表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/26

第二十章 噂

火星の風は、乾いていた。


砂が、

靴の縁に溜まる。


遠くで、

金属が擦れる音。

人の声。


街は、

思っていたよりも静かだった。


軍の拠点でも、

研究都市でもない。


ただ、

生き残った人たちの集まり。


ユリが、

周囲を見回す。


「……水、もらえるかな」


誰に言うでもなく呟いた、その直後。


レイが、

ふっと歩き出した。


無意識だった。


露天に並ぶ簡易タンク。

再生水の配給所。


「……あ」


エリカが、

小さく声を漏らす。


――レイが、

普通に水を求めている。


それだけで、

胸の奥が、少しだけ温かくなる。


レイは、

露天の前に立った。


店主は、

年配の男。


視線を上げて、

一瞬だけ、レイを見た。


「水、分けてほしい」


レイの声は、低く、穏やかだった。


男は、

無言でタンクを傾ける。


そのとき。


隣の露天の女が、

ひそひそと話し始めた。


声は、小さい。

だが、

この距離では、聞こえる。


「……また、噂になってるよ」


「例の女の話」


レイの手が、

わずかに止まる。


「……妊娠しては、

 子供を捨てるっていう……」


女の声には、

嫌悪と、恐怖が混じっていた。


「医者にも行かないし、

 軍にも見せない」


「産んだら……

 どこかに置いてくるらしいよ」


水の流れる音が、

やけに大きく聞こえる。


レイは、

何も言わない。


だが、

胸の奥で、

強く引かれる感覚が走った。


「……怖いよね」


別の声。


「人じゃないんじゃない?」


「……でも」


女は、

一瞬、言葉を詰まらせる。


「……泣いてたって」


その一言で、

空気が変わった。


レイは、

水を受け取り、

静かに礼を言った。


振り返る。


その表情を見た瞬間、

リオナは分かった。


――聞いた。


「……どうしたの?」


エリカが、

そっと聞く。


レイは、

一瞬、言葉を探す。


そして、

低く言った。


「……噂だ」


「妊娠しては、

 子供を捨てる女がいる」


その言葉に、

ユリの胸が、強く鳴る。


「……捨てる?」


レイは、

ゆっくりと頷いた。


「産んで……

 置いてくるらしい」


「……泣いてた、って」


リオナの指が、

きゅっと握られる。


エリカは、

胸に手を当てた。


あの声。


――終わらせて。


重なる。


「……場所は?」


ユリが、

短く問う。


レイは、

露天の向こうを見た。


街外れ。

砂丘の向こう。


「……誰も、

 近づかない場所だ」


沈黙。


誰も、

偶然だとは思っていない。


リオナが、

一歩、前に出る。


「……行こう」


震えは、ない。


「噂でも……

 聞いてしまったなら」


ユリは、

ゆっくりと頷く。


「……避けられない、

 ってことだ」


エリカは、

小さく息を吐いた。


「……呼ばれてる」


レイは、

水を一口飲む。


冷たい。


現実の温度。


「……会いに行こう」


それは、

探す言葉じゃなかった。


確かめに行く言葉だった。


四人は、

露天の喧騒を背に、

歩き出す。


砂丘の向こうへ。


噂の終わりへ。


そして――

母のいる場所へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ