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第118話 ギルド支部長は立会人を務める

「……どうぞシド様。俺は、あなたのご両親の仇です」


ゲイルがシド君の目の前に跪き、剣を差し出す。


「なっ!?」


俺はとっさにそれを止めようと足を踏み出すが、


「ヴァン、今はだめだ」


バナエルに肩をつかまれ、止められてしまう。


「離せ、バナエル! 俺は冒険者ギルドの支部長だ! 見過ごせん!」


「ホホホ、今のところシドに殺気はない。ヴァン、今はシドに任せるのじゃ。ホホホ」


師匠まで俺を止める。


大型種討伐の前、シド君はゴブリンエンペラーが両親の仇だったと言っていた。


そして、先ほどゲイルに対しては、十年前、シド君たち親子を置いて逃げた冒険者たちがゲイルだと告げた。


すなわち、厄災戦でシド君の両親は、ゲイルたちが逃げた結果、ゴブリンエンペラー――おそらく当時はゴブリンジェネラルだった個体に殺された、ということだ。


バナエルと師匠が止める理由は分かる。


通常、冒険者同士の殺し合いはギルドの権限で止めることができる。


しかし、こと貴族に対してはギルドは止める権限がない。


それは、貴族の家名と名誉を守ることに関わる問題があるからだ。


貴族は家名と名誉を守るために、仇を自分の手で打つ権利が王国から保証されている。


そして今のシド君は、シド・ラディクス子爵なのだ。


だから、俺は今、シド君を止める権限はないのだ。


「シド君、いやシド様! どうか、ゲイルさんを許してください! 許してくれるなら何でも差し上げます! お金でも私の命でも! だから、だからゲイルさんを殺さないで!」


確か、フィーネという名前の法術師だったと思うが、彼女がゲイルの上に覆いかぶさり、必死で懇願する。


彼女はどうやら、ゲイルと結婚の約束を交わしていたようだ。


「フィーネさん、駄目です。これは俺の問題です。あなたが代わりになれる問題じゃありません」


ゲイルがフィーネに語りかける。


それに対してシド君は沈黙を守り、無表情なままゲイルの前に立っている。


(シド君、どうするつもりなんだ……)


緊迫した雰囲気にその場の全員が固唾をのむ。


しかし次の瞬間、事態は動く。


「シド・ラディクス子爵、その命の代償、この老骨に払わせていただけませんかの」


老騎士が一人、女性法術師を伴って入口から入ってきた。


全員の視線が入ってきた二人に注がれる。


「レ、レイモンド将軍にイストワール大隊長!? どうしてここに!?」


ゲイルが叫ぶ。


レイモンド将軍の視線が一瞬ゲイルに向くが、何も語らず、すぐにシド君の方へと移される。


「シド・ラディクス子爵、突然のご訪問、誠に申し訳ございません。私の名はレイモンド・ヴァンディミオン。王国からは子爵位を賜り、マナエル領軍の将軍を務めております。ご案内いただいたエルノート殿の計らいで、ご許可を得る前に、玄関よりこちらの部屋に通していただきました。無作法、お詫び申し上げます」


レイモンド将軍が深々と頭を下げる。


「私はサラ・ヴァル・イストワール。同じく子爵位を賜り、法術師大隊長を務めております」


そう言って、イストワール大隊長もレイモンド将軍同様、深々と頭を下げた。


「お祖母様、なぜここに!?」


「あんたもあのと同じく、面倒な男に惚れて……本当に手のかかる孫だねぇ」


「お祖母様、助けてください!」


「まあ、最善を尽くすよ」


フィーネの懇願にため息をつきながら答え、イストワール大隊長は再びその鋭い視線をシド君へと向けた。


「はじめまして。私はシド・ラディクス、この度、子爵位を賜った新参者です。この度はどのような御用向きでしょうか?」


シド君も二人に視線を合わせて挨拶する。


「私どもの話を聞いてくださり、誠にありがとうございます。先ほども申しました通り、このゲイルの命の代償、我が命をもって払わせていただきたいのです」


「いけません! レイモンド将軍!」


叫ぶゲイルをレイモンド将軍は片手で制し、それに続いて、ゲイルのパーティーメンバー四人がゲイルを取り押さえ、後ろに下がらせた。


「お見苦しいところをお見せしました。今回の陸亀トータス戦において、我が領軍は多大なる恩恵をゲイル殿から受けました。彼抜きには今日の勝利はありませんでした」


レイモンド将軍の語りかけをシド君は黙って聞いている。


「ゲイル殿は我が領軍の命の恩人です。私は彼を我が子爵家の跡取りに任命し、それと同時に領軍指揮官として後を託したく思っております。そこで、ゲイル殿の過去の罪の清算を、レイモンド家にて支払わせていただきたいのです。老い先短い身で申し訳ございませんが、どうか、わが首一つで許していただけないでしょうか?」


レイモンド将軍がもう一度深く礼をし、口を閉じると同時に、イストワール大隊長が発言を開始する。


「我が孫であるフィーネは、そこの男、ゲイル殿を慕っております。我がイストワール家は女系の貴族。フィーネを後継者とし、ゲイル殿を婿に招きたく思っております。どうか、ゲイル殿の助命をお願いしたく存じます。助命いただければ、我が家は『ヴァル』の名を王に返上し、ラディクス家に従属させていただきます」


「『ヴァル』の名の返上ですか?」


シド君がその意図が分からず、聞き返す。


「『ヴァル』の名は王族に連なる貴族家の証だ」


その声のした方へと視線を移すと、領主様が立っていた。


「シルバニア王国初代国王は、『王族に連なるものは、絶えず戦い続け、王国のために死んでヴァルハラに行くことを厭わない者でなければならない』と述べた。そしてそれが国是となり、王族に連なる貴族の名前には『ヴァル』が加えられるようになった」


説明しつつ、領主様はシド君に近づく。


「『ヴァル』の名を持つ貴族は同じく『ヴァル』の名を持つ王族にしか従属できない。だから、イストワール家は我が公爵家に仕えている。だが……彼女は今、イストワール家の誇りである『ヴァル』の名を返上してでも、ラディクス家に従属しようとしているのだよ」


説明を終え、領主様はゆっくりと歩みを進めると、シド君の前――イストワール大隊長の隣に並び立った。


領主様の説明を聞き、シド君は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに元の無表情へと戻った。


「両家のご意向、そしてその覚悟の重さは承りました。……しかし」


シド君は静かに、だが決して譲らない響きで言い放つ。


「このような物言いをして申し訳ございませんが、本件に関しては、両家ともにお呼びではありません。これは私とゲイルさん、ただ二人の問題です。他家の干渉は一切お控えいただきたく、お願い申し上げます」


シド君ははっきりと、両家の申し出を断った。


それに対してレイモンド将軍とイストワール大隊長は冷や汗を流しつつ下を向いた。


シド君はゲイルに向かって宣言した。


「ゲイルさん、私、シド・ラディクスはあなたに決闘を申し込みます」


その一言に、その場の全員が息を呑む。


「私は本日、両親の仇であるゴブリンエンペラーを討ちました。しかし、私はゴブリンエンペラーに非常に憤りを覚えました」


シド君はそう述べると、四人に取り押さえられているゲイルの前に立った。


「私が憤った理由、それは、ゴブリンエンペラーが戦いを諦め、足掻くことなく、死を受け入れたからです。私はあなたにも憤りを覚える。あなたも簡単に死を選びすぎている。ゲイルさん、私はあなたに命じます。私と真剣勝負の決闘をしなさい」


それを聞いて、四人はゲイルへの拘束を解いた。


ゲイルは静かに立ち上がり、


「それがシド様のご命令なら従います」


と述べた。


二人は剣を取り、外の空き地へと移動した。


空き地は聖樹から発せられる淡い光に照らされていた。


シド君は俺に声をかけた。


「ヴァン支部長、立ち会いをお願いできますか? 勝敗は相手の死亡が確定することで判定してください」


俺は一瞬、師匠を見たが、師匠は静かに微笑んで頷いた。


「分かった。立ち会い人を務めよう」


俺は両者の前に立ち、


「これより、シド・ラディクス子爵とC級冒険者ゲイルの決闘を行う。勝敗はいずれかの死亡が確定することで決せられる」


決闘の宣言を行う。


俺は両者が向き合い、構えるのを待った。


ゲイルは剣を抜き放ち、正眼に構えたが、シド君は左手に鞘に入った剣を持ったまま、自然体で立っていた。


俺はシド君がゴブリンキング三体を同時に薙いだ時のことを思い出し、この自然体が彼の構えなのだと悟った。


「双方、準備はよいか――」


俺は念のため質問したが、両者ともに微動だにしなかった。


俺は深く息を吸い込み、


「決闘、開始!」


と力を込めて宣言した。


――その瞬間、シド君の姿が完全に『消えた』。


俺の目でも、彼の動きは一切捉えられなかった。


俺は弾かれたようにゲイルへ視線を走らせた。


すると、いつの間にかゲイルの背後に、シド君が立っていた。


彼は、鞘に収めたままの剣を左手に持ち、開始前と何一つ変わらない、自然体のまま背を向けて立っていたのだ。


だが、一つだけ決定的に違う点があった。


彼の右手には――肩から切断された、人間の『左腕』が握られていたのだ。


俺は目を見開いた。


ゲイルは何をされたのか分からないでいたが、自分が片手で剣を構えていること、そして、左腕が無いことに気づき、


「あぁぁぁぁ!」


叫んで、切断された左腕の部分を押さえてしゃがみ込んだ。


しかし、すぐに違和感に気付いた。


切断された肩から血が一滴も溢れていなかったのだ。


それは、シド君が持つ片腕も同様で、一切の血が流れていなかった。


俺は大型種の陸亀討伐時のシド君の結界術を思い出し、シド君がゲイルの傷口を瞬時に結界で覆ったのだと理解した。


俺が両者を見つめていると、シド君は俺に向き直り、手に持った腕を見せ、


「これで、ゲイルさんの死亡は確定しました」


と、言い放った。


俺はシド君が一体何を言っているのか分からず、師匠に視線を向けると、


「ホホホ、確かに死亡が確定したのぅ。『戦場』なら致命的な傷じゃ。確実に失血死しておる。ホホホ」


と、師匠は死亡判定を下した。


「確かに死亡確定だね。間違いない」


バナエルもそう判断した。


俺はシド君とゲイルに向き直り、


「勝負あり! 勝者、シド・ラディクス子爵!」


と、決闘の結果を宣言した。


その瞬間、シド君は大きな声で、


「アマンダさん、この腕、ゲイルさんにくっつけてもらえますか?」


と、叫んだ。


すると、空き地に入ってくる人影が見えた。


「やれやれ、聖樹がしきりに呼びかけてくると思って来てみれば、こりゃ何の騒ぎだい?」


そこには、アマンダ氏の姿があった。


アマンダ氏はシド君からゲイルの片腕を受け取ると、


「こりゃまた、きれいな切り口だねぇ。このままくっつけても元通りになりそうなくらいの切り口だ」


と、感想を述べつつ、ゲイルに近づき、腕を肩にくっつけた。


それを見て、シド君は結界を解除し、アマンダ氏は治癒の法術を行使した。


すると、ゲイルの腕が元通りに戻った。


ゲイルはそれを見て、


「こ、これで良いのですか!? 私はまだ生きてます!!」


と、叫んだ。


しかし、シド君は、


「いいえ、ゲイルという人は自分の罪を償い死にました。今、この時からあなたの名は『ゲイン』です」


と、宣言した。


「ゲイン!?」


ゲイルは目を見開いてシド君を見つめ、叫んだ。


その時、領主様が両者の前に出てきて、


「私、ジョセフ・ヴァル・マナエル公爵は、シド・ラディクス子爵がC級冒険者ゲイルに『ゲイン』の名を与え、永久の従者としたことを認める!」


と、宣言した。


するとシド君が慌てて、


「え!? な、何ですか永久の従者って!?」


叫びながら、領主様に詰め寄った。


「なんだ、知らずにやったのか? 貴族が名付けを行うということは、その者とその子孫を永久に貴族家の従者とするという意味だ」


それを聞いた瞬間、シド君の顔からスッと血の気が引いた。


一瞬の沈黙の後、


「ああぁぁぁぁ、やっちゃったぁぁぁぁ!!」


と叫びながら、頭を抱えた。


その姿を見て、その場に集った全員から、どっと笑いがこぼれた。


こうして、ゲイル改め、ゲインはシド・ラディクス子爵の永久の従者となった。


嬉しそうに揺れる聖樹が新しい主従の誕生を祝福しているようだった。



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