第29話 四男は新たな護衛を迎える
事故から四日目の夜になって、ようやく身体の重さはほとんど気にならなくなった。
とはいえ、すぐに採掘現場へ行けるわけではなかった。
「明日からは、町内の見学を少しずつ再開いたしましょう。ですが、採掘現場はまだ後回しで……その、今は町内だけということでお願いいたします」
夕方、エーベルトはそう言って、弱々しく頭を下げた。
言い方は頼りなかった。けれど、内容ははっきりしている。
無理に山道へ戻らせる気はない。
まずは町の中で、安全に見られる場所からやり直す。
僕としても、反論はできなかった。
採掘現場へ向かう途中であんなことが起きたのだから、慎重になるのは当然である。
リズは隣で、ほっとしたように息を吐いていた。
ニコも、明らかに肩の力を抜いている。
僕が少し残念に思っていることは、たぶん顔に出ていたのだろう。
「ユキア様」
リズが静かにこちらを見た。
「分かってる。無理はしないよ」
「はい」
その返事には、信じています、というより、見ています、という響きがあった。
……うん。
今のリズには、逆らわない方がいい。
エーベルトが明日の予定を確認して退出してから、部屋の中には静かな時間が戻った。
窓の外は暗い。
僕が寝台の上で膝に帳面を置き、これまで聞いた話を整理していると、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
慌ただしい足音ではない。
ただ、どこか聞き覚えのある調子だった。
扉が叩かれた。
「失礼いたします」
ニコが扉を開けると、その向こうに立っていたのは、まだ旅装を解いていない若い家兵だった。
少し乱れた髪に、肩にかけた荷。表情は、どこか人懐っこい。
けれど、部屋へ入ってきた彼は、最初だけはきちんと背筋を伸ばした。
「ユキア様。ヴァンハルト家家兵、ミロス。護衛補助として参りました」
ミロスは、きれいに頭を下げた。
その様子は、屋敷で門番や巡回をしている時の気安い姿とは別人のようだった。
少なくとも、その一瞬だけは。
顔を上げると、彼はいつものように口の端を少し緩めた。
「……ってことで、坊ちゃん。しばらく俺がつくことになったっす」
「ミロス!」
思わず声が弾んだ。
ミロスは、屋敷で気軽に声をかけてくれる数少ない家兵の一人だった。
気安い調子ではあるけれど、僕を遠巻きに扱わない。
「ミロスが護衛についてくれるんだ」
「はい。坊ちゃんがまた無茶しないよう見張れってことっすね」
「それ、父様が言ったの?」
「いえ。そこは俺の解釈っす」
ミロスは悪びれずに言った。
ニコが、横で小さく笑いをこらえている。
「ミロスさん、到着してすぐその調子なんですね」
「いや、ニコ。俺だって最初はちゃんとしただろ。今、見てたっすよね?」
「最初だけでした」
「最初が大事なんすよ」
そのやり取りを聞いているだけで、部屋の空気が和らいだ。
事故のあと、みんなが気を遣ってくれているのは分かっている。
けれど、その気遣いは、時々、毛布を何枚も重ねられたように息苦しくなることがあった。
ミロスの軽さは、その重さを少し横へずらしてくれる。
「グレンは、もう本家に着いたのかな」
僕がそう尋ねると、ミロスの表情からいつもの軽さが消えた。
「たぶん、着いてる頃っす。事故報告は伝令で先に出ていたみたいなんで、旦那様の方も動くのは早かったんだと思います」
「ミロスは、父様に言われて来たの?」
「大元は旦那様のご指示っす。俺に直接命じたのは、家兵隊長ですけど」
「そうなんだ」
「はい。護衛補充として、ドリスタへ向かえと。グレンさんが本家へ行っている間、坊ちゃんの近くにつくようにって話っす」
ミロスはそこで、声を落とした。
「ただ、グレンさんがまた坊ちゃんにつけるかどうかは、俺には分からないっす。そこは、旦那様の判断になります」
「……うん。僕からも、できればまた護衛についてほしいって伝えてもらうようには頼んだんだけど」
「なら、あとは待つしかないっすね」
ミロスは軽く肩をすくめた。
「グレンさん、あれで結構気にする人なんすよ」
「うん」
「だから、また護衛に戻ることになったら、あんまり固くなりすぎないように言ってやってくださいっす。俺が言うと、たぶん聞かないんで」
「ミロスが言っても?」
「俺が言うと、軽く聞こえるんすよ。まあ、実際軽いんですけど」
ミロスは悪びれずにそう言った。
その声は、いつもより静かだった。
そう言うミロスに、リズが困ったような顔をした。
けれど、彼がグレンのことを茶化しているわけではないのは分かる。
砕けた言葉の中に、ちゃんと心配が混じっていた。
「分かった。戻ってきたら、話してみる」
「助かるっす」
ミロスはそう言ってから、僕の膝の上の帳面を見た。
「で、坊ちゃん。病み上がりなのに、また何か書いてるんすか」
「見学の予定を整理してただけだよ」
「それ、休んでるって言うんすかね」
リズとニコの視線が、同時にこちらへ向いた。
「……少しだけにします」
「はい」
リズが静かに頷く。
ミロスはその様子を見て、楽しそうに笑った。
「坊ちゃん、俺が来る前からしっかり見張られてるっすね」
反論はできなかった。




