第98話 聖樹の守り人は新たな可能性を見つける
「良かった……」
領主館の中庭、私の契約している聖樹の元で、私はほっと胸をなでおろす。
私は森の異変が解決したという知らせを、シド様に同行した聖樹の分体から意思伝達で受け取った。
「エルノート殿、何か分かったのか!?」
ジョセフ様がすかさず質問をする。
「はい、どうやらゴブリン集落の森の異変が解決したようです」
「本当か!? ああ、良かったぁぁ」
ジョセフ様が身内にしか見せないであろう安堵する姿を私に見せた。
断腸の思いで南の森への救援を諦め、領軍の移動を決断したことが、よほど堪えていたのだろう。
「戦いの具体的な内容までは分かりませんが、キャサリン様も含め全員が無事なようです。シド様とミオ様のことですから、大丈夫だと思ってはおりましたが、私も安堵いたしました」
「ああ、何よりの報告だ。……だが」
一時見せた安堵の表情はすぐに消え去り、ジョセフ様は再び厳しい為政者の顔へと戻った。
「はい、トータスダンジョンのスタンピード本体が迫っています」
私は千里眼に切り替え、その様子を観察する。
「陸亀の中でも小型種は足が速く、もう間もなく領軍と接敵します。数はおよそ五千匹」
「領軍の配置は完了していると報告が入っている。厄災戦の記録から小型種はどうにかなるだろう……。陸亀以外の敵は見られるか?」
「砂ぼこりが上がっているため見えにくいですが、ほぼ見当たりません」
「前衛の足止めが効いたようだな。記録によれば、かつてのマナエル軍は陸亀の小型種とゴブリン、ウルフ、オーガなどの混成部隊に苦戦している最中、後方から中型種のブレスによる一斉攻撃を受けて全滅したとある」
「敵は、味方の前衛ごとブレスで一掃したというのですか!?」
「ああ。陸亀の小型種だけは甲羅に潜り込んでブレスを防ぎ、他の魔物や人間は全て焼き払われたそうだ」
「なるほど。ですが、今回は敵の陣営に他の魔物が混ざっていませんから……」
「緒戦は勝てる見込みが高いだろう。敵の前衛を足止めした冒険者たちには特別に褒賞を用意する必要があるな」
「中型種と大型種は後方から接近していますが、足が遅く五刻から八刻ほどの猶予があります。中型種は五百匹、大型種は五十匹といったところでしょうか……。最後尾はダンジョンボスですが、到着までは九から十刻くらいです」
「厄災戦の記録にもあったが、陸亀は大型種ほど魔素が薄い環境では進軍速度が遅くなる傾向がある。すなわち、マナエルに近づくごとに遅くなる。陸亀どもをまとめて相手しなくて良いのが不幸中の幸いだな……」
「そう楽観視もできません。大型になるほど防御力が増し、ブレスの射程も伸びます。手前の集団に手間取れば、前回のように後方の個体からのブレスで一掃されかねません」
「領軍の装備は厄災戦の時よりも強化されて、ブレスへの耐久性は高くなっている。だが、そう何度も耐えられるものではない。領軍が取ろうとしている策が上手くはまれば良いのだが……」
「森の冒険者たちの到着も気になります。作戦会議などしている間はありませんから、下手に領軍の戦いに参戦すると、逆に策が邪魔され、足を引っ張る結果になるかもしれません」
「冒険者たちには一旦、南門からマナエルの城壁内に入ってもらおう。連絡の伝令を出す」
「その方が良いでしょう。同時に糧食の準備をし、冒険者たちに食事を取ってもらいましょう」
「それはいいな。手配しよう。後は、発破法術具の数だな……」
「敵の前衛を止めた冒険者が中型種の陸亀をそれで仕留めたそうですね」
「そうだ。中型種を外部からの攻撃で仕留めるのは至難の業だが、内部を爆破すれば、確実に仕留められる」
「でも、数がそろわなかったということですか?」
「そうだ。今、マナエルの裕福層は一斉に西門から逃げ出している。その中には有力商人も含まれていて、彼らには交渉できなかった。その結果、マナエル内にある発破法術具をかき集めたが、数が五百も集まらなかった……」
「では、大型種とダンジョンボスの排除のための発破法術具を残すために、多数の中型種を通常攻撃で仕留めなければならないということですね」
「そういうことだ。威力的にはバリスタの使用が現実的だが、城壁の上にあるバリスタを使うためには射程内まで陸亀を引きつけないといけない。だが、城壁と城門をブレスで攻撃されながら引きつけることになる……」
「どの程度、保ちますか?」
「東の城壁は他の方角の城壁より倍以上は分厚く作られている。私も領主になってから城壁の強化には力を入れてきたが、実戦で試した記録がない。厄災戦では城壁が攻撃される前にマナエル軍は敗退し、街は放棄されてしまったから、正直、どの程度保つかは未知数だ」
「聖域の回復がもう少し早まれば良いのですが……」
「ワイバーンを落とした影響が残ってるか?」
「はい。シド様、ミオ様の聖樹は第一世代といっても、まだお生まれになってから日が経っていませんから……聖域の回復には時間がかかります」
「では、やはり持ち堪えるしかないか……」
「……いえ。もし、アレを使えるのなら……」
「何か別の方策でもあるのか!?」
「はい、実は聖樹工房で試作した秘匿兵器があります。その兵器の威力なら遠距離からでも中型種を仕留めることができるかもしれません」
「ぜひ、投入してくれ!」
「……この兵器のコア技術ですが、エルフ聖樹国では禁じられている技術なのです。ですから運用には慎重を期す必要があります。技術の使用が漏れれば外交問題となります……」
「………それでもだ、それでも投入してほしい」
「シド様がお帰りになられましたらご許可を願ってみます。今はそれだけしかお答えできません」
「分かった。よろしく頼む」
「聖樹の聖域の回復がもう少し早ければ危ない橋を渡る必要はないのですが……」
私はそう言って、聖樹と聖域の様子を再度確かめた。すると、
「……え!?」
明らかに回復の勢いが増していることに気づいた。
「どうした!?」
「実は聖樹が活性化し、聖域の勢いが戻ってきています」
「それはシド君とミオ君との影響か!?」
「………それもあるかと思いますが、違う要因もあると思います」
私は千里眼を南の貧民街の第一世代の聖樹へと向けた。
すると、聖樹の周りに多くの人が集まっているのが見えた。
「南の貧民街の聖樹に多数の人が集まっています……」
「集まって何をしてるんだ!?」
「あれは……パンと盃でしょうか? 歌を歌っている様子もあります。うちの工房の職員も混ざっていますね」
「聖餐式だ。それは、聖餐式を行っているんだ!」
「聖餐式ですか!?」
「間違いない。どんな様子だ?」
私は聖樹と感覚を同調し、探ってみた。
「……何か温かく、幸福な雰囲気です。喜びの感情が現れている感じがします」
「ひょっとすると、それが聖樹を強くする鍵なのではないか?」
「そんな!?」
エルフ聖樹国では聖樹の周りはとにかく静寂であることが求められ、誰も聖樹の周りで歌を歌ったり、飲食することはない。
だが、それは本当に正しかったのだろうか?
今、エルフ聖樹国の大聖樹はその勢いを失いつつある。
誰もが、これは聖樹の寿命が原因だと考えていた。
しかし、それは誤りであったかもしれない。
「南の貧民街の住民に呼びかける必要があるな。聖樹を囲み、みなで聖樹に喜びを届けるようにと」
「そうですね……」
「南の貧民街には北の貧民街の住民の受け入れもしてもらった。可能な限り食料品や酒なども手配しよう」
「よろしくお願いいたします」
私はエルフ聖樹国で得られなかった、新たな可能性を見つけたのかもしれない。
私は今日の勝利を得るため、そして聖樹の新たな可能性をこの目で確かめるため、南の貧民街の聖樹の元へと急いだ。




