第97話 ギルド支部長は自覚した
俺は子爵の後ろ姿を見て、何か声をかけようかと思った。
しかし、森の異変について、いち早く状況を知りたかったため、何も声をかけずに再び森の中へと入った。
脱出した際とは全く違い、魔素が浄化され、澄んだ空気が漂っている。
「いったい何が起きたんだ?」
疑問を抱きながら走っていると、前方に冒険者たちによるものと思える戦闘音と、イビルホークの鳴き声のような笛の音が、各所で聞こえてきた。
どうやら、冒険者たちは笛の音の符丁で連携を取り、各所で戦いを展開しているようだ。
(指揮所の通信士が残っていたら各班に連絡がついたのだが……)
俺はそんな今更な思いを抱きつつ、前方に見える戦闘に近づいた。
そこでは多くの冒険者たちがゴブリンジェネラル相手に優勢に戦っていた。
ゴブリンジェネラルは明らかに弱体化されており、一部のゴブリンジェネラルは立とうとしても立てない状態で、冒険者たちにただ蹂躙されていく様子だった。
俺も近づき、一体のゴブリンジェネラルを切り捨て、冒険者たちに声をかけた。
「みな大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。魔素も消え、全員戦線に復帰しました。ギルドから借りたこの剣のおかげで敵の掃討も順調です」
冒険者の一人がフォートラン商会の剣を掲げながらそう答える。
「そうか、それは良かった。で、この掃討戦は誰かの指示か?」
「はい、ライノ教官からの伝令で、森中で花が咲いたら攻撃を開始せよとの指示があり、その通り実行しました」
「ライノ教官が? ジュノーやゴーリキーではないのか?」
(まさか、殺られたのか!?)
「ジュノー教官とゴーリキー教官なら、あちらの方で戦っておられると思います」
俺は二人の無事を聞いてホッとした。
その冒険者が指さしたのは、俺が撤退させた第六班の担当域だった。
「分かった。感謝する。残敵と侮らず、慎重に戦ってくれ」
「分かりました」
俺は第六班の担当区域へ急いだ。
走って行く最中でも、各所で冒険者たちが優勢であるのが分かった。
「油断せず、しっかり止めを刺せ!」
しばらくすると、ジュノーが冒険者たちに指示を出しつつ敵を討伐しているのが見えた。
「ジュノー!」
俺は大きな声で呼びかけた。
「ヴァン、無事だったか!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。お前の受け持ち担当の冒険者たちは無事か?」
「ああ、問題ない」
「お前は第三班だっただろ? なぜこんな所にいる?」
「実は、キャサリン嬢が―――」
俺はジュノーから、キャサリン様が混乱する冒険者たちの指揮を執り、また、地下の敵中枢へ突入し、見事に敵の計略を打ち破った経緯を聞かされた。
(俺はどこまで情けない指揮官なんだ!)
俺は手のひらから血が出るくらいに強く拳を握り込んだ。
子爵の件にせよ、キャサリン様の件にせよ、全て公爵の采配によって布石が打たれていた。
公爵が事前に手を打ってくださっていなければ、俺は二千人の冒険者たちを失っていた。
俺には――組織の長としての資質が、決定的に欠けている。
(近く、進退伺いをする必要があるかもしれん……)
俺はそう思ったが、大きく頭を振って、思考を切り替えた。
(今は俺自身のことなどどうだっていい!)
未だなお戦闘は継続されている。
俺は指揮官としての責務を完遂しなければならない。
「ゴブリンジェネラルたちの追い込みは必要なさそうだな……」
俺は当初予定されていた領軍へのゴブリンたちの追い込みの必要性がないことを指摘した。
「ああ、大丈夫だ。現状、ゴブリンジェネラルたちは逃げ出すこともできないくらい弱っている」
ジュノーが答える。
(地上の戦いは任せても大丈夫そうだ……)
「ゴブリンジェネラルたちが出てきた地下空間はキャサリン様たち以外に誰か入ったのか?」
「いや、まだ誰も入っていないはずだ」
(地下空間の把握と、残敵の確認の必要があるな……)
「俺は地下空間の確認に行く。キャサリン様たちは今どこにいるんだ?」
「彼女たちは第三班と第四班の中間にある穴から地下空間に降りた。今はどこにいるか分からん」
(ともかく、一度彼女と合流する必要がある)
俺はジュノーに教えてもらった辺りの穴を探しに向かった。
すると、地下から上がってくる一団を見つけた。
「ハザエル!」
「おお、ヴァン。無事だったか!」
「お前こそ無事で何よりだ」
「ああ、この剣の性能とキャサリン様、ミオ嬢に助けられた」
ハザエルは聖属性剣を握りつつそう答えた。
「キャサリン様はどうした?」
「彼女なら地下の空間をもう少し確認してから戻ると言って、ミオ嬢とメイ教官と一緒に地下に残ってる。俺たちは地上の掃討戦に協力するよう指示されて登ってきたんだ」
「分かった。キャサリン様はこの穴の先におられるんだな」
「ああ、だが移動されてるから、すれ違いに注意しろ」
俺は地下に降りる階段を駆け下った。
階段を降りきった先には大空洞があった。
「ここにゴブリンジェネラルたちがいたのか……」
よく見ると、ここで生活していたと思える品々が至る所に見受けられた。
周囲を見回すが、
(地下にはもう脅威になる存在はいないようだな……)
敵の気配は無かった。
(だが、俺たちが知らない間にこんな地下空間が作られていたなんて……)
改めて、自分たちの無関心さを見せつけられ、軋むように胸が痛んだ。
俺が立ち尽くしていると、三人の人影が近づいてくる気配を感じた。
「ヴァン支部長!?」
声を上げたのはメイ教官だった。
「メイ教官、無事で何よりだ」
俺がメイ教官にそう話しかけていると、その後ろからもう一人が前に出てきた。
それはキャサリン様だった。
「キャサリン様、この度は―――」
俺が頭を下げてお礼を述べようとした、その時だった。
「パァァンッ!!」
乾いた音が地下空洞に響き渡った。
彼女は無言で俺の目の前まで歩み寄ると、思い切り俺の頬を平手打ちしたのだ。
俺は一瞬何が起きたのか分からなかったが、彼女の真っ直ぐな目を見て、自分がなぜ叩かれたのかを理解した。
彼女の目は少女の目でも冒険者の目でもなかった。
領民の命を背負う、厳しい為政者の目だった。
「なぜ私が怒っているか理解できますか?」
彼女はそう尋ねた。
「はい、理解しているつもりです」
俺は彼女の問いにそう答えた。
俺は自分の怠慢によって、敵がこのような地下空間を作る猶予を与え、冒険者を危険にさらしてしまったのだ。
いわば、この地下空間こそ、俺の失敗の動かぬ証拠なのだ。
「私は自分の失敗で多くの冒険者たちを失うところでした。その危機を貴女に助けられました。今すぐは無理ですが、落ち着きましたら私は今の職を辞したく――」
俺がそう述べると、キャサリン様はもう一度、俺の頬を平手打ちした。
「職を辞することなど許しません! あなたはこの失敗を無駄にするのですか!?」
彼女の俺を見る目が俺を恥じ入らせる。
(そうだ、俺は失敗した。だが、この失敗を失敗で終わらせてはならないのだ。冒険者ギルドのため、マナエル領のため、シルバニア王国のため、全人類圏のために俺はこの失敗を未来に活かさなければならないのだ)
「目が覚めました、ありがとうございます。お言葉通り、この失敗を無駄にせず、次の戦いに備えます」
俺が頭を下げ、そう答えると、
「いいえ、戦いは終わってはいません」
彼女は衝撃的な事実を俺に告げる。
「どういうことですか!?」
「マナエルがワイバーンの群れに襲われました。おそらく、これまでの戦いは前哨戦です」
「どこでそれを!?」
俺はこんな森の中の地下にいて、彼女がどこからそんな情報を得たのか理解できなかった。
「シド・ラディクス子爵から連絡がありました。私はマナエルへ急行します」
(何と! 子爵はあの状況下でどうやって!?……いや、子爵は亜空間バッグを持っておられた。領主様との通信手段を持っていてもおかしくない……)
「了解いたしました。私も可能な限り迅速にマナエルへ戻ります。ですが、その前にこの地下空間に残敵がいないかだけ確認させてください」
「その必要はありません。私たちで確認しました」
「ありがとうございます! では、地上に戻り、可能な限り早く冒険者たちをマナエルへ帰還させます」
「頼みます」
そう言うと彼女はそっと俺の頬に手を当てた。
「思わず感情的になりましたわ。申し訳ございません」
彼女の目は為政者の目から、一少女の目に戻っていた。
「最後に一つ質問をしてよろしいでしょうか?」
俺はキャサリン様にそう告げた。
「何でしょうか?」
彼女の目は再び為政者の目になった。
「貴女は何故こんな前例もない戦いを戦い抜けたのですか?」
俺がそう尋ねると、彼女は目を大きく見開いた後、再び少女の目に戻った。
「簡単ですわ。私には素晴らしいパーティーメンバーがいるからですわ」
そう述べ、彼女はミオ嬢とメイ教官に笑いかけた。
俺はその一言に胸を突き刺されるような感覚を覚えた。
「……そうですか。ありがとうございました」
俺は動揺を隠すように彼女に頭を下げた。
「では、私たちはこれで失礼しますわ」
彼女はそう言い残すと、ミオ嬢とメイ教官を連れて地上に向けて駆けて行った。
俺は顔を上げ、彼女たちの後ろ姿を見つめた。
そして、心のままに口を開き、
「俺は弱いな……俺にも支えてくれるパーティーメンバーが必要だ」
と呟いた。
これから続く戦いで、俺は自分を支えてくれる存在の必要を深く実感させられた。




