第112話 魔王軍幹部たちは裁かれる
魔王国の重鎮たちが居並ぶ玉座の間、様々な彫刻がなされている高い天井に、重々しい豪奢な照明の数々が吊るされている。
しかし本日、その照明の火は抑えられ、室内は薄暗い。
魔王が座す玉座の下に設けられた高座にスポットが当てられると、一人の羊角を持つ高位魔族がその座に座し、ガベルを打ち鳴らす。
「これより、元魔王軍情報局局長リリスと、元魔王軍ダンジョン管理局局長キマリス・ヴォルネウスに対する御前裁判を執り行う」
高座に座し、重々しい口調で宣言を行ったのは、裁判長を務める魔王国宰相のベリアル・ガストーニ。
そして続けて、玉座の間の中央に据えられた被告人席に強烈なスポットが当てられる。
そこに立つ二人は眩しさから目をしかめるが、両手両足の自由は巨大な鉄枷によって完全に封じられているため、光を遮ることもできない。
裁判長が再び重々しく口を開く。
「魔王国において、国民は無能でも裁かれることはない。しかし、魔王国幹部となった者にとって無能は最大の罪だ」
その一言に呼応し、一斉に雄叫びが上がる。
「この両名は数々の罪を犯してきた。しかし、両名が本法廷の被告としてこの場に立つ唯一の罪過は『無能』であることだ!」
裁判長の罪の宣告に、この場に集う重鎮たちの賛同の雄叫びが空間を震わせる。
しばしの後、宰相は右手を上げ、その雄叫びを制する。
「司法局員ネロ・ハデスフレイム、この者たちの罪状を読み上げよ」
「はっ!」
スポットが当たり、ネロが立ち上がると、被告人席の両名はネロを睨みつける。
しかし、魔道具で声帯を封じられ、両名とも一言も声を発することはできない。
ネロは、両被告の罪状を次々と読み上げていく。
ネロが罪状を一つ読み上げる度に、重鎮たちからの怒声が両被告へと容赦なく突き刺さる。
「よろしい。為政者たる者、時として国益のために法を超えた行為が必要となることもある。貴様らの数々の違反行為は、貴様らの“有能さ”故にこれまで見過ごされてきたのだ。だが、魔王国はもはや貴様らの罪を見過ごすことはない。……なぜなら、貴様らは『無能』だからだ!」
「無能には死を! 無能には死を!」
重鎮たちから一斉に沸き起こる死の合唱を、宰相は右手で静かに制した。
「元魔王軍情報局局長リリス、貴様は情報局長であるにも関わらず、オーガ族がコボルト族を利用して戦力の水増しを行っていることに気づかず、魔王軍に敗北をもたらした。貴様は部下の管理を怠り、無駄な予算を投じただけでなく、魔王軍の威信に傷をつけたのだ」
それを聞いてリリスは激しく首を横に振り唸る。
「貴様は自分は騙されただけだと言いたいのだろうが、貴様は情報局局長だ。この『騙された』という事実は貴様の『無能』を証明する証拠であることにまだ気づかないのか!? 貴様は独自の諜報網を持ちながら、部下の動向確認にその力を使わなかった。怠慢以外の何ものでもない!」
宰相の言葉に呼応し、重鎮たちが一斉にリリスを罵る。
リリスは首を横に振りながら、涙を流し始めた。
しかし、宰相の言葉はここからが本番だった。
「しかし、その問題はまだ些末な問題に過ぎない。ここからが貴様の真の罪だ。貴様はあのマナエルにおける特異点の情報を得ることに失敗した。魔王様は何度も貴様に報告を求めたにも関わらず、貴様はその報告を怠った。これを『無能』と言わず何というか!」
空間を震わせるほどの罵声が飛び交う中、宰相はそれを一際大きな声で遮った。
「リリスよ、貴様の罪状はこれにとどまらない。見よ、貴様の罪の結晶を!」
宰相が右手で合図を送ると、空中に映像が映し出された。
そこには次々討ち取られていくゴブリンジェネラルの姿があった。
「この映像は、貴様が大規模な予算と資源を投入したゴブリン集落の様子を記録したものだ。敵の妨害が激しく映像にはゴブリンジェネラルしか映っていないが、ゴブリンキング、ゴブリンエンペラーの反応も全て消えた。これは全て貴様の『無能』さが生み出した結果だ!」
これを見て、リリスは涙を浮かべてモゴモゴと何か訴えようとするが、発言は許されない。
「湖の下を通る脱出通路は人間どもに見つかり、全て塞がれてしまった。脱出できた者は皆無! 文字通りの全滅だ! 貴様は敵の情報収集と奇襲に失敗し、敵の反撃に遭い、いたずらに貴重な兵と資源、そして領地までも失ったのだ!!」
リリスは跪き、泣き崩れる。
「見よ、人間どもの使うあの剣を! 我々の最上の武器をいとも容易に切り裂き、ゴブリンジェネラルの硬い皮膚を貫通し、絶命させる恐ろしい剣を! そして、イビルホークさえ撃ち落としてしまう驚異の吹き矢を! 貴様はこの剣や吹き矢などの重要情報を得損なった! 魔王国にとっての決定的脅威を見逃したのだ!!」
もはやリリスは俯いて動かなくなってしまった。
「マナエルの諜報網は今やズタズタ。もはや、諜報網を空白化させる特異点の情報も、この新しい剣や吹き矢の出どころの情報も得る術を失った。貴様のせいで魔王国は深刻な脅威に晒される結果となったのだ!! 今、本法廷は貴様の『無能』さを徹底的に弾劾する!!」
玉座の間は再び「無能には死を!」という怒号で満たされた。
もはや、リリスは座り込み、うなだれピクリともしなくなった。
怒号は衝撃波を生み出し、天井に吊るされた照明を揺らすほどであった。
ひとしきりリリスに怒号がぶつけられた後、宰相は右手を上げ重鎮たちを黙らせ、次の被告人に声をかけた。
「キマリス・ヴォルネウス、次は貴様の番だ。貴様は魔王国にとって貴重な戦力であり、移動手段であるワイバーンの子供を多数誘拐し、トータスダンジョンに吸収させた。これは重大な法律違反だ。だが、これも貴様が有能であれば許容されただろう。しかし、今のお前には決して許容されることはない!」
キマリスは必死に声を出そうともがくが、声帯を封じられた喉からは言葉にならない唸りだけが漏れる。
その姿を冷酷に見下ろしながら、宰相は言葉を続けた。
「見よ。これが、貴様が計画した愚かな侵攻作戦の末路だ」
宰相が再び右手で合図を送ると、空中に新たな映像が映し出された。
そこには、無敵であるはずのワイバーンが次々と撃ち落とされる様や、スタンピードの前衛が煙の充満する横穴内で無惨に死に絶える様。
さらには、小型種の陸亀が地下からの槍攻撃に貫かれ、中型種が体内から爆破されていく様子が次々と映し出された。
そして極め付けは――最強の大型種やダンジョンボスの陸亀が、なぜか従順に誘導され、生きたまま一斉に血抜き解体されていくという、理解の範疇を超えた『狂気の光景』が全員の目を釘付けにした。
遠目からの映像しかなく、解体を行う人物の詳細までは分からなかったが、人間側に異常な能力を持つ存在がいることだけは鮮烈に印象づけられた。
このあり得ない映像の連続に、怒号を上げていた重鎮たちすら水を打ったように静まり返り、キマリスはもはや呆然と立ち尽くし、ただ震えることしかできなかった。
映像が終わっても、しばらく玉座の間は静寂に包まれ続けた。
そんな中、宰相が静寂を打ち破った。
「キマリス・ヴォルネウス、貴様の浅慮により魔王国は最も強力な戦力を失った。貴様は情報局から情報を盗むだけで、自ら情報収集することなく、いたずらに貴重な戦力を投入し、全滅させてしまったのだ!」
この言葉にキマリスは激しくうめき、頭を被告人席テーブルに激しく打ちつけ、それを割ってしまった。
それを見た玉座に座す者が口を開いた。
「キマリスに弁明させよ」
「はっ! 魔王様、かしこまりました!」
宰相は魔王に一礼し、部下に向かって、
「キマリスの魔導具を解除せよ」
と命じた。
するとキマリスの封じられていた声帯が声を発することができるようになった。
キマリスは額から流れる血を拭うこともできないまま、弁明を行った。
「魔王様! ありがとうございます! 私はそこに立つ司法局のネロに騙され、スタンピード軍の指揮権を奪われたのです! 指揮権の無い軍の敗北の責任を負わされるのは看過できません!」
キマリスがそこまで語ると、宰相は部下に命じて魔導具を再起動させた。
キマリスは再び声帯が封じられた。
宰相はネロに、
「司法局員ネロ、発言を許可する」
と言い、ネロの発言を促した。
「はっ! 確かにキマリスは指揮権を剥奪されましたが、そもそも、彼の進軍計画には大した戦術がありませんでした。それは彼の部下、マルバスの証言によって確認されています。キマリスの部屋から押収された作戦書には単なるスタンピード軍の出撃タイミングと移動方法しか記載されていませんでした!」
ネロの発言にキマリスは再度激しく頭部を割れたテーブルに打ち付けるが、今度は発言の機会は与えられない。
「キマリスは各魔物の進軍速度も管理せず、ただ出撃指示だけを出して進軍させました。その結果、地下では前衛軍が煙に巻かれパニックになり、地上では陸亀が進軍速度の違いから分散進撃することとなり、各個撃破されました」
それを聞いてキマリスは激しく首を横に振る。
「おそらくキマリスは、マルバスの使い魔を通した遠隔指示で進軍する軍隊をコントロールするつもりだったと言いたいのでしょうが、指揮権を剥奪される以前に彼は、既にワイバーンとスタンピード軍の前衛の大半を失っていました」
それを聞くとキマリスは目を大きく見開き、震えだした。
「彼は指揮官として煙に巻かれた前衛軍の被害状況の把握と、速やかな救出指示を出すべきでしたが、それを一切行わず、むしろ、自分の失敗を認めず、マルバスに無謀な攻撃指示を強要しました!」
キマリスは震えながら弱々しく首を横に振った。
その様子を見て宰相は、
「もう十分だろう」
と言い、ネロを着席させた。
「これより判決を言い渡す!」
宰相が一際大きな声で宣言する。
重鎮たちは一斉に「無能には死を!」と連呼し始める。
宰相は右手を上げてそれを制し、玉座へ向き直り、跪き――
「魔王様、ご判決を――」
と述べた。
その時、スポットが立ち上がった魔王を照らし、魔王は口を開いた。
「リリスよ、なぜ我の呼びかけに応えなかった。我はお前を助ける備えをしておったというのに……」
その一言を聞いてリリスは首を持ち上げ、玉座に顔を向ける。
「このような結果になって非常に残念だ。お前には我の改革の先駆けとなってもらいたかった。だが、結果が出てしまってはもはや仕方がない」
リリスは大粒の涙を流す。
「此度の失敗と敗北は重大なものである。量刑は死罪が妥当だが、リリスの諜報網は尚もシルバニア王国内に浸透している。その功績を鑑み、リリスにマナエルへの単独潜入による情報収集を命じる」
その言葉に重鎮たちの間にどよめきが起こる。
「特異点と敵の武器の情報を持ち帰れば、魔王軍への復帰を認めるものとする。潜入に際してゴブリンダンジョンへの転移陣の使用を許可する。本日中にマナエル潜入を実行せよ」
その魔王の判決に重鎮たちは「何と慈悲深い……」と呟いた。
続けて魔王はキマリスに語りかける。
「キマリスよ、此度の敗北、誠に残念だ。十年前の勝利と、八年前の敗北を忘れることができなかったのであろうが、お前は焦りすぎた。新参のリリスの策に乗じて勝利を自分のものとしたかったのだろうが、お前はあまりにも将としての心構えがなさすぎた」
キマリスは深々と頭を下げたまま震えている。
「八年前の敗北において、私はお前の量刑を軽くした。しかし、今となっては後悔している。此度の敗北、誠に重大な罪である。量刑は死罪が妥当であるが、長年の忠義に免じて自裁を許す。お前の家に対する連座も問わない。本日中に身辺を整理し、宰相の立会のもと自裁を実行するように」
キマリスは最後の最後まで頭を上げなかった。
この判決に対しても重鎮たちは「慈悲深い判決だ」と口々に呟いた。
魔王の判決が下ったことで、宰相はガベルを鳴らし、口を開いた。
「これにて御前裁判を閉廷する。被告人らを退廷させよ!」
宰相の言葉を受け、リリスとキマリスは衛兵に両脇を掴まれ、玉座の間を後にした。
続いて宰相が重鎮たちを解散させようとした時、
「ベリアル、司法局員ネロは残すように」
と魔王が告げた。
宰相は一礼し、
「かしこまりました」
と述べ、
「司法局員ネロを残し、全員解散!」
と宣言した。
その宣言を受け重鎮たちは速やかに玉座の間を退席した。
宰相はまた魔王へ向き直り、一礼して自分も静かに退席した。
重い扉が閉ざされ、玉座の間には魔王と二名の護衛、そしてネロだけが残された。
静寂の中、ネロはゆっくりと玉座の前まで進み出ると、恭しく片膝をついた。
魔王が、低く威厳に満ちた声で口を開く。
「久しいな。ネロ……いや、カイネロスよ」
魔王のその一言に、ネロはゆっくり顔を上げた。
「お久しぶりです。父上」
薄暗い玉座の間には魔王と臣下ではなく、静かに見つめ合う親子の顔があった。




