第30話 四男は魔石の巡りを見る
翌日、ようやくドリスタでの見学が始まった。
もちろん、採掘現場ではない。
まず最初に案内されたのは、領主家直営加工場だった。
大きな作業台には、灰色や銀灰色の魔石が並んでいる。
職人たちはそれを光にかざし、欠けやひび、濁りを確かめ、天秤で重さを量っていた。
「色の深さは、魔力の濃さを見る目安になります。透明度は、魔力の通りやすさ。大きさや重さも、魔力量を見る材料です」
オスカーの説明に、僕は作業台の魔石を見比べた。
「僕の目だと、ほとんど同じに見えます」
「最初はそうでしょう。ですが、ひびや濁りがあると、属性魔石や魔道具用には回しにくくなります」
職人頭のローデリヒが、短く補足した。
別の作業台では、欠けや不純物の多い部分が慎重に削られていた。
丸く整えられるものもあれば、小粒に分けられるものもある。
「形も整えるんですね」
「ええ。標準品や属性魔石用は球状が多いですが、用途によっては小粒や平たい形にすることもあります」
ローデリヒは、研磨途中の魔石を一つ指し示した。
「どの形にするにしても、表面はできるだけ滑らかにします。外から魔力を流した時、引っかかりや乱れがあると、魔力の通りが悪くなりますから」
魔石は、掘り出して終わりではない。
商品になる前に、人の目と手で選ばれ、削られ、形を整えられる。
◇
次の日は、領主家直営加工場の奥にある、属性加工区画を見学した。
前日に見た場所が、魔石を選び、形を整えるための区画だとすれば、こちらは魔石に属性の性質をなじませるための場所だった。
中へ入った瞬間、熱気が頬に触れた。
炉の前には、赤みを帯び始めた魔石が並び、水槽の中には薄い青を含んだ魔石が沈んでいる。
「火が強ければいい、というものではありません。火が安定しないと、魔石に定着する火の性質にムラが出ます」
直営加工場の職人が、炉の前でそう説明した。
「水も同じです。濁った水に漬ければ、余計なものまで入り込みます。火も水も、どれだけ安定させるかが大事になります」
本で読むだけなら、火にさらせば火属性、水に浸せば水属性になる、という単純な話に見える。
でも実際には、火の安定、水の濁り、時間、置き方まで管理されていた。
区画の端では、町内や加工場で使う簡単な魔道具の点検も行われていた。
ただし、ここで扱うのは調整や整備が中心で、魔道具としてどう組み込むかは、契約工房に関わる職人たちの方が詳しいらしい。
「契約工房では、魔道具に使うところも見られるんですか」
「ええ。魔石を使う側の工夫は、そちらの方が分かりやすいでしょう」
属性魔石は、魔法で一瞬にして作るものではない。
環境と時間と、人の手で作られている。
そして、それをどう使うかは、また別の職人たちの仕事らしい。
◇
その翌日、僕は倉庫と出荷管理を見せてもらった。
倉庫には、焼き印を押された木箱が積まれていた。
札には、属性、等級、数、形、行き先が細かく書かれている。
町内利用分、領主家優先品、外部取引用。
同じ魔石でも、行き先によって箱が分かれていた。
ハインが帳簿をめくり、商業ギルド支部のセドリックが箱の封印を確かめた。
「水属性の小粒二箱は、昨日出る予定だった分ですね」
「道の件で遅れます。今回は一箱だけ先に出し、残りは次便でお願いします」
「では、先方にはそのように伝えます。代わりの品は出さず、納期の変更だけでよろしいですね」
声は穏やかだった。
けれど、やり取りは気を抜けるものではない。
商業ギルドは、ヴァンハルト家の配下ではない。
買い付け、仲介、輸送、外部への流通を担う取引相手だ。
箱の中の魔石は、もうただの石ではなかった。
誰かへ届ける商品であり、決められた日に届ける約束でもある。
◇
さらに次の日、僕たちは冒険者ギルド支部へ向かった。
掲示板には、依頼札がいくつも打ちつけられている。
周辺の魔物討伐、輸送路の護衛、危険地域の調査、一時的な警備補強。
それとは別に、町内の短距離運搬や、倉庫から荷受け場までの運搬補助もあった。
受付では、鉱山管理側の担当者が、冒険者ギルドの職員へ依頼書を差し出していた。
内容を確認していたのは、冒険者ギルドのベルガだった。
「坑道内の運搬ではありません。鉱山側の倉庫で封印済みの箱を受け取り、町の倉庫まで運ぶ依頼です」
「では、低ランクでも受けられる依頼ですね」
ベルガが依頼書へ線を引き、内容を分けていった。
冒険者は、鉱山の日常管理や帳簿を担うわけではない。
けれど、道を守り、人手が足りない時に荷を動かし、危険がある場所を確かめる。
魔石の流れを止めないために、冒険者の仕事も必要なのだ。
◇
その日の夜、滞在場所へ戻ると、外から馬の足音が聞こえた。
最初に反応したのは、ミロスだった。
彼は軽い調子で窓の方へ目を向けたが、すぐに表情を引き締めた。
「……本家の馬っすかね」
しばらくして、廊下が少し慌ただしくなった。
ニコが扉の近くへ行き、リズが僕のそばへ控える。
僕も立ち上がろうとして、リズに視線だけで止められた。
「座っていてください」
「まだ何も言ってないよ」
「お顔に出ていました」
そんなに出ていただろうか。
やがて、扉が叩かれた。
ニコが開けると、そこに立っていたのはグレンだった。
旅装のまま、背筋を伸ばしている。
服には道中の埃がついていた。
表情は以前よりも少し硬かった。
けれど、あの事故の翌日に見たような、今にも自分を責め続けそうな危うさとは少し違っていた。
グレンは部屋に入ると、まず僕の前で静かに膝をついた。
「ユキア様。ただいま戻りました」
その声も、どこか張り詰めていた。
「グレン。戻ってこられたんだね」
「はい。再び、ユキア様の護衛を務めるよう命じられました」
胸の奥の力が抜けた。
「よかった」
そう言うと、グレンの表情がわずかに揺れた。
その横で、ミロスの肩がわずかに下がった。
「グレンさん、思ったより早かったっすね」
グレンの視線が、ミロスへ向いた。
「……遅いくらいだ」
「いや、普通に早いっすよ。俺、もう少し一人で坊ちゃんを見張る気でいました」
「お前一人に任せきりにはできん」
「信用ないっすね」
「軽い」
「そこは否定できないっす」
わずかに、空気が緩んだ。
何を言われたのか。
どんな処分を受けたのか。
今ここで聞いていいことなのかは、分からない。
けれど、グレンは戻ってきた。
僕はそのことに、思っていた以上に安心していた。
「おかえり、グレン」
グレンは、一瞬、言葉を失ったように見えた。
「はい」
短い返事だった。
でも、その声は、前よりもはっきりしていた。
その横で、ミロスが軽く肩を回した。
「じゃあ、グレンさんも合流したことですし、明日から護衛二人体制っすかね」
「それは正式に確認してからだ」
「はいはい。そういうところ、変わらないっすね」
グレンはミロスを一瞥しただけで、反論しなかった。
リズはほっとした顔をしている。
ニコも、胸を撫で下ろすように息を吐いた。
僕は、今日見た依頼札のことを思い出す。
人には役割がある。
魔石が町を巡るのに、職人、管理官、商人、冒険者が必要なように。
僕の周りにも、それぞれの立場で支えてくれる人がいる。
だからこそ、次に採掘現場へ向かう時は、前と同じではいけない。
でも今は、目の前にいるグレンの顔を見て、静かに息を吐いた。
魔石が町を巡る流れを見たことで、僕はようやく、採掘現場を見る意味にも少しだけ近づいた気がした。




