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第二十一章 噂の先

火星の街を抜けると、

音が、急に遠くなった。


露天の呼び声も、

機械の駆動音も、

砂に吸い込まれていく。


四人は、

砂丘の向こうを見ていた。


街の端から、

誰も近づかない場所。


理由は、

聞かなくても分かる。



彼女は、

そこにいた。


最初は、

人形のように見えた。


しゃがみ込んだ姿勢。

背中を丸め、

風を避けるように砂に身を寄せている。


近づくにつれて、

違和感が増していく。


髪は、

切られた形跡がない。

長く、絡まり、

顔の半分以上を覆っている。


服は、

何度も繕われた跡があり、

色も素材も、元は分からない。


だが、

一番目につくのは――


腹をさする動作だった。


両手で、

ゆっくりと。


一定の速さで。

止まることなく。


まるで、

それ以外の動きを

忘れてしまったかのように。


「……」


四人は、

自然と足を止めた。


距離を詰めても、

彼女は振り向かない。


視線を上げない。


ただ、

腹をさする。


苦しそうでもない。

喜んでいるわけでもない。


無表情な動作。


それが、

かえって恐ろしい。


エリカは、

小さく息を吸った。


「……生きてる……?」


答えは、ない。


胸は、上下している。

呼吸は、浅いが、続いている。


人間だ。

確かに。


それでも、

“生き方”だけが欠けている。


リオナは、

一歩、前に出かけて、

思わず足を止めた。


「……目……」


彼女の目は、

ほとんど閉じられている。


開いていても、

焦点が合わない。


見ていない目。


世界を、

映していない目。


レイは、

その場から動かなかった。


近づきすぎない。

離れすぎない。


まるで、

距離そのものが

壊れやすいものだと知っているように。


ユリは、

しばらく沈黙したまま、

彼女を見ていた。


そして、

静かに口を開く。


「……終わらせたい?」


その瞬間だけ。


彼女の手が、

ぴたりと止まった。


腹をさすっていた手が、

宙で静止する。


ゆっくりと、

顔が上がる。


四人は、

息を止めた。


そこにあったのは――

感情の抜け落ちた顔。


怒りも、

悲しみも、

希望も、

絶望もない。


虚無。


人としての反応を、

すべて手放した表情。


ほんの、一瞬。


次の瞬間には、

視線は落ち、

手は再び腹をさすり始める。


何事も、

なかったかのように。


「……今の……」


エリカの声が、

かすれる。


「……答えじゃ、ないよね」


リオナは、

震えを抑えながら言う。


「……でも……

 何も、なかったわけじゃない」


四人は、

自然と彼女から少し離れた。


彼女の届かない距離で、

小さく輪になる。


「……あれは……」


エリカが、

胸に手を当てる。


「声を出す前の、

 状態だと思う」


レイが、

低く言う。


「……考える前」


「……選ぶ前」


ユリは、

再び、彼女を見る。


腹をさする。

変わらない動作。


「……続いてる」


「止まらない」


「……だから」


言葉を切る。


「……ここまで、

 流れ着いた」


風が、

砂を巻き上げる。


彼女は、

それでも腹をさする。


誰かに見られていることも、

気にしない。


逃げもしない。

助けも求めない。


ただ、

産むための動作を続けている。


四人は、

理解してしまった。


彼女は、

意思を示さない。


示せない。


それでも、

放っておけば、続く。


ユリは、

小さく息を吸った。


「……選ばなきゃいけないのは、

 僕らだ」


誰も、

否定しなかった。


砂丘の向こうで、

彼女は今日も、

腹をさすっている。


終わりを知らないまま。

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