第2話 結界師は夢見がちな少女と友人になる
「ようこそ、冒険者ギルドへ。すぐに説明会を開きますので、席についてお待ちください」
「は、はい、分かりました」
冒険者ギルドの説明会では、二十代前半くらいに見える綺麗な受付のお姉さんが俺たちを迎えてくれた。
てっきり厳つい冒険者上がりの職員が案内するものと思っていた俺は、少し動揺してしまう。
「何、受付嬢さんを見つめてんのよ、シド!」
「見つめてないよ!」
「なによ! ちょっと綺麗なお姉さんに声をかけられたくらいで動揺しちゃって!」
「い、いいだろ。俺だって健全な男子だ。綺麗な女性に声をかけられれば、少しくらい動揺するよ」
「なによ、それ。いやらしい。わたしが隣にいるのに……」
「静粛に! それでは、冒険者ギルドの説明会を開始する。俺は冒険者ギルド、マナエル支部の支部長、ヴァンだ。諸君らを歓迎する」
壇上に立ったのは、筋骨隆々の中年男性だった。
彼は炎剣士で、支部長でありながら今も現場に出る現役のS級冒険者らしい。
名前をヴァンとしか名乗らなかったところを見るに、おそらく平民なのだろう。
ヴァン支部長の説明によれば、各国の冒険者ギルドはそれぞれの国に属しつつも、国際条約に基づいて国をまたいだ連携を行っているらしい。
人類と亜人にとって共通の課題は、『魔』に属する者たちとの戦いの中で生存圏を維持し、拡張すること。
その最前線を担うのが冒険者ギルドだという。
(なるほど。冒険者ギルドとは、ただの資源採取集団ではなく、国を超えた共通利害の上に成り立つ防衛組織らしい……)
「以上で俺からの説明は終わるが、何か質問はあるか?」
ヴァン支部長が問いかけると、一人の少女が手を挙げた。
「冒険者ギルドは、昔の勇者物語のように魔王討伐は目指さないのでしょうか?」
確かに、『魔』に属する者たちを束ねているのは魔王だ。
冒険者ギルドが魔王討伐を掲げていてもおかしくはない。
「君の名前は?」
「キャサリンです」
キャサリンと名乗った少女は、かなり仕立ての良いドレスを着ていた。
立ち振る舞いからしても、貴族か豪商の娘といった印象だ。
保証金を払って他のギルドに入ることもできそうなのに、なぜ冒険者志望なのか少し気になった。
「キャサリン。結論から言うと、冒険者ギルドは魔王討伐を目指さない。確かに魔王は敵だ。だが、魔王が存在することで『魔』に属する者たちが無秩序化せずに済んでいる側面もある。現状、どの国も魔王を失って無秩序化した『魔』に属する者たちを全て殲滅できるほどの戦力を持っていない。だから、そのリスクは取れない。理解できるか?」
極めて現実的な見解だった。
俺はその回答を聞いて深い納得と、共感を覚えた。
魔王は敵だが、同時に「理性ある統治者」でもある。
理性がある相手なら、行動は読める。
読める相手なら、戦力を配分して管理できる。
だが、もし魔王という楔を抜いてしまえば、残されるのは制御不能な混沌だけだ。
そうなれば、もはや戦略など意味をなさない。
ただ殲滅し尽くすまで血を流し続けるしかない。
英雄願望は、目の前の華々しい戦果を求める。
だが、本当に残酷で重要なのは、その後の「後始末」だ。
人の生活は、物語のように敵を倒して幕を閉じるわけじゃない。
後始末の計画がない戦果を求めるのは、ただの無責任だ。
思うに、冒険者ギルドが求めているのは、一時の奇跡を起こす「英雄」などではなく、泥臭く、確実に、長期的な成果を積み上げられる「職人」なのだろう。
俺は、こういう考え方が好きだ。
だが、この少女は違った。
「しかし、魔王を倒さなければ、いつまでたっても『魔』に属する者たちとの戦いは終わりません。人の生存圏を永続的に守るには、魔王を討伐するしかないと思うのですが!」
キャサリンは、ヴァン支部長の方針に納得していないようだった。
「ねえシド、あのヴァンっていう支部長、S級冒険者のくせに弱腰だと思わない? 魔王なんてさっさとやっつけて、平和に暮らせばいいじゃないかな?」
(ミオ、お前もか……)
どうやらミオとキャサリンは、気が合いそうだ。
「ミオ、支部長の考えじゃない。ギルドの方針だ」
キャサリンの発言をきっかけに、会場中がざわつき始めた。
「静粛に! キャサリン、ギルドの中にも君のような考えを持った幹部はいる。強くそれを願うなら、実力をつけ、ギルドに貢献し、出世することだ。そうすれば、君の考えを認め、協力する者も増えるだろう」
「はい。そうすることにいたします。ご回答ありがとうございました」
ヴァン支部長は、彼女の考えを頭ごなしに否定しなかった。
議論で押さえつけるより、現場で経験させた方が早いと判断したのだろう。
俺はこのやり方も好ましく思えた。
この支部長の下なら、うまくやっていけそうな気がする。
「ほかに質問のある者はいるか? いなければ、ギルドの規則、等級、登録方法について説明する」
質問が途切れると、ヴァン支部長は降壇し、代わりに先ほどの受付のお姉さんが壇上に立った。
「はじめまして。受付嬢のシルビアと申します。本日は冒険者ギルドの説明会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。机の上の資料をご覧ください。当ギルドの規則、等級、登録方法についてご説明いたします」
シルビアさんの説明はとても分かりやすかった。
ただ資料を読むだけではなく、参加者全体に語りかけるように、明瞭に話を進めていく。
いつもなら授業の開始早々に船を漕ぎ始めるミオも、今日は目を覚ましたまま最後まで聞いていた。
「以上でご説明を終了します。午後から西の草原にて、冒険者等級を決めるための試験を行います。明日から冒険者として活動したい方は、正午の鐘の時間に西門前へお集まりください」
さっそく午後から試験らしい。
ミオのやる気は最高潮で、鼻息も荒い。
「試験内容は教官との模擬戦闘、およびホーンラビット狩りです。試験用の武器と盾はギルドが用意いたします」
内容は予想どおりだった。
武器と盾は借りられるらしい。
(なら、手持ちの皮鎧と皮のブーツくらいで十分だろうか……)
「合格者には明日の朝、G級冒険者のギルド証を。不合格者にはH級冒険者のギルド証を発行いたします。再試験は最短で七日後です。また、ギルドでは教官による無料戦闘訓練を毎日実施しております。再試験を希望される方は、そちらへの参加をお勧めします」
まあ、ミオは明日にはG級冒険者になるだろう。
だが俺はH級だろう。
無料訓練も、将来性のある職業なら受ける価値があるのかもしれない。
だが「結界師」では、無駄になる可能性が高い。
さて、ミオにはどう説明するかな……。
「では、お手元のギルド登録用紙をご記入のうえ、ご提出ください。質問がなければ、これにて説明会を終了いたします」
説明会はそのまま終了となった。
登録用紙の記入事項は簡単で、俺もミオもすぐに書き終え、壇上のシルビアさんに提出した。
シルビアさんは参加者一人ひとりににっこりと微笑み、用紙を受け取って番号表を手渡していた。
俺も笑顔で番号表を渡され、少しドキッとしてしまう。
番号は八十八番だった。
やはり、なぜか彼女の前では緊張する。
(これからギルドで毎日世話になるのに、やっていけるのだろうか……)
「ああ! シド、また受付嬢さんを見つめてる! 私だって数年たてば負けないくらいの美人になってやるんだからね!」
確かに最近のミオは、性格はさておき、女性らしい体形に成長してきた。
シエル伯母さんも美人だ。きっとミオも美人になるだろうと、俺は素直に思った。
「そうだね。ミオも最近きれいになってきたね。伯母さんに似て美人になると思うよ」
「なっ!………き、き、きれいで……び、美人とか! し、し、シド、な、なにを……」
ミオは顔に手を当てて真っ赤になり、その場にしゃがみ込んで「お嫁さん」とか「結婚式」とかつぶやき始めた。
「まあ、ガサツなところをもう少し直さないとね。家の中を薄着で歩き回ったり、服を脱ぎ散らかしたり、つまみ食い――いてて!」
見事な蹴りが飛んできた。
スカートで蹴りを入れるのもやめた方がいいと思うのだが。
「一言多いのよ!」
「ふふふ、あなたたち面白いですわね」
後ろから声をかけてきたのは、先ほどヴァン支部長に食ってかかっていた少女――キャサリンさんだった。
「ごめんなさい。あまりに楽しそうだったので、つい声をかけてしまいましたわ。初めまして、キャサリンですわ」
「初めまして。私はミオ、彼はシド。さっきの質問、良かったよ。私もさっさと魔王を倒してしまった方がいいと思った。支部長はなんか弱腰だよね」
(だから、ヴァン支部長が弱腰なんじゃなくて、ギルドの方針なんだって……)
「ふふ……ありがとう。同じ意見の人がいて嬉しいですわ。弱腰なのは支部長ではなく、冒険者ギルドそのものだと思いますわ。支部長が言っていたように、一緒に出世してギルドを変えていきますわよ!」
「ええ、そうね! 私たちが冒険者ギルドを変えてやりましょ!」
なんだか、二人はすっかり意気投合してしまったようだ。
(俺は現状維持派なんだけど……)
「ねえ、私たち友達にならない? それで、冒険者パーティを組もうよ! キャサリンの職業は何だった? 私は聖剣士だよ」
「ええ、喜んでお友達になりたいですわ。私の職業は聖法術師でしたわ。法術による支援職ですわね。ちょうど前衛の方を探しておりましたから、喜んでお受けしますわ」
友達になるのはまだしも、互いの実力も見ていないのに、いきなりパーティを組むのは早すぎないだろうか。
「シド様も、よろしければご一緒にいかがです?」
キャサリンさんがいきなり俺にも話を振ってきた。
「誘ってくれてありがとう。でも俺の職業は、戦闘に向かない『結界師』だったんだよ……」
「け、結界師!? 結界師といえば、あの勇者物語の中で『絶対防壁』と謳われた伝説のエルフの戦士、オスカー・スピネル様と同じ職業ですわ!」
やはり、その名前が出てきたか。
オスカー・スピネル。
誰でも知っている超有名な『結界師』だ。
だが彼は長命種で、年齢は五百歳。
人種では、あの域に達することは到底不可能だ。
「いや、興奮してるところ申し訳ないけど、結界師の成長は――」
「勇者パーティと同じように、前衛のミオさんと後衛支援職の私、そして防御担当のシド様がいれば、きっとすぐに上位冒険者になれますわ! 私、オスカー様のような結界師の方とパーティを組みたいと思っておりましたのよ。夢のようですわ。特に物語の中で、オスカー様が勇者カイト様に『お前は死なない。これから先、ずっと何があっても俺がお前を守る!』って言われた場面、私、ゾクゾクっとしてしまいましたわ――――」
キャサリンさんは妙なところに火がついたらしく、結局、俺の話はまるで聞いてくれなかった。
その後、ミオが伯父さんの食堂にキャサリンさんを誘い、一緒に昼食を取ることになった。
だが彼女は道中ずっと同じテンションで勇者物語を語り続け、ミオもそれに乗っかり、俺は完全に蚊帳の外だった。
どうやら俺は、めんどくさい夢見がちな少女と友人になってしまったらしい。
まあ、このテンションも明日までだろう。
なんといっても、俺は明日からH級冒険者になるはずだ。
そうなれば、この興奮もすぐ冷める。
夢から覚めるのは、早い方がダメージが少なくていい。
「さて、午後からの試験、どうするかな……」
俺はこの季節のホーンラビットについて考えた。
「そうだ。この季節なら『あれ』が狙えるはずだ」
夢を語る二人を横目に、俺は静かに次の一手を定めた。
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