第116話 モグラ狩りたちは人生の清算をすることとなった
時間は少し遡り、シドたちが聖樹工房に帰ってくる少し前。
「本当にかくまってもらえるんですか?」
俺は再度、メイ教官に確認する。
「ゲイルさんは心配性ですね。大丈夫ですって。聖樹工房はこのマナエルでも公爵様の肝いりで、他の貴族は手が出せないんですよ」
俺はフィーネさんから、駆け落ちしてほしいと言われたのは良いものの、マナエルの重鎮二人の影響を受けないで済む方法など思いつくはずもなく、途方に暮れていた。
そこに助け舟を出してくれたのが、冒険者ギルドのメイ教官だった。
先ほどの中型種の陸亀との戦いでは、フィーネさんとメイ教官が一緒のパーティーになったそうで、その関係で助けてもらえることになったのだが、保護してもらう先が、何と、あの吹き矢と角笛の製造元である聖樹工房だったのだ。
俺たちは今回の戦いで、あの吹き矢と角笛に何度も命を救われた。
これほどの恩がある聖樹工房だが、一方で、一工房に果たして貴族から俺たちを保護する力があるのか、疑問が拭えないのだ。
「メイ教官はずいぶんと自信に満ちたご様子ですが、何か聖樹工房での人材保護の実績でもあるのですか?」
俺が質問すると意外な言葉が帰ってきた。
「ゲイルさんは冒険者ギルドの元副支部長のサイロスという人を知ってますか?」
「え!? は、はい……」
(サイロスと言えば、先日、違法薬物の所持で捕まったあの悪名高い不正幹部じゃないか!)
俺があからさまに顔をしかめると、メイ教官が苦笑した。
「その顔だと、あまり良い印象を持っていないようですね」
「そりゃあ……サイロスと言えば、不良武器の販売を行っていた悪徳商会と深い繋がりがありましたからね。俺たち、正にその不良武器を掴まされた被害者で……武器の転換に失敗して、モグラ狩りにまで身を落としたんですよ……」
俺の言葉に、ハンクたち四人が深く頷く。
すると、なぜかメイ教官が気まずそうに目を逸らした。
「それは……すみませんでした……」
「え!? なぜメイ教官が謝るんですか?」
なぜ彼女が謝るのか理解できず、俺たちは首をかしげた。
「サイロスさんが違法薬物の所持で捕まったのは知ってますか?」
「はい、知ってます」
「実は彼を捕まえたのは私なんです……」
「え!? メイ教官が!? 一体どうやって……」
「それは秘密です!!」
(なんだろう、急に顔が真っ赤になったけど、俺何か悪いこと聞いたかな?)
「ちなみに、その違法薬物を飲まされていた被害者は『私』です」
「はっ!? だ、大丈夫なんですか!?」
「はい! 色々ありましたが、今はもうすっかり大丈夫です!」
(まさかの被害者本人だったとは……だから捕まえることができたのか)
俺が納得しかけた、その時だった。
メイ教官が頬を赤らめながら、とんでもないことを口走った。
「そして、そのサイロスさんは今……私の愛する旦那様です♡」
「「「「「………………はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」」」」」
俺たちは全員、目玉が飛び出るかと思うほどの叫び声を上げた。
「そういえば、メイ教官、旦那様のために陸亀を綺麗に捌いてましたよねぇ」
「はい、サイロスさんのために心を込めて捌きました♡」
(いや、フィーネさん、聞くところそこじゃないですから!!)
「わ、訳がわからないのですが!!? 被害者と加害者が、一体どうやったら結婚なんて結論に至るんですか!!?」
俺がたまらず盛大にツッコミを入れると、メイ教官は何やら達観者のような謎のポーズを取りながら、
「ふっ。人生には私たちの理解を超える事柄なんてそれこそ、吐いて捨てるほどあるものですよ――」
と、何やら教訓めいたことを語り始めた。
(だめだ。これ以上深入りすると泥沼化しそうだ……)
俺は危険を察知し、話を元に戻そうとした。
「わ、分かりました。それで、その旦那さん、サイロスさんと人材保護と何の関係が………そ、そういうことですか!?」
「はい、そういうことです。ちなみに、今、サイロスさんは聖樹工房の会計と製品設計にも携わる正規職員です」
「ど、どういうことだゲイル!?」
ハンクが質問する。
「分からないか? サイロスは犯罪者だ。普通、犯罪を犯すとどこに行くことになる?」
「そりゃ、ブタ箱行きだろうな」
「そうだ。だが、サイロスは今、聖樹工房の正規職員だ」
「……そ、そういうことか!」
「何!? どういうことだよ!?」
チャックがハンクに質問する。
「普通なら犯罪者をかくまって正規職員にして、結婚させるなんてことできない。だが、聖樹工房の工房長にはそれができた。すなわち、それだけの政治力が工房長にあったということだ。それも、マナエル公爵と冒険者ギルド両方に対するな」
「そ、そうか!」
ハンクの説明を聞いてチャックもベンも頷くが、ヨハンは空腹と眠たさで限界のようだ。
(あまり時間をかけてられない。ここは聖樹工房に賭けよう)
「メイ教官、では改めて聖樹工房にご厄介になります。お取次ぎよろしくお願いいたします」
俺が頭を下げると、
「分かりました。任せてください」
と軽い口調でメイ教官は返答した。
―――そういうわけで、俺たちは聖樹工房へとやって来た。
俺たちが聖樹工房に入ると、驚いたことにエルフの男性が対応してくれた。
「はじめまして。私の名前はゲイル。こいつらは私のパーティーメンバーのハンク、チャック、ベン、ヨハンです。そして彼女がフィーネ。そ、その……私のお付き合いしている女性冒険者です。よろしくお願いいたします」
「これは、お会いできて光栄です。私はエルノートと申します。ゲイルさんは先ほどまで陸亀との戦いで指揮をされていた方ですね」
(あれ!? 何でこの人そんなこと知ってるんだ!?)
俺が不思議そうな顔になったのを見て、
「失礼しました。私の能力で千里眼というものがありまして、それで見させていただいたのです。ご無礼お許しください」
「いえ、無礼だなんて思ってません。ちょっと不思議に思っただけですから……」
(ちょっと待てよ! サラッととんでもない能力があるって言ったけど、そんなこと赤の他人に教えていいことなのか!?)
「恐れ入ります。それで、ご要件は何でしょうか?」
俺は動揺を隠しつつ、これまでの経緯をエルノート様に説明した。
「そうでしたか。ご事情は理解いたしました。しかし、私では結論は出しかねます。聖樹工房の工房長、シド・ラディクス様にご許可をいただく必要がございます」
(まあ、そうだろうな。工房長の名前に家名があるってことは貴族か……吹き矢と角笛の件、礼を言っといた方がいいな……)
「エルノート様、この度の戦いでは聖樹工房の吹き矢と角笛に本当に助けられました。心から御礼申し上げます」
俺が頭を下げると、
「それは何よりでした。もうすぐシド様もお帰りになられますので、直接お話しください」
「はい、そうさせていただきます。ところで、シド・ラディクス様とはどのようなお方なのでしょうか? ご無礼を働かないよう、前もって人となりをうかがっておきたく存じます」
「了解いたしました。まず、シド様は婚約者のミオ様と共に第一世代聖樹の契約者となられたお方です」
「第一世代聖樹!?」
俺がそう尋ねると、エルノート様は静かに奥の窓際まで歩かれ、
「どうぞ、こちらからご覧ください」
と、案内してくださった。
俺は急いで窓際まで歩くと、窓の外には枝を揺らす木と竹藪があった。
「あの揺れる木が第一世代聖樹であらせられます。シド様とミオ様はつがい契約という誠に稀有な方法で聖樹と契約されました」
(な、なんということだ!? まさかこんな東の大地に聖樹があるなんて! 聖樹の契約者ってエルフ聖樹国では貴族にあたる人じゃないのか!?)
俺が内心、驚いていると、
「ちょっとすみません、エルノートさん……」
フィーネさんが話しかけてきた。
「さっきから話しておられるシド様とミオ様って、もしかして成人されたばかりの新人冒険者の方ですか?」
「ちょ、ちょっとフィーネさん!?」
フィーネさんがとんでもないことを質問して、思わず大きな声が出てしまった。
(こんな立派な工房の工房長で、さらに聖樹と契約しているような貴族が、新人冒険者なんてしてるわけがないです!)
俺はそう思ったが、フィーネさんのこの質問は適切なものだった。
「はい、シド様もミオ様も先日新人試験を受けられた新人冒険者です」
(はぁぁぁ!!?? ど、どういうことだ!?)
「やっぱり! 私、新人試験の時、そのシド様とミオ様、そしてキャサリン様の付き添いをさせてもらったんです!」
「それはそれは、シド様、ミオ様がお世話になった方が、こんな形で訪ねてこられるとは、何と世間は狭いことでしょう。キャサリン様もこの工房にお住まいですよ」
(なんてっこった! 既にフィーネさんと知り合いだったなんて!)
「あの、差し支えなければ、試験結果がどうなったか教えてもらえますか? 三人とも無事にG級冒険者になれましたか? 結果までは私たちに知らされないので、気になってたんです」
その質問に一瞬、エルノート様は躊躇いを見せられたが、
「ミオ様、キャサリン様はG級冒険者となられましたが、シド様はH級冒険者となられました」
(ああ、それは躊躇いもする……。主の恥にもなる事柄だ。これ以上深入りしないほうが良い――)
「やっぱり、シド様はダメでしたか……」
(ちょ! ちょっとフィーネさん、そんなこと言ったら!!――)
「はい。結界師という職業は人種の間では理解が浅く、正当に評価されなかったようです。……しかし、シド様は決してそのようなことで腐るお方ではありません。むしろそれを逆手に取り、独自の素晴らしい技術でドブさらいのクエストを次々こなし、尋常ではない効率で結界師のスキルを伸ばしておられます」
(はぁぁぁぁ!? 聖樹の契約者の貴族がドブさらいクエスト!? それも、結界師の技術を使って!?………………おい、待てよ……)
俺は非常に恐ろしい可能性に気付き、エルノートさんに詰め寄った。
「し、失礼します! エルノート様、シド様は最近、フォートラン商会とお取引があったりしますでしょうか?」
エルノート様は俺の問いに、
「はい、この聖樹工房はフォートラン商会の出資を受けていますので……」
と、不思議そうな顔をしながら答えた。
俺はその答えを聞いて、全身の血の気が引いてしまった。
「ちょ、ちょっとゲイルさん!? 大丈夫ですか!? 顔、真っ青ですよ!?」
フィーネさんが俺に駆け寄ってきて、心配そうに見つめてくる。
「おい、ゲイル大丈夫か!? 一体どうしたんだ!?」
ハンク、チャック、ベン、ヨハンも駆け寄ってくる。
「……終わった……俺たち、本当に終わった」
「何が!?」
ハンクが怪訝そうな顔つきになる。
「お前たち、覚えているだろ。フォートラン商会の裏手で俺たちがドブさらいのH級冒険者に絡んだのを」
「え!? あ、ああ……俺たち五人とも、何か不思議な技で一方的に撃退されたけどな。……それがどうしたんだ?」
ハンクが怪訝な顔で首を傾げる。
「……その『ドブさらいのH級冒険者』が、ここの工房長なんだよ」
「……は? 何言ってんだ、ゲイル。どういうことだ?」
ハンクの困惑した顔に、さーっと不安な影が差し始める。
「だから! 俺たちはあの日……公爵様肝いりの“この”聖樹工房の工房長であり、第一世代聖樹の契約者でもある“お貴族様”に――喧嘩を売ってしまったってことなんだよ!!」
「「「「…………はぁぁぁぁぁ!!??」」」」
俺の叫びに四人とも一気に青ざめる。
「ああぁぁぁぁ、おしまいだぁぁ」
俺は膝から崩れ落ちた。
「ゲ、ゲイルさん! しっかりしてください!」
フィーネさんが跪いて、肩を掴んで俺を前後に揺らす。
だが、彼女の背後に恐ろしいオーラをまといつつ、笑顔のエルノート様が立った。
「ゲイルさん、詳しくお話をお聞かせ願いますか?」
エルノート様が威圧のこもった低い声で俺に語りかけた。
「……は、はい」
俺はその後、洗いざらいエルノート様に事情を話した。
その結果、
「事情は分かりました。シド様は寛大なお方です。あなたがたが誠心誠意謝るなら、許してくださることでしょう」
エルノート様は俺たちを条件付きで受け入れてくださった。
「はい、誠心誠意謝ります!」
俺は心から宣言した。
その時、エルノート様は裏の空き地の方をご覧になった。
「千里眼で確認しました。もうすぐシド様たちが帰ってこられます」
それを聞いて、俺たち五人に緊張が走った。
「どうやら、ヴァン支部長もご一緒のようです。サイロスさんは同席しないほうが良いでしょう。メイさん、今、あなた方の居室にサイロスさんがいますから、そこからしばらく出ないようにしてください」
(ああ、サイロス元副支部長とヴァン支部長が鉢合わせしない配慮か……)
「分かりました!」
そう言うと、メイ教官は陸亀の肉の包みを抱えて、奥に入って行った。
「さて、他の方々にも声をかけて、工房のみなでシド様たちをお出迎えしましょう」
エルノート様はそう言うと、工房職員の方々に声がけをしに部屋を出て行ってしまった。
「おい、ゲイル。どうやって謝るつもりだ?」
ハンクが尋ねる。
「………土下座しかないだろ」
俺がそう答えると、
「「「「それしかないな」」」」
四人が同意した。
俺たちはその後、シド様が帰られたタイミングで土下座謝罪をすることになったのだが、その時の俺たちはまだ知らなかった。
俺たちが謝罪ではどうにもならないことをシド様にしてしまっていたことに。
俺たちは――
決して償いきれない罪の清算をすることとなった。




