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第103話 結界師たちは敵の前で宴席を共にする

公爵の宣言と唱和の後、彼は聴衆に語りかけた。


「この後、マナエル防衛戦に参加する冒険者たちは、一刻後にこの広場に再び集まってほしい」


冒険者たちの顔は明るく、闘志に満ちている。


「一刻という短い時間だが、食事を用意した。この広場の露店と貧民街の商店ならば全て飲食は私持ちだ。冒険者とその家族、友人も含め、みな自由に楽しく食事をとってくれ」


その一言で聴衆全体から歓声が上がる。


「ただし、これから戦う冒険者は酒は控えめにな。酔って敵が二重に見えてしまっては困るからな」


公爵がそう言うと、どっと笑いが起きる。


「では、これ以上の長話は止めよう。全員解散!!」


公爵のその一言で聴衆はみな露店や飲食店へ駆け出した。


「シド様、ミオ様、キャサリン様、メイ殿、お時間はあまりありませんが、お食事の用意ができています。工房へ戻りましょう」


「エルノートさん、ありがとうございます!」


「私もお腹ペコペコ」


「結構な強行軍で、食事の暇がありませんでしたものね」


「私も限界です」


確かに、せっかく用意した携帯食料なのに消費したのは、ボンボン隊長の餌付けのみ。


俺たちの胃袋には全く入っていない。


(あまりに報われなさすぎる……)


俺がそう思ってると、


「おお、みなおかえり! 全員無事に戻ってきて何よりだ!」


俺たちに声をかけてきた人物がいた。


「サイモンさん!? わざわざ迎えに来てくれたんですか?」


その人物は腕まくりをして、汗をかいたサイモンさんだった。


「本当は『そうだ』と言いたいのだが、残念ながら、仕事の真っ最中だ。同業者の連中が我先にと逃げてしまったんで、うちの商会に注文が殺到してな。今も食料品を大量に運んできたところだ」


「それは、お疲れ様です」


「そうそう、うちの整備士の護衛、ありがとう。エビルス隊長が送り届けてくれたのには驚いたが、よくあのボンボンを手懐けたもんだ」


「どういたしまして。その話はいずれ。俺たち急ぎで食事を取らないといけませんので……」


「ああ、悪かった。戦いが終わって帰ってきたら、また色々詳しく聞かせてくれ」


「分かりました」


俺たちはサイモンさんと別れ、広場を後にしようとした時、キャサリンが俺に近づいてきて小声で話しかけてきた。


「シド、道中は急いでいて何も話せませんでしたが、この戦いが終わったら、改めて時間を取っていただきたいですわ」


俺は、婚約の件だろうと察し、


「分かった。その時にきちんと返事をした方がいいのかな?」


と、質問したら、


「いえ! へ、返事は急いで出してもらわなくていいですわ! むしろ、時間をかけてもらった方がいいですわ!」


と、何か焦った感じの返事が帰ってきた。


「あの……私もデートに連れて行ってもらえれば嬉しいですわ……できれば何回も……」


キャサリンはそう言ってモジモジする。


俺は、『ああ、そういうことか』と理解した。


「それって、時間をかけてお付き合いしたいってことでいいのかな?」


俺がそう答えると、


「はい! その通りですわ!」


と、満面の笑みでキャサリンは返事した。


「分かった。帰ってきたら相談しよう」


「お願いしますわ!」


ということで、キャサリンとは時間をかけて向き合っていくことになった。


俺としても、環境が変わりすぎたので、よく考える時間が与えられて助かった。



その後、俺たちは商店街を通って、聖樹工房へ戻ることにした。


通りを歩いていると、ミオが、


「まるで鳥の日みたいだね」


と、呟いた。


「確かに、鳥の日みたいにお祭りをしているみたいだ」


鳥の日は商店街が一斉に特売をしたり、景品を出したり、露店で珍しいものを売ったり、子供向けのゲームの露店が出たりしていつも賑やかで楽しい雰囲気がある。


今の雰囲気はその鳥の日のようであり、地域の住民が一斉に活気づき、今が戦時であることを忘れてしまいそうになる。


「シド様、ミオ様、これは地域の方々が自主的に協力してくださった結果です」


と、エルノートさんが述べた。


「どういうことですか?」


俺はエルノートさんの言ってることが理解できず、説明を求めた。


「はい、聖樹の回復について面白いことが分かったと申しましたが、これはそれと関係しています。実は聖樹は、人々の“喜びの感情”を糧にして力を回復しているようなのです」


俺はそれを聞いて、肩から下げた瓶の中の分体を見下ろした。


確かに、分体は嬉しそうに葉を揺らして活気づいている。


(喜びの感情……そうか。先日の鳥の日にも、裏の空き地の聖樹が風もないのに揺れていたのは、そういうことだったのか……)


俺は腑に落ちたように頷きつつ、同時に一つの疑問を口にした。


「でも……いくらなんでも、こんな戦いの最中に、よくみんなお祭りなんて開いてくれましたね?」


「はい、実はワイバーン襲撃の際に北の貧民街の住民の方がこちらの町内に避難されて来られたんです。その際に避難民の受け入れと、励ましのために各商店が自主的に食べ物を無償提供したりしていたんです」


「そんなことが……」


確かに、ここの住民ならそんな助け合いを自主的に始めてもおかしくない。


「そこに私が駆けつけまして、ジョセフ様の協力も得て、住民の方に食料や物資を渡し、もっと楽しい雰囲気を出してもらいたいとお願いしたんです」


「なるほど。それでいつも慣れてる鳥の日のお祭りを始めたんですね」


らしいと言えばらしい行動だ。


俺たちが近所の酒場前を通ると、店内もテラス席も満員で、席に座れない客が地面に座り込んで飲んでいた。


「おお、シドにミオちゃん、おかえり」


「ただいま、ナンガさん。今日もテラスで飲んでるんだ」


ミオがナンガさんに返事をする。


「おお! 領主様が『今日の飲み代はタダだ!』って仰ってくださったんでね、こうしてみんなで飲んでるのさ」


「おかえりなさい、ミオちゃん、シド君! 無事に帰ってきたんだね」


ナンガさんと話していると、店の中から追加のジョッキを抱えて出てきた店の奥さんのアンリさんが、満面の笑みで声をかけてくれた。


「うん、ただいま。忙しそうだね」


「まったくだよ。でも、領主様がお酒とお金を出して下さってね。私たちも張り切って働いてるんだよ」


そう言うと、笑顔で手を振って、また次の客の注文を運びに店内に入って行った。


「忙しいのはここだけじゃないぞ。ミオちゃん家も今、お客があふれてるぞ」


ナンガさんがそう言って、うちの店の方を指差した。


見ると、家の前に行列ができていた。


「わっ! なにあの行列!?」


ミオが叫ぶ。


近づくと、伯父さん、伯母さんにナナちゃんと工房でいつも働いている孤児院の子たちも働いていた。


「あ! シドさん、ミオお姉ちゃん、キャサリンお姉ちゃん、メイさん、おかえりなさい!」


ナナちゃんが俺たちに気づいて声をかけてきた。


「ただいま、ナナちゃん。忙しそうだね」


俺がそう言うと、


「忙しいどころの話じゃないです。目が回っちゃいます。でも、リカルドさんとシエルさんには挨拶してってください。この後、すぐ出陣ですよね?」


言うが早いか、ナナちゃんは店の奥に入って行った。


すると、


「おお、ミオ、シド、キャサリンちゃん、メイさんおかえり。無事で良かった」


「みんなおかえりなさい。ケガとかしてない?」


リカルド伯父さんとシエル伯母さんが出てきて、俺たちの帰宅を喜んでくれる。


「ただいま。お父さん、お母さん。でもごめんね、食事をしたらまたすぐに出陣なんだ」


ミオが二人に答える。


「知ってるよ。うちの店は、今こんな状態だ。また帰ってきたらごちそう作るから、さっさと行って片付けてこい」


伯父さんがミオの肩をたたき、励ます。


「うん。帰ったらいっぱい話すことあるから、覚悟しておいて」


「ハハハ、楽しみにしてるぞ。シドも帰ったら話をきかせてくれ」


「分かった……」


俺はそう言ったものの、あの件は今ちゃんと言っておくべきだと思ったので、


「伯父さん、伯母さん、俺……父さんと母さんのこと思い出したよ」


と、静かに告げた。


途端、二人の目が見開かれ、二人は心配そうに俺を見つめた。


「シド……そりゃ本当か?」


「シドちゃん、つらくない?」


伯父さん、伯母さんは俺に詰め寄ってきた。


「思い出して、つらいと思ったけど、思い出さないよりかは遥かに良いと思う」


伯父さんも伯母さんも涙ぐむ。


だが次の瞬間、伯父さんが切り替えて、


「出陣前に湿っぽくなっちゃいけないな。その話も帰ってきてからじっくり聞かせてくれ」


と言った。


「分かった。伯父さん、伯母さんこれまでありがとう。俺、父さんと母さんの分も生きて、ミオを幸せにするよ」


それを聞いて、伯父さん、伯母さんは抱き合って泣いた。


「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。じゃあ、時間がないから行くよ」


「ああ、行ってこい」


「気をつけてね」


俺たちは、少し後ろ髪を引かれる思いでその場を離れた。


そして家の裏に回ろうとした時、歌声が聞こえてきた。


「どこで歌ってるんだ?」


「シド様、聖樹の方をご覧ください」


裏手の空き地が見えた時、そこには大勢の子供たちと、その親と思われる大人たちが聖樹を囲んで座っており、何人かの子供たちが学校で習う賛美の歌を歌っているのが聞こえた。


彼らはみな敷布の上に座り、手に食べ物を持って、歌を楽しんでいた。


「エルノートさん、この人たちは……」


「この方々は北の貧民街から避難してきた方々で、特に子供連れの方々が集ってらっしゃいます」


「それって、ワイバーンの……」


「はい、ワイバーンの襲撃で家を失った方々です」


「そんな……」


彼らは今日、住む家を失ったばかりの人たちだ。


しかし、どう見てもそのような悲惨な経験を経たばかりの人間には見えなかった。


「エルノートさん……本当に彼らは、北の貧民街からの避難民の方たちなんですか?」


俺が信じられない思いで尋ねると、エルノートさんは深く頷いた。


「はい、間違いありません。そして――これこそが、先ほど私が申し上げた『面白いこと』の正体です」


「どういうことですか?」


エルノートさんは聖樹を指さす。


「あれを見てください。聖樹が穏やかに揺れています」


見ると確かに聖樹は揺れていた。


「あれって、以前俺が見た……」


「はい、さきほど申しましたように、聖樹は人々の喜びの感情を糧にして、力を回復しているようなのです」


俺はハッキリ分かった。


確かに聖樹は人の喜びを吸収していると。


ミオを見ると、大きく首を縦に振っている。


ミオにも分かるようだ。


「そして、聖樹は喜びを増幅し、周りにいる人たちに喜びの感情を流し出しているようなのです」


これも俺にはよく分かった。


確かに聖樹の「楽しい」という感情が伝播している感覚がある。


俺はエルノートさんに提案した。


「エルノートさん、俺たちもここに座って食事をしてはダメでしょうか? みんなはどうかな?」


「賛成! 賛成!」


「私も喜んでここでいただきますわ」


「はい、私もここで食べたいです」


ミオもキャサリンもメイさんも賛成した。


「かしこまりました。では、ここに昼食のご用意をいたします」


エルノートさんは工房へ駆けて行った。


「あ! 私も手伝います!」


メイさんも後を追いかけて行った。


俺たちはもう一度、聖樹を囲む人々を見つめた。


今日、帰る家を失ったばかりの避難民たち。


これからまた、死線へと赴く冒険者たち。


過酷な状況にあっても、彼らは決して絶望せず、生きる喜びをもって明日に向かおうとしている。


確かに今、マナエルは巨大な敵の軍勢に攻められている。


それでも――俺たちには、揺るぎない希望がある。


俺たちは希望の民として笑顔で輪になり――


差し迫る強大な敵の前で、宴席を共にした。




【あとがき】

敵の前で宴席を持つことは聖書の詩篇の記事から発想を得て書きました。

「あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に食卓を設け、わたしのこうべに油をそそがれました。わたしの杯はあふれています。」(詩篇 23:5)



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