第3話 結界師は出発前から試験が開始されていることに気づく
「ミオ、部屋を貸していただき、助かりましたわ。ありがとう」
「どういたしまして。トイレは大丈夫?」
「ええ、さっき済ませましたわ」
「了解。じゃあ、試験に行きましょ」
俺たちは帰宅後、伯父さん伯母さんにキャサリンさんを紹介して一緒に昼食を取った。 ミオとキャサリンさんは相変わらずテンションが高かった。
特にミオが俺の学校時代の話を始めてからは「すごいですわ!」を連発し、「オスカー様に続く英雄結界師の誕生ですわ」なんて言いつつ、俺の話は一切耳に入らない様子だった。
頼むから、少しは俺の話にも耳を傾けて欲しいものである。
昼食後、キャサリンさんは試験のために着替えに帰るのかと思いきや、ミオに着替えるために部屋を貸してほしいと申し出た。
どうやら、キャサリンさんは亜空間バッグを持っていたようで、着替えは全てそのバッグに入っていると言って、色々バッグから取り出して見せた。
初見で感じたように、キャサリンさんの家は亜空間バッグが買えるくらいの相当な金持ちのようだ。
ミオは即答で了承していたが、(おいおい、あの汚部屋を貸すつもりか?)と俺が思っていると、ミオが俺に蹴りを入れてきた。解せぬ。
二人は着替えるために二階に上っていった。
俺も奥の自室でさっさと着替え、トイレを済ませて階段下でしばらく待っていたら上から二人が降りてきた。
俺とミオの装備は学校の初級剣術の授業で身につけていた皮鎧と伯父さんと伯母さんが若いころ使っていたと言う皮のブーツを身に着けている。
試験用の武器と盾はギルドで準備すると言っていたので大丈夫だろう。
キャサリンさんの装備は何かの魔物の鱗から作ったようなスケイルメイルに皮のコート、ブーツもスケイルメイルと同じ素材のようだ。
それと、手には法術師用の杖が握られていた。何やら高そうな装備の数々だ。 まあ、お金持ちの家だから、どんな職業についても良いように前もって全ての装備が亜空間バッグに収納されていたのだろう。
「お父さん、お母さん行ってきまぁす」
「ミオ、城壁外に行くんだろ? 浄化のペンダントを持って行くんだぞ」
魔境には有毒な魔素が空気中に含まれており、それを除去する聖属性の浄化の装飾品が販売されている。
「お父さん、今日行くところは西の草原で、東の魔境深部には近寄らないから大丈夫だよ。それに私、聖剣士になったんだよ」
魔境でもマナエルの西側は魔素濃度が低く、東の魔境深部側は魔素度が濃い。
だが、それとは関係なしに、ミオは聖剣士となったので自身の力で浄化ができるようになった。
「ああ、そうだった。ミオは聖剣士だったな。もう、魔素中毒の心配はなくなったんだな」
「忘れないでよね!」
「悪かった。シドも頑張ってな! 水筒に水入れといたから持っていけ」
「ありがとう伯父さん」
「ミオ、張り切りすぎて怪我しないようにね。シドちゃん、ミオをよろしくね」
「お母さん、私もう子供じゃないんだから! シドは保護者じゃなくてパーティメンバーなんだからね!」
「リカルド様、シエル様、昼食美味しかったです。ありがとうございました。また後日お礼の品を持ってまいります」
「いや、気にしないでくれキャサリンさん。不出来な娘だがどうか末永く仲良くしてやってくれ。キャサリンさんはこれからミオと命を預け合う大切なパーティメンバーになるんだ。この家を自分の家のように思ってくれていい。いつでもミオと一緒に飯を食いに帰って来てくれ。歓迎する」
「本当にありがとうございます。お言葉、とてもうれしいですわ。これからもしばしばお邪魔することになるかと思いますので、おそらく私の父も後日ご挨拶に伺いたいと申すと思いますわ。どうぞ、末永くよろしくお願い申し上げますわ」
伯父さんも伯母さんもすっかりキャサリンさんを受け入れたようで、喜ばしいことなんだけど、キャサリンさんの家はもしかすると貴族家かもしれないんだが、身分差の問題とか大丈夫なんだろうか?
まあ、キャサリンさん本人が気にしてないようなので、大丈夫なんだろうけど……。
正午も近付いてきたので、俺たちは少し速足で西門に向かうことにした。 その道中、キャサリンさんが俺に提案をしてきた。
「シド様、これからわたしたちはパーティメンバーになりますので、お互いを敬称抜きで、名前で呼び合いたいのですが、いかがでしょうか? 戦闘時など敬称をつけますと指示が遅れたりしますので……」
(う~ん、俺の方はH級冒険者になってパーティメンバーになれないと思うのだが、良いのだろうか? でも、なんだか断ると勇気をもって提案してくれたキャサリンさんに申し訳ないような気もするんだよなぁ。 まあ、すでにミオとは互いに呼び捨てにしているようだから、構わないかぁ)
「いいよ、キャサリン。どうぞよろしく」
俺がキャサリンと言ったとたん、彼女は顔が赤くなって少し照れたようなしぐさをした。
「ど、どうぞよろしくですわ。シド……」
「むむ~、あんまりシドといい雰囲気出さないでよね、キャサリン!」
「え、あ、そ、そんなことはないんですよミオ。私は男性の友人がいませんので、異性に名前で呼ばれて少々戸惑っていただけですわ。それに、シドさ…じゃない、シドはオスカー様と同じ結界師ですから、少々憧れを感じているのですわ……」
キャサリンがドギマギしている間に俺たちは西門の広場にたどり着いた。
説明会での報告通り、門の前に冒険者の一団と思われる人たちが集まっていた。
結構な人数が集まっていたので、俺は刻限に遅れてしまったのではないかと思い、緊張しつつも受付嬢のシルビアさんに声をかけた。
「お、遅れました。皆さまお待たせして申し訳ございません。説明会に参加いたしましたシド、ミオ、キャサリンの三名到着いたしました」
「シドさん、ご報告ありがとうございます。まだ刻限になっておりませんので、お気になさらずに。ここにいる者たちは事前打ち合わせのために早く集合したギルドの戦闘教官たちと、本日皆さんの付き添いをしていただきますD級冒険者の皆さんです」
「え、D級の冒険者さんたちですか? 今日の狩りはホーンラビットですよね?」
「ふふ、そうですね。でも、皆さんが怪我をするなど、万が一のこともありますので、試験には対処になれた熟練冒険者の方々に付き添ってもらうことにしているんです」
「そうなんですね。ありがとうございます。では、出発まで近くで待機しています」
「そうそう、シドさんたち三人は昼食とトイレは済まされましたか?」
なんだろう、トイレはまだしも、昼食を取ったか取ってないか何か試験と関係あるんだろうか?
「はい、昼食は家で三人で食べてきました。トイレも大丈夫です」
「そうですか、分かりました。もう少ししましたらお声をかけますので、近くで待っていてください」
そう言うと、シルビアさんは別の参加者の所へ歩いて行った。
「シド! また鼻の下が伸びてたわよ! もう! こんなに綺麗な美少女二人がそばにいるのに!」
(はぁぁ、自分で綺麗とか、美少女とか言うかなぁ、まったく。でもまあ、二人とも言うとおりに美少女だと俺は思うよ)
「そうだね。ミオもキャサリンもとっても綺麗な美少女だと思うよ」
「「なっ!…… 」」
俺がその様に言うと二人とも真っ赤になってうずくまってしまった。 ミオは「お嫁さん」とか「結婚式」とか言っているし、キャサリンは「は、反則ですわ」なんて呟いている。
(照れるんなら、初めから言わなきゃいいのに。まあ、キャサリンはミオに巻き込まれたんだけど……)
シルビアさんが他の参加者に声をかけているのを遠目から聞いていると、やっぱりトイレと昼食については必ず聞いているようだ。
どうやら、その二点はチェック項目らしい。
今質問されているグループはどうやら、昼食を取ってこなかったようだ。
携帯食を持参しているか続けて質問されているが、それも持ってこなかったようだ。
(これは何か評価をつけている感じがするな……)
推察だが、冒険者の等級試験はすでに始まっているのではないだろうか。
俺は不合格でH級冒険者になるつもりで来たからいいけれど、ミオとキャサリンは合格してもらわないといけない。
(ああ、迂闊だった自分を殴りたい……)
これまで冒険者ギルドには何度も通って魔物の資料や狩りの方法などを調べてきたが、冒険者としてフィールドに出る時の基本知識を身に着けていなかった。
(嘆いても仕方ない。過去は変えられなくても、現状を改善することはできる!)
俺は自分が足を引っ張って二人が不合格にならないよう、待っている間に可能な限り情報収集を行い準備をすることにした。
俺はまず、周囲のD級冒険者の方々を見て、出発前の準備で何をしているかを観察した。
すると、装備や持ち物のチェックをしたり、互いに協力して柔軟体操をしているのが見えた。
(なるほど、咄嗟に物を取り出したり、体が動かせるよう備えているのか。負傷した時の応急処置装備も必要だな……)
俺は討伐クエストが受けられないH級冒険者になるつもりだから、必要性は薄いが、ミオたちがフィールドに出る時には応急処置装備が必要だ。
だが、今回は冒険者ギルドの試験ということもあり、負傷などはギルドが直してくれるのだろう。
その証拠にシルビアさんも応急処置装備については確認していなかった。
(応急処置装備については保留にして、柔軟体操はしておこう……)
さらに見回すと、冒険者らしき人たちが屋台で干し肉を買っているのを見つけた。
シルビアさんが先ほど参加者に食事をしたか、携帯食を持参しているかチェックしていたことから、冒険者にとって空腹になることは危険なことなのだろうと推察できる。
(所持金は少ないが何か携帯食を買おう……)
あと、トイレの問題がある。
当然のことながらフィールドにはトイレがない。
だが、生理現象は止められない。
よって当然、野外で用を足すことになる。
その際に必要なのは穴を掘る道具と拭くものだ。
(今日出あったばかりの彼女に頼るのは気が引けるけど、時間がない……)
俺はキャサリンに頼ることにした。
「キャサリン、君は亜空間バッグを持っていたけど、その中にスコップと何か使い捨ての紙や布なんか入れてないか?」
「え、そうですわね……」
と、言ってキャサリンは亜空間バッグの中を調べ始めた。すると―――
「ありましたわ! 私は入れた覚えが無いので、多分、使用人が入れたのだと思いますが……、今使いますか?」
「いや、ありがとう。すまないが、俺かミオが必要になったら使わせてもらえないだろうか?」
「ええ、いつでもどうぞですわ」
とりあえず、トイレの問題はどうにかなった。 次は食料の問題をどうにかする。 俺はとりあえず、ベテラン冒険者に倣って、干し肉を買いに行くことにした。
「ミオ、キャサリン、俺はあそこの屋台で干し肉を買ってくるよ」
「え!? シドもうお腹すいたの?」
「いや、比較的安全とはいえ、これから魔物のいるフィールドに行くのに、何の備えもなく行くべきじゃないと思うんだ。さっきシルビアさんが食事をしたか参加者に確認して回っていたのが気になる。おそらく、冒険者にとって空腹を避けるため、携帯食を持って出るのは常識なんじゃないかと思ったんだ」
「でも西の草原は歩いても二刻くらいだよ? お腹がすいてくるころには帰ってこれる距離だと思うけど」
「何の問題もなければそうだろうね。だから、シルビアさんも食事を取った俺たちに何も言わなかったんだと思う。だけど、これは試験だから、万が一に備えてるかどうかも試験の評価基準になるんじゃないかって思うんだ」
「分かった。じゃあ、わたしたちも一緒に買いに行こうか?」
「いや、俺が一人で買いに行ってくるので、二人は協力して柔軟体操をしておいてほしい。どうやら周りのベテラン冒険者はみな出発前に体を解すために柔軟体操をしているみたいだから」
「そう、分かった」
「シド、お金はこれを使ってください。少ないですが、先ほど昼食をいただいたお礼ですわ」
「じゃあ、遠慮なく」
俺は急いで干し肉の屋台に行き、三人分の干し肉を購入した。
干し肉の購入者は冒険者が多いようで、店側もそれに合わせて干し肉の包みが選べるようになっていた。
紙製の袋は無料で付けてくれるようだが、腰から下げられる布製の巾着は銅貨二枚と有料だ。
俺は、銅貨四枚で俺とミオの巾着を買った。 キャサリンの分は亜空間バッグがあるので紙製の袋にした。
戻ってみるとミオとキャサリンだけでなく、周りに集まっていた試験参加者たちも柔軟体操を一斉に始めていた。
どうやら、ミオとキャサリンを見て、自分たちもそうすべきだと思ったようだ。
周りのD級冒険者の皆さんは、遠目に俺たちを見て感心しているように見えた。
やはり、俺たちの行動は正解だったようだ。
俺も柔軟体操に加わって少しすると、正午の鐘がなり、シルビアさんの声が拡声器を通して聞こえてきた。
さあ、いよいよ出発だ!




