第99話 モグラ狩りは天の配剤を受ける
「はい、ゲイルさん、配給食です」
フィーネさんが差し入れを持ってきて、小声で話しかけてくる。
「ありがとう、フィーネさん」
俺も小声で返答する。
俺は今、領軍司令部で作戦実施前の最終ブリーフィング中だ。
食事を取る間もなく作戦準備を進めてきた俺を見かねて、フィーネさんがブリーフィング中にもかかわらず差し入れを持ってきてくれたのだ。
「あまり根を詰めないでくださいね」
「ああ、分かってはいるけど……」
陸亀の小型種がもう少しで接敵する。
だが、戦力的に心配な点がいくつかあった。
「やはり、盾役が少ないのではないか? 攻撃側からもう少し割いて防御に回すべきでは?」
参謀の一人が地図を指差しながら声を荒げる。
「いいや、今接近している小型種は比較的広く展開している。この広さをカバーするためには攻撃人員をこれ以上、削るわけにはいかない」
「だが、盾役が重装剣士二百五十人では、後衛の法術師を守りきれないぞ」
「人員が限られているのだから、仕方ないだろ!」
別の参謀も机を叩いて反論する。
「マナエルから残っている初級冒険者を呼んでくるのではだめか?」
「小型種とはいえ、陸亀のブレスを止めなきゃならんのだぞ! にわかに集めた初級冒険者では話にならん」
「それに冒険者の装備では無理だ。ましてや初級冒険者の装備では尚のことだ」
「盾役が増やせないのは仕方ない。囮役の法術師には、随時判断して逃げてもらうしかないだろう」
「法術師大隊から苦情が殺到するぞ。回復役の聖治癒師がいないから、貴重な法術師を失うかもしれん」
「仕方ない。いないものはいないんだ。足りていないことをこれ以上言っても埒が明かない」
「盾役もそうだが、槍士が打ち漏らした敵を仕留める遊撃部隊も足りていない。ゲイル殿の指揮下の五十人ではこの広い範囲はカバーできないだろう」
「仕方ないだろ! フォートラン商会製の剣を持った冒険者の剣士が五十人しかいないんだ。あの剣じゃなきゃ陸亀には刃が通らない」
「重装剣士隊もあの剣は配備されているが、盾役から外せない。無理だ」
領軍の参謀たちは延々と同じ議論を繰り広げている。
俺は会議の末席に縮こまり、フィーネさんが差し入れてくれたローストチキンサンドを、極力咀嚼音を立てないよう静かに口へ運んでいた。
そう、俺は今回の作戦を立案した張本人として司令部付き冒険者に抜擢されたものの、参謀たちの激論に割って入る度胸などなく、ただ黙って聞いていることしかできないのだ。
口の中のサンドイッチを飲み込み、フィーネさんに小声で話しかける。
「フィーネさんすまない。俺の立案で今回、法術師の君には危険な囮役を任せてしまうことになる……」
だが、彼女は湯気の立つカップを俺に渡すと、
「大丈夫ですよ。私、逃げるのは得意ですから。囮役、しっかり務めます。ゲイルさんこそ、遊撃部隊で気をつけてくださいね」
と耳元で囁くように答える。
「ああ、気をつける」
そう答えると、俺の目を見つめ、
「ゲイルさんが考えた作戦、絶対にうまくいきますよ」
と、励ましてくれた。
少しドキドキするのを誤魔化しつつ、
「どうしてそう思うんだ?」
と聞くと、
「ゲイルさんは神様に愛されているからですよ」
と、俺の手を握って答えてくれた。
でも、そう答えたフィーネさんの目が俺から外れ、表情が『やっちゃった』という顔に変わる。
俺は恐る恐る、フィーネさんが見ている方向を向くと、将軍たちを含む参謀たち全員が俺を見ていた。
俺は冷や汗をかきながら、
「す、すみません……俺、何も食べていなかったので、彼女が差し入れを持ってきてくれたんです……」
と、言い訳した。
すると、
「いいんじゃよ。ゲイル殿には飲まず食わずで働いてもらっておるからな。じゃが、あまり仲睦まじくされると、こ奴らが嫉妬するんでな……」
と、レイモンド将軍が俺を庇いつつ、参謀たちを見回す。
「し、失礼いたしましたっ!」
顔を真っ赤にしたフィーネさんが、慌ててテントから駆け出していく。
後には、将軍たちの生温かい視線と参謀たちの怒気に晒され、いたたまれない空気の中に取り残された俺だけがいた。
何とかしてこの気まずい雰囲気を変えなければと思った矢先、一人の伝令がテントに慌てて入ってきた。
「会議中失礼いたします!」
「どうした?」
ナイル将軍が尋ねる。
「ゴブリン殲滅戦に参加していた剣士隊、特殊剣士隊、法術師大隊隊員らが一部冒険者たちを伴い帰還しました!」
それを聞いて、全員が一斉に立ち上がる。
「本当か!?」
ナイル将軍が叫ぶ。
「間違いありません。クリストフ副隊長が指揮され、今外に―――」
伝令が言うが早いか、みな外に飛び出す。
そこには重装剣士隊、特殊剣士隊と法術師大隊隊員たちが隊列を整え並んでおり、また、その隣に冒険者たちがパーティー単位で固まって待機していた。
数は重装剣士隊と特殊剣士隊がそれぞれ百五十名ほど、法術師大隊隊員が二十名、冒険者たちが五十名ほどいた。
しかし、最後尾に一部、毛色の違う存在感の濃い集団が並んでいた。
「クリストフ副隊長、よく戻ってきてくれた!」
レイモンド将軍が先頭の剣士に駆け寄り、手を取って、声をかける。
「は! 剣士隊、特殊剣士隊および法術師大隊隊員、無事帰還いたしました!」
「そうか。エビルス隊長とその部下が見当たらないようだが……」
「エビルス隊長はこの度、国王様、領主様の命により就任されました臨時司令官、シド・ラディクス子爵の命により、輜重隊、整備士、通信士を護衛しマナエルへ向かいました」
「そうか、それは良かった……」
レイモンド将軍が、なぜか本当に安堵している。
「シド・ラディクス臨時司令官については、開戦前に領主様から内密に承っていた。あのエビルス隊長をよく手なずけてくれたものだ。大変優秀な方のようだな」
「はい、司令官として大変優秀な方ですし、剣士としては剣聖クラスの方です。今回の撤退戦が成功したのも、子爵が殿を務めてくださったからです」
「そうか、ところで特殊剣士隊の五人の隊長はどうした? 姿が見えないようだが」
「彼らも冒険者と特殊剣士隊の隊員を逃がすために、森の中で殿となりました」
「そうか、彼らは受け取った剣にふさわしく、責務を全うしたようだな」
そう呟くと、レイモンド将軍は森の方向へと向き直り、静かに敬礼を捧げた。
それに倣い、司令部の面々や帰還した兵たち全員も、森の方角へと一斉に敬礼する。
数秒の静寂の後。
敬礼を解いた将軍は、再びクリストフ副隊長に語りかけた。
「現在、我々はトータスダンジョンのスタンピード軍と対峙している。貴官らには連戦で申し訳ないが、戦いに参加してもらいたい」
レイモンド将軍が命令でなく、要請を行った。
「もちろんです。ここまで来る途上、領主様からの伝令より聞き及んでおります。ここに同行した冒険者も含め、私たちは戦うためにここに参りました」
「おお、ありがたい! 盾役と遊撃役が足りていなかったのだ!」
「間に合って良かったです。加えまして、シド・ラディクス臨時司令官の部下たちもこの場にお連れしました」
そう言って、クリストフ副隊長は最後尾の一団に、前に出てきてほしいと呼びかける。
その一団を見て、レイモンド将軍は驚いた。
「ロキ神父と聖治癒師の方々ですか!?」
「はい、お久しぶりです」
そのロキ神父と名乗った方は庶民派の聖治癒師だった。
俺は教会から遠のいていたので、あまり面識はない。
「シド様より撤退軍に随伴せよと命ぜられましたが、輜重隊、整備士、通信士の方々はマナエルへ無事帰還されましたので、我々はクリストフ副隊長らに付いてまいりました」
「では……我々にお力添え頂けるのでしょうか?」
「はい、シド様の命に従い、クリストフ副隊長らが無事マナエルに帰還されるまでは、我々はここで最善の行動をいたします」
「ありがたい……」
レイモンド将軍が頭を下げた。
「命令ですからお気になさいませんように」
ロキ神父らはそう言って、また最後尾へ戻って行った。
「ゲイル殿、急ぎクリストフ副隊長らに今回の作戦を説明し、配置についてもらってくれ!」
レイモンド将軍は俺にそう要請した。
「了解いたしました!」
俺は急ぎ説明のためにクリストフ副隊長らに近づこうとしたら、俺の右腕に誰かの腕が絡みついた。
そして、
「だから、言ったでしょ。ゲイルさんは神様に愛されているって。行ってきます」
そう、耳元でフィーネさんが呟き、頬に軽くキスをして、法術師たちの配置へと駆けて行った。
その背中には不安の色は一切なく、俺の作戦が必ず成功することを疑わない様子が見られた。
「神様か……」
俺はその場で姿勢を正し、このように俺の人生に転機を与えてくださった神に深く感謝し、それから、作戦説明をするためクリストフ副隊長の元に駆け出した。
足りない人員は全て補充された。
「いよいよ決戦だ」
遠くに聞こえる陸亀たちの足音が、俺の心臓の高鳴りと重なるように感じた。




