第111話 剣聖は色鮮やかな世界を見る
私は灰色の人生を歩んできた。
私の周りには、弱者ばかり。
ただの弱者であればまだ許せるが、プライドばかり高く、弱者には高圧的に、強者には媚びへつらう、そういったエセ強者が私にすり寄ってくるのが許せなかった。
しかし、我が家は侯爵家、政治的にそのような輩にも礼儀正しく接せねばならない。
私は自分の感情を殺し、無口になった。
私の家は代々王家の近衛を務める家系で、多くの剣士を輩出してきた。
だから、対人戦を前提とした剣士職、炎剣士、風剣士、水剣士、土剣士が喜ばれた。
しかし、政略結婚で嫁入りした母の家系が、教会の聖治癒師の家系であったためか、私は成人して聖剣士となった。
コーエン家で一番有望であった私が、聖剣士となったことに父は落胆した。
なぜなら、聖属性は人に対しては攻撃力を持たなかったからだ。
もし、私が冒険者の家に生まれていれば、魔物特効のある聖剣士はとても喜ばれたことだろう。
しかし、我が家は違った。
幸いなことに、父は落胆しつつも、私を鍛えることを諦めなかった。
今でも当時、私を諦めなかった父に感謝している。
父は剣聖であったエルンスト・ハイドル卿の元へと私を送り出してくれた。
エルンスト師匠は真の強者だった。
属性を持たない単なる剣士だったエルンスト師匠は、独自の法力操作技術を駆使し、本来剣士に備わっている常時身体強化の上限を限界突破する方法を編み出された。
私は師匠の教えに耽溺した。
そして、私と同時期に弟子となったヴァンとも良きライバルであり、また友となり、剣の道を共に突き進んだ。
いつしか、私の周りは色鮮やかな光景が広がり、幸福な時間が過ぎていった。
私は師匠が使う剣技、怠惰剣を参考に私自身の固有技の開発にのめり込んだ。
怠惰剣は無属性法力を剣撃に乗せ、人に撃ち込むことで、対峙する者の身体に誤動作を起こさせる剣聖技だ。
私も無属性法力を用いた技を生み出そうと、必死に取り組んだ。
その結果、聖属性のハンデを無属性法力の操作によって補い、大量の無属性法力を剣に集め、斬撃として対象にぶつけ法力酔いを起こさせる気奪剣を開発することに成功した。
私はこの気奪剣を極めるため、法力容量を極限まで高める、血の滲む努力を続けた。
私が気奪剣を完成させ、固有技として確立したころ、奇妙な噂が広まり始めた。
師であるエルンスト・ハイドルが剣聖を引退し、私にその座を譲るというのだ。
それは、騎士爵から子爵へと異例の出世を遂げた、師匠に対する伝統貴族派からの陰湿な嫌がらせだった。
根も葉もない噂は瞬く間に王都中へと広まり――
結果として、師匠に一つの決断を強いることとなった。
エルンスト師匠は、近衛第一騎士団の団長職と剣聖の称号を国王に返上し、王都を去って自領へと戻られることを決められたのだ。
私は大いに落胆した。
色づいた日々がまた灰色へと変わっていくように感じた。
エルンスト師匠は王都を去る際に、私たちへの試験を行ってくださった。
それは師匠の教えに対する免許皆伝の試験だった。
実力的に多くの弟子たちは可能性が無いと判断され、私とヴァンだけがその試験を受ける権利を得た。
エルンスト師匠は最初ヴァンを指名し、ヴァンが試験を受けた。
ヴァンは師匠が繰り出す怠惰剣を次々とかわし、鋭く肉薄した。
だがその瞬間、師匠は真の剣聖技である百裂剣を放ったのだ。
ヴァンは師匠の放つ神速の百撃を四十撃目までは受け流したが、残る六十撃を浴びて為す術もなく失神してしまった。
そして、次は私の番となった。
師匠は同じく最初の攻撃は怠惰剣を選んだ。
私はその剣をかわし、師匠に迫った。
そして、さきほどのヴァンの時と同じく、師匠は百裂剣を放った。
私は五十撃まではしのいだが、残り五十撃が受けられず、完全に気を失ってしまった。
師匠は前もって精神治癒師のダイゴ様と、聖女のアマンダ様を呼び寄せておられたので、私たちは間もなく目を覚ました。
師匠は私たちの試験の結果を告げた。
私たちは二人とも不合格となった。
しかし、五十撃まで受け切った私を近衛第一騎士団の団長職と剣聖に推薦すると決められた。
師匠は噂に流されずに、最初から試験で優秀だった方を推薦するつもりでおられたのだ。
結果として私は国王陛下から近衛第一騎士団の団長職と剣聖の称号を賜り、父からも侯爵位を譲られた。
ヴァンは冒険者になり、魔物が跋扈する東の大地にある唯一の街、マナエルへと移り住んだ。
私は、世界にただ一人取り残されたような気分だった。
周囲の人間は、近衛第一騎士団の団長職と剣聖の称号を賜り、侯爵位を継いだ私を羨望の眼差しで見たが、私自身は全てを失った気分だった。
私の精神は摩耗し、すべて投げ出したいと思った。
だが、私はどうしても師匠の剣を埋もれさせたくなかった。
ただその願いのために、私は踏みとどまった。
私は王都にいる師匠の弟子たちを集められるだけ集め、王都剣聖流道場を立ち上げた。
我が家が代々有名な剣士を輩出してきた家系であることも後押しし、王都剣聖流道場はあっという間に大きな道場となり、各領の領都に支部を置くまでになった。
師匠の剣を埋もれさせたくないという気持ちは一見果たされたように見えたが、私の心は師匠やヴァンに会う前の灰色の世界に沈んでしまった。
それから年月が経ち、厄災戦、マナエル奪還戦などがあったが、私は近衛第一騎士団の団長として王都から動かなかった。
ヴァンからは厄災戦で生き残ったこと、奪還戦を経て冒険者ギルドのマナエル支部の支部長になったとの手紙が届いた。
正直、ヴァンが羨ましかった。
私は王都にとどまり、変わることのない灰色の日々を送るだけだったが、ヴァンは常に戦いに身を置き、実力で支部長まで駆け上がった。
私はその嫉妬を力に代えて、日々の鍛錬をさらに厳しいものとしていった。
そして運命の日は来た。
先日、国王陛下から受けた命令によって、私の時間は再び色を取り戻した。
陛下は私と近衛第一騎士団をマナエルへと派遣すると決定されたのだ。
そして陛下はさらに衝撃的なことを私に知らせてくださった。
実はエルンスト師匠がマナエルへと赴き、子供たちに剣術を教えておられるという情報だった。
そして、その子供たちの内に非常に優秀な子たちがおり、尋常じゃない実力を持っていると仰られたのだ。
私は興奮が抑えられなくなった。
私は直ちに騎士たちに命じ、出撃の準備を整えさせ、翌日には王都を出発した。
途中、ワイバーンの襲撃に怯え逃げ出したマナエルの住民たちに阻まれ、進軍速度が遅くなったが、無事、最終決戦には間に合うことができたのだ。
そして私は、信じられないような実力を持つ子たちと出会った。
マナエル公爵から通信で聞かされた情報通りの実力者たちで、成人したてで既に私の実力を遥かに上回っているとすぐに分かった。
私は特にシド・ラディクス子爵の強さの秘密をどうしても聞きたくなり、ついつい粘着してしまった。
悪いとは思ったが、仕方なかったのだ。
こんなに興奮し、踊る気持ちが湧き上がったのはいつ以来だろうか?
師匠からは怒られたが、私の心は依然として無邪気な子供のように舞い踊った。
師匠からの提案で、私と同じ聖剣士のミオという子と剣を交わすことになった。
剣を交わし感じたことは、この子は一見天才肌に見えたが、実は元は凡人だったのかもしれないということだった。
この子には、何年間も超絶な実力を持つ人物と対峙し、戦い続けてきたような歴戦の実力を感じた。
法力容量も私を遥かに上回り、底が見えないという印象を受けた。
私は興奮して彼女にも強さの秘密を教えてほしいと迫ったが、また師匠に怒られた。
しかし、一方において残念なこともあった。
兄弟弟子であり友でもあるヴァンが、弱々しくなってしまっていたのだ。
はっきり言って、ヴァンには落胆した。
一体、ヴァンは何をしていたのか。
私はヴァンには声をかけずに帰ってしまおうかとも思った。
しかし後ほど、ヴァンは気持ちを切り替えたようで、以前のヴァンの雰囲気に戻ったと感じた。
ヴァンを復活させたのはシド・ラディクス子爵であるとヴァンは述べた。
まったく大した人物だと思ったが、その後の作戦会議と陸亀討伐において、子爵の実力は私の想像の斜め上をいくものだと実感させられた。
なんと、あの大型種の陸亀五十匹と超巨大種のダンジョンボスをまるでテイムするかのように並べ、一斉に血抜きをし始めてしまったのだ。
陸亀に取り付く際の身のこなし、陸亀の頭部の超硬質な外皮をまるでケーキを切るように削ぎ落とす剣技、ミスリルの紐で陸亀を操作し、一刀のもと首筋を切り裂き、血抜きした血液を結界の管でダンジョンへと流し出す迷いのない動作に思わず見惚れてしまった。
続けて子爵はキャサリン様、ミオ君、私の聖属性持ちたちに陸亀の頭部に聖法力を流し込む仕事を割り振った。
聖法力で陸亀を昏倒させ続け、その間に血抜きと解体を進める段取りだ。
この発想を見て、子爵は本当に規格外の人物だと感じた。
また、子爵が他人に法力を注入できることも分かり、本日何度目か分からないほどの驚きに満たされた。
私も試しに子爵からの法力注入を受けてみたくなり、懇願して注入してもらったが、あれは危なかった。
男であるこの私ですら、危うく子爵に心を奪われかけたほどだ。
正直、あんな注入を何度も受けているキャサリン様を尊敬する。
よくもあんな注入を受けて正気を保っておられるものだ。
法力酔いを起こすことなく、法力を注入されては作業を継続する。
王族に連なる者の底力を見せつけられたように感じた。
エルンスト師匠は我々が作業している間、ダンジョンボスの甲羅の上で横になっておられた。
「ホホホ、年には勝てんのう。ホホホ」
などと、嘯いておられたが、密かに敵が監視に使っていると思われる、小型の魔物に向かって斬撃を放っておられた。
我々、近衛騎士は王族周辺の警備だけでなく、敵対勢力の諜報活動も察知し排除しなければならない。
さすが元近衛騎士団長のエルンスト師匠だと感じた。
私は今、好物を前にした子供のように、どうしようもなく浮かれている。
ああ、楽しみでならない。
エルンスト師匠の命令で、私とヴァンはシド・ラディクス子爵と模擬戦を行うこととなったのだ。
それも、私たち二名対子爵一名の戦いだ。
普通ならありえないが、師匠の予想は外れたことがない。
私たち二人で対峙しなければ、子爵とは実力がありすぎて模擬戦にならないそうだ。
私は戦いに臨み、初めて感じる感情を得た。
それは戦いに対する『恐怖』だ。
剣士として私は対峙する人物に『恐怖』を感じたことなんてない。
私は初めて得たこの『恐怖』の故に心躍った。
一体、どんな技を体験できるのだろうか?
師匠は免許皆伝の試験だと言っていたが、もはやそれよりも、子爵との一戦に対する期待感が勝ってしまっている。
ああ、こんなキラキラと輝く、色に満ちた日々がずっと続かないだろうか?
私はミスリルの紐を握りながら、子供のように浮かれる心を抑えきれずにいた。
「ああ――なんて世界は、これほどまでに色鮮やかなんだろうか!」
私は今、正に生きている実感に満たされている。




