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第119話 結界師は世にも奇妙な経験をした

「シド・ラディクス子爵、改めて生涯の忠誠を誓います」


ゲイル改め、ゲインさんがフィーネさんと他の四人の男たちと共に、俺の目の前で跪き、忠誠を誓う。


(はぁぁ、何でこんなことに……)


俺は元々、ゲイルさんを殺すつもりもなければ、今さら十年前の罪をほじくり返して追及をするつもりもなかった。


俺はただ、ゲイルさんの後悔の話を聞きながら、自分が思い出した過去の記憶の中へと浸り込み、そこにあった彼らの情報を単に口にしただけだったのだ。


いや、口にするつもりもなかった。


だが、なぜか口が自然と動いて、気づいた時には既にゲイルさんは剣を俺に差し出していた。


俺は平静を装い、必死にこの状況をどう乗り切るか考えた。


だが、それを考えている内に、状況は悪化した。


ゲイルさんが死をもって償うと言っただけでなく、マナエル領の将軍が自分が身代わりになるなんて言い出すし、法術師の大隊長が自家の誇りを捨てて俺に従属するなんて言い出す始末。


『そんなこと、できるわけないじゃないか!』と心の中でツッコミを入れるが、どう対処すればいいか、混乱してしまう。


だが、俺はそんな状況に逆に腹が立ってきた。


内心、『そんなに簡単に死ぬとか誇りを捨てるとか言うな!!』と思ってしまったのだ。


そのため、マナエルの重鎮二人に『お呼びじゃない』なんて言ってしまった。


言った直後に『しまったぁぁ!』と思ったが後の祭り。


重鎮二人を凹ます結果となってしまった。


俺はとにかくこの状況を切り抜けるために必死で考えた。


そこで思い出したのが、死刑執行後に生き返った囚人の話。


以前、死刑執行された死刑囚が生き返ったという話を聞いたことがあった。


彼は一度、死刑執行されたため、罪の代償を支払ったとみなされ、生き返った後はそのまま自由の身となったそうだ。


それを思い出した俺は『これしかない!』と思った。


俺はゲイルさんに決闘を申し込むことにした。


確かに、俺は彼の態度に怒っていた。


最愛の人がいるというのに、簡単に死を選びすぎる彼に腹が立っていた。


だから、それを決闘の口実にしたのだ。


立会人はヴァン支部長にお願いし、回復はアマンダさんに頼ることにした。


聖樹が必死に彼女を呼んでいるのが、俺には分かっていたからだ。


もちろん、ロキ神父や他の治癒師たちもこの場にはいた。


だが、彼らは戦場から帰還したばかりで、どの程度法力に余裕があるか未知数だった。


あとは可能な限り血を流さず、ゲイルさんの傷がくっつきやすいように切断できるかどうかに気を配りながら、素早く腕を斬り落とすだけだった。


その上で、第三者に死亡が確定したかを判定してもらう。


ちょうどよく、エル爺とバナエルさんが判定してくれたので助かった。


アマンダさんはベストタイミングで来てくれた。


正直、ありがたかった。


しかし、ここで問題が起こった。


ゲイルさんの気持ちの問題だ。


あまりにも綺麗に切って、あまりにも簡単に腕がくっついてしまったため、ゲイルさん自身が罪の代償を払ったと思えなかったのだ。


俺はまた必死で考えた。


そして、ゲイルさんの名前を変えることを思いついた。


これは聖典の中から発想を得た。


救われた者の名前が、新しい名前に変えられたという記事を読んだことがあったからだ。


俺は『古いあなたは死んで、新しい命を得たんですよ』という気持ちを込めて、『ゲイン』という名を送った。


まあ、『ル』と『ン』が変わる程度で、罪の意識から解放されるなら、許してもらえるだろうと思って、気軽に名を付けたのだ。


しかし、それが完全な罠だった。


まさか、貴族ルールで名前をつけることが、『永久の従者となれ』というメッセージだったとは思いもしなかった。


だが、一度つけた名前を『やっぱり無しにしてください』なんて言えるわけもない。


俺は結局、流されるまま貴族ルールに従ってゲインさんを永久の従者にすることになったのだが、そのおまけとして、フィーネさんと他の四人の男たちまでもがもれなく付いてきてしまったのだ。


(ああ、面倒だ。今日はもう色々と疲れてるんだ。勘弁してくれ……)


俺はすべてを投げ出したくなり、


「エルノートさん、ちょっといいですか?」


と、完全な現実逃避の思考で、鍋の給仕をしていたエルノートさんに声をかけた。


エルノートさんが用意してくれた鍋は絶品だった。


とにかく、出汁が効いていて、火加減も抜群。


素材も丁寧にカットされてて、食べやすい。


俺は目の前に跪く六人にも早く立ち上がって、この絶品鍋を食べて欲しいと思ったのだ。


だが、俺は疲れていたこともあって、つい言葉足らずになってしまって、


「エルノートさん、彼らのこと頼めますか?」


と言ってしまった。


言った後で『あれ!? 俺の意図伝わったかな?』と思ったが、次の瞬間、俺は全く意思疎通が取れていなかったことに気づいた。


「かしこまりました、シド様。私、エルノートは第一の従者として、新米従者たちをシド様に仕えるに相応しく、厳しく指導いたします」


(おいぃぃぃぃ! 違うから! そんなこと頼んでないぞぉ!)


「よろしくお願いいたします!」


ゲインさんたちも気合十分な返事をする。


「あのぉ、エルノートさん、ゲインさんに鍋を……」


とにかく鍋を食べてもらいたい。


「了解いたしました! 鍋の給仕の仕事を学ばせるのですね」


「いや、俺は彼らに鍋を……」


エルノートさんは彼らを連れて、鍋の給仕の仕事を教え始めてしまった。


(ああ、どんどん意図しない方向へ事が進んで行く……)


俺が苦悩していると、


「シド・ラディクス子爵、この度は私の浅はかな提案の故にご不快な思いを与えてしまい、申し訳ございませんでした」


レイモンド将軍が深々と頭を下げる。


また、イストワール大隊長も、


「私からも愚かな提案をいたしましたこと、心より謝罪させていただきます」


深々と頭を下げられた。


(ちょ、止めてください! 重鎮二人からこんな重々しい謝罪を受けなきゃならないほど、腹を立てているわけじゃないですからぁ!)


「いえ、謝罪される程のことでは……」


「おお、何と懐の深い!」


「その年でここまでの寛容さをお持ちとは……」


(二人とも、違います! 俺は決してそんな大人物ではないんですってぇぇ!)


「シド君、いやシド・ラディクス子爵、此度の名裁き、真に脱帽だ。マナエルの英雄、ゲイン殿が亡くなるようなことがあれば、論功行賞は大荒れ、このマナエルは大きく混乱するところだった。心から礼を言う」


ジョセフ様も深々と頭を下げる。


その光景をゲインさんを含め、この場にいる全員が息を呑んで見つめている。


(や、止めてください! 目立ってます! 目立ってますから!)


「頭を上げてください。当然のことですので……」


(そんなの当然でしょ! 両親が死ぬ遠因になったとはいえ、直接手を下してない相手を殺せるわけないじゃないですか!)


「よもや、これを当然と言うとは……何て深慮遠謀な!」


ジョセフ様のその発言に重鎮二人も深く頷く。


(いやいやいや、そんな深い考えは無いんですってば!)


「ひょっとして、さっきの名付けの件も、永久の従者になると分かっていながら、私たちの雰囲気を明るくするために、わざと知らないふりをして見せたのか!?」


(そんなことありません!! 全然知らなかったんですってば!!)


「いや、知りませんでした……」


「そ、そうだよな……。私の不注意だ。すまなかった。せっかく、気を遣って雰囲気を明るくしてもらったのに、私がそれをバラしたら、台無しになるな……私もまだまだだ……」


(そうじゃないんですってば!)


「ところで、ゲイン殿のことだが、レイモンド将軍とイストワール大隊長とよくよく協議した結果、ゲイン殿はレイモンド将軍の養子に、フィーネ君はイストワール家の令嬢として公表し、ゲイン・ヴァンディミオンにフィーネ・イストワールが嫁ぐという段取りが決まった」


(わお、すごい! おめでとうございます!)


「これに伴い、レイモンド将軍は子爵位をゲイン殿に譲り、彼はゲイン・ヴァンディミオン子爵となる」


(はい!? あのぉ、俺も子爵なんですが……子爵が子爵に仕えるんですか!?)


「あの……家格が……」


「そうだ! シド・ラディクス子爵。ゲイン殿が子爵になるのに、君が子爵のままでは家格が合わない。だが、安心してほしい。抜かりはない。兄、シルバニア王と通信で協議し、此度の戦功で君に伯爵位が与えられることとなった!」


(はいぃぃぃ!? は、伯爵位ぃぃぃ!? まさかの即日昇格!?)


「伯爵位なんて……」


「いや、すまない。当然、そう思うよな。S級ダンジョンボスを討伐した君の戦功に対して伯爵位程度では十分に報いたことにはならない。それに、君は国宝級の剣を大量に用意した。このことがドワーフ王国に知らされれば、この功績だけで彼らは君に侯爵位を与えるだろう」


ジョセフ様のこの発言に、この場に集った全員が口を開け驚愕の目で俺を見る。


(違います!! 伯爵位に不満があるんじゃないんです! 反対にもらい過ぎなんですってば!)


「心から謝罪する。我々の力不足だ。かつて、エビルス侯爵家の祖先はS級ダンジョンを攻略して侯爵になった。だが、ここで君を侯爵にすれば必ず伝統貴族派はダンジョンを攻略せずダンジョンボスだけを討伐したという理由で反発するだろう。君に伯爵位しか与えられない私たちを許してほしい……」


それを聞いて、この場の空気が、じわじわと怒りの色に染まっていくのを感じた。


(待ってください。別に俺は伝統貴族派に不満なんて無いんですってば! 彼らに敵意を持つのは止めてください!)


「伝統貴族派のこと気にしてません……」


「なっ! そ、そうだよな。君ほどの実力者なら伝統貴族派など気にするほどのことでもないか……。いやはや、君はとんでもないな。あれほどの剣技があれば、いつ伝統貴族派と内戦になっても勝つのは容易だよな……」


(そ、そうじゃないです! 内戦なんて考えてもいません!)


「みな、聞いてくれ。これまで王家は伝統貴族派の台頭を許してきた。それはこのマナエルも例外ではなかった……」


(そういえば、ボンボン隊長も伝統貴族派だったよな……)


「しかし今回、シド・ラディクス子爵の叡智で伝統貴族派の多くをこのマナエルから追い出すことに成功した」


(はいぃぃぃ!? お、俺そんなことしてませんけど!?)


「領軍には伝統貴族派の集う部隊がある。それは剣士隊だ。剣士隊には百名もの伝統貴族派の貴族が集い、領軍の足を引っ張り、またマナエルの領政に干渉してきた」


(ボンボン隊長、やっぱり悪さしてたんだなぁ)


「エビルス侯爵は伝統貴族派の中でも一番の役立たずな剣士百名を選りすぐり、マナエルに送り込んできた。だが、私は領主として彼らを排除できなかった。下手に処分し追い出すと、伝統貴族派に報復の口実を与えることとなるからだ」


(無能な上に、排除すれば難癖をつけられるとか、ジョセフ様も苦労されてるなぁ……)


「しかし、この度の戦いにおいてシド・ラディクス子爵は、なんと、あの無能集団であった伝統貴族派の剣士隊百名に、“輝かしい軍功”を上げさせるという快挙を成し遂げたのだ!」


みな『おぉ~!』と感嘆の声を上げる。


(はて、俺何かボンボン隊長に軍功を立てさせたっけ?)


「伝統貴族派の剣士隊百名はシド・ラディクス子爵の命を受け、渓谷の撤退戦において非戦闘員を守り、無事にマナエルまで帰還させたのだ!」


「今、領主様の言ったことは事実だ。私はその場にいてそれを目の当たりにした」


ヴァン支部長がジョセフ様の発言の証人となり、信憑性を上げる。


(俺、そんな命令したかな……そういえば法力記憶紙にボンボン隊長への命令が記載されてたな……)


俺は亜空間バッグに保管していた法力記憶紙を取り出し、開いた。


「シド・ラディクス子爵、それは法力記憶紙だな。見せてほしい」


ジョセフ様が目ざとく見つけて、法力記憶紙を受け取り、読む。


ジョセフ様の目が見開かれる。


「これで決定打だ! エビルス隊長はシド・ラディクス子爵の命を受け、敵を排除し、非戦闘員と共にマナエルへ帰還するという戦功を上げた。これで、彼らを栄転させ、推薦状とともに彼らを軍務省へ送り返すことができる!」


ジョセフ様は法力記憶紙を掲げ、高らかに宣言した。


「さすがだ、シド・ラディクス子爵。栄転ならエビルス侯爵も何も文句は言えない。奴らを訓練が厳しい儀仗隊にでも推薦してやれば、良い仕返しになる」


バナエルさんが何か情報通のように発言する。


(ボンボン隊長、いなくなるんだ!? 俺の傘下の剣士隊に来たらどうしようかと思ってたけど、助かったぁぁ)


「みな、これで分かっただろう」


ジョセフ様がそう言った途端、みなが大きく頷く。


(え!? 一体何が分かったのぉ!? 俺にはさっぱりなんだけどぉぉ)


「シド・ラディクス子爵いや、シド・ラディクス伯爵がいれば、このマナエルは安泰だ。これからも君たちにはシド・ラディクス伯爵の手足となり働いてほしい!」


その一言を受け、その場に集った全員が歓喜の声を上げ、狂喜が場を満たした。


ゲインさんと四人の男たちは、涙を流しながら『シド・ラディクス伯爵、万歳!』と叫び続けている。


(ぎゃぁぁぁぁ! や、止めてくれぇぇぇ! 俺はそんな英雄じゃないんだよぉぉぉ!!)


俺は戦場から無傷で帰ったのに、帰宅後に最大のダメージを負うという――


本当に世にも奇妙な経験をした。


「今晩は長くなりそうだ……いつ寝れるんだろう?」


そこからしばらく、この狂喜の宴は続き、夜は更けていった。


俺へのダメージをさらに増やしながら。



だが俺は知らなかった。


同じ夜の闇の中で―― “侵入者”が、この街へと足を踏み入れようとしていたことに。



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