【幕間1】 炎法術師は人生で最上の一日を実感した
※今話は聖樹工房の宴での一幕です
「お祖母様、迷惑かけてごめんなさい……」
「まったく、フィーネ。面倒な男に惚れるのは……あの子譲りだよ……」
私は今日一日で、人生の大半を費やしても届かないような経験をした。
オーガやコボルトを討伐し、スタンピード軍を足止めし、陸亀を迎撃し、そして、愛する人を得た。
なぜこんな経験をしたのか、それは私のパーティーが解散してしまったからだ。
私はゲイルさんと出会うまでは女の子の孤児たちからなる冒険者パーティーに所属していた。
しかし、パーティーメンバーがみなC級になった途端、良い人を見つけて離れて行ってしまったのだ。
だが、私に不満は無かった。
なぜなら、孤児は常に家族という最小コミュニティに加わることを欲しているからだ。
私は厄災戦で両親を亡くし、孤児になった。
孤児院は期間限定の生活コミュニティだ。
成人すれば必ず出ていかなければならない。
孤児は家族という社会の基盤となるコミュニティを持たない。
だから、孤児同士で結束し、助け合うことを強いられる。
私はお母さんが家出をして産んだ娘だ。
だから、お祖母様についてはほとんど知らなかった。
でも、ある時、お祖母様は私を訪ねてきた。
どうやって調べたのかは知らなかったが、お祖母様は私を家に引き取ると言った。
でも、その時には既に孤児たちからなるパーティーメンバーが結束していて、私が抜けると他の子たちの生死に関わると思った。
私は他の孤児たちのように割り切った関係で、パーティーメンバーに接することができなかった。
私は孤児たちの中でも、変わり者だったのだ。
だから、私はお祖母様の申し出を断った。
だが、私のパーティーメンバーたちは普通の常識的な孤児だった。
だから、私は他の子たちに置いて行かれた。
急に独り身になった私は途方に暮れた。
新人試験の時の強い三人組を思い出したが、私は既にC級冒険者。
彼らは少なくとも一年間はG級冒険者。
彼らとはパーティーなんて組めるはずがないと思ったから、ギルドで調査のクエストを受け、ゲイルさんと出会った。
でも、この新人三人が私の運命の行き着く先になるなんて思ってもいなかった。
私は再び出会ったお祖母様から逃げるためにゲイルさんと駆け落ちをした。
その駆け落ち先が聖樹工房だったのだ。
私は聖樹工房の保護を受け、このまま気軽にゲイルさんたちとパーティーを組み、楽しい冒険者生活が送れるものと思い込んでいた。
しかし、運命の針は止まることなく動き続け、ゲイルさんに命の危機が訪れた。
ゲイルさんは、聖樹工房の工房長であり子爵でもあるシド・ラディクス様の両親の仇だったのだ。
ゲイルさんは命を差し出そうとした。
私はゲイルさんを失いたくなくて、必死で彼を庇おうとした。
しかし、シド・ラディクス様はゲイルさんを殺さなかった。
むしろゲイルさんの過去の罪を清算させ、新たな『ゲイン』という名を彼に与えてくださった。
シド・ラディクス様は、新人試験で会った時は、不遇職の結界師だけど、すごく知恵の回る不思議な技を使う凄腕新人だという印象しかなかった。
しかし実態は全く違った。
彼は単に腕の立つ新人冒険者ではなく、人の上に立つ者の資質を持った指導者だったのだ。
そして、その私の認識もおそらく表面的なもので、さらに深いところに何か私の理解できない資質を持っているに違いない。
私は非凡な祖母を持つ、平凡な炎法術師だ。
私自身には何も特別な力も資質もない。
これから一体どうやって彼に仕え、役に立てばいいのだろうか。
私はシド・ラディクス様に対する忠誠のあり方を測りかねていた。
「お祖母様、シド・ラディクス様ってどんな人なんだろう……」
「あんた、答えにくいことを聞くね……だが、いいだろう。こんな機会はめったに無い。あんたの人生で今日は間違いなく、最上の一日だよ」
そう言うと、お祖母様は私に語り始めた。
「わたしゃ、人類圏での幾多の内戦、紛争で戦ってきて、多くの猛者を見てきたけど、戦場では出会ったら必ず逃げなきゃならない相手ってのが存在する。そして今日、ここにそういった連中が奇跡的に集まってる」
そう言うと、お祖母様はヴァン支部長の方へ目を向ける。
「その中で一人目はヴァン支部長。彼は間違いなく冒険者ギルド一の猛者だ。もし、敵対する状況になれば、対峙せず逃げるべき相手だ。だが、今ここで最も厄介な相手かというと、そうじゃない。あんたの惚れた男と今、会話している男が見えるかい?」
「はい、見えます」
「あの男の名はバナエル・コーエン。現剣聖さ」
「えっ!? あの方が現剣聖バナエル・コーエン様!?」
「王都で以前見たときと、だいぶ印象が違うけど、間違いなく剣聖さ。あの男も戦場で会えば必ず逃げなきゃならない相手だ。だけど、まだ上がいる」
「剣聖の上がいるんですか!?」
「あそこを見な。幼女に口の周りを拭かれながら、嬉しそうに食事の世話を焼かれている耄碌爺さんがいるだろ?」
「はい、いますが……あのご老人は?」
「あの爺さんは前剣聖のエルンスト・ハイドルさ」
「あのご老人が!?」
「そうさ。真の強者というのは強さを決して表に出さない。だけど、戦場ではそんな存在を感知し、真っ先に逃げなきゃならない」
「それは……至難の業ですね」
「だが、そんな彼らを凌駕する存在がいる」
「まさか!?」
「そう、戦場で出会ってはならない存在、それがシド・ラディクス子爵さ」
「出会えばどうなるんですか!?」
「その時は死を覚悟するか、ただひたすら慈悲を乞うしかない」
「新人試験ではそんな素振りはありませんでしたよ!?」
「素振りがないのが恐ろしいのさ。先ほどシド・ラディクス子爵が私たちに『お呼びじゃない』と言われたのは覚えているかい?」
「はい……」
「あの時、レイモンドの爺さんも私も心臓が掴まれる感覚を覚えたのさ」
「そんなに……」
「それに子爵が剣を持って立ってた時、わたしゃ震えが止まらなかったのさ」
(歴戦のお祖母様にそこまで言わせるとは……)
「だから、あんたの選んだフィアンセは確かに大物だよ。あの底知れない子爵のプレッシャーを前にして、少なくともあの瞬間、逃げずに剣を構えることができたんだからね」
私は今、目の前で剣聖と自然に会話しているゲインさんを見つめる。
「その死線を潜り抜けたから、ああやって、剣聖とも冷静に話し合える。この世の中、強い奴はいくらでもいる。だが、特別な瞬間を通過しなければ至れない、特別な強さってってものがある。彼はその特別な瞬間を生きて通過できたのさ」
底辺のモグラ狩りだったゲインさんが頂点に立つ剣聖と並んでいる光景、それがその特別な瞬間を生きて通過できた者という証明なんだろう。
「だが覚えておきな。どんな脅威も日常になってしまえば感覚が麻痺する。もし戦場で子爵とお前さんら二人が数万の敵に囲まれたとしても、絶対に子爵を裏切ってはいけないよ。裏切れば数万の敵の屍とともに、あんたらの屍も一緒に並ぶことになるだろうさ」
それは私たちが子爵にお仕えすることで、子爵の異常性に慣れてしまい、子爵の実力が推し量れなくなることを危惧しているのだろう。
例えるなら、山に近づきすぎて、その大きさを認識できなくなってしまってはいけないということなのだろう。
「肝に……命じます」
私はお祖母様の言葉に少し冷や汗が出てしまった。
「すまない、脅かしすぎたかねぇ?」
「いえ、そんなことありません。でも、今は子爵を裏切ることができるイメージが沸きません」
「確かにそうだ」
「今は誠心誠意、お仕えする。ただそれだけです……だって、私はゲインさんの妻ですから」
とお祖母様に宣言した。
お祖母様は笑顔を返してくれた。
「ああ、今はそれでいい。それと――」
「それと?」
「早くひ孫の顔を見せておくれ。女児が生まれたらイストワール家を継がせるからね」
「は、励みます……」
「陸亀の肉をたんと食べさせな」
「お祖母様もそう言いますか……」
「経験者だからね」
「ははは……」
私は愛する人の背中を見つめつつ思う。
(確かに今日は、間違いなく私の人生で最上の一日だ。あれほどの存在を相手にして……それでも、私たちは生き残ったのだから)
心の底から実感した。




