第114話 結界師たちは凱旋する
俺たちは大型種の陸亀とダンジョンボスの解体・回収を終え、馬で南門付近まで帰ってきた。
夕刻を過ぎ、すっかり夜闇に包まれているが、閉ざされた城門の内側からは、明るい光と、人々が盛大に祭りを開いているような喧騒が漏れ聞こえてくる。
学校で乗馬をある程度習っていたが、こんなに長い時間馬に乗っていたことはなかったので、少々お尻が痛い。
帰り際、東門前の様子を横目で見つつ帰ってきた。
地面には大きな穴がいくつも開いていたが、街そのものに被害はなく、全ての戦いが城壁の外で完結していることが遠目にも分かった。
よほど指揮した人物が優秀だったのだろう。
ともあれ、今日は色々な経験をして、慣れない馬にも乗り、少々疲れた。
早々に夕飯を食べ、体を清めてゆっくりと休みたい。
俺はそう思って、並走するキャサリンに語りかけた。
「こんな時間になったけど、門で止められて、街に入るのに時間がかかるなんてことはないよね?」
俺の質問が意外だったのか、それを聞いてキャサリンが思わず吹き出し、笑い始めた。
「ップ、アハハハハハ! シ、シドそれはいくらなんでもありえませんわ!」
「シド君、自覚が無いようだから言うが、君はS級ダンジョンの大型種とダンジョンボスを倒した街の英雄であり立派な貴族だ。そんな人物を門で足止めをしようものなら、次の日にはその門番は職を解かれてしまうぞ」
ヴァン支部長が馬を寄せ、俺に丁寧に説明してくれる。
「そ、そうですか。アハハハ……」
俺としては、単に冒険者として狩りをし、解体を終えて帰宅したという感覚だったので、つい馬鹿な質問をしてしまった。
「シド、そういうところ相変わらず鈍いよね。自己評価が低いというか、無自覚というか……」
俺の後ろに乗っているミオが俺に指摘する。
感情が戻り、前よりは喜怒哀楽もはっきりしてきた。
だが、自己評価の低さだけは身に染み付いているようで、そう簡単には変えられない。
「はいはい、俺は世間知らずの鈍ちんですよ」
ミオの指摘に肩をすくめて、俺はおどけて見せる。
「門で足止めを食らうことはなくても、門の中で足止めを食らうことはあるかもしれないよ。これは予言だけど、夕飯を食べるのは少し遅れるだろうね」
バナエルさんも馬を寄せて、少々不穏な予言をする。
「ホホホ、わしも昔、同じような経験をしたのう。あれはゴールデンドラゴンを仕留めて帰った時じゃったかのう。ホホホ」
エル爺も近づいてきて話しかけてくる。
(ゴールデンドラゴンって生息域すら未解明の伝説のドラゴンだよな!? エル爺どこで出会って戦闘になったんだよ?)
「門の中で足止めって、今日の戦勝の祭りって、よほど混雑しているってことですか?」
そう言いつつ、俺が通用口の馬の停留所に進もうとした時、
「シド、たぶんこっちの扉がもうすぐ開きますわ」
と、キャサリンが大きな門を指さす。
「いや、この人数で大門を開くなんて――」
言うが早いか、その大門が軋みを上げてゆっくり開き始めた。
俺は口を開けたまま、その門を見つめた。
門が開ききった時、割れんばかりの大歓声が起こった。
俺たちの目の前には大群衆による花道があった。
俺はそれを見て呆然となった。
だが、誰かが肩を叩く感覚にハッとさせられる。
「さぁ、行こう!」
ヴァン支部長が馬を寄せ、俺の肩をたたいて後押ししてくる。
「ええ!? 馬に乗ったままですか!? それも俺が先頭!?」
「そうだ。そのまま進んでくれ」
ヴァン支部長に促され、俺は驚愕の表情のまま馬の手綱を操作した。
馬がゆっくり門に入ると、さらに群衆の歓声は明瞭な声として俺の耳に届いた。
(だ、ダメだ。どんな顔をしていいか分からない……)
俺がそう思っていると、
「シド、手を振ってあげて」
後ろのミオが俺に声をかける。
「え!?」
俺は何のことだか分からなかったが、ミオが指差す方には大勢の子供たちが手を振る姿があった。
俺は少々引きつり気味に笑顔で手を振り返した。
すると、子供たちが歓声を上げて飛び跳ねて喜ぶ姿があった。
(な、何で飛び跳ねてるんだ!?)
俺は少々首を傾げながら馬を進める。
少しすると、
「シドォォォ!!」
手を振る近所の人たちが見えた。
みんな笑顔で手を振っている。
俺はいつも気さくに挨拶している近所のおっちゃん、おばちゃんたちが、遠くから歓声を上げて俺の名前を呼んでいるのに違和感を覚えてしまった。
「は、ははは……」
絶対に目が笑えてないと確信しつつ、俺は作り笑いを貼り付けながら、ぎこちない所作で進んで行った。
「正面、父が待っていますわ」
キャサリンが後方から俺に話しかける。
言われた通り正面を見ると、広場の演台があり、ジョセフ様がそこに立っていた。
俺たちは演台まで進んで行ったが、演台の側に役人と思われる人たちがいて、その一人が俺の馬の手綱をつかんで馬を受け取ってくれた。
俺は下馬を促され、ミオと一緒に馬を降りた。
すると、
「シド、上がってください」
馬を降りたキャサリンが、俺だけを演台に登らせようとする。
「えぇ!? お、俺だけ!?」
同じく下馬したみんなを見ると、笑顔で俺に登るよう手で合図してくる。
側にいたミオもいつの間にか離れて、合図を送っている。
「な、何で俺だけ……」
と呟きながら、渋々俺は演台の上に登ると、
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
さっきよりも大きな大歓声が広場を埋め尽くした。
もはや俺は自分がどんな顔をしているのか分からなくなってしまった。
しばらく歓声が続いたが、ジョセフ様が右手を上げると、歓声が小さくなりやがて静かになった。
ジョセフ様は拡声の法術具を手に取ると、俺たちに向きを変え、
「おかえり、シド・ラディクス子爵。そして、エル殿、バナエル殿、ヴァン支部長、ミオ君、キャサリン」
(な、何で俺が筆頭!? そして子爵呼び……)
ジョセフ様の第一声に気後れしていると、
「陸亀の大型種とダンジョンボス討伐の報は斥候隊とバナエル殿の通信で報告を受けていた。ここにいる全ての者たちはその報を聞いて、君たちの帰還を待っていた者たちだ」
(通信!? いつの間に……)
「まずは見てくれ、これが君たちが守った人たちの笑顔だ!」
ジョセフ様がそう言うと、また一斉に大歓声が起こった。
歓声を上げる群衆はみな、笑顔を俺に向けて手を振っている。
俺はジョセフ様の言葉と目の前の人たちの歓声を聞いて、俺のやってきたことがこれだけの人たちを笑顔にしたことをようやく自覚した。
(俺、みんなの役に立ったんだな……)
再びジョセフ様が右手を上げると歓声は小さくなっていった。
「ここに集う者たち、そしてマナエル全住民を代表して礼を言う。ありがとう!」
その一言に全ての人たちが呼応して、「ありがとう」の声と拍手が広場中に溢れた。
しばらく歓声が続いたが、ジョセフ様がそれを制して、話を続けた。
「ここに集う全ての者に朗報がある。ここ、南の貧民街と呼ばれる地域はこれまで地区長がいない地域だった。しかし、これからはこの地域を『聖樹地区』と改名し、地区長をこのシド・ラディクス子爵に務めてもらう!」
(ええ!? き、聞いてないんですけどぉぉ!?)
「子爵は王立高等学院を卒業していないので、領地経営権がない。だから、この地区は子爵の領地というわけではない。しかし、私が必ず後ろ盾となって、この聖樹地区の自由な改革を子爵に行ってもらうことを保証しよう」
公爵のその宣言に、群衆は割れんばかりの歓声を上げ、一斉に拳を天に突き上げる。
「シド・ラディクス地区長、万歳!!」
地鳴りのようなその声に、俺はますます青ざめる。
(こ、この状況では断れない……子爵の任命書もそうだけど、公爵親子はずるいなぁぁ……)
「シド・ラディクス子爵には領軍の剣士隊を直属部隊として率いてもらう。また、これまで奴隷身分であった特殊剣士隊の者たちを全て解放し、子爵指揮下の剣士隊に加え、この聖樹地区に常駐してもらう。この地区は聖樹の聖域と常駐する剣士隊の戦力によって、マナエル一の安全地区となるだろう!」
(ちょ、軍の指揮までするのか!? 無理だよ! だ、誰か指揮を代行してくれないかなぁぁ……)
ジョセフ様のこの一言で、聴衆はますます歓喜の嵐に包まれた。
(か、完全に追い込まれた……)
しばらく歓声が続いたが、それをジョセフ様が制し、
「さて、私からは以上だ。では、この聖樹地区の新地区長に挨拶をしてもらおう」
そう言うと、ジョセフ様が俺に拡声の法術具を手渡してきた。
「え!?」
俺は何の準備もなく、一方的に渡されたバトンに完全に思考が停止してしまった。
俺はミオたちの方に目を向けたが、「頑張れぇ!」という小声とジェスチャーが返ってくるだけで、何の助力も得られなかった。
俺は再び聴衆に目を向けた。
みんな固唾を飲んで、俺を見つめている。
「あ、あの……」
頭の中は真っ白で、何も言葉が浮かんでこない。
(お、俺、今日何してきてこんなことになったんだ? )
俺は必死に今日の出来事を振り返ろうとしたが、余裕がなく頭の中が空転する。
(そうだ、狩りだ。俺は狩りをしてきて、肉を回収してきた……)
「み、みんな……! お、俺は今日、外でデカい陸亀をいっぱい狩ってきた。だから……に、肉がたくさんあるから……みんなで食おう!!」
俺のその一言に、広場中の聴衆が一瞬、水を打ったように静まりかえった。
(や、やっちまったぁぁぁぁ! 何だよ『肉を食おう』ってぇぇぇぇ! 就任挨拶の演説で言うセリフじゃないだろ! 俺の馬鹿ぁぁぁ!!)
滝のような冷や汗が噴き出した、その直後だった。
「うおおおおおおおおっ!! 陸亀の最高級肉だぁぁぁ!!」
「シド・ラディクス地区長、万歳!!」
今日一番の、まるで大地を揺るがすほどの大歓声が、怒涛のように湧き上がり、聖樹地区全体を包み込んだ。
「よくやってくれた!」
ジョセフ様が俺の肩を叩きながら、褒めてくれる。
「は、はは……」
たぶん、俺の顔は今、泣きながら笑っているように思う。
かくして、俺は集った聴衆に大量の陸亀の肉を振る舞った。
その精力のつく陸亀の肉のせいか、この後、聖樹地区で空前の大ベビーブームが巻き起こることになるのだが、それはまた別のお話である。




