【幕間2】 モグラ狩りは剣聖と語り合う
※今話は聖樹工房の宴での一幕です
「ちょっといいか?」
俺が鍋の給仕を手伝っている時、後ろから声がかけられた。
「はい、何でしょう」
俺は振り向いて答えた。
「はじめまして。私の名前はバナエルだ。師匠に止められているから、ここだけに止めてもらいたいんだが、私はシルバニア王国近衛第一騎士団の団長だ」
俺は話しかけてきた人物の正体を知り、驚愕した。
近衛第一騎士団の団長のバナエル、王国でその名を知らぬ者はいない、『剣聖』バナエル・コーエン卿その人だ。
「け、剣聖……バナエル卿!? あ、あ、あの、俺のような者に何か……!?」
「うん。やっぱり、そういう反応になるだろうな」
バナエル卿は苦笑した。
「普段、私は君のような普通の剣士には声をかけないんだけどね。ただ、君には少し興味が湧いたので声をかけてみたんだ」
俺もまさか剣聖に声をかけられるとは思っていなかった。
剣聖は俺の隣に腰掛けた。
どうやら、立ち話では済まないようだ。
俺はあまりの出来事に動揺したが、これだけは言っておかなければならないと思っていたことがあったので、勇気を振り絞ってバナエル卿に話しかけた。
「お、お声がけ、き、恐縮です。あ、あの……東の草原では敵の奇襲部隊を引き受けていただき、ありがとうございました!」
俺は小型種の陸亀討伐戦の際に、敵の奇襲部隊を近衛第一騎士団に引き受けてもらったことの礼を言えなかったことを気にしていたのだ。
「え? ああ、君はあの時の司令官だったか。どういたしまして。と言っても、私は部下に命じただけで、奇襲部隊の追撃には加わっていないんだけどね」
どうやら、俺の指揮する声をバナエル卿は聞いていたみたいだ。
「いえ、あの場でご助力いただけていなければ、私たちは陸亀に集中できず、大きな被害を出していたと思います。本当にありがとうございました」
俺は再度、深く頭を下げた。
「……接してみても、やっぱり、君は普通の剣士に見える。相対しても、特段脅威を感じない。だが、君は興味深い……」
「あ、あのぉ、私の何がそんなに興味深いのでしょうか?」
俺は自分のどこがこの人の興味を引いたのか、分からなかった。
「そうだね……なぜ君は、あのシド子爵と対峙した時、逃げずに剣を構えることができたんだ?」
バナエル卿の真っ直ぐな瞳が、俺を射抜く。
先ほどの決闘での俺の振る舞いが、どうにも気になって仕方がないらしい。
「シド様は私に簡単に死を選びすぎると仰られました。その上で真剣勝負をするよう命じられました。私はその命に従ったまでです」
俺がそう答えると、バナエル卿は少し不満そうな顔になった。
「答えになっていないな。命令に従っただけでは、シド子爵のような強者と対峙することはできない」
俺はその言葉を受けて、少し視点を変えて返答してみた。
「シド様は私に簡単に死を選びすぎると仰られました。これは言葉を変えると、シド様が望んでいるのは私の死ではなく、私が生きることではないかと思ったんです。シド様はある意味『私が生きるために』真剣に自分と勝負するようにと命ぜられたと感じたんです」
「それは、シド子爵が君を殺さないと知っていたから、対峙できたということなのか?」
「いいえ、そうではなく、シド子爵が私に望んでいたのは、罪を背負って死ぬのでなく、罪を背負ってなお生きるために真剣に勝負せよと仰られたのだと感じたんです」
「………それは、死んで償うのでなく、生きて償えと、シド子爵が剣で語ろうとしたということか?」
「はい、少なくとも私はそう感じました……」
「……君も、そして君を生かしたシド子爵も、完全に私の想像を超えているな……」
バナエル卿は、信じられないものを見るような目で静かにそう呟いた。
「私はこれまで、剣というものは魔物を屠り、人を制するためだけに振るうものだと思ってきた。だが、シド子爵は“人を生かすため”の剣を振るった。事実、君はシド子爵の剣によって罪を清算され、今こうして新たな人生を得ている。君に与えられた『ゲイン』という名が、何よりその証拠だ……」
「はい、正にその通りです」
俺は改めてシド様の格の違いを認識した。
シド様は人を屠る剣でなく、人を生かすための剣を振るうことができる。
それは今、ここにいる剣聖が驚いているように、人の想像の外にある剣だ。
「君と話ができて良かった。これで、明日のシド子爵との模擬戦に迷いなく臨めそうだ」
「明日、シド様と模擬戦をされるのですか?」
「ああ、師匠の命令で、ヴァンと私が二人でシド子爵一人に挑戦する」
「二対一ですか!?」
俺はそれを聞いて驚いた。
剣聖と冒険者随一の剣士であるヴァン支部長が一人の成人したての駆け出し冒険者に挑む。
事情の知らない者が聞けば、正気を疑う事柄だ。
だが、シド様と対峙した俺には何となく分かってしまう。
それでもシド様が勝つと。
「良い模擬戦になるといいですね」
「ああ、そう願ってる。そうだ、私の質問に答えてくれた礼に、君にも私に質問する褒美を与えよう」
(え!? 褒美? まるで、自分に質問できることが褒美だと言わんばかりの言い様だ。まあ、剣聖に質問できるのは褒美といえば褒美か……さて、何を聞こう……)
俺はしばし悩んだが、剣聖に質問するような気の利いた質問は思いつかなかった。
だから、素直に疑問に思ったことを口にすることにした。
「小型種の陸亀討伐の際に、敵の奇襲部隊は南北に分かれていました。それに対して近衛騎士団も南北に分かれて展開していたようですが、なぜそんなことをしていたんですか?」
俺がそう尋ねると、バナエル卿は怪訝な顔をして、俺に問いかけた。
「は!? そんな質問で良いのか!? もっと剣術に関することで、自分にプラスになるような質問でもいいんだぞ」
「いいえ、そういったことは今は思いつきませんので……」
「……そうか。それならその質問に答えよう。私は常に私の部下たちに競争を課している。本日も部隊を二つに分け、どちらの集団がより早く確実に敵を葬るかを競わせていたんだ」
「へぇぇぇ。そうだったんですか」
「質問した内容を答えてもらえた割には反応が薄いな。私の部下なら泣いて喜んでいただろうに……」
「すみません。もう一つお尋ねして良いですか?」
「ああ、良いぞ」
「さっきの競わせていた集団の褒賞は何なんですか?」
「何だ、またつまらない質問だな」
「すみません……」
「勝利した部下に対する褒賞は私に対する質問権だ」
(やっぱりか……)
「君の軍の指揮の方法は私の方法とは違うようだな。君の指揮には競争の原理が働いていないようだ」
(この人、通信でずっと俺の指揮を聴いてたみたいだな……)
「はい、俺は可能な限り人を競わせるのでなく、互いの長所を伸ばし、短所を補う戦術を心がけています」
「ほほう」
「俺はモグラ狩りで、ある意味、人生の負け組でしたから……」
「なるほど、それで勝ち負けを戦術に取り入れたくなかったと……。だが、即興で都度、戦術を立てるのに、互いの長所を伸ばし、短所を補う戦術なんてすぐに思いつくものなのか?」
確かに、他人からはそう見えるだろう。
「即興じゃ無いんです。今日の作戦は」
「え!? それって、前々からスタンピードに備えて軍の指揮の方法を準備していたってことか?」
「まあ、準備をしていたというよりか、妄想していたというのが正しいと思います」
「妄想?」
「モグラ狩りは待つ狩りですから、妄想する時間は幾らでもあるんです。俺は十年前の厄災戦で逃げ出しましたから。それが悔しくて、何度も何度も厄災戦での軍の動きなどを妄想して、どうすればもっと有利に戦えたかなんて、没頭して考えていたんです」
「そんな過去があったんだな……」
「まあ、今となってはもうモグラ狩りには戻れませんから……」
「そうか。何だか戻れれば戻りたいみたいな言いようだな」
「別にシド様に仕えたくないとか、そんな訳ではないんです。ただ、モグラ狩りの新しい手法が確立したばかりでしたから……」
「新しい手法?」
「 はい、ここ聖樹工房の角笛と吹き矢で、簡単にモグラを狩れるようになりましたから……」
「そうか。つくづくこの工房は規格外な工房だな」
「ええ、そう思います……」
「君の指揮は、シド子爵とこの工房に合ってるかもしれない。頑張るといい」
「はい、ありがとうございます。誠心誠意、お仕えします!」
こうして、俺はしばし剣聖と語り合った。
底辺剣士と剣士の頂点の剣聖。
不思議な縁というには、あまりにも出来すぎた巡り合わせだと俺は思った。
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