第113話 廃嫡王子は魔王国の変革を望む
「お久しぶりです。父上」
私の真の名前はカイネロス。
現魔王ゼウス・ド・ヴォルデガルドの十番目の王子だった。
八年前のマナエル陥落までは。
「カイネロスよ、お前はまだキマリスのことを恨んでおったのだな……」
父上のその一言に、私は奥歯を噛み締め、
「八年間、一瞬たりとも忘れたことはありません!――母の仇を」
キマリス――あいつは私の母を辱め、二度殺した。
私の母は魔王軍の将軍だった。
名前はイザベラ・ナイトメア。
中級妖魔だったが未来視の魔眼持ちで、国内の紛争鎮圧などの実戦を重ねた第一線の将軍だった。
その一方で、父ゼウスは内政系の王太子だったため、代替わりして魔王に就任した際に、魔王軍との強い繋がりを求めた。
そこで、目をつけたのが母イザベラだった。
母は十二番目の妃になったが、父上は魔王軍との強い繋がりと軍の掌握を望んでいたため、母を魔王軍の将軍に留め置いていた。
私はそんな父母の間に十番目の王子として生まれた。
しかし、私が十歳の時、それは起こった。
ダンジョン管理局のキマリスの主導でマナエル侵攻作戦が決行されたのだ。
その結果、作戦は成功し、マナエルは陥落した。
しかし、奴は獲得したマナエルの防衛を放棄した。
その理由は、魔素の薄い環境では強力な魔物を駐屯させられないためだった。
奴はトータスダンジョンの強力な陸亀たちを全て引き上げ、低級の魔物だけをマナエルに残した。
そして、駐留軍の指揮官に私の母イザベラを推薦したのだ。
キマリスは中級妖魔であった母が妃になったことを事あるごとに批判していた。
キマリスは人間たちが反撃に転じることを知っていながら、戦力不足のマナエル駐留軍の指揮官に母を推したのだ。
キマリスの呼びかけにより、大貴族たちは母のマナエル駐留軍指揮官の就任を後押しし、結果、母は選択の余地なく指揮官となった。
キマリスの執務室の資料から、キマリスは母が敗北したところで自軍を投入し、マナエルの再奪還の功績を狙う腹積もりだったようだ。
しかし、人間たちの勢力が予想を上回る規模だったため、キマリスは再奪還を放棄した。
結果は火を見るより明らかだった。
母は孤軍奮闘し、最後まで戦い抜いたが、マナエルは陥落し、母はその戦いで命を落とした。
しかし、そこからがキマリスの許されざる所業だった。
奴は、マナエル陥落の全責任を私の母に押し付けるためだけに、わざわざ母の遺体を持ち帰り、蘇生術を決行したのだ。
そして、無理やり蘇らせた母を御前裁判の席に座らせた。
結果として母は、すべての罪を被せられ……父ゼウスの判決により、公式に『死罪』となったのだ。
一方でキマリスは謹慎処分だけで済んだ。
キマリスは母の『武人』としての誇りある死を辱め――
汚辱にまみれた『罪人』としての死を与えたのだ。
許せるはずがない。
私は母が死罪となったことで王子を廃嫡された。
その後、ハデスフレイム侯爵が密かに手を回し、私を拾ってくれたのだ。
だが、今から思えば、ハデスフレイム侯爵は父上の指示により動いていた可能性がある。
私は名前をカイネロスからネロに変え、母の無念を晴らすために、今日まで母の直属の部下だったマルバスと共に仇討ちの機会を狙っていたのだ。
「カイネロスよ、リリスの件、キマリスの件、全てお前の画策だったのだな……」
父上は私に問いかけた。
「そうです」
私は即答した。
私は官吏試験を突破し、ダンジョン管理局に潜り込んだ。
そして、私は情報収集しながら、母の実家、ナイトメア家の産業である酒造業を利用し、キマリスの気に入る酒を造らせ、酒に弱体化毒を少量ずつ混ぜてキマリスを弱体化させてきたのだ。
「カイネロス、なぜお前の復讐にリリスを巻き込んだ?」
父上は私に再度問いかけた。
「失敗を失敗と認められない者は魔王軍幹部に相応しくありません」
私は率直な気持ちを述べた。
「私はお前の母が優秀ながら中級妖魔であったことから疎まれていたことを憂いていた。だから、私は官吏試験を導入し、多くの中級、下級悪魔たちを魔王軍の幹部候補生として任官させたのだ。リリスはその先駆けであったのに……」
私はその言葉を聞いて、また奥歯を噛み締めた。
「父上、重要なのは悪魔としての格や表面的な能力ではなく、その人物が失敗から学ぶ姿勢があるかどうかです!」
私は断言した。
「リリスは自分の失敗を部下に押し付けました。キマリスは十年前と同じく、マナエル攻略後の駐屯軍の編成について何の策も講じずに侵攻しました」
「それは……」
父上は言葉に詰まる。
「父上、私はマナエルが人間たちの手にあることが、魔王軍、魔王国にとって良いことだと思っています」
「なっ! 何を言っているのだ!?」
父上は驚いた。
「魔王軍は今回手ひどい敗北を経験しました。誰がどう見ても失敗以外の何ものでもありません。しかし、この失敗がこれからの魔王軍を強くする特効薬となるのです」
「失敗から学べということか……」
「はい、魔王軍および魔王国の重鎮たちはみな、失敗を失敗と認めず、他人を責める者ばかりです」
「悪魔とはそういうものだ」
父上は諦めの表情でそう述べる。
「いいえ! そんなことはありません! 私は人間たちを利用してでも、失敗を認めず腐敗した傲慢な重鎮どもを、これからも容赦なく排除していくつもりです」
父上の目が見開かれる。
「それでは、魔王国が立ち行かなくなるぞ!」
「はい、覚悟の上でです。そうしなければ、我々は日々腐り落ちるだけの存在となってしまいます」
父上は顔を覆い、言葉を失った。
「私はこれ以上、母のような有望な者が、愚者たちの犠牲となるのを見たくありません」
「カイネロス……」
深い溜息と共に父上が私の名前を呼ぶ。
「私の考えが間違っていると思うなら、どうぞ今ここで私を殺してください」
父上はカッと目を見開き、私を見つめる。
「そんなことできるはずがない! イザベラの判決を下した私の気持ちをお前は分かって言っているのか!?」
父上は非常に苦しそうな表情を浮かべる。
「分かりません。父上は実行できる地位にありながら、何もなさいません。父上のやり方ではこの魔王国はいずれ滅んでいくでしょう。私はそれを座視するつもりはありません」
父上は再び深いため息を漏らす。
「意志は固いようだな……」
「はい、私は必ずこの魔王国に変革をもたらしてみせます」
私はそう答えると、父上に深く礼をして、立ち上がった。
私が背を向け、重い扉を開けようとしたその時、背後から、父上の弱々しい声が聞こえた。
「イザベラ……」
母の名を呼ぶ父の声に、私は一切、振り返らなかった。
私はもはやカイネロスではなく――
ネロ・ハデスフレイムとして一礼し、薄暗い玉座の間を後にした。
玉座の間を後にし、司法局の個室に入った途端、目の前の影が人の形を取り、マルバスが現れた。
跪くマルバスが、
「あれで良かったのですか?」
と尋ねた。
「もちろんだ」
私は即答し、同時に質問した。
「横穴から救助した前衛軍は、予定通り南北の横穴から侵攻させたのか?」
「はい、予定通り侵攻させましたが、援軍に駆けつけた騎士団により撃退され、全滅しました」
「他の部局の者たちには気取られていないな?」
「はい、横穴を進軍させましたので、キマリスの侵攻計画の一部として処理できました」
マルバスは感情を表すことなく、淡々と報告した。
「そうか、援軍は予想外だったが、全滅はこの未来視の魔眼で見た通りだったな……」
私は母譲りの右目の魔眼をそっと手で覆う。
すると、マルバスが少しだけ懸念を滲ませた声で問いかけてきた。
「よろしいのですか? これではトータスダンジョンのリソースが減りすぎて、遠からず人間どもに攻略されてしまう可能性があります」
「良いんだ。おそらく、次のダンジョン管理局局長はキマリスの息子が就くだろう。父上は他の上級悪魔の手前、連座で罪を問わなかった。だが、次に就くだろう息子もトータスダンジョン陥落という失態を犯せば、連座を考えざるを得なくなる」
「魔王様は慈悲深い方ですから苦渋の決断となるでしょう」
マルバスのその言葉に、
「あれは慈悲ではなく、決断力の欠如なんだよ!」
私は少々語気を荒げて答えてしまった。
「父上は母上の裁判の時も連座を適用せず私を残し、裏で手を回して内政系のハデスフレイム家を動かして私を保護させた。それは母上が魔王軍の将軍として多くの部下たちや同僚たちに信頼されていたからだ。断罪しすぎると反乱を起こされると思ったからに違いない」
「はい、イザベラ様は軍の多くの者たちから信頼されていましたから。今でも私はお慕いしております」
マルバスは母上の部下だった時の擦り切れた階級章を懐から出して見せる。
「父上は甘い。その甘さ故に、私のような者の蠢動を許す。父上にはその甘さの代償を払ってもらう。この私という『甘さの結果』を通して失敗から学んでもらう」
「かしこまりました」
マルバスはそのように答えると、音もなく影へと姿を消した。
「さあ、人間どもよ私の役に立ってくれ。この魔王国が、失敗から学ぶ国に生まれ変わるまで――」
私は執務机に座り、次の計画への準備に取り掛かった。




