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第117話 結界師は既視感の理由を知った

非日常から日常へ帰ってきた――


そのはずだった。


「「「「「申し訳ございませんでした!」」」」」


だが、待っていたのはやはり非日常だった。


「シド様、おかえりなさいませ」


俺が呆気にとられていると、エルノートさんが出迎えの挨拶をした。


「エルノートさん、この土下座している人たちは……」


「はい、この方たちは――」


俺はエルノートさんからこの人たちの事情を説明してもらい、そして、思い出した。


土下座していて顔は見えないが、この人たちは俺がフォートラン商会の裏手で追い払った、シルビアさんのファンクラブ(宗教)の人たちだった。


まさかこんな形で再会することになるとは思ってもいなかった。


あの時のような不潔な格好でなく、高価ではないが、それなりの服装と装備を身につけている。


お金が入って、風呂に入り、服や装備も新調できたようだ。


「頭を上げてください。俺はある程度、あなた方の事情は分かっています。ですから、あの時のことは気にしてませんので……」


俺がそう言うと、五人が頭を上げた。


「ゆ、許していただけるんですか!?」


真ん中の一人が俺に尋ねた。


(あれ? あの目つきが悪くて歯の抜けた人は?)


俺はあの時いた五人のうち、目つきの悪い歯の抜けた男を一番覚えていたので、自分の記憶との齟齬があり、少し黙り込んでしまった。


俺が黙り込んだので、五人の表情は次第に不安に染まってきた。


「あ、あの……」


「ああ、すみません。あの時に見た顔と今のあなた方の顔が一致しなかったので、少し、考え込んでしまいました」


「顔?……ああ、あの時の私の顔は、治癒師に治療してもらう前の顔でしたので……」


(なるほど、治癒師に目と歯の再生治療をしてもらったのか……だけど、この人の顔、なぜか既視感があるんだよな……どこで見たんだ?)


「それと、この聖樹工房の吹き矢と角笛には何度も命を救ってもらいました。本当にありがとうございました!」


そう言うと、五人は再び土下座で頭を下げた。


「ちょ、止めてください! あれは商品として売り出したもので、あなた方は顧客です。頭を下げてもらうのは筋違いです!」


俺は必死に訴えた。


「ですが……私たちはあなたに迷惑をかけたにも関わらず、あなたからむしろ恩恵を受けました」


五人は再度、顔を上げて俺を見る。


(そんな大げさなものではないんだけどな……)


どうもこの五人は俺に対して負い目と恩義があると思っているらしい。


だから、俺も彼らに会った時に得たことを語ろうとして、つい口を滑らしてしまった。


「恩恵とまでは言えませんが、俺はあなた方に会えたので、あの剣を作るきっかけをもらいました」


「剣!?」


(しまった! 剣の話は秘密だった!)


俺は周囲を見回した。


すると、エルノートさんと共に俺たちを出迎えてくれたエミリーさんと目が合った。


俺はエミリーさんに『無属性剣』について話していいか確認するため、俺の腰に下げている聖属性剣を軽く叩いて見せ、目配せした。


エミリーさんは笑顔で頷いて了承してくれた。


さすが、俺と意気投合した、同門のエミリーさんなだけあって、目配せだけで理解してくれた。


(フォートラン商会の出向役員がいてくれて良かったな……)


俺は腰に差していた剣を鞘ごと引き抜いて五人に見せた。


「これに見覚えはありますか?」


「そ、それはフォートラン商会からギルドにリースされている剣ですよね? 俺たちも持ってます」


「そうですか。俺の持っているのは皆さんの持っている無属性剣とは違い、聖属性剣ですが、これらの剣を作ったのは俺です」


「「「「「なっ!!」」」」」


五人は目を見開いて固まってしまった。


(や、やっぱりまずかったかな……)


俺がそう思っていると、五人はいきなり泣き始めてしまった。


その後、男五人が号泣し始めて収拾がつかなくなったため、見かねたエルノートさんが『来客もいらっしゃいますし、これ以上の立ち話は控えましょう』と場を収めてくれた。


俺は取ってきた陸亀トータスの肉をエルノートさんに預けた。


その時、交換するようにエルノートさんに預けていた聖樹の分体を手渡された。


聖樹の分体はゴブリン殲滅戦には付いて行きたがったが、陸亀の大型種討伐には興味を示さなかった。


おそらく、俺たちの実力から自分が同行しなくても良いと思ったのだろう。


「シド、聖樹ちゃん連れてくね!」


エルノートさんから聖樹の瓶が渡されるやいなや、ミオにひったくるように持って行かれてしまった。


「まあ、聖樹が嬉しそうだったから、いいよな」


俺は苦笑交じりにそう呟きながら、来客用のお湯のタライではなく、入り口近くの洗い場へ向かい、足を清めてから客間へと足を踏み入れた。


食事の用意が整うまでの間、俺とミオ、キャサリン、そしてエル爺やバナエルさんたち『大型種討伐組』は客間のソファーに腰を下ろし、出迎え時にゆっくり言葉を交わせなかった面々からの挨拶を受けることになった。


「シドさん、おかえりなさい!」


「ナナちゃん、ただいま。エル爺から聞いたよ。ワイバーンの止めを刺しに行ってくれたって」


「はい! いつもシドさんとミオお姉ちゃんに稽古をつけてもらってるおかげでスムーズに狩れました」


「ホホホ、なかなかの瞬歩じゃったわい。わしの服についた返り血の洗濯もしてくれたんじゃ。助かったわい。ホホホ」


「エル爺、忙しいナナちゃんに手間かけちゃダメだろ」


「師匠、この子もなかなかの強さですね。成人前でこの強さ、逸材ですね」


「バナエル、あまりジロジロ見るな。怖がってるだろ」


「ちょっとぐらい良いだろ。ヴァン」


「ホホホ、ナナよ。こ奴らはわしの弟子のバナエルとヴァンじゃ。ホホホ」


「はじめまして。エルおじいちゃんに剣を習ってますナナです……えっと」


「いい、凄くいいぞこの足運び! まさか、生活の動作の中で自然に身体強化の鍛錬を組み込んでいるのか!? あいたっ!!」


「ホホホ、バナエル、ナナに近づくのも禁止じゃ。ホホホ」


「そんなぁ、師匠ぉ……」


「ナナちゃんただいまぁ」


「おかえりなさい。ミオお姉ちゃん、キャサリンお姉ちゃん」


「留守中のみんなの活躍聞かせてよぉ――」


そう言って、ミオとキャサリンがナナちゃんを連れて行った。


直後、素早く幼女が近寄ってくる。


「シドおにいちゃん、おかえりなさい。キキもかつやくしたのです。えっへん!」


「ただいま。キキちゃんは例の吹き矢で活躍したんだね。どうだった?」


俺はキキちゃんに預けた例の秘匿兵器の使用感を聞いてみた。


「はんどうけいげんが、もうすこしあったほうがいいけど、とてもいいふきやだったの。いっぱい、いっぱい、へっどしょっとできたの」


「そうか。それは良かった」


続けて話を聞く限り、各パーツは設計通り正常に動作して、中型種の陸亀を安定して狩れたようだった。


なぜあの吹き矢は秘匿兵器なのか、それは聖樹の契約者以外の者が聖樹の力を行使できる点にあった。


エルノートさんの本国であるエルフ聖樹国では聖樹の力を振るうのは、ただ契約者のみで、契約していない者が聖樹の力を振るうことは禁忌とされているからだ。


でも、ここはエルフ聖樹国でなくマナエルだ。


使える技術を寝かせておく余裕はない。


だから、今後も秘匿兵器の開発は続けていくつもりだ。


「ホホホ、キキの法力操作もシドの領域に近づいておるのう。ホホホ」


「はいなの。キキのサンダルは、むぞくせいほうりきでつくってるのぉ」


自慢げに足を持ち上げ、無属性法力で形成したサンダルを見せるキキちゃん。


「おい、ヴァン! この子の足を見ろ! 無属性法力でサンダルを作ってるぞ! こんなの見たことないぞ!」


「バナエル、だから女の子の足をそんなにジロジロ見るな!」


「さすがだね。俺の教えた通り安定した出力で法力を流せてる。俺も追い越される日がくるかもしれないな」


「キキは孤児院でもいつも法力のサンダルをはいてますよ」


キキちゃんと話していると、ロキ神父が聖治癒師の方々やザインさん、ジンさんらを連れて近づいてきた。


「ロキ神父、皆さん、撤退軍を守ってくださりありがとうございました」


俺が礼を言うと、無駄に筋肉を強調して「どういたしまして!」と答える聖治癒師たち。


ロキ神父曰く、渓谷からの撤退戦の後、ロキ神父たちは領軍に合流し、小型種、中型種陸亀との戦いに参戦してくださったとのことだ。


俺の指示に従う以上の貢献をしてくださったようで、感謝の念に堪えない。


「ロキ神父、聖樹工房からも十分な献金をさせていただきますので、孤児院の運営費に当ててください」


「ありがとうございます。私たちも教会の聖治癒師としてだけでなく、マナエルの住民として、一丸となって戦えたこと、とても嬉しく思ってます」


「それは良かった。ザインさん、ジンさんもありがとうございました」


「私も久しぶりに魔物狩りに参加できて、嬉しかったです。王都からマナエルに来て良かったと思いました」


「あっしも、魔物狩りでスキル成長できて良かったでやんす」


「二人にも聖樹工房から謝礼を出しますので、受け取ってください」


「冒険者のクエストが受けられていなかったので助かります」


「ありがたく頂くでやんす」


その後に挨拶しに来たのは意外な人物だった。


「おかえりなさい。シド君、いや、シド様と言ったほうが良いのかな?」


「フィーネさん!? どうしてここに? どうぞ、『君』で構いません」


慌ててミオとキャサリンを呼ぼうとしたが、ナナちゃんについて行って、室内にいなかった。


「さっきまで、ミオとキャサリンがいたんですが……」


「いいの、いいの。二人には後で挨拶するから。実は私――」


フィーネさんは、今回の一連の戦いのこと、先ほどの五人のリーダーであるゲイルさんを戦いの中で好きになり、結婚を前提にお付き合いしていること、そして何より貴族家に組み込まれないよう、聖樹工房の助力を得たくてここに来たことを述べた。


聖樹工房にはメイさんが連れてきたようだ。


「分かりました。どこまでお力になれるか分かりませんが、協力させていただきます」


「ありがとうございます!」


このようなやり取りをしていると、先ほどの五人が部屋に入ってきて、側まで来た。


「先ほどはお見苦しいところをお見せし、申し訳ございませんでした。あまりにも私たちが受けた恩恵が大きかったので、涙が止まらなくなりました」


「そうでしたか。無属性剣のリースも商売としてやってますから、これ以上の感謝は必要ありません」


「しかし……」


尚もゲイルさんには何か重い感情があるように感じた。


「少し、長い話をしてもよいでしょうか?」


ゲイルさんは少し重苦しい雰囲気で尋ねた。


「はい、構いません」


俺がそう答えるとゲイルさんは十年前の厄災戦の時の話を始めた。


俺はそれを聞いて、なぜ彼に既視感があったのかを理解した。


俺は黙って、彼の全ての言葉を聞き終えた。


そして、静かに口を開き――


「ゲイルさん、あなたたちだったんですね。十年前、俺たち親子を置いて逃げた冒険者たちは」


思い出した、両親との最期の記憶。


俺はその事実を、彼らに告げた。


その俺の言葉を聞いて、ゲイルさんたち五人の目は大きく見開かれ、血の気が引き真っ青となった。


五人はしばらく何も発せず、立ち尽くしていたが、ゲイルさんは我に返って、決意の表情となり、部屋から退出して行った。


しばらくして部屋に戻ってきたゲイルさんの手には、一本の剣が握られていた。


「……シド様からお預かりしている剣しか今持ち合わせがなく、大変心苦しいのですが……」


彼は俺の目の前に深く跪き、その無属性剣を恭しく差し出した。


「フィーネさん、すまない。君とは結婚できなくなった。……俺の人生は、もうここまでだ」


彼の言葉に、凍りついていた他の四人が我に返る。


「ゲイル、お前何を!!?」


「どうかシド様……! この罪の代償は、俺一人に払わせてください! こいつらの分まで、俺の命で……!」


「ゲイルさん! いやぁぁぁぁっ!」


フィーネさんの悲痛な叫びが部屋に響き渡る。


「……どうぞシド様。俺は、あなたのご両親の仇です」


ゲイルさんは自らの首を差し出し――


静かに、俺の裁きを待った。



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