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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第2章 魔石鉱山町ドリスタ

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第27話 四男は護衛に謝罪される

 僕は、ゆっくりと目を開けた。


 見慣れた天井、というほどではない。

 けれど、昨日目を覚ました時と同じ木の梁が見えたことで、ここが森でも川岸でもないことは分かった。


 そう理解した途端、身体のあちこちが遅れて存在を主張し始めた。


「……重い」


 声に出すと、喉が少し掠れた。


 左腕の痛みはない。

 けれど、身体はまだ重かった。

 肩も背中も、脚も、どこかへぶつけた後のように鈍い痛みが残っている。

 昨日、川に流され、森を歩き、魔獣に襲われたことを思えば当然なのだけれど、寝台の上で息をしているだけでも疲れている気がした。


 起き上がろうとして、途中で諦める。

 今の身体で無理に動くのは、あまり賢い選択ではなさそうだ。


 その時、扉が控えめに叩かれた。


 少し間を置いてから、扉が静かに開く。

 入ってきたのはリズだった。


 手には水差しと清潔な布を持っている。

 髪は整えられているけれど、わずかに乱れが残っていた。目元には薄い疲れが見える。


「……ユキア様。お目覚めでしたか」


「うん。起きてるよ」


 リズはほっとしたように、小さく息を吐いた。


 本人は普段通りに振る舞おうとしているのだろう。

 けれど、動きの端々に疲れがにじんでいた。


「お身体の具合は、いかがですか」


「左腕に痛みはないよ。ただ、身体は少し重いかな」


 リズは水差しを小さな台へ置き、僕の顔色を確かめるように身を屈めた。

 その仕草は丁寧だった。けれど、目の下の疲れまでは隠せていない。


「リズ、眠れた?」


「はい。少しだけ、休みました」


「その言い方、夜も聞いた気がする」


 そう言うと、リズは視線を落とした。


「看てくれて、ありがとう。目を覚ました時、リズがいてくれて安心した」


「いえ。わたしは……」


「でも、今は少し落ち着いてるから。僕のことは、少しくらい放っておいても大丈夫だよ」


 そう言うと、リズは困ったように眉を下げた。


「リズが疲れたままだと、僕も落ち着いて休めないよ」


「……それは、困ります」


 責めたいわけではない。

 リズが気にかけてくれたことは、ちゃんと分かっている。

 だからこそ、今はリズにも休んでほしかった。


 僕がそう思っていると、廊下の方から低い声が聞こえた。


「そこで突っ立って、何してるんだ」


 ラウガの声だった。


 リズの肩が、わずかに強張る。

 僕も扉の方へ視線を向けた。


「……ラウガ殿」


 返ってきた声は、グレンのものだった。


「入らねえのか?」


「ユキア様は病み上がりです。今は控えるべきかと……」


「控えるって面かよ。さっきから部屋の前で気配を固めてりゃ、中にいるやつも気づくだろうが」


 扉が開いた。


「おう、坊主。起きてるか」


 ラウガが、いつものように大きな体を屈めて入ってくる。

 その後ろに、グレンが立っていた。


 グレンの顔色は良くなかった。

 服は整えられているけれど、目元には眠れていない人の色がある。

 いつもの護衛らしい静かな姿勢は残っていたが、肩のあたりに力が入りすぎているように見えた。


「はい。ラウガさん、昨日はありがとうございました」


「仕事として受けたんだ、礼は別にいい」


「それでも、助けていただいたことに変わりはありません」


「それと、部屋の前で固まってるやつも拾ってきた」


 ラウガは顎でグレンを示した。

 グレンは一歩前へ出ると、その場で深く頭を下げた。


「ユキア様。申し訳ございませんでした」


 声が、かすかに震えていた。


「私が、守りきれなかったばかりに……ユキア様が川へ落ちるのを止められませんでした」


「グレン」


「はい」


「グレンが無事で、よかったです」


 グレンは、頭を下げたまま動きを止めた。


「……ユキア様」


「落ちる前、声が聞こえました。助けようとしてくれたことも、分かっています」


 あの時、傾いた馬車は崖側へ滑り落ちかけていた。

 グレンが止めてくれなければ、僕はもっと早く外へ投げ出されていたかもしれない。


 そのまま落ちていたら、もっと悪い状況になっていたかもしれない。

 無事だった、とは簡単に言えない。

 けれど、こうして戻ってこられたのは、グレンがあの場で動いてくれたからでもある。


 それだけは、僕が覚えている。


「怪我はしましたし、無事だったとは言えないかもしれません。でも、こうして戻ってこられました」


 グレンが、わずかに顔を上げる。


「だから、グレンがあの時動いてくれたことは、ちゃんと意味があったんだと思います」


「……ありがとうございます」


 グレンの声は、まだ重かった。

 わずかに救われたようにも見えるけれど、それで全部が終わった顔ではない。


 その沈黙を破ったのは、ラウガだった。


「まあ、守れなかったのは事実だがな」


「ラウガさん」


 思わず名前を呼ぶと、ラウガは僕へちらりと視線を向けた。


「坊主、そこで甘くすんな。こいつは護衛だ。守れなかったことは、ちゃんと背負わせろ」


 言い方は厳しい。

 グレンは反論しなかった。


 ラウガは腕を組み、グレンへ向き直る。


「お前が何もしなかったとは言わねえ。馬車が落ちるのを止めようとしてたんだろ。そいつは聞いた」


「……はい」


「お前がいなけりゃ、もっと悪くなってた可能性もある。そこは間違いねえ」


 グレンの肩が、わずかに揺れた。


「だが、足りなかった。単純に弱かった」


 部屋の空気が、すっと冷えた。


 リズが息を詰める気配がした。

 けれどラウガは、そこで言葉を緩めなかった。


「俺なら助けられた。馬車ごと持ち上げてでもな」


 グレンは唇を引き結んだ。

 悔しさを堪えている顔だった。


「強けりゃ、選べる手は増える。弱けりゃ、見えてても届かねえ」


 その言葉に、胸の奥が小さく重くなった。


 森で魔獣と向き合った時の感覚が、かすかによみがえる。

 ラウガの話はまだ終わっていなかった。


「本物の護衛は、強い奴がなるんじゃねえ」


 ラウガはグレンをまっすぐ見た。


「守ると決めて、そのために強くなる奴がなるんだ。悔しいなら、次は届くようになれ」


 グレンは深く息を吸った。

 それから、もう一度、僕へ頭を下げる。


「ユキア様。今の私に、許しをいただく資格はございません。ですが、次に同じことが起きた時、今より多くの手を取れるよう努めます」


「うん。お願いします」


 僕がそう言うと、グレンは顔を上げた。

 その目には、まだ重さが残っていた。

 でも、さっきよりは前を向こうとしているように見えた。


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