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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第1章 魔力なし四男

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第2話 魔力なし四男は静かに朝食を済ませたい

 食堂へ向かうと、入口近くで聞き慣れた声がした。


「おいユキア、眠そうだな」


 振り向くと、カシムがこちらを見てにやりと笑っていた。

 次男のカシム。僕より四つ年上で、立ち回りがうまい。父の前ではそれなりに取り繕うが、下に見た相手には遠慮がない。


「魔力なしは朝も弱いのか?」


「おはようございます、カシム兄様」


 僕はできるだけ穏やかに返す。

 言い返して得する場面ではない。こういう時は、やわらかく流すのが一番だ。


 すると、隣にいたザッカスがすぐに乗ってきた。


「ははは、魔力がないと起きるのも大変なんだろ」


 ザッカスは三男で、カシムより一つ下。勢いで声を張るのは得意だが、基本的にはカシムの後ろにいる時に強い。


「ちゃんと起きられましたよ」


「ふん、どうだか」


「ユキアにいさまを悪く言うな!」


 小さな声が、思ったより大きく響いた。

 シリウスだった。


 僕より一つ下の弟は、まだ幼さの残る顔を真っ赤にして、カシムとザッカスをにらんでいる。


「ユキアにいさまはすごいんです!」


 シリウスは胸を張った。


「何がすごいんだよ」


「すごいからすごいんです!」


 一瞬、場が止まった。


 その言い分は、まったく理屈になっていない。

 でも、シリウス本人は本気だった。


 次に、ザッカスがぷっと吹き出す。


「ははっ、なんだよそれ。理由になってないぞ」


「シリウス、お前も大変だな。魔力なしをかばうなら、もう少しましな言い方を覚えた方がいいぞ」


 カシムが肩をすくめる。

 からかい半分、見下し半分。子どもの言葉にしては、嫌な混ざり方だった。


 僕は、シリウスのあまりに真剣な顔に、少しだけ笑いそうになった。

 それをこらえて、シリウスの肩に手を置く。


「ありがとう、シリウス。でも大丈夫だから」


「でもっ」


「カシム、ザッカス。そこまでにしておけ」


 穏やかな声が割って入った。

 長兄のヨハンだった。


 ヨハンは僕より六つ上で、跡継ぎ候補として扱われている。穏やかで、真面目で、家の空気をよく見ている人だ。


「朝から弟をからかうものではない」


「冗談だよ、ヨハン兄上」


 カシムは肩をすくめた。

 さっきまでのにやついた表情を、慌てて取り繕った。


「そうそう、軽い冗談です」


 ザッカスも慌てて続いた。


「冗談であっても、食堂の前で騒ぐのは見苦しいですわ」


 今度はリーゼロッテの声がした。

 姉のリーゼロッテは、きちんと整えた髪を揺らさずに、僕たちを見ている。


「ヴァンハルト家の子として、場をわきまえなさい」


「はいはい、分かってるよ、姉上」


 カシムが面倒くさそうに息を吐く。

 リーゼロッテの言葉に従う気はあるらしい。

 ただし、反省する気まではなさそうだった。


「……はい」


 ザッカスが肩を落とす。

 リーゼロッテの言い方は冷たいが、父の前で騒ぐよりはずっとましだ。


 こうして見ると、兄弟にもそれぞれ役割がある。

 からかう者。便乗する者。止める者。礼儀で抑える者。怒る者。

 そして僕は、できれば波風を立てずにその間を通り抜けたい者である。


 平穏って、意外と難しい。


 食堂に入ると、すでに母マリアンヌが席についていた。

 柔らかい目で僕たちを見て、静かに微笑む。


「おはよう、みんな」


「おはようございます、母様」


 僕たちがそれぞれ挨拶をして席につくと、ほどなく父アルノルトも入ってきた。


 空気が少し締まる。


 父はむやみに怒鳴る人ではない。けれど、その場にいるだけで背筋が伸びるような圧がある。

 ヴァンハルト家当主。家のため、領地のため、結果を求める人。


「始めろ」


 短い一言で、朝食が始まった。


 並べられた料理は、十分に整っていた。

 白めのパン。温かい野菜のスープ。卵料理。薄く切られた肉と腸詰め。小さな果物。


 平民や使用人の食事と比べれば、かなり恵まれているのだと思う。

 厨房の人たちが朝早くから動いてくれたから、こうして温かいものが食べられる。


 不満を言える立場ではない。

 それは分かっている。


 それでも、前世の感覚が残っている僕には、どうしても少し物足りなかった。


 パンは腹にたまる。

 スープも温かい。

 肉も、朝から出るだけで十分に贅沢だ。


 でも、味の方向がどこか単調なのだ。

 塩気と脂と、素材の味。

 悪くはない。悪くはないのだけれど。


 ……米が食べたいなぁ。


 ふと、前世の食卓を思い出す。

 白いご飯。味噌汁。焼き魚。卵焼き。


 あの、湯気の立つ白いご飯に、少し濃い味のおかずをのせる感じ。

 それだけで朝がちゃんと始まる気がしていた。


 この世界の食事は、決して貧しくはない。

 けれど、僕の中のどこかが、別のものを欲しがっている。


 米は別腹だと思う。

 いや、別腹というか、心の故郷である。


「シリウス、スープは熱くない?」


 母が、隣のシリウスへそっと声をかけた。


「だいじょうぶです、かあさま!」


 シリウスは元気よく答えたあと、慌てて匙を持ち直す。

 勢いのまま飲もうとしていたらしい。


「ゆっくりでいいのよ」


 母は小さく笑い、それから僕にも視線を向けた。


「ユキアも、熱ければ無理をしないでね」


「はい、母様。大丈夫です」


 母の声は柔らかい。

 僕だけを特別に庇うわけではない。けれど、見ていないわけでもない。

 そのくらいの距離が、今の僕にはありがたかった。


 カシムとザッカスは父の前では大きく騒がない。

 ヨハンは静かに食べ、リーゼロッテは姿勢を崩さない。

 シリウスは僕に話しかけたそうに何度もこちらを見るが、食事中なので必死に我慢している。


 がんばれ、シリウス。

 あと少しだ。


 朝食が終わりに近づいた頃、父が短く告げた。


「今日は客が来る」


 それだけだった。


 誰が来るのか。何の用なのか。

 説明はない。


 客の用向き自体は、たぶん僕たちに関係のあるものではない。


 客の前で騒ぐな。

 廊下を走るな。

 ヴァンハルト家の子として、見苦しい振る舞いをするな。


 要するに、そういう意味なのだと思う。


 ヨハンが軽くうなずき、リーゼロッテが姿勢を正す。

 カシムは興味を示したが、父がそれ以上話さないと分かると、すぐに黙った。


 僕も深くは聞かなかった。

 六歳の四男に関係のある客など、そうそう来ない。

 来たら来たで、それはそれで少し怖い。


 そう思って、僕は食後の茶をひと口飲んだ。


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