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第95話 聖剣士は全てをつらぬいた

「ミオ、この辺りの敵は排除できましたわね」


キャサリンが周辺警戒の法術で周囲を探り、私に確認を取る。


「そうみたいだね……」


だけど、私には周辺警戒能力が無いので、おざなりな返事をしてしまう。


(キャサリンは何でもできてずるいな……)


そんなことを思ってしまう自分が嫌で、震える手を握りしめながらうつむいてしまう。


私たちは、地下の大規模空洞へ降りるための穴の周辺の敵を一掃していた。


敵が私たちを囲むために現れたその穴から私たちは逆に地下へ侵入しようとしているのだ。


その穴には階段があり、降りていくことができるようになっている。


依然、大量の魔素がその穴から昇ってきている。


聖属性持ちの私とキャサリンでも不快感がある。


ましてや、聖属性剣を持っているだけのメイさん、ライノ教官、ハザエルさんたちにはもっと負荷があるはずだ。


しかし、誰一人として弱音を吐こうとしない。


(みんな強いな……)


今の自分の状態に比べ、みんなの士気の高さが羨ましく思ってしまう自分が嫌だ。


「先頭は私が務めます!」


地下の専門家であるハザエルさんが、力強い名乗りを上げて先頭に立つ。


「では、殿しんがりは私とミオで務めますわ」


キャサリンが迷わず提案する。


相変わらずの自信に満ちた決断に、胸がチリっと焼けるような嫉妬を覚え、それを打ち消そうとして首を振る。


先頭にハザエルさん、次にパーティーメンバーのルザンさん、ジバルさん、ジェフさん、バレリーさんが続き、次にライノ教官、メイさんが続いた。


私たちは彼らの後に続く。


私たちは地下への階段を降り始めた。


しかし、階段を降り始めるとすぐに、鼻を衝く異様な臭いにむせ返り、全員が入り口へ戻ってしまった。


するとその時、ライノ教官が口を開いた。


「ここは私が風の向きを変えて、入り口から内部に風を送り込みます」


そう言って、ライノ教官が右手に、キャサリンから借りた聖属性剣を持ち、


風刺突ウインドピアシング!」


スキルを発動すると、外の空気が穴の中へと入っていき、風の流れが外から内側に入るようになった。


そのおかげで、中から出てきていた魔素と異様な臭いが軽減された。


「ライノ教官お疲れ様ですわ。法力ポーションもありますが、必要ありますか?」


と、キャサリンが尋ね、亜空間バッグから瓶を取り出して見せる。


「ありがとうございます。これまでの戦いで消耗していましたので、助かります」


ライノ教官は瓶を受け取ると、中身を一気に飲み干した。


「階段を下りている間にも随時、風向を変えますので言ってください」


ライノ教官の発言にハザエルさんが頷き、


「ありがとうございます。では、参りましょう」


と宣言し、もう一度全員階段を降り始めた。


階段には時々篝火が灯されており、視界は確保されている。


降りていく最中、キャサリンは亜空間バッグから指輪を二つ出し、一つを自分の指にはめ、もう一つを私に渡してきた。


「ミオ、これをつけてください」


「これは何?」


「消音の法術具で、身に着けた者同士だけで会話ができるものですわ」


キャサリンは何か話があるようだ。


「分かった」


私は指輪をはめた。


「ミオ、聞こえますか?」


「うん、聞こえる」


法術具は正常に機能し、私たちの会話は他のメンバーには聞こえていないようだ。


「あなた、手の震えが止まらないようですわね」


その一言で全身に力が入った。


「迷惑をかけて、ごめん」


「いいえ、迷惑だとか思ってませんわ。それに、責めているわけでもありませんわ」


キャサリンはそう言うかもしれないけど、私は今、自分自身がお荷物になっているように感じてしまっている。


「ミオ、震えているのはあなただけではありませんわ。私も震えが止まりませんわ」


その言葉に、


「嘘! キャサリンは何でも自信を持って決断して、大勢に指示を出してるじゃない!」


思わず、大きな声が出てしまった。


私の出した大声は前を歩くメンバーたちには届いていないようで、みな同じ歩調で階段を降りていく。


「嘘ではありませんわ。ミオ、私はあなたと同じように震えが止まりませんの。私の指示によって誰かが死んでしまうかもしれないと思うと、心が張り裂けそうになりますわ」


キャサリンはそう言うが、私にはそのようには見えない。


「キャサリンの言葉を信じたいけれど、私にはそうは見えない。私とは違ってキャサリンは決断に迷いがないように見えてしまう」


それを聞いて、キャサリンは少し苦笑いを浮かべる。


「そう見えているのは、私にはどうしても成したいことがあるからですわ」


「どうしても成したいこと?」


「ええ、新人試験の時にも言いましたわ。私は魔王を討伐したいのですわ」


私も魔王を討伐したほうがいいと思うけど、どうしてもかと言われると、そうでもないように思う。


「キャサリンは魔王に何か恨みでもあるの?」


その質問に、一瞬キャサリンは沈黙する。


「恨みがないと言えば嘘になりますわ。私の母は魔物に殺されましたから。でもそれ以上に、魔王討伐を目指さない限り、私たちは魔王が仕掛けてくる戦いには勝てないのですわ」


「どういうこと?」


キャサリンの言っていることが分からなくて質問するが、


「ミオ、新人試験の時、ミオはどうしてライノ教官を容赦なく一撃で倒しましたの?」


逆に質問されてしまう。


私はその質問の意図が分からなかったけど、率直に答えることにした。


「その時は、ライノ教官が真剣に対峙してないと思ったからかな」


私はライノ教官の背中を見つめつつそう答えたが、今のライノ教官は新人試験の時よりもはるかに強くなっていると感じる。


「どういうところがそう思えましたの?」


「私は師匠から、一度剣を持って対峙したからには、油断なく相手の力量を測って最善の方法で勝てと教わったの。でも試験の時、ライノ教官は私の力量を測りもしなかったし、御託を並べて勝つことを考えていなかった」


キャサリンは大きく頷いた。


「私の考えも同じですわ。現在、私たちは魔王と対峙しているのですわ。それなのになぜ真剣に対峙し、魔王に勝つことを目指さないでおれますの?」


キャサリンの言葉を聞いて、私は目が開かれた。


「確かに、私たちは魔王と対峙しているのに、どうして真剣に魔王を討伐することを願わないで勝利することができるのかってことだね」


「その通りですわ。今の冒険者ギルドは魔王と真剣に対峙していませんわ。その態度が、今回のような状況を生み出したのですわ。私は冒険者ギルドのこの体質を変革したいのですわ」


キャサリンの言葉を聞いて、今回の失敗の根っこが少し見えた気がした。


「私は自分の決断で味方が死ぬことを恐れていますわ。でも、私はどうしても魔王を討伐したいという意志があるので、迷いがないように見えるのですわ」


確かに、剣を持って対峙した時、相手が恐ろしくても、迷いで斬るのを躊躇すれば斬られるのは自分だ。


「ミオにはありませんの? どうしても成したいことが」


私はそれを聞いた時、真っ先にシドの顔が浮かんだ。


「私はシドと一緒に戦いたい」


「では、それを貫くことですわ。その剣は誰と一緒に作りましたの? その聖樹の指輪は誰にもらいましたの? ミオの力は誰と共に鍛え上げましたの?」


私はシドとの共同作業を思い浮かべて、改めて剣を握り直した。


すると、剣を握った自分の腕が伸びた感覚があった。


私はその握った感覚を感じながら、


「なぜ、この感覚を忘れていたんだろう……」


と言った。


先ほどまでの戦いで、私はこの感覚を忘れていたのだ。


そして、あの夜、シドから聖樹の指輪をもらった時のことを思い浮かべながら指輪に法力を流してみた。


すると、聖樹の指輪は淡く光り、シドとのつながりを感じた。


私は思わず涙が出てきた。


「感じる。シドとのつながりを……」


私はもっと深くシドとつながりたいと思った。


そう、私はもっとシドとの『心のつながり』を持ちたいと思ったのだ。


(心……。アマンダさんは言ってた。神は心に住むって)


私はそれを思い出し、心の中に住む神に祈った。


(私の心の中に住む神様。私はあなたを信じます。あなたは私たち信じる者たちをつなぐことができる神です。私はシドとつながりたいです。シドとつながって、一緒に戦いたいです!)


すると、私の内側に何か温かいものが溢れてくるのを感じた。


それまで恐れと迷いで冷え切っていた私の心が、その温かいもので満ちていき、私の心が広がっていくのが分かった。


(アマンダさんは言っていた。神の恵みは人の心に住む神そのものだって。心が救われないと人は救われないって。今なら分かる、その意味が!)


私の縛られていた心は解き放たれ、温かい神の恵みで満たされていった。


(そうだ。もう一つアマンダさんは言っていた。『一人が千人を追い、二人が万人を敗走させる』……)


私がその言葉を思い出した時、先ほどの異様な臭いと濃い魔素が立ち込めた。


それだけで、私たちが階段を降りきり、地下の空間に入ったことが分かった。


「ミオ、着きましたわ。法術具の指輪を外して私に戻してください」


私はキャサリンに指輪を戻した。


全員が臭いにむせ返り、濃い魔素に強い不快感を受ける。


狭い階段なら風向きの変更だけで臭いと魔素を防げていたが、地下空洞内に入ってしまうと、風向きの変更だけでは臭いも魔素も防げない。


「この状態では長く戦えませんわ。私は攻撃に参加せず、皆さんの周辺の空気の浄化に努めます。ですから、皆さんは敵の排除をお願いしますわ」


そう言うとキャサリンは法術を行使した。


空気清浄エアピュリフィケーション!」


キャサリンが放った法術によって周辺の空気が浄化され、私たちはどうにか呼吸を確保することができた。


しかし、その広大な地下空洞の奥へと足を踏み入れた途端――私たちは『それ』に気づいて息を呑んだ。


「ス、スライム………」


そこには巨大な漆黒のスライムが鎮座していた。


私たちはこの異様な光景にしばらく立ち尽くしてしまった。


しかし、それを許す敵ではなかった。


巨大スライムから無数の触手が突き出て、私たちを襲ってきたのだ。


私たちはみな、剣を抜いて触手を斬り飛ばした。


幸い、聖属性剣はとても有効なようで、触手を斬ると同時に浄化が成されて、切り離された触手は一切動くことなく単なる流体となる。


キャサリンは後方に下がって、戦場の俯瞰と空気の浄化に専念する。


「敵はあいつだけのようです。ゴブリンジェネラルなどは感知できませんわ」


キャサリンは法術師の探査法術で素早く周辺を調べた。


どうやら、ゴブリンジェネラルたちは全員出払っているようだ。


風斬撃ウインドスラッシュ


ライノ教官がスキル攻撃を繰り出す。


しかし、スライムにはほとんど効果がない。


「このスライムには聖属性攻撃以外は効果が薄い可能性がありますわ。ミオ、スキル攻撃を撃ってください」


「分かった。聖斬撃ホーリースラッシュ!」


私の放った斬撃はスライムの真ん中に当たった。


スライムは一瞬苦しそうに身を捩らせるが、すぐに元の形態に戻ってしまう。


先ほどのライノ教官のスキル攻撃に比べると大きなダメージが入ったが、敵の再生スピードが半端ではない。


「これでは時間がかかりすぎて、こちらが消耗しきってしまいますわ」


キャサリンが冷静に分析する。


「キャサリン、皆さん、私が剣技で奴を仕留めます。でも、この技を放つには時間がかかります。その間、持ち堪えてください」


私には確信があった。


シドと一緒なら私はあの技を撃てると。


「分かった。おい、お前たちミオさんが集中している間、何としても持ち堪えるぞ!」


皆一斉に掛け声を上げて答える。


「それと、ライノ教官」


「何でしょうか?」


「あなたの俊足に頼ります。私がこの技を放って敵を倒した後に、地上に花を咲かせます。それが見えたら地上で一斉に敵に奇襲をかけてください」


ライノ教官は一瞬理解できないような表情を浮かべたが、次の瞬間には迷いを振り切り、


「分かりました。では、私は伝令に戻ります。キャサリン様、聖属性剣はお返しします」


と、返答した。


ライノ教官はキャサリンに剣を手渡すと、スキルを発動して俊足で階段を登っていった。


「では、集中します。後はよろしくお願いします!」


「全員、ミオを守りますわよ!」


キャサリンの掛け声にみな呼応して動き出す。


私も集中に入った。


(一人が千人を追い、二人が万人を敗走させる! 神様、シドの心に私をつないでください!)


私は祈りと共に、聖樹の指輪に法力を流し込む。


すると、私の意識が離れているシドに向かって伸びていった。


だけど、シドの心は閉じていて、まるで寝ているような、夢の中に囚われているような感覚を受けた。


『シド! シド! 寝てしまってるの!?』


私の呼びかけに少し反応があった。


(大丈夫だ。シドは目を覚ます!)


『シド!』


『ミオ?』


(シドが目を覚ました!)


『そうだよ。寝てたの?』


『いいや、思い出してた。父さんと母さんのこと』


私はそれを聞いて一瞬、全身に力が入った。


『思い出したの?』


『ああ、思い出した』


シドの声はまるで泣いている子供のように聞こえた。


『そうなんだ………泣いてるの?』


『泣いてる? ああ、俺は泣いてるようだ……』


私はそれを聞いて胸に熱いものを感じた。


『やっと泣けたんだね。シド』


『ああ、父さんと母さんを思い出して、やっと泣けた』


私も涙が溢れてくる。


『シド、良かった……』


だけど、そのようなしっとりした雰囲気はそこまでだった。


『ミオ、俺の目の前に父さんと母さんの仇がいるんだ。俺は奴を許せない』


私は初めてシドが他者を憎むのを目の当たりにした。


『シド、いいよ。怒りをぶつけてもいいんだよ』


私はシドの感情が戻ってきたことを感じて、シドの背中を押した。


『ミオは俺を嫌わないか?』


シドがこの様な時にも私を想ってくれていることに喜びを感じる。


『絶対、嫌わない!』


私は断言した。


『ありがとう、ミオ。俺の目を覚ましてくれて』


私はシドに私の願いを告げ始めた。


『シド、私も助けてほしいの。私の目の前にも大きな敵がいるの。だから、シドの力を貸してほしいの。シドも私の力を使ってもいいから。私はシドと一緒に戦いたい』


『いいよ。ミオが望むなら俺はどれだけでも力を貸す。俺たちの心は神様を通して繋がっている。俺はミオと一緒に戦う!』


私はシドとのつながりを深く感じ取った。


(今なら放てる! あの技を!)


『ありがとう、シド!』


私は目を開き目の前の敵を見据えた。


シドと一緒に作った聖属性剣にゆっくり手を添えた。


そして、剣に私の法力をシドから流れてくる法力と混ぜ合わせて送り込む。


私の手とシドの手が剣を共に握っている感覚がある。


『シド、一緒に放って!』


『ミオ、いいぞ!』


「一人が千人を追い、二人が万人を敗走させる! 聖百裂剣ホーリーハンドレッドスラッシュ!!」


私はシドと共に剣を抜き、斬撃を放った。


剣を振り抜いた瞬間、空間を染め上げるほどの眩い光が放たれた。


一撃、二撃、三撃―― 繰り返されるごとに、聖斬撃の刃が漆黒の巨大スライムを容赦なく斬り刻んでいく。


私はまるで時がゆっくり進んでいるかのように感じた。


みるみる内に敵は小さくなり、もはや抵抗どころか、生命としての機能は完全に失われているように感じた。


それでも私たちは斬撃を放ち続けた。


(……八十七、八十八、八十九、九十!突破した!)


これまで決して超えられなかった九十番目の斬撃を突破し、未知の領域に入った。


「うあぁぁぁぁぁ!!」


これまで放った斬撃の威力が一撃ごとに上乗せされていくのが分かる。


(九十七、九十八、九十九!)


「全てをつらぬけ!百!!!」


その時、一層輝く百撃目の斬撃が、わずかに残っていたスライムの残骸を消し去った。


そして地下から森全体へ、私とシドの法力が斬撃と共に広がっていくのを感じた。


私は瞬時に指輪に、自分の法力とシドの法力を流し込み、


「聖樹の主が命じる、花よ咲き誇れ!!」


祝詞を唱えた。


祝詞は最後の百撃目の聖斬撃を追うように森全体へ広がっていき、森全体に花が咲き渡る光景が心の中に流れ込んできた。


それと同時に、シドが全てを終えて悲しみで満たされている感覚が私に流れ込んできた。


私は、悲しみで軋むシドの心をぎゅっと抱きしめるように、


『シド……愛してる』


と、私から溢れる心を込めて呟いた。


そして、表面的でない心からのシドの答えを聞いて――


私は、静かに涙をこぼした。



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