第115話 結界師は『家』に帰ってきた
就任挨拶の後、大量の陸亀肉をその場に居合わせたサイモンさんに預けて、俺たちは城門広場を後にして、聖樹工房に向かった。
本日の食料供給は全てジョセフ様持ちとのことで、肉はサイモンさんを経由してジョセフ様が民に振る舞うらしい。
ということで、俺たちが持ち帰った分も、しっかり換金してもらえることになった。
俺が肉を渡す前までにフォートラン商会は比較的状態の良い小型種の陸亀を商会総出で解体処理したらしく、サイモンさんは俺の顔を見るなり「もう肉は見たくないのだが……」と呟いた。
だが、一旦俺が肉を出すとサイモンさんの目の色が変わった。
しっかり血抜きがされ、鮮度最高な肉を、サイモンさんが精霊眼で確認して、
「こんな最高級肉をただで振る舞うなんて狂気の沙汰だ」
と冷や汗をかいて呟いていた。
サイモンさんは今日一日で一年分売り切ったというくらい、商品を納品しまくったそうで、ヘトヘトになっていた。
そんなところに大量の肉を査定してもらったので申し訳なかった。
と言っても、渡した肉は大型種二匹分ぐらいで、残りはもっと市場が落ち着いて価格が上がった時に売ることにした。
倒れる寸前のフラフラな状態になりながら、
「街を見捨てて逃げ出したクソ商人ども……帰ってきても、そう簡単には商売できないようにしてやる。フフフ……」
と、座った目のまま、口元だけで笑いながら呟いていたのが、怖かった。
俺も肉体的に疲れた上に、先ほど就任挨拶で心にダメージを受けたので、目立たず早く工房に戻って、夕飯食べて寝たいと思っていたのだが、やたらと目立つ人が一緒に歩いていて、衆目を引いてしまっている。
「アハハハハハハハハッ! な、なにあの演説!? 地区長の就任挨拶で、肉……肉を食おうって! アハハハハハハ! も、もう駄目だ。腹がよじれる!」
「おい、バナエル! プッ……笑いすぎだ。シ、シド君に失礼だぞ、ップ……」
「ヴァン支部長、完全に吹き出してますよね。笑いをこらえながら言っても全く説得力ありませんよ」
「す、すまない、シド君……ップ。しかし、こればかりは、ップ……」
思い出し笑いが止まらない大人二人をジト目で睨みつけつつ、俺は不満げに頬を膨らませた。
「ホホホ、シドは就任挨拶も規格外じゃのう。ホホホ」
「エル爺、それ褒めてないよ」
俺はエル爺、ヴァン支部長、バナエルさんを聖樹工房での夕食に誘ったのだが、就任挨拶の件でイジられ、誘ったことを少々後悔していた。
「私はシドの挨拶、良かったと思うけどな。肩肘張らず一緒にお肉食べて、みんな仲良くすれば良いんだよ」
「ミオ、政治はそんな甘くありませんわ」
「キャサリンだって、お肉食べると幸せでしょ」
「そ、それはそうですが、お肉と政治は一緒に語れませんわ」
「みんなそろそろ、お肉の話から離れようか……バナエルさん、目立ってますから笑うの止めてください」
「ハハハハ、ごめんごめん。でも、目立ってるのはシド君もでしょ」
「そ、それは……」
確かに俺も衆目を集めてしまっている。
(はぁぁ、こんなに注目されて、明日からどうすりゃいいんだよ……)
俺が心の中で呟いているうちに、伯父さんの店まで帰ってきた。
出発前もお客がすごかったが、今の状況の方が遥かにすごく、店の前に行列ができていた。
今は夜だから、未成年のナナちゃんらは帰ってしまっているはずだ。
心配して覗いてみると、意外な光景があった。
「ねえ、あの人たちって……」
「ああ、避難民の人たちかな?……」
俺たちが出発前に食事を一緒にした、子連れの奥さんたちが笑顔で店を手伝っていた。
俺たちは伯父さん、伯母さんが多忙で倒れていないのを見て、何だかホッとした。
二階からは子供たちの声が聞こえるので、たぶん、子供たちを二階で遊ばせているのだろう。
「ミオ、この様子なら店は大丈夫だ。今晩は忙しそうだから、今日は工房に泊まって、帰宅の挨拶は明日の朝でいいんじゃないかな?」
「そうだね。お父さんもお母さんも疲れてるだろうしね」
(図らずも地区長に就任してしまったからなぁ。それに、一年後とはいえミオと結婚するんだから、俺も新居を構えて引っ越ししなきゃ、伯父さん、伯母さんに迷惑になる……。それに、ミオと俺が部屋を引き払えば、避難民の誰かを住み込みの従業員として雇えるかもしれない……)
「キャサリン、ジョセフ様に俺の新居について相談できるかな?」
「シド、心配いりませんわ。父も考えなしでシドを地区長に任命したわけではありませんわ。きっと、しかるべき場所に館を建てるよう準備していると思いますわ!」
「館って……、とりあえず俺とミオが寝起きできる部屋がある、小さな家があれば十分なんだけど……」
「いけませんわ! 地区長になったからには自分が住む館、自分と部下たちが執務を行う建物、シドは領軍も預かるのですから、兵舎や訓練場、武器庫なども揃えなければなりませんわ!」
(なんてこった、引っ越し一つで大騒ぎじゃないか!)
「とりあえず、俺とミオの部屋が空いたら、伯父さんが住み込みの従業員を雇えるんじゃないかって思っただけなんだけど……」
(俺の気がかりは、そういう大仰なことじゃないんだよなぁ……)
「じゃあ、私たちも工房の空き部屋に住めばいいじゃん」
ミオがサラッと意見する。
(そうか。簡単なことだ!)
「それもそうだな。地区長になったからって別に新居に住まなきゃならないわけでもないよな。難しく考えてた」
今のところ、男性独身者部屋にはエルノートさん、ダンさん、ビバルさんが住んでいて、サイロスさんはメイさんと結婚して夫婦用の部屋に移ったので、独身者部屋は空いているのだ。
女子部屋もエミリーさん、キャサリンだけだからミオ用の部屋も空いている。
(まあ、工房に住んでれば、館とかはそのうちジョセフ様が何とかしてくれるだろう……)
「じゃあ、明日にでも引っ越ししようか。亜空間バッグがあるからすぐに済むと思う。キャサリン、館の件はまたジョセフ様と相談ってことでいいかな?」
「いいですわ。私もシドと一つ屋根の下で嬉しいですわ」
(まあ、確かに一つ屋根の下ではあるか……)
そう思いつつ、店の裏の空き地に回ったが、昼とは違って誰もいなかった。
(ここに集まってた人たち全員、温かい寝床にありつけていればいいんだけどな……)
そう願いつつ、改めて空き地を眺める。
聖樹の淡い光が周囲を照らし、幻想的な風景に見えた。
聖樹は今もゆらゆら揺れていて、街のみんなの喜びを受け取っている感覚が伝わってきた。
ミオが俺の腕を掴み、俺に語りかけてきた。
「聖樹ちゃんが私たちをつないでくれたから、今日、シドと一緒に戦えたんだよね……」
俺たちの聖樹の指輪が反応して淡く光る。
「そうだな。俺たち一緒に戦ったんだよな……」
「ありがとう。聖樹ちゃん……」
ミオが指輪に向かって語りかけると『嬉しい』という感覚が伝わってきた。
俺たちがそうやって聖樹との繋がりを感じていると、
「オホン! オホン!」
わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
振り返ると、頬を膨らませたキャサリンと、孫を見るような目で見るエル爺、よそを向いて目をそらすヴァン支部長と、反対に目を煌めかすバナエルさんがいた。
「二人とも私たちを忘れて雰囲気を出さないでほしいですわ!」
「ごめんね、キャサリン……」
謝りながら、ミオは真っ赤になってしまった。
「ホホホ、お似合いじゃのう。いい夫婦になるじゃろうて。孫の顔が早く見たいのう。ホホホ」
「いや、俺たちの子はエル爺の孫じゃないから」
思わずツッコミを入れてしまった。
「青春だねぇ。二人の子もきっと強くなるんだろうねぇ。ヴァンもそう思うだろ」
バナエルさんがヴァン支部長に話を振ると、
「俺に振るな。そしてあまりじろじろ見るな。シド君、ミオ君に失礼だろ」
ヴァン支部長は何か恥ずかしがっている感じだ。
「またまた。お前、その年になってもまだ恋愛にコンプレックス抱えてるのか? せっかくお前の連れ合いにと思って、私の姪っ子を焚き付けてマナエル支部に送り出してやったというのに……全く手を出していないようだしな。そろそろ独身を卒業しろよ」
「余計なお世話だ! 口を閉じろ。バナエル!」
ヴァン支部長が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「はいはい。嫌だねぇ、独身をこじらせた中年は……」
(ヴァン支部長って独身だったんだ……。バナエルさんの姪って誰なんだろう……)
「シド、お腹すいたよ。早く工房に入ろう」
ミオがお腹を押さえて言う。
「ああ、俺も腹ペコだ」
「ダンジョンボスのお肉、楽しみですわ」
「ホホホ、飯はまだかいのう。ホホホ」
「師匠、今は良いですが、お昼に会った時にもそれ言ってましたよね……」
「バナエル、師匠もお年なんだから、いちいち指摘するな」
何だかんだと言いつつ、聖樹工房の前まで帰ってきた。
その入り口を見た瞬間、俺は心の底から『家』に帰ってきたと感じた。
俺はそっと目を閉じ、父さんと母さんが俺に笑いかける顔を思い出しながら、心の中で語りかける。
(父さん、母さん。俺、伯父さんや伯母さん、ミオ以外にも……たくさんの、温かい家族ができたよ。俺はここで、新しい家族たちと一緒に、父さんと母さんの分まで絶対に幸せに生きていくよ)
そして、俺は胸に手を当て静かに祈る。
(俺の心の中にいる神様、どうかあなたの先にいる父さん、母さんの心に、俺が感じたこの幸せを届けてください……)
俺は『家』に帰ってきた――
俺の新しい家族と共に新しい生活を開始するために。




