきの感覚、ちょっと嫌だったんで。自分の身体なのに、急に扱いにくくなるって、面白くないっす」


 ミロスは笑っている。

 けれど、言っていることは真面目だった。


 事故の後、みんなが変わり始めている。


 リズは僕の様子をよく見るようになった。

 ニコは周囲を見る回数が増えた。

 グレンは、自分の役目を見直そうとしている。

 ミロスは軽い声のまま、その場の重さを和らげてくれる。


 僕も、前と同じではいられない。


     ◇


 その日の夕方、エーベルトが滞在場所へやって来た。


「ユキア様。採掘現場見学についてですが……その、明日、再開できる見込みとなりました」


 僕が返事をするより先に、グレンが姿勢を正した。


「経路は前回と同じでしょうか」


「いえ。前回と同じ経路は使いません。安全確認済みの別経路を使います。現地側の案内も増やし、護衛配置も改めて調整しております」


 エーベルトの声は弱々しい。

 けれど、内容は慎重だった。


「天候や道の状態に問題が出た場合は、その場で中止いたします。そこは、現地の判断に従っていただければと……」


「承知しました」


 グレンが短く答える。


 その返事を聞いてから、僕も頷いた。


「僕も、現地の判断に従います」


「はい。それでお願いいたします」


 エーベルトは、ほっとしたように頭を下げた。


 ミロスは、書類を見ながら軽く頷いている。

 リズは小さく息を吐き、ニコは肩の力を抜いた。


 前回と同じではない。

 道も、案内も、護衛の動きも見直されている。

 僕たちも、前と同じ気持ちで向かうわけではない。


 それでも、何かが起きないとは言えない。

 どれだけ準備しても、全部を避けられるわけではない。


 今度は、みんなで無事に戻ってこれるといいなぁ……。


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