第42話 ギルド支部長は希望の光を見た
「お待ちいただきたい」
その声が響いた瞬間、会議室の空気が凍った。
そこには、三人の男が立っていた。
「何事ですか!? 今、当領にとって重要な内容を話し合っている最中です。部外者の立ち入りは固く禁じられています。直ちに退出しなさい!」
ウォルター様が鋭く言い放つ。
だが、その三人のうち、よく見知った顔の男が一歩前に出た。
「ウォルター様、私どもは決して部外者などではございません」
口を開いたのは、この場に来るはずのない男――サイロス副支部長だった。
「どういうことだ、サイロス副支部長。冒険者ギルドの代表として、すでにヴァン支部長が出席している。君がここに来る必要はないはずだ」
領主様が低く問いただす。
その瞬間、俺の背筋を冷たいものが走った。
嫌な予感が、急速に輪郭を持ちはじめる。
「ジョセフ・ヴァル・マナエル公爵様。確かに、冒険者ギルドマナエル支部の代表者としてヴァン支部長はこの場に出席しております。ですが、私は冒険者ギルド本部の役員代理として、この場に罷り越しました」
「なっ……!」
思わず声が漏れた。
「どういうことだ? 冒険者ギルド本部は、今回のゴブリン殲滅戦に予算を出したとヴァン支部長から報告を受けているが」
「まさにその通りでございます。冒険者ギルド本部は此度のゴブリン殲滅戦に全面協力いたします。ですから、その一環としてこちらの方々をお連れしました」
サイロスがそう言って隣の男に視線を向ける。
前に出てきたその男の顔を見た瞬間、領主様の表情が露骨に険しくなった。
「ジョセフ・ヴァル・マナエル公爵様におかれましては、ご機嫌麗しゅう。この度は冒険者ギルド本部の要請により、正統神聖教会を代表して罷り越しました」
その男は、慇懃無礼そのものの口調で一礼した。
「正統神聖教会マナエル司教区、ナイジェル・ノアール司教! 貴様の顔を見た途端、気分が悪くなったぞ!」
「これは悲しいこと。私は日々、マナエルの平穏のため神に祈り、民のために聖なる力を分け与えておりますのに」
「民から高額な治療費を巻き上げ、聖属性の商品を通して寄進を集めておいて、何が平穏のためだ!」
「聖なる力は神の力。民が感謝を金銭で表すのは、至極当然のことでしょう」
「ぬけぬけと! 神を商売の種にする守銭奴どもが! 今回のゴブリン殲滅戦で、王国も我が領も、正統神聖教会に一切の予算を割くつもりはない!」
「ええ、存じ上げております。ですから、先ほど申し上げました通り――今回は《《冒険者ギルド本部の要請》》により参りました」
「貴様……まさか!」
領主様の声音が変わる。
そして俺の嫌な予感は、もう予感では済まなくなっていた。
「冒険者ギルド本部は、この度のゴブリン殲滅戦において、冒険者の生命を守るため、正統神聖教会に協力を要請いたしました。今回の予算の二割を納めることで、マナエル司教区から聖治癒師の派遣が決定しております」
「なっ!? 俺は何も聞いていないぞ、サイロス副支部長!」
俺が激昂しても、サイロスは眉一つ動かさなかった。
「ヴァン支部長、何か勘違いをしているのではないか? これは君の要請に基づき、ギルド本部が決定したことだ。君に意見を差し挟む権限はない。私は冒険者ギルド本部の役員代理として、この場に立っている。余計な口を挟まず、座っていたまえ」
「くっ!」
今回の予算は、主に武器修復と補充のために要請したものだ。
それが、すでに二割も教会に持っていかれたというのか。
「まあまあ、サイロス副支部長。ヴァン支部長も、現場の責任者として話を聞いておきたかったのでしょう。ですがヴァン支部長、これは現場の冒険者を思いやった、ギルド本部の慈悲深いご決定なのですよ。あなたの心に打たれて、我々もまた動いたのです」
ナイジェルは穏やかに笑っている。
だが、その目には慈悲の欠片もなかった。
あれは、人を食い物にする者の目だ。
「正統神聖教会は、あなたのその志に応え、予算の二割という破格の条件で聖治癒師を派遣するのです。もちろん、我々も人の子。無償奉仕だけでは生きてゆけません。ですから、危険を顧みず働いた対価は、教会への派遣要請費とは別に、それぞれの成果に応じて頂きたい」
「なっ! 二割では飽き足らず、治療費まで別で取るというのか!」
「当然の権利です。私はごく常識的な話をしているつもりですが、どうやらヴァン支部長には難しかったようで」
予算の二割に加え、治療費をその都度取られる。
それだけでも足りない。
危険手当が上乗せされ、通常より高額な治療費が請求されるに決まっている。
そうなれば、現場に残る金は一体いくらになる。
「ナイジェル司教。今回、我が領は冒険者ギルドマナエル支部を全面的に支援するつもりである。アマンダ氏にも協力を要請し、万全の態勢で臨む。正統神聖教会の聖治癒師の派遣は不要だ」
領主様がきっぱりと言い切る。
だがナイジェルは、待っていましたと言わんばかりに肩をすくめた。
「おやおや。たとえ“元”とはいえ、聖女様を馬車馬のごとく酷使なさるおつもりですか。アマンダ様もご高齢。そのような方を危険な戦場へ連れ出すなど、何たる無慈悲。神もさぞお嘆きになりましょう」
「アマンダ氏には二百五十名からなる護衛が随行する。安全性は十分に確保されている!」
「恐れながら、公爵様。これはすでに冒険者ギルド本部の決定事項でございます。いかに公爵様といえど、これ以上は冒険者ギルドへの不当な干渉と見なされかねませんな」
「くっ!」
サイロスは慇懃無礼な態度のまま、領主様の言葉を封じた。
そのうえで、今度はここで秘匿されるべき情報にまで踏み込んできた。
「そうそう。此度はキャサリン公爵令嬢様のゴブリンダンジョン白化、誠におめでとうございます。このサイロス、お嬢様の才能を見出し、専属の教官を付け、F級冒険者として送り出させていただきました。その結果、このような素晴らしい成果を上げられましたこと、まことに喜びの極みにございます」
その発言に、会議室内がざわつく。
「貴様! 個人名は秘匿事項だ! それ以上の発言は許さん!」
ウォルター様が即座に割って入る。
だがサイロスは、薄く笑みを浮かべたまま続けた。
「何をお隠しになることがありましょう。この偉業は、より多くの者に知られるべきです。及ばずながら、このサイロスもお嬢様の才能を見出した者として、社交界にて広くお伝えしたく存じます」
「黙れと言っている!」
それでもサイロスは止まらない。
「では、少し話を変えましょう。そうそう、お嬢様はゴブリンダンジョンにて、それはそれは美しい剣をお使いだったとか」
「貴様、そのことをどこで知った!?」
俺たちが秘匿していたはずの内容だ。
それをこいつは知っている。
「人の口に戸は立てられませんので。私も冒険者たちのためと思い、日々、酒場などで交わされる話を人に集めさせております」
酒場――その言葉に、脳裏にひとつの顔がよぎった。
「最近では、とても安くミスリルの剣を販売し、冒険者たちに大いに寄与している殊勝な商会があると聞き及びまして。本日は、その商会長をご紹介したく、この場にお連れしました」
そう言ってサイロスが脇に身を引く。
三人目の、最低最悪の招かれざる客が前に出た。
「サイロス副支部長様よりご紹介にあずかり、誠に恐悦至極に存じます。私はこの街にて商いを営んでおります、バルターと申します」
バルター商会。
冒険者たちの成果を不当に安く買い叩き、暴利を貪る屑だ。
それだけではない。
低品質な材料で粗雑な武器を大量に作らせ、金のない冒険者に安さだけを餌に売りつける。
そして、修理は必ず自分の商会で行わせる契約を結ばせ、後で法外な修理費を吹っかける。
ギルドにも訴えは何度も上がった。
だが、そのたびに、伝統貴族派とギルド本部役員の後ろ盾を使って握り潰してきた。
過去、多くの剣士たちの武器転換が失敗したのは、技量の問題だけじゃない。
こういう、人の弱みに漬け込む守銭奴どもが、現場に巣食っていたからだ。
「私はこの善良なる商人の話をギルド本部の役員の方々にいたしましたところ、ぜひ今回のゴブリン殲滅戦に武器を供給させよとのお達しを頂きまして」
「サイロス副支部長、ま、待ってくれ! いや、バルター商会の武器は安いが、すぐ破損すると冒険者たちから多くの訴えが――」
「何のことか分かりませんな。少なくとも、そのような訴えは私の耳には届いておりません」
そう言うと、サイロス、ナイジェル、バルターの三人は、揃ってこちらを見た。
その顔に浮かんでいるのは、勝ちを確信した者の笑みだった。
その瞬間、俺は確信した。
こいつらは最初からグルだ。
今回の冒険者ギルドの予算を食い潰すために、最初から全部仕組んでいる。
粗悪な剣を売る。
壊れる。
怪我をする。
教会が治療費を取る。
さらに壊れた武器の修理費でまた搾り取る。
冒険者たちの命を代償にして。
「お待ちください、サイロス副支部長様。ヴァン支部長のご懸念を晴らすため、私は冒険者ギルドに供給する剣をお持ちいたしました。この剣をご覧いただければ、ヴァン支部長の不安も払拭されましょう」
バルターはそう言って、一振りの剣を掲げた。
「それは素晴らしい。公爵様、この場にてその剣をご披露してもよろしいでしょうか?」
領主様は怪訝そうな顔をされたが、やがて低く答えられた。
「許可する」
ウォルター様がそう述べると、三人の後ろから護衛らしき二人の男が入ってくる。
ひとりが剣を抜き掲げた。
「皆様、これが此度、冒険者ギルドに供給いたしますミスリルの剣にございます」
バルターがそう言うと、もう一人の男が鋼鉄製のグレートソードを抜き、横に構えた。
「この男が持つのは鋼鉄製のグレートソードです。今から、このミスリルの剣で鋼鉄製のグレートソードを断ってご覧に入れましょう」
会議室内がざわめく。
当然だ。
普通なら、ミスリルの剣で鋼鉄製のグレートソードなど切れるはずがない。
だが、あの剣は確かにミスリルの輝きを放っていた。
「行きます」
剣を持つ男がそう告げ、振りかぶってグレートソードへ斬りつける。
甲高い金属音が響いた次の瞬間、鋼鉄製のグレートソードは真っ二つに折れた。
どよめきが、会議室いっぱいに広がる。
「いかがでしょう。我が商会のミスリルの剣は。この武器があれば、此度のゴブリン殲滅戦の勝利は間違いございません」
再び、三人の笑みが俺に向けられる。
――茶番だ。
何か仕掛けがあるに決まっている。
だが、俺にはそれをこの場で証明する術がない。
きっとバルターは、見た目だけ整えた不良品の剣を大量に持ち込む。
そして冒険者たちの命を食い潰し、修理費と治療費で法外な利益を得る。
おそらくサイロスには、教会とバルター商会からキックバックが入るのだろう。
分かっている。
全部分かっているのに、止められない。
冒険者たちの命が、不当に失われようとしているのに……。
悔しさに、視界が滲みかけた、その時だった。
「お待ちいただきたい」
ひとりの男が、ゆっくりと立ち上がった。
その手には、一本の剣。
俺はその剣に希望の光を見た。




