第43話 ギルド支部長は信じられない光景を目の当たりにした
「お待ちいただきたい」
その声とともに、ひとりの男が毅然と立ち上がり、一本の剣を掲げた。
その姿は、商人というより、まるで覚悟を決めた剣士のようだった。
会議室に満ちていた淀んだ空気が、一瞬で張り詰める。
今まさに、この場で新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
その男は、俺のよく知る人物だった。
「フォートラン商会番頭、サイモン! 何故ここにいる!?」
彼は剣士ではない。
正真正銘の商人だ。
だが、その姿を見た瞬間、俺はなぜか確信した。
信頼できる戦友が、この最悪の場に駆けつけてくれたのだと。
つい先ほどまで冷え切っていた胸の奥に、再び熱が戻ってくるのを感じた。
「それはこちらの台詞ですが……まあ、良いでしょう。バルター商会長、私はあなたとは違って、正式に公爵様からの招聘を受け、この場に参上しております」
「それで何だ? まさか商人のお前が、その見すぼらしい剣で我々と戦おうというのか?」
バルターが鼻で笑う。
サイモン氏は眉一つ動かさず、静かに答えた。
「いえ、私は商人ですから、剣で戦ったりはいたしません。ですが、商人らしく――商品で勝負を挑ませていただきます」
そう言って彼は机の上に剣を置き、丁寧に一礼した。
「ウォルター様。本日この場に参りました目的を果たしたく存じますが、よろしいでしょうか?」
「も、もちろんだ。本来なら君に発言を願う順番だったのだが、邪魔が入った。自由に話してくれて構わない」
ウォルター様も、中央に座る領主様も、明らかに士気を取り戻していた。
それは俺も同じだ。
反対に、入口に立つ三人は、さっきまで優勢を気取っていたくせに、想定外の乱入者に足を止められたような顔をしていた。
「ありがとうございます。マナエル公爵様、改めまして、本日は当フォートラン商会をお招きいただき誠にありがとうございます。我が商会は本日、皆様に新たな商品をご覧いただくため参上いたしました。ダン、これを」
隣に控えていたダンが剣を受け取る。
「抜剣の許可をいただけますでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。早く見せてくれ」
領主様は隠しきれない期待をにじませて、すぐに許可された。
「では!」
ダンは勢いよく剣を抜き放ち、皆によく見えるよう高く掲げた。
その瞬間、会議室は再びどよめきに包まれた。
「先ほどの剣も見事だったが、この剣も負けず劣らず美しい」
領主様が満足そうに感想を漏らされる。
「はい。皆様すでにお察しかとは思いますが、この剣も先ほどの剣と同じ製作者によるものです」
「そ、そんな見た目ばかり華美な宝飾品の剣などで、魔物が斬れるものか!」
つい先ほどまでは“見すぼらしい剣”と罵っていたバルターが、今度は“宝飾品の剣”と言い出す。
自分で言葉を翻したことにも気づいていないらしい。
「では、試してみましょう」
サイモン氏は落ち着き払っていた。
「マナエル公爵様。当商会はこの剣を冒険者ギルドへリース契約で貸し出したく考えております。此度のゴブリン殲滅戦は、このマナエルにとって最重要の戦い。ですから、当商会の剣とバルター商会の剣、どちらが優れた品であるか、王国法に定められた領主立会いの御前決闘にて見極めていただきたいのです」
「よかろう。私に異存はない。ヴァン支部長、そしてサイロス副支部長とバルター商会はどうだ?」
「私も異存ございません」
俺は即答した。
冒険者たちが助かる道は、もはやこれしかない。
「私は反対です。そんな、何でできているかも分からない剣を使っての御前決闘など、受けられるはずがありません」
サイロス副支部長は、あくまで逃げる気らしい。
「では、バルター商会長に鑑定させてみてはいかがでしょう?」
「良かろう。バルター商会長、鑑定を」
「承知いたしました。『鑑定』……こ、これは……鉄の剣、ですね」
「鉄? ミスリルでもアダマンタイトでもなく、鉄なのか!?」
「はい、間違いございません」
その答えを聞いた途端、サイロスの口元がいやらしく歪んだ。
「良いでしょう。この御前決闘、お受けいたします」
「バルター商会長は?」
「はい、私も異存ございません」
バルターもまた、同じような笑みを浮かべる。
俺はまだ、この剣の性能を実際に見たことがない。
ただ、メイ君の報告で、彼女たちがこの剣でゴブリンダンジョンを白化させたと聞いただけだ。
その事実を信じたい。
だが、実際に目の前で勝敗が決まるとなれば、緊張で冷や汗が落ちるのを止められなかった。
御前決闘は、領軍と法術大隊の合同演習場で行われることとなり、一同は会議室から演習場へ移動した。
「では、これより王国法に則り、フォートラン商会とバルター商会の剣の性能を見極めるための御前決闘を行う。フォートラン商会の剣は鉄、バルター商会の剣はミスリルと自己申告されている。虚偽があった場合は厳罰とする」
審判はウォルター様が務められる。
領主様は当然、バルター商会の剣も鑑定するよう指示された。
だが、サイロス副支部長とバルター商会長はそれを頑なに拒んだ。
しかも、なぜかフォートラン商会側が「そのままで構わない」と申し出たことで、自己申告通り、ミスリルの剣として決闘が行われることになった。
やはり、あの剣には何かある。
そうとしか思えない。
「ルールを確認する。人体への攻撃は禁止。法力を込めた攻撃は許可するが、スキルを使用した攻撃は禁止する。どちらかの武器が破壊された時点で勝敗を決定する。双方、前へ!」
フォートラン商会からはダン。
バルター商会側からは、先ほど鋼鉄製の剣を断って見せた男――冒険者ギルド本部所属のA級冒険者、ザインと名乗る男が前へ出た。
「では――決闘始め!」
その瞬間、両者は同時に踏み込んだ。
斬り結ぶ――そう見えた。
だが次の瞬間には、両者は互いをすれ違っていた。
まるで、空を斬ったかのような一撃。
そして。
バルター商会のミスリルの剣が、音もなく半ばからぽとりと落ちた。
「勝者、フォートラン商会!」
ウォルター様が勝敗を宣言した途端、周囲から一斉に歓声が上がった。
その時になって初めて、俺は演習場の周囲に大勢の人だかりができていたことに気づいた。
領軍、法術大隊、関係者たち――皆、この決闘の結末を見届けようと集まっていたのだ。
「ば、馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 鉄の剣でアダマンタイトのけ……し、しまった!」
「バルター! 今、何と申した!?」
領主様が鋭く声を飛ばす。
動揺のあまり、バルターは自ら剣のカラクリを漏らしてしまった。
あの剣は、ミスリルの剣に偽装したアダマンタイトの剣だったのだ。
「こ、公爵様、違うのです! わ、私は部下からこの剣がミスリルだと聞かされておりまして……!」
「ウォルター、検分せよ!」
「は!」
ウォルター様は落ちた剣の先を布で巻いて拾い上げ、それを領主直属の鍛冶師と思しき男へ手渡した。
「間違いございません。これはアダマンタイトです」
その言葉を聞いた瞬間、バルターは膝から崩れ落ちた。
「わ、私は何も知らん! 全部バルターが仕組んだことだ!」
サイロスは、今度は自分が切られる番だと悟ったのだろう。
あっさりとバルターを切り捨てた。
「サイロス様、そ、そんな……」
「公爵様を欺くとは何たる不敬。バルター、お前の家族は我が教会で保護しておる。ゆえに、しっかりと罪を償ってくるが良い」
ナイジェル司教は冷えきった声でそう言い放った。
その一言で十分だった。
バルターの家族は、教会に人質同然に押さえられている。
自分たちに不利な証言をさせぬために。
バルターは切り捨てられた。
完全なトカゲの尻尾として。
「引っ捕らえよ!」
ウォルター様が命じると、衛兵たちが直ちに動き、バルターを拘束して連行していった。
「公爵様! フォートラン商会の剣もご見聞願います! こやつらは高性能な剣をこの場に持ち込み、後で不良品をギルドに納品して、不当に修理費を取り立てるに違いありません!」
サイロスは、自分たちがまさに企んでいたことをそのまま口にし、今度はフォートラン商会を陥れようとした。
だが、サイモン氏は涼しい顔のまま答えた。
「やっぱり持って来ていて正解だったな」
そう言って、彼は演習場の端に停めてあった護衛付きの荷車を指差した。
その荷車には、布で覆われた何かが積まれている。
「ダン、持ってきてくれ」
「はい!」
ダンは剣を納めると、勢いよく荷車へ走り、あっという間にそれを公爵様の前まで引いてきた。
「ちょうど良い。公爵様、この場に集まっている者の中から剣士を九十九人集め、この剣を持たせてください。それと、何か壊しても差し支えない大きな岩がございましたら、それもお借りできれば幸いです」
そう言ってサイモン氏は荷車の布を外した。
そこには、箱に収められた、先ほどとまったく同じ剣がずらりと並んでいた。
「分かった! ウォルター!」
領主様が即座に命じる。
その声には、もう迷いがなく、むしろ喜色が混ざっていた。
「あそこの法術演習用の岩を使うと良いだろう」
領主様はどこか楽しげに岩を指さす。
しばらくすると、九十九人の剣士が集められた。
見れば、その多くは俺のよく知る顔だった。
かつては冒険者で、いまは特殊剣士隊へ移った者たちだ。
ダンは一人ひとりに剣を手渡し、大岩の前へ整列させた。
「では、皆さん。これから一人ずつ、この岩を斬りつけてください」
さらりと言うが、とんでもない指示だ。
隊員たちは顔を見合わせ、さすがに戸惑っていた。
だが、先頭のひとりが意を決して前へ出る。
剣を振りかぶり、大岩へ斬りつけた。
――次の瞬間。
彼は、まるで素振りでもしたかのように剣を振り抜いた。
それだけだった。
なのに。
しばし遅れて、音もなく岩がずれ、薄く切り出された石板が、ごとりと地面に落ちた。
その場が、一瞬静まり返る。
そして次の瞬間、演習場を埋め尽くす歓声が爆発した。
「素晴らしい切れ味だ!」
領主様は完全に興奮した様子で岩のそばまで駆け寄り、その断面をまじまじと見つめられた。
「次の者!」
ウォルター様が声を張る。
すると今度は迷いなく、次々と隊員たちが岩を斬りつけていった。
一振り。
また一振り。
そのたびに、大岩は静かに、だが確実に切り分けられていく。
やがて、サイロスとナイジェル司教は顔面を青くし、
「気分が悪くなったので失礼する!」
と言い残して、半ば逃げるように立ち去っていった。
その後に残されたのは、九十九枚に切り分けられた石板と、わずかばかりの小さな岩だった。
俺は、信じられない光景を目の当たりにしていた。
「いかがでしょうか、公爵様」
すべてが終わったあと、サイモン氏が静かに問いかける。
すると領主様は、迷うことなくサイモン氏の両肩をがしっと掴み、目を輝かせて叫ばれた。
「今すぐこれらの剣をリースしてくれ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は固まった。
「そ、それは困ります! 領主様!」
思わず大声が出た。
サイモン氏の前で、領主様と俺は互いに剣を掴み合い、文字通り取り合いになった。
俺は――
(ちょっと)信じられない光景を目の当たりにした。




