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第106話 ギルド支部長は新しい一歩を刻む

「改めて挨拶するよ。私の名はバナエル。ヴァンとはほぼ同期の兄弟弟子だ。よろしく頼む」


「はじめまして。私はシド、彼女は従姉妹のミオと申します。先月、学校を卒業するまでエル爺の弟子として学校で指導を受けていました」


「マナエル公爵から通信で聞いたよ。シド・ラディクス子爵は成人したてで数々の功績を積み重ねて陞爵されたって」


「いえ、まだ色々修行中の身で、至らない点ばかりですから……」


「謙遜だなぁ。見れば分かるよ、子爵の強さ。師匠より子爵と戦う方が困難で楽しそうだって……」


「た、楽しい?……」


今、俺の目の前で、軽い口調でラディクス子爵と会話しているのはバナエル・コーエン。


その軽薄さとは裏腹に、強さに対しては貪欲な現剣聖である。


奴の言う通り、奴と俺はほぼ同時期にエルンスト・ハイドル師匠に弟子入りした。


奴は周りの門下生たちからは寡黙な剣士と思われていた。


しかし、俺は奴と共に切磋琢磨し修行する中で、奴の性格を知った。


奴は、とにかく自分より強い者に惹かれ、弱い者には関心がない。


寡黙なのは、寡黙な性格なのではなく、興味がなく無関心なだけなのだ。


一方、師匠のような絶対強者には非常に馴れ馴れしく、貪欲に相手の強さを吸収しようとする。


強者に対して鼻の利く奴が、ラディクス子爵にかぶりつく勢いで話しかけている様子からも子爵の強さはよく分かる。


奴はその子爵の強さを必死に自分のものにしようとしている。


そんな非常に強烈な個性を持った人物、それが現剣聖、バナエル・コーエンという男だ。


もっとも、奴くらいの強烈な個性でないと、中央の伝統貴族派の連中相手には、やっていけないのかもしれない。


師匠からはラディクス子爵の前では、バナエルのことは剣聖と呼ばないよう釘を刺されている。


どうやら、師匠は子爵たちを中央の魑魅魍魎たちのしがらみに関わらせたくないようだ。


「ねえねえ、どうしたらその若さでそんな馬鹿げた強さを得られるの? 普段どんな修行をしてるの?」


「えっと……」


ラディクス子爵が奴の勢いにタジタジになってると、


「あいた!」


師匠が仕込み杖の柄で奴の頭を殴った。


「ホホホ、相変わらずじゃのう、バナエル。じゃが、シドへの詮索は禁止じゃ。ホホホ」


「そんな、師匠! どうか、どうか教えてくださいよ!」


今度は師匠に絡みついていく。


俺も久しぶりに奴と会ったのだが、奴は俺に挨拶をする様子もない。


「ホホホ、そのかわりほれ、そこにおるミオと軽く模擬戦をして体を温めておくがいい。ミオの職業はお主と同じ聖剣士じゃ。聖剣士の先輩として指導してやるとよい。ホホホ」


「へぇぇ、君もなかなか強そうだ。いいよ、陸亀トータスが来るまでのウオーミングアップに一戦しよう」


「よ、よろしくお願いします」


どうやら、ミオ君も奴の興味の範疇に入ったようだ。


奴とミオ君が少し開けた所へ歩いて行った。



俺たちは現在、大型種の陸亀の進路上にある岩場で待機している。


領主様から討伐の依頼を受けた俺たちは、南門から馬で出発してバナエルと合流。


中型種を迂回する南回りのルートを取り、この場所で網を張ることにしたのだ。


なぜこの岩場を選んだかと言えば、足元にイビルモールの横穴がなく、戦闘中に崩落するリスクが低いからだ。


さらに、この岩場にはすり鉢状の窪みがあり、その底にはE級のアンデッドダンジョンが存在している。


メイ教官からは、最近、ミオ君、キャサリン様がこのダンジョンを利用していると報告を受けている。


実はこの立地、スタンピード戦の『後処理』にはうってつけの場所なのだ。


スタンピード戦は英雄物語のような綺麗な終わり方をしない。


スタンピード戦に勝利するということは、必ず魔物の死体の後処理をしなければならないことを意味する。


通常の討伐とは違い、スタンピード戦の死体は需要とは関係なく、大量に供給される。


だから、素材とならなかった魔物の死体は、腐って魔素汚染源とならないうちに廃棄処理しなくてはならない。


問題はこの死体をどう安全に処理するかだ。


通常、ゴブリンなどの弱い魔物の含有魔素量はわずかなため、燃やして骨だけにすればいいが、強い魔物を燃やすと大量の魔素が放出され、健康被害をもたらす。


だから、安易に燃やすという選択は取れないのだ。


そこで、活用されるのがダンジョンだ。


ダンジョンは魔物の死体を吸収し、栄養源とする。


これを利用し、スタンピードの魔物の死体をダンジョンに投げ込み、処分するのだ。


今回のゴブリン殲滅戦で出た大量のゴブリンジェネラルの死体もいずれ、剥ぎ取りの後、森の入り口にあるゴブリンダンジョンで処理する必要がある。


また、東の草原にて討伐した陸亀の死体もいずれかのダンジョンに運ばなければならない。


スタンピード戦の戦いだけが我々の仕事ではない。


むしろ、戦後の生活の復興こそスタンピード戦における最重要課題なのだ。


俺はこのような日常の維持こそ、冒険者ギルドの第一の仕事だと思ってやってきた。


だが、今回のことで俺のその考えは揺らいでしまった。


日常の維持だけでは、脅威の成長は止められないことを知ったのだ。


キャサリン様のように魔王討伐を目指す考えの方が、ひょっとすると正しいのではないかと思ってしまったのだ。


(こんな時に相談できるパーティーメンバーがいればいいのだが……)


「ヴァン支部長、バナエルさんっていつもあんな感じなんですか?」


俺が考え込んでいると、ラディクス子爵が話しかけてきた。


「そうですね。奴は昔からあんな感じです。強者を見かけると見境なく馴れ馴れしく話しかける性格なんです。子爵はその意味で奴の興味の塊なんですよ」


「そうなんですか。ところでお願いがあるんですが、俺を子爵としてでなく、一冒険者として扱っていただけませんか? 名前も『子爵』とか『様』とか付けないでいただければ嬉しいんですが……」


子爵は困ったような顔を俺に向ける。


「良いんですか?」


「良いも何も、俺は元々平民で、貴族としての振る舞いなんて教育を受けていませんから……」


(俺も平民出身で貴族としての振る舞いは知らない。俺は国から一応、男爵位を受け、家名ももらったが、普段は家名を名乗っていない。それは、貴族として接せられると困るからだ)


「そうか、シド君も俺と同じなんだな」


「同じ?」


「俺も一応、男爵位を持っている。だが、貴族としての振る舞いが分からないので、普段は家名を名乗らず、平民のように振る舞っている」


「そうだったんですか……」


「シド君は今回のゴブリン殲滅戦の敗因はどこにあったと思う?」


その時俺は、歳下だがシド君という存在が俺と同じ境遇にある仲間のように感じて、普段、部下たちには話さないようなことを話してしまった。


「敗因ですか?」


俺は今回のゴブリン殲滅戦で犯した俺の失敗をシド君に打ち明けた。


また、キャサリン様からお叱りを受けたことなども含め、自分の甘さの数々を彼に聞いてもらった。


「すまない、こんなこと君に言っても迷惑なだけだったな……」


俺は語った後に後悔してしまった。


だが、シド君の反応は異なった。


「俺はヴァン支部長の考え方、好感が持てますよ」


俺は顔を上げ、シド君を見た。


「俺は新人試験前のギルド説明会でヴァン支部長がキャサリンに返答した言葉に好感を持ったんです」


(確か、あの時の俺の答えは……)


「ヴァン支部長はキャサリンに魔王討伐を目指さないのかと聞かれ、冒険者ギルドは魔王討伐を目指さないと明言されたんです。その上で、魔王を討伐しては『魔』に属する者たちが無秩序化してしまい、殲滅以外の選択肢がなくなるが、現状どの国もそれだけの戦力を持ち合わせてないと言われました」


(確かに俺はそう答えた……)


「俺はその時、さすが冒険者ギルドは人類の生存圏の最先鋒を長年担ってきた組織だと思ったんです」


(そうだ、それが冒険者ギルドの現在の総意だ……)


「英雄は大きな目標に向かって、人々を高揚させ、戦力を集中させ大きな戦果を挙げようとしますが、俺は重要なのは戦果を挙げた後の後処理の方だと思うんです」


(それはスタンピードの際にも言える、現実的な問題だ……)


「自分で後始末ができない戦果を求めることは無責任だと俺は思うんです」


シド君はここまで言って少し目を伏せる。


「俺、今回の戦いで少し後悔してるんです。自分で後始末できない戦果を上げてしまったんじゃないかって。俺、あまり深く考えずにゴブリンジェネラルたちを谷底に落としてしまいました。おそらく、奴らの死体は谷川の流れで、いずれは大渓谷グランドリフトに落ちていくと思います」


(そういえば俺も深く考えていなかった。谷底から大渓谷グランドリフトに魔物の死体が大量に流れ込む影響なんて……)


大渓谷グランドリフトに落ちた魔物の死骸ってどうなるんでしょうか? 俺はその影響を考えずに大量に落としてしまいました」


シド君はさらに、表情を曇らせた。


「それに俺、自分の感情の赴くまま、怒りと殺意を込めてゴブリンエンペラーを殺したんです。奴は俺の両親の仇だったんです」


「シド君のご両親は冒険者だったのか?」


俺がそう聞くと、


「はい、厄災戦の撤退戦で亡くなりました……俺の目の前で」


俺はそれを聞いて、なぜあの時、シド君の背中が悲しみに満ちていたのかを理解した。


「誰でも両親を目の前で殺されれば、その仇を取りたいと考えるのは普通のことだ」


「はい、俺もそう思います。ですから、奴を殺したことについては後悔していません。ただ、俺は奴が文字通りの粉微塵になるような技を使ったんです。これは冒険者の戦い方じゃないって思ったんです」


(そうか、俺が目を離した隙にゴブリンエンペラーが消えていたのはそのせいだったか……)


「シド君、君の今回の戦いは為政者としての戦いだったんじゃないかな?」


「為政者?」


「為政者は何があっても民を守らなければならない」


「なりふり構わずということですか? たとえ、恨みをもって殺したとしても」


「そうだ。今回のゴブリンエンペラーの奇襲は君が奴らを止めなければ、冒険者たちの生存は絶望的だった。それに、君の恨みは君自身の恨みであると同時に、厄災戦で亡くなった全ての者たちとその家族の恨みでもある。君は全ての者たちの代行者だ」


「そうですか……そういう見方もあるんですね」


シド君の表情が少し和らいだ。


「キャサリン様の魔王討伐を目指すという姿勢も為政者としての覚悟の現れなんだと俺は思う」


俺はシド君との会話でキャサリン様の考えについても整理ができてきたように思えた。


「そうですね。でも、俺は今後、為政者としてではなく、冒険者として魔物を討伐していきたいと思います」


シド君の目に意志が宿る。


「俺、説明会の時のヴァン支部長の話を聞いて、冒険者ギルドが欲している人材は『英雄』ではなく、継続して、生きるための成果を挙げ続ける『職人』なんじゃないかって思ったんですよ」


「英雄でなく職人か……確かに」


その言葉を聞いた瞬間、俺の目の前を覆っていた暗雲が一気に晴れた。


――視界が開けたのだ。


「俺を引き取って育ててくれた伯父は料理人なんですが、伯父は料理人という職業以前に『職人』なんだと思えるんですよ。スキルに頼るんじゃなくて、一つ一つの動作は『職人』として研ぎ澄まされてきた動作だって見てて分かるんです」


「素晴らしい伯父さんだな」


「ええ、伯父さんはいつも、どんな肉質の材料が入ってきても、同じように料理の質を落とすことなく、お客さんにいつもの味を提供しているんですよ。それって、よく観察すること、素材に深い関心を持つことで成り立ってるんじゃないかって思うんですよ」


(確かに、『職人』というのはそういうものだ……)


「ヴァン支部長の言われた無関心による失敗って、冒険者がもし『職人』として仕事をしていれば防げたんじゃないでしょうか?」


俺はそれを聞いて目が開かれた。


「確かにそうかもしれない……」


これまで、ギルドはゴブリン集落の情報収集を何年にもわたって冒険者たちに依頼してきた。


ギルドは額面通りの依頼を出し、冒険者は額面通りの仕事をこなす。


いつしかそれは、単なる単純作業の繰り返しに陥っていたのではないだろうか。


冒険者たちは、真面目に『自分たちが見た通り』を報告していた。


ただし、それらが全て幻影であることを見抜けなかった。


彼らはハザエルのように生活感のあるなしを調べなかった。


地下の空洞の有無などの違和感を報告することもなかった。


それは、彼らが単純労働者に留まり、『職人』ではなかったからだ。


もし、冒険者が『職人』としてハザエルのように違和感を少しでも報告していれば、またギルド側も、もし『職人』としていつも変化のない報告に違和感を感じていれば、今回の失敗はなかっただろう。


「ありがとう。シド君との会話で少し暗雲が晴れたような気分だ」


「こちらこそ、ありがとうございました。ヴァン支部長との会話で俺、この陸亀との戦いで『職人』として討伐する覚悟ができました」


シド君の顔は実に晴れやかだった。


「ヴァン支部長、陸亀の素材って何が有用なんですか?」


シド君が質問する。


「陸亀はほとんど出回らないが、入荷があった時は、まず甲羅が高値で売れる。これは防具や盾の材料として重宝される。それと肉は精力が付く効果があるらしい。非常に高値で売買される」


「そうですか。じゃあ、口から投擲弾を飲み込ませて爆破するのは止めておきましょう。肉が駄目になりますから。俺、今から討伐計画を練ります。まずキャサリンに聞いて、陸亀の到着時間を把握します」


そう言うと、シド君は一礼して、陸亀の監視役を担っているキャサリン様の方へ走って行った。


シド君と入れ替わりに、バナエルとミオ君が戻ってきた。


「いやぁぁ、ミオちゃん強いねぇ。その年でその動き、ただ者じゃないね。ねえ、どんな鍛錬したらそんなに強くなるの? シド君と毎日鍛錬してるの?」


相変わらずの奴の態度に、


「あいた!」


師匠がまた一撃入れる。


「ホホホ、ミオへの詮索も禁止じゃ。自身で考えて精進せよ。ホホホ」


「そんな、師匠! ひどいですよ!」


師匠に強制的に止められ、文句を言うバナエルと少し目が合った。


すると、奴はいきなり俺の方へ歩いてきて、


「ヴァン、少しマシな顔になったな。私が声をかけても良いと思えるくらいには、強さが戻ったようだ」


それを聞いて、俺は内心で息を呑んだ。


「俺はそんなに弱くなっていたのか?」


「ああ、もう今回は声をかけずに帰ろうかと思えるくらいにな」


バナエルは悪びれる様子もなく、淡々と告げた。


「そうか。シド君のおかげだな」


俺は小さい声で呟いた。


俺はシド君と同じく、『職人』として今からの戦いに臨むことを決意した。


これから積み重ねる、職人集団としての冒険者ギルド、


――その支部長としての第一歩を刻むために。



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