第108話 モグラ狩りは駆け落ちした
<討伐状況は順調。間もなく完了する。ああ、眠い……>
「ヨハン、よく頑張ってくれた。終わったら存分に寝てくれ」
<寝る前に何か食わせてくれ。ゲイルのおごりで>
「分かった。おごってやるから、もうひと頑張り頼む」
<分かった>
今回の陸亀討伐作戦においてヨハンの功績は大きい。
横穴に配置された領軍の槍士たちの目となり、常に新しい陸亀の位置を知らせ続けた。
間違いなく、最も重要な役割を果たしたのはヨハンだ。
俺は中型種の討伐には加わらず、常に俯瞰的位置から戦況を見て、指示を出し続けた。
ゴブリン殲滅戦から帰還した冒険者たちが新たに加わり、戦闘よりも戦況の把握と人員の配置の方が重要になったからだ。
元々、パーティー戦に慣れている冒険者なので、討伐役の冒険者たちは四人一組で行動してもらった。
それがうまく機能し、槍士は支援、弓士は挑発、冒険者と特殊剣士隊が討伐を担う流れが出来上がり、戦いは破綻なく進行した。
加えて、大きな役割を果たしたのは、城壁の矢狭間からの狙撃を行った聖樹工房の援軍だろう。
俺はその人物とは会っていないが、公爵からレイモンド将軍を通じて、聖樹工房の狙撃手が援軍として参加すると聞かされた。
その狙撃手のおかげで、討伐役の冒険者と特殊剣士隊には被害が全く出なかった。
それにしても、恐ろしい威力の武器で、次々と光る矢尻が陸亀の頭部を貫き、不足していた発破法術具の穴を埋めてくれた。
最も多くの陸亀を討ったのは間違いなくその狙撃手だ。
「この戦いでは、ほとんど俺の出番は無かったな……」
俺が独り言のようにそう呟くと、
「良い指揮官とはそういうものだ。指揮官の仕事の大半は、戦いが始まる前に終わっているのだよ」
いつの間にか近づいてきたレイモンド将軍が、そう声をかけてくれた。
「もう間もなくだな」
「はい。間もなく討伐が完了します」
「本当によくやってくれた。間違いなく、この戦いに最も貢献したのはゲイル殿だ」
「いえ、俺よりもヨハンや、聖樹工房の狙撃手の方が……」
「確かに彼らの果たした役割は大きい。だが、君がいたからここにいる全員が各々の役割を全うできたのだ。誰一人として欠けることなくな」
「そ、それは……」
俺が返す言葉に詰まっていると、
<ゲイル、討伐完了だ>
ヨハンから連絡が入った。
「了解した。お疲れ様」
と返事をし、ポーチから角笛を取り出し、戦闘終了の合図を吹き鳴らした。
その直後、全軍から怒涛のように歓声が上がり、周囲が歓喜の声で満たされた。
レイモンド将軍は俺の肩をたたき、短く、
「おめでとう! そして、ありがとう!」
と、労いの言葉をくださった。
「ありがとうございます。しかし、敵の奇襲部隊を追った近衛第一騎士団や、大型種とダンジョンボスの討伐はまだ――」
俺がそう言いかけた時、一人の伝令がレイモンド将軍に近づき、敬礼し、
「ご報告します! 斥候の兵士たちから連絡が入りました。敵奇襲部隊の殲滅、および後方の大型種とダンジョンボスの討伐が確認されたとのことです!」
と大声で報告した。
その伝令の声を聞きつけた周囲の冒険者たちが、先ほどにも倍する爆発的な歓声を上げる。
その熱狂は、あっという間に全軍へと波及していった。
レイモンド将軍も俺の肩を何度も叩き、共に喜んでいる。
俺は大声で、
「マナエルの勝利だ!!!」
と勝ち鬨を上げた。
すると、地を震わすような轟と共に、全軍が俺の勝ち鬨に続いた。
しばらく、その轟は続き、その声は次第に城壁の内側に波及し、歓声はマナエルの西へ西へと広がり、最終的にはマナエル全体が俺の勝ち鬨に呼応した。
俺の周りは歓声で満たされていたが、俺の耳には確かに彼女の声が聞こえた。
「ゲイルさん!」
そう、俺の愛するフィーネさんの声だ。
俺はその声の方向に向きを変えた。
その途端、俺の胸にフィーネさんが飛び込んできた。
「ゲイルさん! ゲイルさん! ゲイルさん!」
彼女は強く俺を抱きしめた。
俺も彼女を強く抱きしめ返した。
周囲は歓声に包まれているはずなのに、今はただ彼女の声だけが俺の耳に鮮明に聞こえる。
「フィーネさん、無事で良かっ――」
俺がそう言いかけたその時、背伸びをしたフィーネさんの唇が、俺の言葉を塞いだ。
その瞬間、世界から音が消えたような錯覚に陥った。
俺はその時間が永遠に続けばいいと思ったが、そうはいかなかった。
痛烈な痛みが体中に起こり、俺は現実へと引き戻された。
俺はフィーネさんから唇と手を離した。
俺が周囲を見回すと、ハンク、チャック、ベンが鬼の形相で俺の体中を強くつねっていた。
「おい、ゲイルいい身分だな」
ハンクが俺を責める。
「ゲイル、シルビアさんに対する誓いはどこへ行った!?」
チャックも責める。
「そうだ! 俺たちが厄介なババア相手に苦労してる時にお前は美女とキスかよ!」
ベンがそう毒づいた、まさにその直後だった。
「誰がババアだって!? この鼻垂れ坊主が!」
「ごふっ!?」
ベンの腹に強烈なボディーブローを叩き込みつつ、一人の壮年女性がぬっと現れた。
「あ、あなたは! 法術師大隊の……サラ・ヴァル・イストワール大隊長!?」
俺は慌てて叫んだ。
どうやら、ハンク、チャック、ベンが四人組を組んだ際に入った法術師はイストワール大隊長だったみたいだ。
「あんたが、今作戦の司令官だね。私を囮に使うなんていい度胸だねぇ」
そう言うと、イストワール大隊長は俺を睨みつけた。
(まずい! ご立腹だ!)
「あの……その……」
言い訳をしようとするが、何も思いつかない。
「ハハハハ、あんたのような面白くて度胸のある司令官は初めてだよ。大抵の司令官は私を殲滅役にしか使わない。だが、火炎耐性のある陸亀を炎法術師である私が殲滅できないと見て、囮役にするなんて大胆な発想、領軍のボンクラ司令官どもにはできないことだよ」
「誰がボンクラだと!?」
レイモンド将軍が激昂する。
「いたのかいジジイ」
「いて当然じゃ! ゲイル殿はわしが目をつけた優秀な人材じゃ」
「おうおう、先約済みだとでも言いたげだねぇ。この男はフィーネの彼氏だろう。だったら私にも権利はあるよ」
「な、なんじゃとぉ!? フィーネ嬢と何か関係があるのか!?」
「フィーネは私の孫さ。まあ、フィーネを産んだ娘は家出娘だったけどねぇ」
「ええぇぇぇぇ!?」
俺は驚いて大声で叫んだ。
「家出した娘と駆け落ちした男は厄災戦で戦死してね。それでフィーネは孤児院に預けられたのさ。私がそれを知ったのはフィーネが成人してからでね。フィーネを引き取ろうとしたが、既に孤児院の子たちと冒険者パーティーを組んでた。だから、フィーネは私の申し出を固辞したのさ」
俺がフィーネさんを見ると何か焦っている様子だ。
「えっと……その……」
「それでフィーネ、あんたが大切にしていた孤児院の冒険者仲間はどこにいるんだい?」
「ええ!?」
フィーネさんはますます焦る。
「あ、あの子たちは先日……、一緒にC級冒険者になった時に『いい人を見つけたから』って出て行っちゃって……今は……一人です……」
「ほほう、じゃあ今は断る理由は無いってわけだね」
「え!? でもでも、私、貴族のことなんて何にも習ってないし……それに、そうゲイルさん! 私、ゲイルさんのパーティーに入る! いいでしょゲイルさん!?」
何かフィーネさんが必死だ。
「ほほぅ、その男のパーティーに入ると。じゃあ、その男を我が家の婿にすれば自動的にあんたがついてくるわけだね」
「ええ!?」
今度は俺が焦って大声が出る。
「待て! ゲイル殿はわしの家の養子に迎えると決めておる! 勝手に取るでない!」
レイモンド将軍も勝手に俺の養子縁組を決定事項としてしまう。
「あの、俺はまだ養子になるとは……」
「ジジイ、ゲイル殿はこう言ってるよ」
「ぐぬぬ……」
その時、フィーネさんが俺の手を強く握りしめる。
「ゲイルさん! 私と駆け落ちしてください!!」
そう言うと、フィーネさんは俺の手を引いて駆け出した。
「待て! ゲイル! 俺たちのパーティーはどうなるんだよ!?」
ハンクが叫ぶ。
俺はもう何が何だか分からなくなり、
「お前たちも俺と一緒に駆け落ちしろ!!」
と、訳のわからないことを叫んでしまった。
「何だよそれ!? 野郎四人を引き連れて駆け落ちとか、訳わかんないぞ!?」
「いいから走れ!」
「待ってくれゲイル殿!」
「あんたら待ちな!」
俺たちは脱兎のごとく、戦場から逃げるようにマナエルへと走り出した。
その後、作戦中にフィーネさんが親しくなったというメイ教官を頼り、俺たちは聖樹工房にかくまってもらったのだが、そこで俺はある貴族と運命の出会いをした。
結局、俺はレイモンド将軍の養子となり、フィーネさんはイストワール家の令嬢として迎えられ……結婚を通して、がっつりとマナエルの政治に巻き込まれるのだが――
それはまた、別のお話である。




