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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第2章 魔石鉱山町ドリスタ

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第18話 四男は旅路で昼食を広げる

 馬車の揺れに意識が戻ると、手のひらの魔石はまだ淡く光っていた。

 少し意識が逸れたせいか、光はさっきよりも細くなっている。


「エルヴィン様も、少しは寂しく思われたのではないでしょうか」


 リズが静かにそう言った。


「どうだろう。びっくりするくらい、あっさりしてたよ」


「でも、その魔石をくださったのですよね」


「……まあ、そうなんだけど」


 手のひらには、まだ淡く光る小さな魔石がある。

 少し意識が逸れたせいか、光はさっきよりも細くなっていた。

 懐には、革の鞘に収まった短剣も忍ばせている。


 何も思っていない人が、わざわざ練習用の魔石をいくつも渡すだろうか。

 まして、護身に使えと言わんばかりの短剣まで持たせるだろうか。


 口ではあんな調子でも、エルヴィンなりに送り出してくれたのだと思う。

 そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなった。


 リズは、僕の手の中の光を見つめながら、小さく笑った。


「その分、シリウス様は……ずいぶんと賑やかでいらっしゃいましたね」


「……聞こえてたんだね」


「はい。あれほどのお声でしたら、屋敷のどこにいても分かりそうなくらいでした」


「たしかに、あれは隠せる騒ぎ方じゃなかったな……」


 出発前、僕の部屋へ駆け込んできたシリウスの声が蘇る。


『兄様! ドリスタへ行かれるって本当ですか!』


『うん。父様に命じられたんだ』


『では、僕も一緒に行きたいです!』


『遊びに行くわけじゃないんだよ、シリウス』


『分かっています! でも、ユキア兄様だけ遠くへ行くのは嫌です!』


『今回は、僕とリズとニコで行くことになったんだ。戻ったら、見たことを一番にシリウスへ話すから』


『嫌です! 父様にお願いします! 僕も一緒に行ってよいと言っていただきます!』


 そう言って、本当に飛び出していった。

 止める間もなかった。


「その後、奥様のところへ行かれて……旦那様にも、自分も一緒に行きたい、とお願いされたそうです」


「本当に父様にまで?」


「はい。なぜユキア様だけなのか、と」


「……それは、父様も困っただろうな」


 父の渋い顔が、簡単に想像できた。


 僕が何かを言ったところで、父は必要な理由を並べて終わらせるだろう。

 カシムたちだって、あそこまで真正面から食ってかかることはない。


 父をあそこまで露骨に困らせられるのは、たぶんシリウスくらいだ。


 迷惑だったかと言われると、そんなことはない。

 あれだけ大騒ぎされると少し困るけれど、そこまで行きたがってくれたのは、くすぐったくて、嬉しかった。


「帰ったら、約束通り、見たものをシリウスに一番に話してあげないとな」


「それでも、きっと『次は僕も』と仰ると思います」


 リズの笑顔に、僕もつられて笑った。


「……ありそうだね」


 そう答えながら、僕は足元に置いた荷物へ目を落とした。


 荷物の中には、出発の直前にシリウスから渡された、小さなフォルフの人形が大事に収めてある。


『これを持っていってください。僕は一緒に行けませんけど、この子なら、きっと兄様を守ってくれます』


 父へのお願いも通らず、しょんぼりして戻ってきたシリウスは、そう言って人形を僕へ差し出した。


 僕は、その小さなフォルフを両手で受け取った。

 シリウスが本気で僕を心配してくれていることは、それだけで十分伝わった。


 魔石のように練習に使えるわけでも、短剣のように身を守ってくれるわけでもない。


 けれど、今回の荷物の中で、たぶん一番ぞんざいには扱えないものだった。


 エルヴィンの静かな餞別と、シリウスの屋敷中に響きそうな抗議。

 ずいぶん違う送り出され方をしたものだけれど、どちらも嫌ではなかった。


          ◇


 太陽が高くなった頃、馬車の速度がゆっくりと落ちた。

 外から、グレンの声がかかった。


「ユキア様、このあたりで昼の休憩を取りましょう」


「分かりました」


 道の脇には、馬車を寄せて休める程度の開けた場所があった。

 馬車が止まると、グレンは周囲へ目を配り、御者のオットーは馬のそばへ回る。ニコもすぐに荷物へ手を伸ばした。


 僕は、馬車を降りる前にリズを見た。


「リズ、あれの準備を」


「はい!」


 いつもより声が弾んでいた。

 リズも、この時間を待っていたのだと思う。


「ユキア様、僕も荷物を――」


「ニコは、こっちを手伝って」


「え? はい。こっち、ですか?」


 戸惑うニコの前で、リズが敷布を広げる。

 僕は籠を受け取り、包みを一つずつ並べていった。


 具を挟んだパン。

 冷めても食べられる肉とチーズを挟んだものを、食べやすい大きさに分けてある。

 別の包みには果物。さらに、小分けにした焼き菓子。

 飲み物も、人数分を用意してある。


 出発前に、リズと相談しながら用意した昼食である。

 初めての遠出なのだから、移動して休んで終わりでは、少し寂しい。

 どうせ休憩をするなら、皆で食べられるものがあった方が楽しいと思ったのだ。


 リズが最後の包みを整える。

 僕は得意げに胸を張って、両手を広げた。


「じゃん!」


「…………」


「…………」


 ニコが固まっている。

 オットーも、馬具を確かめる手を止めてこちらを見た。

 グレンまで、一瞬どう反応してよいのか分からない顔をしていた。


 あれ。

 おいしそうですね、とか、すごいですね、とか、そういう反応を期待していたのだけれど。


 勢いで広げた両手を、僕はそっと下ろした。

 急に顔が熱くなる。


「……ユキア様、これは」


 ようやくグレンが口を開いた。


「その……せっかく外へ出るので、みんなで食べようと思って準備したんだ」


「僕たちの分まで、ですか?」


 ニコが、目を丸くして尋ねる。


「もちろん。ニコも一緒に来てくれているんだから」


「で、でも、僕は……」


「食べてくれないと、多分余るよ」


 そう言うと、ニコはまだ戸惑いながらも、包みの数を見て小さく頷いた。


 グレンは一度、オットーと仲間の護衛へ視線を向けてから、姿勢を正した。


「ありがたく頂戴いたします。ただ、我々は交替で周囲を見ながらになります」


「あ、そうですよね。では、後で食べる方の分も、ちゃんと取っておきます」


 考えてみれば当然だった。

 昼休憩だからといって、護衛の人たちが全員でのんびり座り込めるわけではない。


 それでも、断られなかったことにほっとする。


「こちらは、すぐ召し上がれる分です。焼き菓子は、あとで小腹が空いた時にも食べられるよう、分けてあります」


 リズが控えめに説明すると、オットーが少し驚いたように眉を上げた。


「これは助かります。随分と気を配っていただいたのですね」


「みんなで食べられた方が楽しいと思ったんだ。ここまで用意できたのは、リズが手伝ってくれたからだけど」


「い、いえ。わたしは、少しお手伝いしただけですから」


 リズが慌てて首を振る。

 その様子に、ニコが口元をゆるめた。


 緊張していた空気が、ふっとゆるむ。


 よかった。

 ここまでは、たぶん成功だ。


 ……ただし、さっきの「じゃん!」については、なかったことにしたい。


 パンを一つ手に取ろうとしたところで、籠の端に置いた別の包みが目に入った。


「あ、そうだ。馬たちの分もあったんだった!」


「ユキア様?」


 僕はその包みを手に取って、すぐに立ち上がった。


「果物を分けてあるんだ。オットーさん、馬たちにあげても大丈夫ですか?」


「ええ。馬たちも喜びますよ」


「じゃあ、行ってきます」


 包みを抱えて、僕はさっそく馬の方へ向かった。


 別に、逃げたわけではない。

 用意したものを渡しに行くだけだ。


 ……少しだけ、ちょうどよいタイミングだっただけである。


 後ろで、誰かが小さく吹き出す声がした。


「……ずいぶん、楽しみにしておられたのですね」


 グレンの声だろうか。


「はい。昨日から、ずっと」


 リズの声が、思いのほかはっきり聞こえた。


「リズ……!」


 思わず振り返ると、リズははっとしたように口元を押さえた。

 ニコが耐えきれずに笑い、オットーも目元をゆるめる。

 グレンたちの空気も、さっきまでより柔らかくなっていた。


 僕は包みを抱え直し、馬の方へ向き直る。


 まあ、いい。

 皆が笑ってくれたなら、用意した意味はあったはずだ。


 馬の一頭が、果物の匂いに気づいたのか、こちらへ鼻先を向けた。


「君たちの分も、ちゃんとあるからね」


 僕がそう言うと、馬は答える代わりに、ふるりと鼻を鳴らした。


          ◇


 昼休憩を終えて再び馬車が進み始めると、朝よりも空気が柔らかくなっていた。


 急に親しくなったわけではない。

 僕は領主家の子どもで、彼らは仕事として同行している。

 その距離が、一度の昼食でなくなるはずもない。


 けれど、ただ固い空気のまま進むよりは、ずっと楽だった。


 窓の外では、傾いた陽が道と草地をやわらかく照らしていた。

 やがて前方に、いくつかの屋根が見えてくる。


「ユキア様、間もなくカドベ村に入ります。本日はあちらの宿で一泊いたします」


 外からグレンの声がした。


「分かりました。明日の到着は、昼過ぎでしたね」


「はい。道中に問題がなければ、その予定でございます」


 僕は、窓の向こうに見えてきた村へ目を向けた。


 旅程の中で名前だけは知っていた村が、夕暮れの中に見えていた。


 馬車がゆっくりと進み、カドベ村へ入っていく。


 初めての遠出は、思っていたよりずっと楽しかった。

 もちろん、遊びに来たわけではない。


 けれど、知らない道を進み、知らない場所で夜を迎えるだけでも、屋敷にいた頃とは違うものが見える気がした。


 そして明日には、魔石鉱山町ドリスタへ着く。


 本で読むだけでは分からない場所を、自分の目で見られる。

 そう思うと、明日が来るのを、少しだけ待ち遠しく感じた。


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