第94話 結界師は過去を思い出した
(ここはどこだ?……昔の……俺の……家……)
「シド、聖日のお祈りをするわよ」
「はい、お母さん」
「シドも五歳になったから自分一人でお祈りできるかな?」
「お父さんが教えてくれたお祈り、僕一人でできるよ」
「シドは偉いなぁ」
「えっと、天と地の神様、今日もわたしたちに健康を与えてくださってありがとうございます。わたしたちに今日も食事を与えてくださってありがとうございます。どうか、今日も一日分の成長をお与えください」
「よくできたぞ! シド」
「シド、上手にお祈りできるようになったわね」
「うん、僕は神様大好きだから、お祈りも上手にできるんだよ」
「どうして、神様が大好きなんだ?」
「だって、大好きなお父さんとお母さんといつも一緒なのは、神様が守ってくれてるからでしょ」
「そうだぞ。神様がお父さんとお母さんを守ってくれてるから、いつも冒険から無事に帰って来れるんだ。だけど、お父さんお母さんは仕事に行ってもシドと一緒にいるって感じてるぞ」
「え? どうして?」
「シド、神様はわたしたちの心に住んでるのよ」
「心?」
「そう、心。神様が心に住んでるから、いつもお父さんとお母さんはお仕事に行っても神様を通してシドを感じているわ」
「なぜ?」
「それはシドの心の中にも神様が住んでいるからよ」
「僕の心の中に?」
「ええ、シドの心の中に。シド、お父さんとお母さんがいない時でも、シドが神様に祈るなら、その先にお父さんとお母さんはいるわ――――」
(ああ、お父さん、お母さん……)
「グラハム、セシル、大変だ!」
「どうしたリカルド!?」
「トータスダンジョンがスタンピードした!」
「何だって!?」
「今、冒険者ギルドが全冒険者を集めている。どうやら強制依頼を出さざるを得ない状況みたいだ」
「そうか……。リカルド、頼みがある。俺たちは冒険者ギルドに行かなければならない。だから、シドを連れて逃げてくれ」
「そんな……お父さん、お母さん」
「ミオちゃんも一緒に行くから淋しくないわ。シド、さっき教えたこと覚えていてね」
「そうだぞ。お父さんとお母さんはこの街のみんなを逃がすためにお仕事をして来る。だけど、いつもシドと一緒だ」
「さあ、支度をしよう、シド。もうすぐシエルがミオを連れてくる―――」
(これは……俺の記憶……)
「シド、怖いよぉ」
「ミオ、大丈夫だよ。きっと神様が守ってくれる」
「そうだぞミオ。領主様の軍隊も出陣した。お母さんとグラハム伯父さんとセシル伯母さんも戦っている。きっとすぐに家に戻れる」
「お父さん、疲れたよぉ」
「仕方ない。ミオ、お父さんがおんぶしてやろう」
「うん」
「門のところ、人がいっぱいだよ」
「心配ない。ミオ、しっかりつかまれ」
「うん」
「シド、手を離すなよ」
「うん、伯父さん」
「行くぞ」
「ああ、お父さん苦しいよ」
「もうすぐだ、頑張れ」
「伯父さん手が」
「シド! シド!」
「シド、いやぁぁ」
「伯父さん! ミオ! うわぁぁぁぁ」
「邪魔だガキ」
「ああ!」
「通して!」
「痛い! 伯父さん、どこ!?」
(そうだ……俺はあの時、伯父さんとミオからはぐれて……)
「うっ、うっ、伯父さん、ミオ、お父さん、お母さん……」
どこからか聞こえてくる人の噂話。
「おい、ゴブリンの軍団に城壁が突破されたらしい」
「どの辺りまで迫ってるんだ?」
「今は冒険者ギルド前で陣を構築してるらしい」
「うえぇ、もう街の半分まで侵入されてるのかよ」
「冒険者ギルドも強い連中は出払ってて、弱い新人ばかりだ」
「じきに抜かれるぞ」
「早く逃げるぞ!」
「…………冒険者ギルド。お父さん、お母さん」
(そうだ、俺はあの時、お父さん、お母さんと一緒に行った冒険者ギルドを目指して……)
「どうにか持ち堪えろ。きっと上級冒険者たちが駆けつけてくれる!」
「あなた、鳥を飛ばしたけれど、ここから東はもうゴブリンに制圧されてしまったわ」
「そうか。ここも時間の問題かもしれん。西側の商業施設は堅牢な建物が多い、あの辺りに防壁を作ってくる」
「あなた、気をつけて」
「シエル、セシルを守ってくれ」
「分かってるわ。気をつけて」
「お父さん、お母さん……」
「シド!? どうしてここに!?」
「リカルド伯父さんはどこ!?」
「門のところではぐれちゃったの」
「ああ、なんてこと……」
「セシル、もうシド一人を逃がすために戦力を割けない」
「ですけど……」
「シド、お母さんから絶対に離れるな」
「分かった」
「シエル、後は頼んだ」
「はい、任せて」
(そうだ。この後、激しい戦いになって……)
「うわぁぁぁぁ!」
「怪我人は後ろへ! 下手にスキルに頼らないで! 法力切れになるわ!」
「姉さん、もうここは保たない。鳥で確認したら、東門が突破されて敵がなだれ込んでる」
「仕方ないわね。ここは放棄して―――」
「うおぉぉぉぉ! 俺はここで活躍して英雄になるんだぁぁぁ!」
「防壁の外に出ちゃダメェ!」
お母さんの制止を振り切り、前に出た冒険者が一瞬で群れに飲まれる。
「斬撃!! ぐぁ! ごはぁ! た、助け……がぁぁぁぁ!」
「姉さん、ゴブリンは統率が取れてて、組織的に攻めてきてるわ!」
「ここはもうダメね……」
シエル叔母さんが焦燥した声を上げた。
「セシル! シエル!」
「あなた!」
お父さんが合流し、息を切らしながら叫ぶ。
「防壁を構築した。後退しよう」
「はい! シド、お母さんがおんぶしてあげる」
「うん、お母さん……」
「大丈夫。きっと神様が守ってくださるわ」
「うん、信じてる……」
(でも、この後……)
「うおぉぉぉぉ! ゴブリンどもめぇぇぇ!」
「バカ! むやみに防壁から出るな!」
「ぐぁぁぁぁぁ!」
「も、もうダメだぁぁぁぁぁ」
「勝手に持ち場を離れるな!」
「あなた、もうここから東は合流できる味方はいないわ」
「北と南は?」
「持ち堪えてるけど、たくさんの冒険者が逃げ出してる。時間の問題だわ」
「ここも潮時だな……後退する」
(さらに事態は悪化していった……)
「おい、北の通路を守るって言ってた冒険者はどこに行ったんだ!?」
「逃げてしまったようです……」
「あいつら、北は死守すると言ってたじゃないか!」
「あなた……ここももう……」
「仕方ない……」
後ろの方で小声で話す声が聞こえた。
「ゲイル、もう限界だ。逃げよう」
「ハンク、何言ってる!?」
「よく考えろ。俺たちは駆け出し冒険者でそこらの素人と変わらない」
「だが、冒険者だ!」
「回復アイテムも使い切った。回復要員ももういない。逃げるなら今しかない」
「くっ!」
「お兄さんたちも逃げるの?」
「聞いてたのか!?」
「ここの司令役をやってる冒険者の子供だ。ゲイル、告げ口される前に行くぞ。チャックとベンとヨハンはもう準備できてる」
「待て! 子供を置いていくのか!?」
「ゲイル、仕方ないんだ。チャック、ゲイルを連れて行く。手伝ってくれ」
「ああ、分かった。ゲイル、残念だが俺たちには助けられない……」
「みんな行くぞ! ……すまんな坊主」
「みんな、待ってくれ! 子供が残ってるんだぞ! 離せ! 俺は残るぅぅ!――」
(そうか。俺はこんな大人たちを見たから、だから、俺は現実から逃げないと……、逃げなくていいように努力しようと……、そして……)
「ハアハア、もうすぐ西門だ。頑張れ!」
「あなた! ゴブリンジェネラルの群れが迫ってるわ!」
「あと少しで西門なのに!」
「シエル、頼みがある。シドを背負って西門へ逃げてくれ」
「グラハム!?」
「姉さん、シドのこと頼みます。剣士の姉さんの足なら間に合うから……」
「お父さん! お母さん!」
「シド……愛してるぞ」
「シド、お母さんも愛してる。忘れないで。わたしたちはいつも一緒よ」
「ああ、神様が心をつなげてくれる。いつでも一緒にいる」
「姉さん! ゴブリンジェネラルが来る、走って!」
「セシル! グラハム!」
その時、一際大きなゴブリンジェネラルがお父さん、お母さんの前に進み出た。
そのゴブリンジェネラルはゆっくりと大きな剣を抜いて構えた。
「セシル! 目を狙え!」
「分かったわ!」
その時、お母さんがテイムする大きな鷲がゴブリンジェネラルの目を狙って突撃した。
しかし、ゴブリンジェネラルは紙一重でかわし、頬に縦に大きな傷を負った。
「石礫!」
お父さんが放った法術もゴブリンジェネラルはかわし、頬に横に大きな傷を負わせた。
ゴブリンジェネラルは頬にできた大きな十字傷から滴る血を舐めた。
そして、振りかぶった大剣でお父さんとお母さんを一薙ぎにした。
「お父さん!! お母さん!!」
(そうか……。なぜ忘れていたんだ? お前だったんだな。ゴブリンジェネラル……)
その時、何か人の声が響いてきた。
『シド! シド! 寝てしまってるの!?』
(ミオの声がする……心の中に)
『シド!』
『ミオ?』
『そうだよ。寝てたの?』
『いいや、思い出してた。父さんと母さんのこと』
『思い出したの!? グラハム伯父さんとセシル伯母さんのこと!』
『ああ、思い出した』
『そうなんだ………泣いてるの?』
『泣いてる? ああ、俺は泣いてるようだ……』
『やっと泣けたんだね。シド』
『ああ、父さんと母さんを思い出して、やっと泣けた』
『シド、良かった……』
『ミオ、俺の目の前に父さんと母さんの仇がいるんだ。俺は奴を許せない』
『シド、いいよ。怒りをぶつけてもいいんだよ』
『ミオは俺を嫌わないか?』
『絶対、嫌わない!』
『ありがとう、ミオ。俺の目を覚ましてくれて』
『シド、私も助けてほしいの―――』
ミオは俺に願いを告げた。
『いいよ。ミオが望むなら俺はどれだけでも力を貸す。俺たちの心は神様を通して繋がっている。俺はミオと一緒に戦う!』
『ありがとう、シド!』
俺たちは二人で、互いの目の前の敵を屠ると決めた。




