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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第1章 魔力なし四男

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第14話 魔力なし四男は同じ景色を見る

 数日後、僕はまたエルヴィンの小宅を訪ねた。


 扉を開けると、前と同じように、本と古い紙の匂いがする。

 ただ、今日は部屋の奥にラウガがいた。


「お、来たな。変な坊主」


「こんにちは、ラウガさん」


「本当に通ってんのか。物好きだな」


「エルヴィンにも似たようなことを言われました」


「だろうな」


 ラウガは愉快そうに笑った。


「まあ、ゆっくりしていけや」


「なぜお前が迎える側の顔をしておる」


 奥から、エルヴィンの不機嫌そうな声が飛んできた。


「細けえな。客が客を歓迎しただけだ」


「それを図々しいと言うんじゃ」


 二人のやり取りを聞きながら、僕は肩の力を抜いた。


 前回来た時より、部屋の空気が少し軽い。

 ラウガの声が大きいせいもあるのだろう。

 けれど、それだけではない気がした。


 机の上には、いつものように本と紙束が積まれている。

 その端には、数日前と同じように、小さな光属性の魔石が置かれていた。


 何度触れても、沈黙したままだった石。

 けれど今日は、その冷たさを確かめる前から、なぜか胸が落ち着かなかった。


「エルヴィン」


「何じゃ」


「その魔石、また借りてもいいですか」


 エルヴィンはちらりと僕を見た。

 それから、何も言わずに顎で魔石を示す。


「好きにせい」


「ありがとうございます」


 僕は椅子に座り、魔石を手に取った。


 手のひらに収まる、小さな石。

 見た目は前と変わらない。

 冷たさも、重さも、たぶん同じだ。


 けれど、僕の方が少しだけ違っていた。


 僕はゆっくり息を吸った。


 手のひらの魔石へ、意識を向ける。


 前は、手のひらへ力を込めるようにした。

 外へ出そうとした。

 魔石へ何かを押し込もうとした。


 でも、今日は少し違う。


 まず息を吸う。

 ゆっくり吐く。


 腹の奥に意識を置く。

 そこから胸へ。

 肩へ。

 腕へ。

 手首へ。

 指先へ。


 見えない細い糸を、身体の内側から伸ばすように思い描く。


 その先で、エルヴィンが見せてくれたように、魔石から小さな光が灯るところを想像する。


 押し込むのではなく、届かせる。

 力をぶつけるのではなく、そっと触れる。


 手のひらの中で、魔石は冷たいままだった。


 反応はない。


 やっぱり駄目かもしれない。


 そう思った、その瞬間だった。


 手のひらの中の小さな魔石を介して、淡い光がにじんだ。


 光、と呼ぶには弱すぎる。見間違いかと思うほど、一瞬の明滅。


 それでも、確かに何かが灯った。


 エルヴィンの目が細くなる。


 僕は息を止めた。


 もう一度、同じように意識してみる。


 腹の奥。

 腕。

 指先。

 魔石。


 けれど、魔石は何も答えなかった。


 ただの石のように、静かにそこにあるだけだった。


「……今」


 僕の声は、思ったより小さかった。


「光りましたか」


 エルヴィンはすぐには答えなかった。


 少しの沈黙のあと、エルヴィンが低く言った。


「見間違いではない」


 その言葉で、胸の奥が跳ねた。


 できた。


 いや、できたと言っていいのかは分からない。

 もう一度やっても、何も起こらなかった。

 自分が何をしたのかも分からない。


 それでも。


 それでも、今、光った。


「……光った」


 小さく呟く。


 指先が震えた。

 胸の奥が熱くなる。

 喉のあたりが、きゅっと詰まる。


「光った……!」


 今度は、少しだけ声が大きくなった。


 魔石はもう何も返してこない。

 ただの冷たい石に戻っている。


 それでも、構わなかった。


 何も起こらなかった石が、一瞬だけ光った。

 ずっと、何も返してこなかったものが、ほんの少しだけ反応した。


「本当に、光ったんですね!」


「見間違いではないと言ったじゃろ」


 エルヴィンの声は低い。

 けれど、その目は魔石から離れていなかった。


 いつもなら何か皮肉のひとつでも言いそうなのに、今は黙っている。


 それだけで、さっきの光が小さなことではなかったのだと分かった。


 ラウガは、少し困ったように僕と魔石を見比べている。


「……そんなに嬉しいもんなのか」


「嬉しいです」


 僕は即答していた。


 自分でも驚くくらい、迷いがなかった。


「ずっと、何も起こらなかったんです!」


 魔力なし。

 魔力足らず。

 そう言われることには慣れていた。


 慣れていたつもりだった。


 でも、本当は慣れてなんかいなかったのかもしれない。


「何をしても、何も返ってこなかったんです」


 声が少し震えた。


 恥ずかしい。

 たぶん、六歳の子どもとしてはおかしくない反応なのだろう。

 でも、中身まで含めて考えると、かなり恥ずかしい。


 それでも、止まらなかった。


「でも、今、少しだけ返ってきました」


 ラウガは頭をかいた。


「……そりゃ、よかったな」


 その言い方は雑だった。

 けれど、からかうような声ではなかった。


 エルヴィンが、ふん、と鼻を鳴らす。


「浮かれるには早い」


「はい」


 僕は頷いた。


 早い。

 それは分かっている。


 成功と呼ぶには、頼りなさすぎる。

 さっきの一瞬は、もう手の中にはなかった。

 何がうまくいったのかも、僕には分からない。


 魔石は、もう光っていない。


 手のひらの中で冷たく沈黙している。


 それなのに、僕には部屋の色がほんの少し変わったように見えた。


 積まれた本。

 古い机。

 棚に並んだ魔石。

 窓から差し込む薄い光。


 全部、さっきまでと同じはずだ。


 でも、同じではなかった。


 この世界にあるものが、初めて少しだけ、僕の手の届く場所まで近づいた。


 ようやく。


 僕は、この世界を自分の足で歩き出せる。


 そう思えた。

 初めて、本当にそう思えた。


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