第31話 四男は仲間と強くなりたい
グレンが戻ってきた翌朝、僕は鉱山管理側に頼んで、警備部門の詰所裏にある訓練用の空き地を借りた。
訓練場といっても、立派なものではない。
踏み固められた土の広場に、古い木杭がいくつか立っているだけだ。
鉱山警備の人たちが身体を動かしたり、打ち込みを確かめたりする場所らしい。
試したいことがあるとエーベルトに伝えると、彼は弱々しい顔でうなずきながら、警備担当に話を通してくれた。
広場には、リズ、ニコ、グレン、ミロスがいる。
リズは水と布を用意して、少し離れた場所に立っていた。
ニコは木剣を抱え、僕の指示を待っている。
グレンは周囲を確認してから、僕の近くへ戻ってきた。
ミロスは木杭の前に立ち、軽く手で押してぐらつきを確かめていた。
昨日戻ってきたばかりのグレンは、まだ少し硬い。
けれど、事故のあとに見たような、今にも自分を責め続けそうな危うさは薄れていた。
ミロスは、そんなグレンを横目で見てから、僕へ向き直る。
「坊ちゃん。この杭なら大丈夫っす。警備の人たちが打ち込みに使ってるだけあって、ある程度本気で叩いても耐えそうですね」
「ありがとう、ミロス」
僕は木杭の前に立った。
「この前のことで、魔力の使い方をもう少し確かめておきたいと思ったんだ」
ニコが姿勢を正す。
グレンも黙ってこちらを見た。
ミロスは木剣を一本、僕へ渡してくれる。
「魔力を巡らせる練習とは逆に、魔力を抑える練習ができないか試したい」
「魔力を、抑えるのですか」
グレンが聞き返した。
「うん。最終的には完全に止められればいいけど、最初は、無意識に身体へ流れている魔力を、弱める感じかな」
グレンは考えるように眉を寄せた。
この世界では、身体を動かすことと魔力を使うことが近い。
歩く、立つ、物を持つ。
そうした当たり前の動きにも、本人が意識しないまま魔力の補助が入っている。
僕はそこがうまく噛み合わなかった。
だから、前世の感覚で、身体そのものの動かし方を探ってきた。
要するに、筋肉や体幹を使う感覚だ。
それをこの世界の人にそのまま言っても、たぶん伝わらない。
だから僕は、いったん木剣を下ろして、自分の腕を見た。
「ニコ、少し腕を出してもらっていい?」
「腕、ですか?」
ニコは不思議そうにしながらも、袖を軽く上げた。
僕も同じように袖を上げる。
並べてみると、はっきり分かる。
年齢は僕の方が下だ。
けれど、僕の腕には、ニコよりもわずかに厚みがある。
もちろん、ラウガのような獣人の身体とはまるで違う。
それでも、一緒に木剣を振ってきたニコと比べると、差がある。
「僕は、魔力をうまく使えなかった。だから、身体を動かす時に、魔力に頼れなかったんだと思う」
「魔力に、頼れなかった……」
ニコが、自分の腕と僕の腕を見比べる。
「こうして見ると、僕の方が厚みがあるよね」
「……はい。ユキア様の方が、しっかりして見えます」
「うん。意識してそうしたわけじゃない。ただ、魔力で補えない分、少しずつ身体に厚みが出たんじゃないかと思ってる」
前世の感覚で言えば、筋肉の差だ。
使ったところは育つ。
使わなければ、育ちにくい。
この世界では、身体を動かす時に魔力が自然に助けてくれる。
逆に、魔力へ頼る分、筋肉は育ちにくいのかもしれない。
「ラウガさんの身体、覚えてる?」
僕がそう言うと、ニコはすぐに頷いた。
グレンも表情を引き締める。
「あの人は、人族とは違う厚みがあった。腕も、肩も、腰も。立っているだけで、身体の中に力が詰まっているように見えた」
「……確かに、ラウガ殿はそうでした」
グレンが静かに言った。
「もちろん、獣人だからという違いもあると思う。ただ、身体に厚みがあるということは、それだけ力を出す土台があるということでもあるんじゃないかな」
僕は木剣を握り直した。
「魔力を乗せれば、動きは強くなる。けれど、その前の身体がしっかりしていれば、魔力を乗せた時の力も、もっと強くなるかもしれない」
僕は完成した理屈を持っているわけではない。
ただ、事故の時に思い知らされた。
魔力を巡らせることだけを考えていても足りない。
危険な場所で動くには、魔力を使う時と使わない時を、少しでも自分で選べた方がいい。
「ニコ。まず、普通に木杭を打ってみて」
「はい」
ニコは木剣を構えた。
まだ訓練相手としての動きだけれど、以前より足の置き方が安定している。
短く息を吐き、木杭へ打ち込む。
乾いた音が広場に響いた。
「次、僕がやる」
ただ腕だけに魔力を集めるのではなく、身体の動きに沿わせる。
木剣を振った。
音は、ニコの時より低かった。
木杭が大きく揺れる。
僕は木剣を下ろし、息を吐いた。
「ニコの方が、構えや打ち込みは自然だと思う。僕は魔力を乗せるまでに時間がかかるし、安定もしない。でも、うまく噛み合った時だけ、素の身体で支えた分、力が乗る気がする」
グレンが、僕の足元から木杭へ視線を移した。
「魔力だけで押しているわけではない、ということですか」
「たぶん、としか言えないけど」
ラウガは、ただ魔力が強いだけではなかった。
身体の厚みも、立ち方も、力の乗せ方も違う。
エルヴィンは、あまり意識せずに魔力を扱っているように見えた。
ラウガは、その感覚を身体の動きとして見せてくれた。
「身体を使う場合は、魔力の量だけじゃなくて、どこへ向けるかも大事なのかもしれない」
「方向ですか」
「うん。ラウガさんは、力を出す時に、『腹の奥が先に動いて、腕はあとからついてくる』と言ってた。だから、向きも大事かもしれないと思ったんだ」
「なるほど」
グレンは真面目にうなずいた。
「もう一つ、気になっていることがある」
僕は木剣をニコへ返した。
森の中のことを思い出すと、胸の奥が冷える。
濡れた土の匂い。
獣の気配。
左腕に走った痛みの記憶。
「森で魔獣に襲われた時、僕が魔力を巡らせた瞬間、魔獣が反応したように見えたんだ」
リズの表情が強張った。
ニコも、木剣を持つ手に力を入れる。
「もちろん、確信はないよ。怖かったし、疲れていたし、痛みもあった。勘違いかもしれない」
恐怖の中で見たものを、すぐ正しい知識として扱うのは危ない。
「ただ、もし魔獣が魔力に反応しやすいなら、強く巡らせるだけじゃなく、抑えることにも意味があるかもしれない。危険な場所では、目立たない方がいい時もあると思う」
グレンの表情が引き締まった。
「戦う前に、見つからないための手段にもなるかもしれない、ということですね」
「うん。戦うためだけじゃなくて、見つかりにくくするために」
実際に使えるかは分からない。
魔獣が本当に魔力に反応したのかも分からない。
どのくらい抑えれば意味があるのかも分からない。
分からないからやめるのではなく、分からないからこそ小さく試す。
今の僕には、そのくらいがちょうどいい。




