第109話 結界師は狩りを開始する
時間は少し遡り、マナエルで中型種の陸亀との戦いが進む中、シドたちは大型種の到着直前の打ち合わせをしていた。
「――というわけで、エル爺。俺は冒険者としてこの陸亀たちを討伐し、その素材を一切無駄にせず持ち帰りたいんだ」
俺は、今回の狩りにおける『職人としての目的』をエル爺たちに告げた。
「ホホホ、それは分かったが、シドはまだ駆け出し冒険者だったのではないかいのう。こんなデカい魔物を狩って、ギルドは買い取ってくれるのかのう。ホホホ」
エル爺はヴァン支部長を見つつ、そう答えた。
「師匠、今回の討伐は公爵の緊急依頼となりますので、冒険者ランクは関係ありません。緊急依頼でどんな魔物を狩っても、それは狩った冒険者の権利になります。また、たとえ一般市民が魔物を討伐した場合でも、緊急依頼中はギルドが魔物を買い取ります」
「ホホホ、そうか良かったのうシド。ホホホ」
「うっかりしていたよ。確認してくれてありがとう。エル爺」
(さすが年の功だな。いざ素材にしても買い取りできませんでしたなんてことになれば、聖樹工房の倉庫に入りきらない素材は結局ダンジョンに捨てることになる。それじゃあ、意味ないもんな)
「ねえシド、一般市民の討伐した魔物も買い取ってくれるってことは、聖樹工房のみんなが狩った獲物もみんなギルドが買い取ってくれるってことだよねぇ?」
ミオが俺に質問してきた。
(そうだ! そういえばさっき帰った時、ワイバーンやゴブリンジェネラルを討伐したとか、それに、これからあの秘匿兵器で陸亀の討伐に協力することになるんだよな?)
「その通りだ、ミオ。帰ったらみんなで解体して素材をギルドに持って行こう」
俺はミオにそう返答したが、
「シド、販売については少し待ってほしいですわ。需要と供給の関係から今すぐ販売しては、価格が安くなってしまいますわ」
キャサリンから現実的な指摘を受けた。
「その通りだ、シド君。スタンピード戦直後は納品される魔物数が多い。だから買い取り価格も安くなる」
ヴァン支部長も同じ指摘をする。
「じゃあ、どうすれば良いんだ?」
キャサリンに尋ねた。
「シドに渡した亜空間バッグは大容量かつ時間停止機能付きですわ。高く売れるまでは、その亜空間バッグに素材を保管しておけば良いのですわ」
(そうだ、亜空間バッグのことをすっかり忘れていた……)
キャサリンの返答を聞いて、バナエルさんが、
「驚いた。その亜空間バッグは国王から下賜されたものかい!?」
と俺に質問した。
「え!?」
俺は返答に困った。
この亜空間バッグはゴブリン殲滅戦の出陣式の直後にキャサリンから剣のお礼にと渡されたものだ。
国王からの下賜だとは聞いていない。
それに、
(バナエルさんはこの亜空間バッグの何に驚いたんだ? 大容量な方か? 時間停止機能の方か?)
俺はバナエルさんが何に驚いたのか気になった。
このバッグがかなり大容量だということは手を入れてみて分かった。
俺の感覚が正確ならばマナエルの政庁の建物ぐらいは入りそうな感じだ。
俺は亜空間バッグを持つのは初めてだったから、これが当たり前だと思ったが、本当はこの容量は規格外なのかもしれない。
それに時間停止機能が付いているとのこと。
ひょっとすると、この亜空間バッグはシルバニア王国の国宝で、前の持ち主は国王だったのかもしれないと俺は思った。
だが、俺はバナエルさんからの質問にどう答えればいいか分からず、キャサリンを見つめた。
一方、キャサリンは「余計なことを言って!」という感じでバナエルさんを睨んだ。
「え!? あ、ああ、そ、そうだね、よ、余計なことを聞いちゃったね。ごめんね」
明らかに、キャサリンに気圧されて、動揺している様子だ。
「時間がありませんわ。討伐後の素材保存についてはシドの亜空間バッグに入れて保存ということで決着ですわ」
明らかに強引に話をまとめたキャサリンの様子を見て、俺はすべてを察してしまった。
(こりゃ国宝確定だな……)
俺はそう思ったが、時間がないのは確かで、俺は「帰ったらキッチリ説明してもらうよ!」という気持ちを込めて、にこやかな笑顔でキャサリンを見つめた。
その笑顔に気づいたキャサリンは、「計画が台無しですわ!」といった顔で頭を抱えた。
「時間もないので今回の討伐計画を説明するよ」
俺は短時間ではあったが、練った計画を全員に説明した。
すると、
「それは……」
ヴァン支部長は「信じられない」という表情になった。
だが、
「ホホホ、さすがシドじゃな。陸亀も気の毒じゃ。ホホホ」
エル爺は俺の特技をよく知っているので、そう言って俺の計画を承認してくれた。
「ホホホ、本当はこの討伐でヴァンとミオとバナエルの免許皆伝の試験にしようと思っとったが、どうやら難しそうじゃなぁ。ホホホ」
エル爺がそう言うと、
「え!? し、師匠、免許皆伝の試験をしてくださるつもりだったのですか!? 」
と、バナエルさんが驚いてエル爺に問いかけた。
「ホホホ、人生最後の試験と思って臨むとよいわい。さて、ミオはシドとの鍛錬を覗かせてもらえば良いとして、ヴァン、バナエル、お前さんたちはどうするかのう。ホホホ」
エル爺がそのように言うと、
「師匠、でしたら俺の試験はシド君との模擬戦でよろしくお願いします!」
と、ヴァン支部長が申し出た。
「俺はシド君のG級冒険者昇格の条件に、俺自身が実力を見極めるという条件をつけました。ですから元々、シド君とは模擬戦を行うつもりでいたんです!」
ヴァン支部長は迷いが晴れたような顔で自信を持ってエル爺に提案した。
「ホホホ、ようやく自信を取り戻したようじゃのう。しかしヴァンだけでは許可は出せん。実力差があり過ぎて試験にならんじゃろうて。バナエルも加わり、二対一で試合をするのじゃ。ホホホ」
「「ええ!?」」
ヴァン支部長とバナエルさんが二人同時に叫ぶ。
「エル爺、それはちょっと……」
俺も異論を述べるが、
「ホホホ、決定事項じゃ。変更は許さんぞ。ホホホ」
と、エル爺はヴァン支部長とバナエルさんを威圧するように答えた。
二人はその威圧を受けて押し黙ってしまった。
その時、
「シド、そろそろ先頭の陸亀のブレスの射程に入りますわ」
と、キャサリンが探査法術で敵位置を測って教えてくれた。
「じゃあ、皆さん俺の立てた作戦通りに動いてください」
「「「「おお!」」」」
「ホホホ」
(さあ、血の一滴まで無駄なく搾り取ろう!)
俺は、あのゴブリンエンペラー戦で感情を取り戻したせいか、自分の内側からふつふつと湧き上がる、以前には決して無かった『ワクワク感』を自覚していた。
今なら、俺の技術を見たキャサリンやジョセフ様たちが、あんなに興奮していた理由が少し分かる気がする。
自分の技術を全力で生かせる場があるのは、こんなにも楽しいことだったのか。
(行こう!楽しい狩りの始まりだ!)
俺は高揚する心を胸に、狩場へと入って行った。




